「完成しましたよぅ……!」
現在七月七日、午前五時四十五分。
卓袱台に広げられた布に向かって、ふりぃざぁがばたりと上半身を投げ出した。
俺がテーブルクロス引きよろしくその布を引き抜くと、鈍い音が響いたが無視して、
「ふむ……浴衣か……」
「うぅぅ……べとべたぁ大佐用のですよぅ……」
軽く充血した目に涙を浮かべて、ふりぃざぁがふらつきを伴って復帰した。
浴衣の確かな出来に頷きながら、
「ともあれお疲れさん」
「ありがとうございます……」
「しかし、べとべたぁを驚かせたいからってよく夜中にやるよな」
「大佐が喜んでくれる姿を想像したら……」
えへへ、とふりぃざぁは頬を染めてはにかんだ。
生暖かな目で見守ってやると、だらけた顔が整って、
「それでは顔を洗ってきますよぅ」
「その後はそのまま時間まで寝とけ。今日はフリーなんだろ?」
「はい。おやすみですよぅ」
ふらふら水色の背中が冷気と共に洗面所に消えた。
……これで準備は整ったよな。
七月七日、七夕である。
「わぁ……! すごいです! ぴったりです!」
夕刻。
居間では、ふりぃざぁの作った浴衣を身にまとったべとべたぁが喜んでぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
裾を踏んで転ばないように、少し短くしてあるところなど、なかなか気の入ったものだと思う。
……さすが子供スキー。
ちらりと目をやれば、満面の笑みでべとべたぁを見つめている。
「ありがとうですふりぃざぁさん!」
「どういたしましてですよぅ」
「さぁべとべたぁ、七夕といったら何がある?」
「たなばたーですか……」
べとべたぁは腕を組みしばし考える。
ぽむ、と手をあて、
「ねがいごとです! ささにねがいごとをかいたかみをつけるです!」
「正解。よし、誰が一番たくさん願い事を書けるか勝負だ」
「そのしょうぶのった! です」
「自分も負けませんよぅ!」
口上が終わると、俺達は短冊とペンに手を伸ばした。
……なにがあるかな。
ぱっと願い事を書き出すのって意外と難しい。
……世界平和とか、大金持ちになりたいとかは何か違う気もする。
二人はどうだろうと、様子を見ると、
『はんばーがたべたいです』
『大佐とずっと一緒にいられますように』
……。
分かりやすくて結構。
俺ももっと素直に書いてみるか……。
『これからも皆で楽しくすごせたらいいなぁ』
書いたのを読み返すのはダメだな、恥ずかしくて悶える。
ノリと勢いで書くだけ書いて後は放置するのがいいな。
そして三十分後。
「さて、次は短冊を笹に飾るぞ。べとべたぁ、たくさん書けたか?」
「もちろんです! ごしゅじんさまとふりぃざぁさんのぶんもかいてあるです」
「お、さんきゅー」
「ありがとうですよぅ!」
結果発表。
三位、俺、五枚。
二位、ふりぃざぁ、十三枚。
一位、べとべたぁ、三十七枚。
「もう少し大きい笹にしたほうが良かったでしょうか……」
「こんなもんだろ。大きくても邪魔になるだけだしな」
予想以上の枚数に色々と悩まされたが、このまま進行。
どこに飾るかなー、と考えてると、ズボンがくいくいと引っ張られ、
「ごしゅじんさま! ごしゅじんさま!」
「ん、どうした?」
「うえのほうにつけたいです!」
「よっし、肩車だな、任せろ」
肩車するほどの高さは必要ないが、べとべたぁ一人だと上のほうには届かない。
かがむと、すぐさまひょいと飛び乗ってきて、しっくりくる重みを手に入れた。
「うえにつけるのはーこれと、これと……」
「あ、こいつも上につけといてくれないか?」
「りょーかいです!」
短冊を一枚べとべたぁに渡す。
最初に書いた恥ずかしいアレだ。
「じゃあこれをいちばんうえにつけるです!」
「いや、上のほうならどこでもいいぞ?」
「もうきめたーです!」
「サンキュ。で、ふりぃざぁ、お前はどうだ?」
「うらやましいですよぅ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「分かった。肩車必要なくなったら存分に構ってあげてください」
「あ、その、えぇと……了解ですよぅ」
「さて、そろそろ大丈夫か、べとべたぁ」
「はいです! ごしゅじんさまありがとうです」
「どういたしまして。俺は少ししかないから、ふりぃざぁと一緒に残りを飾っておいてくれな」
「わかったです! ふりぃざぁさーん」
残りをぱぱっと飾って、俺は台所へと向かうのだった。
「おわったですよごしゅじんさまー」
「おう、丁度いいタイミングだな」
「なにかあるですか?」
「七夕といったら、あるだろ?」
「うー……」
「(大佐、つゆにつけてたべる白いのですよぅ……)」
「……」
ピコーン。
電球マークがべとべたぁの頭上に浮かんだ。
「そーめんです!」
「そそ、正解。今日はみかんの缶詰も開けるぞ」
「やったです!」
というわけで、食事の準備をして、
「いただきます!」
少し早い夕食が始まる。
「べとべたぁ、ちゃんとねぎも入れようなー」
「わかったです」
ネギが嫌いとか食べたくないとかいうわけでなく、ただ素麺に夢中になって存在を忘れているというのが実態である。
ふりぃざぁの方はというと、つゆが濃いのか、氷を一つ二つ突っ込んで薄めてから食べているようだ。
「あ、べとべたぁ、浴衣が汚れるからもうちょっと丁寧に食べなさい」
「はーいです」
「おっとふりぃざぁ、お前はもっと食え。動いてる割に食ってないからな。倒れられても困る」
「もうおなかいっぱいですよぅ……」
「じゃあみかん食えみかん。こいつなら少しは入るだろ」
そんなこんなで俺達の楽しい時間は瞬く間に過ぎていくのであった。
最終更新:2009年07月10日 22:55