「ありがとうございましたー」
愛想よい店員の見送りを受けて、俺とフライゴンはニビのスーパーから出た。
料理中のシャワーズの緊急要請を受けて、空を飛んで食材の買い足しに来たわけだ。
「ラッキーやねぇ、ちょうどタイムサービスの時間やったし」
「ああ、シャワーズも喜ぶだろ。…さてと。街中で飛ぶのもアレだから、とりあえず町の外に出るか」
「そやね…あれ?」
フライゴンが遠くを凝視する。…俺も見ようとするが、肉眼では見えないので額のゴーグルを引き下ろす。
望遠モードに設定すると、必死の形相で走る一人の若い男と萌えもん…ニャースか。
その後ろから追いかけているエプロン姿のゴツイ中年男。
「…引ったくり、やろか?」
「どっちかというと強盗か窃盗あたりっぽいな。手になんかそれっぽい袋持ってるし」
とりあえずそこはどうでもいい。重要なのはその男の逃走経路だった。
「こっち来るみたいやな」
「…だな」
「で、どうするん、マスター」
…止める理由はないが、止めない理由も全くない。
「フライゴン、ここから破壊光線で狙えるか?」
「…当てるのはちょっと無理やなぁ…ウチそういう狙撃より適当にぶっ放す方が好きやし」
「むしろ当たらない方がいいだろうな。手前にあてられたらベストだ、『適当にぶっ放せ』」
「んー、わかった」
とりあえずフライゴンに破壊光線で攻撃させて足を止められれば良し、
それが無理なら…後は適当に俺が追いかけてみて、無理なら警察に任せよう。
深呼吸で体内のエネルギーを整え、気合いとともに、放つ―――!!
「すー…はー……バスタァァァア、ビイィィィィィムッ!!」
「それは額からじゃないのか!?」
…まぁ、名前はともかくとして。
フライゴンの口(正確にはその数センチ前の空間)から放たれた熱線が、
街の舗装を粉砕しながら700mほどの空間を一瞬で駆け抜け―――
「…あ」
―――見事に、強盗犯に直撃した。それはもう綺麗に。
衝撃で金のはいった鞄は手放したようだが…あれはちょっと命が危ないんじゃないだろうか。
「…当てられないんじゃなかったのか」
「いやー…当てへんようにしようと思ったら逆に当たるもんやねぇ…」
「とりあえず救急車呼ぶか…」
で。
無事に強盗犯は逮捕され(一命は取り留めたらしい)、お金も持ち主に返され。
「いや~ん、もう戻ってこないかと思ったのよぉ~!」
俺とフライゴンはその持ち主に熱烈なお礼と歓待を受けていた。
シャワーズには事情を説明したうえで荷物をプテラに引き取りに来てもらったんだが。
「はぁ…まぁ…よかったですね」
で、その持ち主の家というか店が『コスプレ執事メイド美少女オカマバー』という名前なのはどういう事なんだろう。
…ちなみに、店主のゴツイ中年男さん(年齢不詳)は生粋のオカマだったようだ。
口調と野太い声が全くマッチしてねぇ。マッチしてても怖いけど。
「…あの、つかぬ事をお聞きしますけど」
「あら、なぁに?」
「この店は一体どういうジャンルの店なんですか…?」
よくぞ聞いてくれました、とばかりに目を輝かせる店主さん。…やべぇ、伝説の萌えもんと戦った時より怖い。
フライゴンはボールの中で知らんぷりを決めこんでいる。…後で覚えてろよ。
「今の世の中にはね、いろんな『マニア』向けのお店が増えてるのよね~。
でもそれじゃあ一部の人たちしか楽しめなくて、新しいジャンルの開拓にもならないじゃない?」
「…まぁ、そうですね」
「だからぁ、人気のあるジャンルを片っぱしからかき集めて、このお店で全部いっぺんにやっちゃおうというわけよ!
これならいろんなお客さんも集まって、違うマニア同士のコミュニティが生まれると思うのよ~!」
…あー…こういうときなんて言うんだっけ。
「ああ、そうか…『二頭のニドランを追うもの一頭も得ず』だ」
「あらん、何か言ったかしらぁ?」
「いえいえ、こっちの話です」
聞かれたらいろいろ後が怖い。
ゴーグルシリーズ番外編『コスプレ祭』 - クリム編 -
1時間後、トキワジム。
「で、お礼に貰ったのがこれですか」
「…ああ」
自分でもわかるくらい疲れた顔をしている俺は、シャワーズに強盗撃退のお礼の品(大型段ボール2個)を見せた。
…中身はもうお気づきの方もいるかもしれないが。
「…何に使うんですか、これ」
「この手の服に着る以外の使い方があるか?」
サイズも色も形も様々なコスプレ衣装が箱にぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
…何着あるかなんてわかったもんじゃない。
夕食前のリビングで、ちょうど遊びに来ていたファイヤーを含めた俺と萌えもん9人。
…いや、まぁ俺こういうのは面白くて好きだけど…限度があるだろ。
「しかし…ずいぶんマニアックなのもあるみたいだね」
「こんなの着て接客なんてできないよねー」
フーディンとフシギバナが何やら浴衣らしきものを取り出しながら話している。
…ホントにあのオカマ何者なんだろう。
「…着てみましょうか?」
「まぁ、せっかく貰ったもんやしなぁ」
「………(こくこく」
「面白そー!」
「山にいるとこういう服には縁がないですからねぇ…」
「…ちょっとまて、俺も多すぎて誰が誰かわからん。
とりあえず外に出てるから着替えて一人ずつ順番に来い」
いくらなんでも女9人の着替えの中で座ってるほどの根性はないぞ。
で。
「失礼します」
「ん」
一人目は…ファイヤーか。
もともとそんなにしょっちゅう来てるわけでもないし、特に変わった格好見てるわけでもない。
まぁ伝説だけあって美貌だしスタイルもいいし、服によってはとんでもなく映えると思うんだが…
がちゃり、とドアが開く。
若干顔を赤らめながら入ってきたファイヤーの姿に…思わず目が釘付けになった。
白と黒のモノトーンの服装。白いワイシャツに黒いネクタイとベスト、ミニスカート。
足は皮靴と黒のハイソックス…確かにこれは喫茶店の店員の服装でも通るかな。
「……………」
「あの…御主人様?」
「あ、悪い。つい見とれてた…それ、何の服だったんだ?」
「タマムシのお嬢様女子高の制服だそうです…似合います?」
いや、似合うって言うかもうそういうレベルじゃないんだけどこれ。
割と身体にフィットさせるタイプの服らしく、絶妙な身体のラインがはっきりと浮き出て…ゲフンゲフン。
「似合ってるぞ。…でも高校生にしては色気というか…」
「まぁ…私は学生とは縁遠い年ですからね…若造りですし」
ファイヤーの血が不老不死伝説を持つ理由は、ファイヤーという種そのものの長命にある。
今俺の前にいるファイヤーだって、おそらくは外見の5倍くらいの年齢を重ねているのだろう。
…まぁ、だからどうだというわけで、その美しさに全く変わりはないんだけど。
「…どっちかというと洒落た大学生っぽい感じだな…」
「マスター、入るよ」
「フーディンか」
二人目はフーディン。そういえばこいつは人にコスプレさせるの好きな割にそんなに自分はしないんだよな。
…俺も一度トランプに負けた罰ゲームで女装させられたことがあったっけ。
「ん…スーツか?」
「そのとおり。男物だけどこれも案外動きやすくていいね」
腰に手を当て、まっすぐに立つその姿はなかなかに凛々しい。
黒のスーツにフーディンの金髪がよく映える。ネクタイも黒なのは趣味か。
(でもカッコいいけどやっぱり違和感ないって事は胸が…)
「…マスター、君はやっぱりいろいろ失礼だ」
真っ赤にして涙目でこっちをにらんでくるフーディン。
…念力を使ってこないだけまだましだが…これはもう素直に謝っておくしかないだろう。
「失礼します」
「ん、入れ」
三人目はバタフリー…と。
…こいつはどうなんだろう…一緒にいた時間という点ではファイヤーを除けば一番短いし、コスプレなんて見たことないが。
「どうでしょう?」
「…なんというか、いろんな意味で似合ってるな」
「…褒めてるんですか?」
…一応褒めてはいるつもりだが。
身体のラインがでるぴったりとした黒いシャツの上に、真っ白な白衣を着ている。
どこかの理科講師のようだ。…薬作りが趣味の萌えもんとしてはふさわしいかもしれない。
「折角ですから何か二人きりで授業でも…」
「だが断る」
「やっぱりですか?」
そりゃそうだろう。授業という名の実験台だろうが。
死にはしないけど今までも遅効性の睡眠薬とか飲まされてるんだぞ。
「マスター、はいるよー?」
4人目はライチュウ…と、同時に5人目キュウコン。
…で、その二人が俺の部屋に入ってきた瞬間…。
「……………」
「?」
「ますたー?」
いや、この前のコスプレでは二人とも学生服だったから、今回はひょっとしたらと思ったんだが。
…あまりにも予想通りすぎて何も言えない。しかも似合うし。
体操服(今どきめったに見ないブルマバージョン)のライチュウと、
スクール水着(これも今はない水抜き穴付き)のキュウコン。
…今までの3人はともかくこいつらは絶対にこの格好では外には出せない。
「というかむしろ、よくそんな服が置いてあったな。しかもサイズがあうものが」
「でも…ちょっとだけ、大きいです…」
「あたしのは下がちょっときつい…太ったかなぁ…」
「子供はそういうことを気にするもんじゃない。というか毎日トキワ中走り回っておいて太るか普通」
…だから、ずりおちかけた水着の肩ひもを引っ張ったり、
ブルマの食い込みを堂々と直してるんじゃない。そういうのは人のいないとこでやりなさい。
「……………」
「………そこにいられるといつまでたっても終わらないんだが」
6人目、部屋の入口から顔を半分だけ覗かせているプテラ。
…もともと恥ずかしがりな所があるが、今日はやばい。見えているところだけでも顔全体が赤い。
「…アレだ、どうしても無理そうならやめとけ。
今のお前見てると5秒後にはオーバーヒートかだいばくはつでも起こしそうで怖い」
「だ、大丈夫だ…ちゃんと入る…」
と、不自然な横歩きで入ってくるプテラ。
レモンイエローのユニフォームと同色のプリーツスカート。どちらも裾が短く、
腹部とふとももがほとんど露わになっている。
「…チアガール?」
「らしい…あまり見ないでくれ」
いいながら必死でスカートを抑えている。むしろその姿に来るものがあるんじゃないだろうか。
…もともとプテラは食う割に身体が細いからな…この手の服はよく映える。
「というかさ、プテラ…お前確かダンス得意だったよな。…練習すればチアダンスもイケるんじゃないか?」
「………御主人は…みたい、のか…?」
「まぁ、どっちかと言えば」
ごめん嘘。正直なところかなり見てみたい。
「ご主人さまー、入るよー?」
「フシギバナか?」
…他に俺をそう呼ぶ奴なんていないんだけどもな。
と。フシギバナが部屋へ入ってくると同時に背後から気配。
「…ッ!!」
とっさに座っていた椅子から前転して降り、体を反転させて背後へと向き直る。
最近鈍ってたから地味に足をひねった。…すっげえ痛い。
「ふっふっふ…闇に生き、正義の輝きを放つ『孤高のくの一・フライ之丞』ここに見参!」
「いやそもそも闇に生きてながら輝き放つっておかしいから」
お前の性格だと暗殺ってかもう破壊光線で爆殺とかだろどうせ。
まぁ、それはともかく。
天井から降ってきたフライゴンと、入口から入ってきたフシギバナはともに和装。
フライゴンの方は朱を基調とした忍者服。胸元から見えているのは鎖帷子(に似せたアンダー)だろうか。
一方のフシギバナは、桜色を基調としている着物。こちらは昔の姫のようなイメージだ。
「まぁ…登場の方法については置いておくとして、二人ともよく似合うな」
二人並ぶと、どこかの領主の姫とその護衛の忍者、といった感じだ。
と、フライゴンとフシギバナがちょいちょいと手まねきしてくる。
「なんだ?」
「マスター、ちょっとこれ持ってんか。ウチらどーしてもやりたいことがあるねん」
「お願い、すぐすむから!」
と言って手渡されたのは、絢爛豪華な帯。…あれ、これってひょっとして…
「マスター、それ思いっきり引っ張って!」
「え!?」
とりあえず言われるがままに引っ張る。いやでもこれって…
「…ふんっ!!」
力の限り引っ張ると、分厚い布は突っ張って…フシギバナの体をくるくる回し始めた。
…やっぱりそういうことか。
「あ~~れ~~♪」
なんかやけに楽しそうに回ってるフシギバナ。
…でも、普通こういうのって下にもう一つ細い帯が着物を止めてるはずなんだが…それが見当たらない。
ということは、この帯が尽きたら…
「って、フライゴン!?いつの間に俺の腕つかんで引っ張らせてるんだよ!?」
「だってマスター気づいたら止めるやろ?そうはいかへんでぇ?」
「ちょ、おま、放せって!!いくらなんだもまずいだろそれ!」
「ちなみにボク、この下は何も履いてないよー♪」
「回りながら楽しそうにカミングアウトすんなーっ!!」
なんとか止めたいが、、背後からのフライゴンの怪力に勝てるすべもなく。
まもなく帯も尽きる。…ここはあきらめるしかないのか?と思いかけた瞬間―――
「そ こ ま で よ !」
バンッ!!と閉じられた入口を蹴り開ける皮靴と生足。
両手を腰に構え、仁王立ちしたシャワーズがそこにいた。
「昼間からこんなところで露出狂みたいな真似は私が許しませんっ!」
…なぜか、ミニスカポリス姿で。腰には拳銃や手錠もついた完全装備。
しかもなんか蒼い髪と青い制服がやけに似合うし。帽子も凛々しく見える。
「えーと…撃たれたくなければ全員その場で床に伏せなさい!」
「でもそれは警察じゃなくて銀行強盗じゃないのか!?」
…でも中身は普通のシャワーズだった。
やっぱり恥ずかしさと、慣れないことしてるせいか緊張して錯乱してやがる。
「ふへへへー、そんな脅しは通用せぇへんで―?」
「あ~れ~、た~す~け~て~♪」
…しかしこの二人もノリノリだった。
俺はと言うと相変わらずフライゴンに帯を引っ張らされているし。…でもなんか楽しい。
「…じゃあ、遠慮なく♪」
「うぉぉっ!?」
ぱんっ、と乾いた発砲音。そして、ぴゅるぅん!という空気を裂く音と小さな着弾音。
シャワーズが片手で抜きはなった拳銃が火を噴いたのだ。…弾はフライゴンの耳元を掠めて外れたが。
「……………」
「……………」
「………シャワーズ、それ実弾?」
「いえ、ゴム弾ですよ?たぶん至近距離で急所に当たったら大怪我は確実ですけど」
シャワーズの目が数秒前と明らかに違う…銃を握ると性格が変わる、のか…?
フライゴンとフシギバナも硬直している。
「あ、ぼ、ボク用事思い出した!」
「え?…あ、ウチもウチも!また後でな、マスター!」
あ、二人揃って窓から逃げた。
「…とりあえずそれを人に向けるのはやめろ、俺が預かる」
「あ…気にいってたのに…」
「ならこれで我慢しとけ」
適当にその辺にあった玩具の拳銃を手渡す。
…あれ、こんなもの俺の部屋にあったか?
「というか、なんでそのコスプレなんだよ…他にもあったろ、可愛いけど」
「いえ…私は昔から婦警さんにあこがれてたんですよ♪
言ってませんでしたっけ?」
「初耳だな」
ちょっと顔を赤らめながら、プラスチック製のチープな拳銃を窓に向けて構えるシャワーズ。
…結構サマになってんな、と思うと同時に、窓の外の暗さに気付いた。
「もうこんな時間か。…そろそろ夕飯にするか?」
「あ、そうですね」
振り返ったシャワーズは、再び窓に向き直り、最後の記念とばかりに銃の引き金を引いた。
ぱふっ、という小さな破裂音とともに、安っぽい紙テープがいくつも飛び出す。
「じゃ、行きましょうか、マスター」
「まさか、その恰好で食うのか?」
「折角だからマスターも何かコスプレして食べましょうよ、みんなで」
「…勘弁してくれ…」
誰もいなくなった部屋の床に散らばった紙テープ。
その一枚に、小さく黒いペンの字で短い文章が描かれていた。
『祝☆コスプレ祭開催 ストーム7』
おしまい。
最終更新:2009年05月23日 00:43