ゲンとホウがニュースを見て3の島へ飛び立った頃。
自分達に危機が迫っているとも知らぬアキラ達4人は、まったりとした食後のひと時を満喫していた。
『深林の追跡者(中編)』
「はぁ……食った食った」
「マスター、そのセリフはおじさん臭いよ」
「メリィさんこそ、木に寄りかかってお腹をさすっていては人のこと言えませんよ?」
「…………(ウトウト」
「ん、サイホは眠いのか?」
「…………(コクリ」
「それでは…………?」
デルは何かを言いかけるが、一瞬目つきが鋭くなって背後を振り返る。
「デル、どうかしたのか?」
「……いえ、なんでもないです。それでは、マスターはサイホさんとここでゆっくりしててください」
「え、デルはどうするんだ?」
「私はメリィさんと少し散歩してきます。これくらい慣れてもらえれば、二人きりでも平気かと」
「まぁ、そうだといいけど」
「大丈夫、サイホちゃんいい子だもん!」
「メリィ、それは理由になってないぞ……ま、そういうことなら頑張ってみるか」
苦笑いしながらアキラはそう応えた。
折角デルが気を使ってくれたのである。
膝の上で舟をこぐサイホを撫でながら、アキラは二人を見送ることにした。
「じゃ、気をつけてな」
「マスターこそ、野生の子に気をつけてねー!」
「それでは、行ってまいります」
そう言って、二人は広場から森の中へと入っていく。
暫く進んだ所で、デルの方から話を切り出した。
「……メリィさんは、気がつきました?」
「それって、もしかして……さっきの広場で私たちを見てた人のこと?」
「ええ……」
先ほどデルの目つきが鋭くなったのは、自分達の背中に舐めるような視線を感じたせいであった。
彼女はそれを危険なものと判断し、自らのマスターの手を煩わせずに対処しようと考えていた。
「折角の森林浴を、無粋な輩に邪魔されるわけにはいきませんし……」
「サイホちゃんはおやすみ中だから、気づかれないようにお邪魔虫を倒すってこと?」
「そういうことですね。それでは、手分けして探しましょう」
「どっちがやっつけるか、競争だね」
そう、互いに声をかけて二人は反対方向に歩を進めた。
彼女達は、それぞれがそれなりに……戦闘能力で言えば、一般の野生萌えもん程度なら一撃で倒せる程度には強い。
それほどの実力を持つという自負が、今回二人に単独行動をとらせたのであろう。
……その判断が、逆にアキラ達を窮地に陥れることになるとは全く思いもせずに。
一方で。
デルやメリィに視線を送っていた相手は、二人が立ち上がって自分のほうに歩いてくることに気づき、咄嗟に場所を変えて潜伏した。
髪の色と同色の全身黄色で統一された衣装と手に持つ振り子は、彼女がスリーパー族であることを示していた。
「……まさか、わたくしの視線に気づくほどの手だれだなんてねぇ」
彼女はそう呟きながら、二人の様子を伺っていた。
下手に注視すると気づかれるので、焦点を拡散させて二人の位置だけを把握しながらこれからどうするかを考える。
「流石に二人同時に何とかするのは無茶ねぇ……一人づつなら絡め手でいけるかしら」
そう呟いた矢先、視界内の二人が二手に分かれて歩き出した。
片方は遠くへ、もう片方は自分のほうへ。
「あらぁ……これは願っても無いわ♪」
そう言って笑みを浮かべると、彼女は近づいてくる黒い少女……デルを落とすための行動を開始した。
「……そろそろ出てきていただけないでしょうか」
デルは少し開けた場所で足を止めると、後ろを振り返って言い放った。
その声に応えるように、木々の間から黄色い萌えもん……スリーパーが姿を現す。
「あらあら……何時から気づいていたのかしらぁ?」
「最初からずっとです……何か御用でしょうか」
警戒を解かず、鋭い目のままデルは問いかける。
それに怯む様子もなく、スリーパーは答えた。
「まぁ……貴女、中々かわいい顔してるのにそんな表情じゃ台無しよ」
「質問に答えてください……!」
「あら怖い。そうねぇ……貴女が欲しい、って言えば理解できるかしら?」
「……何を言っているんです」
「そのままの意味よ、住処に連れて帰って……わたくしの玩具になってもらうわ♪」
「……っ!?」
そう言って黒い笑みを浮かべるスリーパー。
デルはその表情に薄ら寒いものを感じ、反射的に後ずさって悪の波動を放射した。
スリーパーはそれを避けようともせずに喰らい……そのまま影のように掻き消えた。
「なっ、身代わり!?」
「はい、残念♪」
「なっ!?」
すぐ横にいきなり現れたスリーパーに驚き、後ずさろうとして何かにぶつかる。
何かと思い見上げると、それもスリーパー。
「あらぁ、逃がしませんことよ?」
「い、嫌っ!」
その場で90度向きを変えて走り出そうとして、そちらにもスリーパー。
嫌な予感を感じて背後を振り返ると、そこにもスリーパー。
気がつくとデルは、4人のスリーパーに囲まれていた。
「な、何故……いつのまに……!?」
「うふふふふ」
「わたくしからは」
「逃げられると」
「思わないことですわねぇ♪」
「い、嫌あああああああっ!!!」
錯乱したデルはその場でへたり込み、頭を抱えて怯えていた。
正直な話、甘く見ていたのだ。
すぐ傍に、主人の居ない戦いというものを。
「ふふふ……泣く姿も可愛らしいですわ」
「やめて……来ないでください……!」
「あらぁ、そんな連れないことを言わずに……」
気がつけば分身は姿を消し、目の前に一人だけ、同じ目線にあわせてきたスリーパーが居た。
恐怖のためかデルの体は硬直し、スリーパーの目から視線を外すことができなくなっていた。
……実際の所はスリーパーの金縛りなのだが、デルは知るべくも無い。
「さぁ、わたくしの目を見て……わたくしに全てを委ねなさぁい」
「嫌……私は、ご主人様の……」
「いけない娘ねぇ……もう少し、仕込まないといけないかしら」
そうスリーパーが呟くと、デルの脳裏に様々な思い出がフラッシュバックし始めた。
「な、何を……」
「うふっ、ちょっと記憶を見せてもらうわねぇ」
「や、やめてください……」
「それはできない相談だわぁ……あら、これなんかよさ気ね」
スリーパーが選んだ記憶、それは。
……メリィが引き取られて暫く経った、ある日の思い出だった。
「だ、だめ……その、思い出は……!」
「あらまぁ、大事なお兄ちゃん……今のご主人様かしら、この黄色い娘に取られたと思って……」
「やめて……それ以上は……」
「嫉妬に狂ってこの娘に攻撃して、お兄ちゃんが庇って記憶喪失ねぇ……それで忘れられたのをいいことに、無かった事にしたのね。いけない娘」
「そんな……違う、違う……!」
「違わないわぁ。貴女はずるくて酷くていけない娘、お兄ちゃんの傍に居るだけでも罪深いのよぉ」
「嫌……そんな……」
勿論スリーパーの言っている理論はおかしいのだが、今のデルにそれを考えるだけの心理的な余裕は無かった。
相手を精神的に追い詰め、徐々に外堀を埋めつつ催眠と暗示をかけていく……これがスリーパーの戦術だった。
「あ……ああ……」
「そろそろかしらねぇ……さぁ、こんな罪な娘はわたくしの玩具になりなさいな。他に居場所なんてありはしませんわ」
「わた……し……は」
そして。
「はい……あなたの……玩具、です……」
虚ろな目で……敗北を宣言する言葉を、口にした。
「……うーん、どこかなー」
デルと反対の方向に進んでいったメリィは、視線の相手を探して周囲を見渡していた。
が、今は先ほどのような視線は感じられず、彼女は少々困っていた。
「気配とかそういうのを探るのは苦手なんだけどなぁ……あ」
そんな時、メリィは少し先の開けた場所にぼーっと立っているデルの姿を見つけた。
「デルちゃーん、見つかった?」
「………メリィ……さん?」
「デルちゃん? どうかしたの?」
顔だけメリィの方を向き、虚ろな表情で返事をするデル。
メリィは何かあったのかと心配になり、急いで駆け寄ろうとして。
「主様のため……倒す……」
「え……きゃぁっ!」
突如デルの放ってきた悪の波動を、避けきれずに吹き飛ばされた。
「いったぁ……デルちゃん、一体どうしちゃったの!?」
「攻撃……続行……」
「っ、やめて!」
続けてデルは悪の波動を放ち続ける。
メリィは咄嗟に光の壁を展開するが、完全には防ぎきれずに徐々に体力を消耗させていた。
「くぅぅぅっ……デルちゃん、どうして……」
「障壁……打ち砕く……」
「ううううっ、ああああああ……!」
パァン!
「きゃああああああああっ!!!」
そしてとうとう耐え切れなくなった光の壁は割れてしまう。
遮る物の無くなった悪の波動に呑み込まれ、あまりの威力にメリィは意識を手放した。
如何にメリィが特殊耐久力の高いデンリュウ族とはいえ、対するデルも特殊攻撃力が自慢のヘルガー族。
更に言えば悪の波動の基本威力も高く、ついでに催眠によるリミッターカットまでかかっていればなおさらである。
隠れていたスリーパーはその様子を見て、二人のところへと歩み寄る。
「任務……完了……」
「あらあら、駄目じゃないの気絶させちゃ」
「主……様」
「まぁいいわ……意識がハッキリしないうちに仕込みましょうかしらねぇ」
そう言ってスリーパーは倒れているメリィを抱き起し、念力で少しだけ頭を揺さぶって意識を取り戻させる。
そしてメリィがうっすらと目を開くと同時に、視線を合わせて暗示をかけ始めた。
「あ……うぅ……?」
「かわいい娘……わたくしのお人形さんになって頂戴な」
「わたし……あなたの……おにんぎょう……」
「あらぁ、思ったより暗示が効きやすいのね……いい子ねぇ」
「わたし……いいこ……?」
「ええ、いい子……さぁ、わたくしにその身を委ねなさぁい」
「はぁい……えへへぇ……♪」
「……う」
何かに酔った様な表情でメリィはスリーパーに返事をする。
その仕草に何かキたのか、スリーパーは鼻を押さえつつも指示を出した。
……押さえているのにだばだばと溢れ出ている赤い液体については気にしない方がよさそうだ。
「そ、それじゃぁ貴女達……最後の目標に向かいますわよ」
「了解……」
「うん……」
「お願いしますわ……♪」
そう言ってスリーパーが目を光らせると同時に、二人は本来の主の下へと走り出した。
それを追うように、スリーパーもゆっくりと歩き始めた……歩んだ跡に赤い液体を残しながら。
「………(スゥスゥ」
「……すっかり寝ちゃってるな。それだけ俺に気を許してくれたってことなんだろうか……」
アキラ達が昼食を取った広場では、相変わらず二人がゆっくりとした時間を過ごしていた。
折角デルとメリィが気を使ってくれた(と、アキラは思っている)のだが、こういうのも悪くないとアキラは感じていた。
木漏れ日とそよ風を浴びながら、アキラは優しい手つきでサイホの髪を撫で続ける。
そんな時だった。
がさがさと藪をかきわけ、メリィが現れたのは。
「お、おかえり」
「………」
「……メリィ? どうしたんだ?」
声をかけてもメリィは反応しない。
妙に思ったアキラはサイホを抱きかかえ、メリィの方に近づいていく。
すると。
メリィはとろんとした笑顔のまま、右腕を上げ。
アキラに向けて10万ボルトを放った。
「……っ!?」
「……あはっ♪」
バババババババババババババッ!!!
アキラは放たれた電撃を避けることも敵わず、サイホを抱きしめて反射的に身を縮めた。
が、電撃はアキラには命中しなかった。
全てサイホの角の先端から、彼女に吸収されていた。
「避雷針」の特性である。
それと同時に、サイホは目を覚ました。
「……??」
「サイホ、大丈夫か!?」
「……(コクコク」
「そっか、地面タイプだもんな……ってかメリィ、いきなり何するんだ!」
アキラはメリィから少し距離を取り、彼女を叱る。
が、その言葉も今の彼女には届くはずもなく。
「あは、あははっ♪」
バリリィン!!
「っ、聞こえてないのかよ!」
壊れたように笑い声を上げながら、メリィは二人に向かって電撃を放ち続ける。
だがそれは悉くアキラに当たらず、全てサイホに吸収される。
アキラはこのままではまずいと判断し、とりあえず逃走することにした。
「くっ……サイホ、逃げるからしっかり掴まってろよ!」
「……!(コク」
メリィに背を向け、アキラは走り出す。
相変わらず電撃が飛んでくるも、サイホの特性のお陰でアキラには当たらない。
そうして小路に飛び込もうとしたところで、突然現れたデルに行く手を塞がれた。
「デル!? まさか……お前も!?」
「目標……捕捉……」
「やべっ、避けきれるか!?」
大きく息を吸い込むデル。
アキラはダッシュの慣性が効いたまま横に飛び、火炎放射の射線軸から退避する。
が、それを追うようにデルの首が動き、アキラを射程範囲に引っ掛けていた。
「発射……」
「んなんとぉっ!?」
「……!?!?!?」
「うあちゃっ、くそ! 殺す気かよ!」
辛うじて上着を焦がすだけで済んだが、今度は逃げ場の無い場所に追い込まれていた。
アキラは腕の中で震えるサイホを撫でながら、次に打つ手を模索するも良い手が見つからない。
「くっそ、万事休すか……?」
「……(ブルブル」
「サイホ……くっ、絶対にお前だけは守ってやるからな」
「……(えぐえぐ」
怯えて涙目のサイホを、アキラは庇うように抱きしめた。
そして二人に向かって、再び火炎放射が襲い掛かる。
と、その時。
ゴォッ!
「な、何だ!? ……風?」
アキラの目の前に突如出現した竜巻。
デルの放った火炎は、竜巻に巻き上げられてアキラ達に届くことは無かった。
そして。
「ったく、誘拐犯が出るってから助けに来て見りゃ……何がどーしたらおめーがこいつらに襲われてんだよ」
「サイホ、アキラ君……無事?」
「二人とも、来てくれたのか……!」
竜巻が消えた後には、ゲンとホウの二人が立っていたのだった。
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・後書き
ども、約三ヶ月ぶりに本編が進んだ曹長です。
これがいわゆる四度目の正直と言うものですね!(言わん
てか後編どころかまたしても中編が挟まったよ!
解決編どころか問題が増えたよ!
無駄に文章が長くなる癖はどうしたら良いものか……気にしても仕方ないか(ぇ
さて、操られた二人をアキラは取り戻すことができるのか。
そして、デルの心の奥底に仕舞われていた罪の意識は。
今度こそ、待望の解決編!
次回、萌えっこもんすたぁ Long long slope
『深林の追跡者(後編)』
それではまた、次回の後書きでお会いしましょう。
最終更新:2009年06月04日 00:45