これは、小さな戦いの物語。
真紅の少年の戦いから、場所と時を移動させた物語。
…彼とよく似た、復讐の物語。
シンオウ地方はリッシ湖。東の空が赤く染まる、早朝。
普段なら静かな朝靄をまとうはずの湖畔は、多数の侵入者によってふだんよりも騒がしい。
唯一の湖への入口は警備が固められた状態で、中には入れそうにもない。
「…おじさん、ここ、朝から何かやってるんですか?」
「ああ、宇宙エネルギーの開発事業の試験でね。危ないから今は立ち入り禁止なんだ」
「どうしても、通れませんか?大事な用事があるんです…」
その警備員と言い争う少女が一人。
シンオウの気候に適した冬用のコートに、ふとももの露出したスカート。ブーツで膝までを覆っているとは言え、そこだけが寒そうだ。
「君みたいな可愛らしい子のお願いなら聞いてあげたいんだが…自分も上司が怖いのでね」
「…そうですか…わかりました」
「すまないね、明日にはきっと撤去されるから」
「…るか」
「え?」
何か言ったのだろうか、と警備の男が聞き返そうとした瞬間―――
「が…」
腹部に走った強烈な衝撃に、たまらず地面へと倒れ伏す男。
薄れゆく意識の中で男は気付く。少女の言葉は何かの切れ端などではなく―――
「…行くよ、『ルカ』」
少女の呼びだした萌えもんのニックネームであったことに。
「…来たね、神降ろしの生き残りが」
白を基調にした不思議な衣装、その胸部には大きくプリントされたアルファベットのG。
カントーやジョウトにすむものならば、かつて大暴れしていたロケット団を連想するだろうか。
黒を基調とした「R」が宇宙をかけるロケットならば、
白を基調とする「G」はまさに宇宙に点在する銀河。
「試作ギンガ爆弾の事をよっぽど根に持っているらしいけれど…」
リッシ湖のほとりに集合して作業を行っている集団の中で、
ひときわ目立つ姿の男が呟いていた。青い髪を逆立て、手持無沙汰にモンスターボールを弄っている。
その視線の先には、立ちふさがっている団員たちと戦い始めた一人のトレーナーの姿があった。
「かかれ!」
号令とともに一斉に繰り出される萌えもん。
少女を取り囲むように配置され、今にも襲いかからんといった体勢。
「………ギンガ団―――」
ポツリ、と漏れる高い声。
少女が右手を胸の前に掲げた。握られているのは、何の変哲もないモンスターボール。
「―――その命、『神』に返しなさい」
隣に持ってきていた左の掌にボール開閉スイッチを打ちつけ、右手をそのまま勢いよく真横へ。
さらに一気に手を戻して顔の左横へ移動させ……そのまま正面へと手首のスナップで放り投げる。
「ルカ!」
「了解だ」
飛びだした黒と青の萌えもん――ルカリオが、正面のスカタンクの一撃を交差した腕で受け止める。
体格でははるかに劣るルカリオだが、しかし力で言えばまったくの互角。
「ぜあっ!!」
そして、『はっけい』で腹部を打って即座に戦闘不能に陥らせる。
さらに『とびひざげり』で左ななめ前方のニャルマーを蹴り落とし、2発目の『はっけい』でチャーレムを昏倒させ、
『しんくうは』で背後のムクバードを撃ち落とす。
圧倒的な戦闘力で団員を圧倒するルカリオだが、多勢に無勢、多数の敵から追い回されながら反撃しているにすぎない。
ドーミラーの『ねんりき』が着地した直後のルカリオ――ルカをとらえる!
「ぐっ…、ちぃっ」
即座に攻撃範囲から離れ、『しんくうは』で攻撃するものの『てっぺき』で弾かれてしまう。
はがねタイプの防御力は、特に遠距離戦ではかなりの脅威となりうる。
「…数が多いな」
「うん。…でも、負けられない」
少女が2個目のモンスターボールを腰から抜き放つ。
先ほどと左右逆のモーションでボールから萌えもんを呼び出した。
「リリィ、『みずのはどう』!」
「あいよっ!」
こちらは白と青―――ぺリッパーが即座に水の波動を放ち、ドーミラーを撃ち落とした。
ギンガ団の側からすれば敵が一体増えただけ…だが、実際には戦局は大きく変化する。
「ルカ、リリィ、雑魚はとりあえず置いておこう!
爆弾を使わせるわけにはいかない…行くよ!」
「あいあいさー、っと!ぼ…お嬢、乗りな!」
「ありがと、リリィ!ルカ、戻って!」
「分かった!」
ドーミラーとムクバードを倒したことで得た制空権を生かし、
ぺリッパー、リリィに飛び乗って少女は一気に飛翔する。
「とにかく爆弾を止めなきゃ…リリィ、みずの…わあっ!?」
空中を駆けるぺリッパーの目の前に、突如として羽音を纏った黒い影が現れる。
「…ゴルバットか…リリィ、いったん降ろして!」
「いいの?」
「…たぶん、先にコイツを倒さないと爆弾を止められない…!」
降下した先には、青髪の幹部。
「…来たね、カンナギの生き残り」
「…………」
「ずいぶんと面白い格好じゃないか、まさか女装して乗り込んでくるとは―――見張りも気づかないわけだ」
「…ここで何をするつもりですか?」
全く引かずに問い詰める少女、もとい少年。
その質問に対して、ニヤリと唇を釣り上げた幹部が答える。
「もちろん、ギンガ爆弾で湖を吹っ飛ばして伝説の萌えもんにご登場願うのさ。
…邪魔されるわけにはいかないね、カンナギで派手に実験までやったんだから!」
「実験…!?」
「そうさ、あんなのはただの実験。本物はもっと凄い威力だよ…今度は何人吹き飛ぶかな」
「…あれだけの人を、萌えもんを…父さんを、母さんを殺して置いて…」
「大事の前の小事、だよ」
その一言で、少年の怒りは決壊した。
「………リリィ!ルカ!」
叫びに打たれたようにルカリオとぺリッパーが飛びかかるが、
割り込んできたゴルバットとドグロックがその攻撃を押しとどめる。
「っくぅ…!」
「ちぃっ…!」
「なかなか面白い見世物だったけど…やっぱり2匹じゃ足りないんじゃない?
下っぱはまだまだいっぱいいるんだ、このサターンが手を出すまでもないね」
「下っ端ってのはこいつらか?ずいぶん弱くてトレーニングにもならねーんだけど」
勝ち誇るサターンの背後から、ガラの悪い青年の声。
漫画のように積み重なったギンガ団人の上に、小柄なヒコザルが座っていた。
「話が違うじゃねーかミツキ。もうちょっと骨のあるのはいねぇのか?」
「…ボク、一目で相手の技量が細かく分かるほどトレーナーやってないんだけど。
というか、出会っていきなり勝手についてきたのはマシラの方なんだから文句言わないでよ…」
「しょーがねぇなぁ…」
「なるほど、伏兵ってわけねぇ。ならこっちも3対3だ」
3つ目のボールから飛び出すドータクン。
挟撃する形となったミツキの3体と、それを迎撃するサターンの3体。
ルカ、リリィと向き合うゴルバットとドグロック。ヒコザル――マシラとにらみ合うドータクン。
「…リリィ、どう思う?」
「一番厄介なのはドクロッグ。ドータクンは…まずマシラの敵じゃないでしょ。
だから…ルカ、手伝って。まずはゴルバットを落とす」
「了解だ」
「負けられない…行くよ、ルカ、リリィ、マシラ!」
「承知!」「あいさ!」「おうよ!」
3体と3体。飛びかかるのは同時…だが、動きは全く違う。
「おらよっ!」
「むぎゃ!?」
マシラがドータクンの頭を蹴ってとび越え(その際に舌を噛んだらしいドータクンが悶絶していた)、
さらにサターンの上を飛んで、ドクロッグに背後から奇襲をかける。
「お前が一番強そうだな…行くぜっ!」
「なにっ!?」
正面のドクロッグが気を取られた隙に、クロとリリィも行動を開始。
「リリィ、『みずのはどう』! ルカ、『はどうだん』!」
トレーナーであるミツキの指示に従い、即座にゴルバットへの集中攻撃。
「沈んでなっ!」
「あべしっ!?」
連続攻撃で押し込んだところへとどめの『つばさでうつ』を浴びて、あっけなく地に落ちるゴルバット。
「…ルカ、ドータクンを!リリィは―――!?」
新たな指示を出そうとした瞬間、ミツキの背後から小さな電子音。
そして、サターンの表情も凍りついていた。
「あ……」
「え……」
聞こえた電子音は、ギンガ爆弾の起動音。…ならば、起動させたのは…
「ア…アカギ様…」
(…!!)
暗灰色の髪を逆立てた壮年の男。目の奥に宿る暗闇が、男の存在そのものを物語っているようだ。
ミツキとの距離は10mほどあるが、その距離でも圧倒的な存在感に押しつぶされそうになる。
(…こいつが…こいつがカンナギを消し去った元凶…!!)
戦闘態勢をとろうとするが、身体がうまく動かない。
サターンも、互いの萌えもんも、全く動きがとれない状態。…すべては、この男の圧力ゆえ。
「…………カンナギの生き残りか…」
じゃり、と地面を踏み締める音で、その場の全員が一斉に我に返った。
即座に行動を起こしたのは、サターンでもミツキでもなく――
「…坊、逃げよう!」
リリィがミツキの肩を掴む。だが、ミツキはその場を動かない。
「で…でも、爆弾を止めなきゃ!」
「やってる場合じゃないよ、ここにいたら死んじゃうってば!」
無理やりに引っ張って飛ぼうとするが、ミツキはなかなか動こうとしない。
爆弾のトラウマと、それを止めようとする使命感がここを離れることをよしとしないのだ。
その瞬間、ミツキの視界の隅に青い影が走った。
「…リリィ、ミツキを頼む」
「ル――」
ルカリオの名前を呼ぼうとした瞬間、意識が暗転する。
背後から後頭部に手刀を打ちこまれて闇の中へと落ちていく意識が見たのは、浮き上がる自分の体と走っていくルカの姿だった。
「うぉおおおおおおおおっ!!」
「…させん!」
爆弾に向けて突撃するルカに、アカギのはなったドンカラスが襲いかかる。
しかし、その進路上に飛び込む影―――マシラ。
「おらよっ!」
「ぬあっ!」
即座に繰り出した火炎車で炎と足もとの砂を撒き散らし、視界をかく乱する。
ルカはその煙をくぐり抜け、爆弾へと肉薄した。
「コイツらは任せろ、ルカ!」
「頼む!」
爆弾の液晶画面を見る。爆破までの時間は―――あと20秒!
「くっ、解除しようにも時間が――ええい、南無三!」
土台に置かれた爆弾を持ち上げる。おそらく耐衝撃用に作られている外装を見るに、
多少の衝撃を与えても勝手に爆発はしないはず…!
その可能性にかけて、全身の力でギンガ爆弾を持ち上げ…湖の中へ投げ込んだ。
「マシラ、逃げろ!もう15秒もない、走れ!
できるだけ遠くに逃げろ!」
「お、おぉ!…って、お前はどーするんだよ!?」
その問いにルカリオは答えない。
…ただ振り向いて、少しつらそうな笑顔でこういった。
『彼に会ったら、よろしくたのむ―――』
そして。
全ては。
白い爆炎の中に包まれた。
真夜中。
「う、ぅ…」
頭が重い。服のあちこちが焼け焦げている。
…波の音がする。ここは海だろうか。
「…くぅ…」
身体を起こして周りを見るが、ボク以外の姿は全く見えない。
(…あれ?)
誰かと一緒にいるべきだった気がする…けれど。
(何も、思いだせない…)
とてもとても、大切な何かがあったはずなのに。
(…駄目だ、頭が痛い…)
それは形も見えず、手も届かない。
(思い出せ、ない…)
「どうしたお嬢さん、こんな夜中に海水浴?ご一緒してもいいかな?」
「…え…?」
気づけば、隣に男の人が立っていた。
背が高くて、暗闇の中でもわかるくらいに紅い髪が特徴的だ。
「…ありゃ、男か? まぁどっちでもいいや。
こんなとこでそんなボロボロのカッコしてんだ、何かあったんだろ?」
「…わからない…」
「ありゃま。…記憶喪失ってやつか?」
「………」
ぽりぽり、と頭を掻いてみせる。
年は…30代、だろうか。20代と言っても通用しそうだ。
「そーか、参ったな…一緒に来るか?
ほうっておくわけにもいかんし、とりあえず近くの町まで行こう。立てるか」
「………」
足に力を入れてみるが、立ち上がれない。
「…無理そうか、まあそうだよな。オレはちょっと荷物背負ってるからなぁ…
リーオ、ヴィル!ちょっと手ぇ貸してやってくれ」
「はいはい、っと」
「わかりました。はい、捕まって」
「…っと、そうだ。名前、聞いてなかったな」
「…ミツキ、です…」
「そっか、きれいな名前だな。オレはアサヒ。浅い緋色って書いて浅緋な。
こう見えて子持ちでな」
「こう見えて、ってどう見てもオヤジじゃないか」
「り、リーオ、そんな堂々と…」
…なんだか訳が分からないけれど。
この人なら安心だという奇妙な感覚に包まれて、ボクの意識はまた闇の中へと落ちていった。
彼が失った己の記憶と、大切な存在を取り戻すのは、この数年後の物語である。
最終更新:2009年08月20日 02:49