5スレ>>760


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 七夕祭り。
 普段は少し寂しげな商店街も、この時ばかりは大いに活気付く。
 歩行者天国となった商店街には溢れるほどの人が集り、様々なイベントが昼夜を問わず連日催される。
 道路の両側には様々の出店が並び、視線を上にやれば大きなくす玉や笹飾り、カラフルな吹流しなどの飾りが目を引く。
 夜でも鎮まらぬ喧騒の只中に、僕とニーナはいた。

「わ……綺麗ですね、マスター」
「そうだね」
「テキトーに返事してませんか?」
「そ、そんなことないよ」
「本当ですか?」

 ジト目。

「そ、そんなことよりもほら、かき氷売ってるよ! 冷たいものが欲しくなっちゃったな!」
「……。まぁいいんですけどね」
「じゃ、僕買って来るからさ、ニーナは何味がいい?」
「私はいらないので、マスターの好きなものをどうぞ」
「ん、わかった」

 誤魔化した勢いそのままに人混みを掻き分け出店に近づこうとすると、後ろに回していた右手が掴まれた。
 振り返ると、ニーナが僕の手を握っていて、

「置いていかないでくださいね?」
「う、うん」

 ニーナの言葉で僕は半ば反射的にその手をぎゅっと握り返し、こちらへぐいと引き寄せた。
 着物を纏った姿はいつもと雰囲気が異なっていて、そんなニーナが近くにいるのだと意識すると緊張する。
 頭の中がいっぱいいっぱいにならないうちに、考えを凍らせて、

「おじさん、カキ氷ひとつちょうだい、いちごの」
「あいよ。二百円だ」

 小銭を出すと、すぐにカキ氷を渡された。

「……たべれない」
「?」
「片手がふさがってて」
「あ、そうですね。では持ってあげましょうか」
「お願い」

 ニーナの右手がカップへ伸びて、しかし、実際に手にしたのは氷に刺さったスプーンストローのほうだった。

「あれ? そっち……? カップを持ってくれるんじゃなくて?」

 僕の問いを無視して、ニーナがカキ氷を掬って口元に運んできた。

「はいマスター、どうぞ」

 あまりに自然に事が流れているものだから、ニーナの為すがままに氷を口に含まされる。

「おいしいですか?」
「うん」
「ではもう一口」

 再びストローが運ばれて、僕は口を開けた。
 が、一度口元にやってきたストローはくるりとその行き先を変える。

「ん……冷たくておいしいですね……」
「あ、ニーナはカキ氷いらないって言ったじゃんか」
「た、食べなくなったんだからいいじゃないですかっ」

 そんな、頬を膨らませて言わなくても……。






「マスターマスター、お面が売ってますよ」
「本当だ。いろんな種類のお面があるね……あ、あれなんてニーナに似合いそう」
「どれですか?」
「ほら、一番上の段の……」
「あ、かわいいですね。その狐のお面」
「その三つ隣の兎のお面なんだけど」
「……」
「……そっちの方が気に入った?」
「えと、は、はい……」
「じゃあそれ買おうかな。すみませんー」

 お店の人に声をかけると、顔を赤くしたニーナが、

「あの、そのっ……やっぱり兎の方が欲しいです……」
「無理しなくていいんだよ?」
「む、無理なんてしてませんっ」
「そう。じゃあこっちだね、はい」

 ニーナはお面を頭の横に被り、ちらっとこちらを見た後軽く俯いて、

「えぇと……その……似合ってますか?」
「うん!」

 小さな声で、ありがとうございます、というのが聞こえた。





「あ、金魚すくいです」

 僕の手を引っ張って、ニーナは水槽の前にしゃがみ込む。
 水槽を覗き込んで、

「わ、一杯いますね」
「本当だね。よし、一回やってみよう」
「うーん……どの金魚にするかな……」
「あ、あの子可愛いです」
「え、どれ?」
「あの黒い子ですよ」
「大きくない? 僕金魚すくいあんまりやったことないんだけど……」
「……頑張ってください!」

 笑顔で応援されたらやるしかない。
 浴衣の袖を肩まで捲って、金魚の動きに集中する。

「ここだっ」

 ターゲットは一瞬だけすくい上がるが、紙が破れて水槽に落ちた。

「えっと……もう一回」
「もう一回やろう……」
「まだまだ……」

 何度も挑戦するが、惜しいとすら言えないような結果ばかり。
 ニーナが隣で心配そうな顔をしているが、最早引けないのである。

「今度こそ……」
「兄ちゃん、その金魚はすくえねぇよ。狙うなら、その赤いのだ」
「え……?」
「水面近くに上がってきてるやつを狙うんだ」

 お店の人の言う金魚を狙ってみる。

「それっ」

 すると、金魚は簡単にすくいあがり、おわんの中に入った。
 お店の人はすぐに袋に入れて渡してくれた。

「やりましたねマスター」
「うん。でも言ってたやつは取れなかったや」
「いいんですよ。マスターが取ってくれた子なら、その、どれでも……」
「う……うん……ありがと……」

 恥ずかしくなってそそくさと退散。





「水ヨーヨー釣りなら大丈夫」
「汚名返上のチャンスですね」

 釣り針をそっと下ろしていく。
 コヨリをできるだけ濡らさないように、水面に浮き上がっているゴムに針を引っ掛け、

「よし! 一発だ」

 釣り上げた。

「まだまだつれるな……そこだっ」

 結果、五つのヨーヨーを釣り上げた。
 貰えるヨーヨーは一つのようで、二つ以上釣ったらその代わりに団扇をくれるようだ。

「というわけでこれもあげる」
「ありがとうございます。団扇は帯に挟んでくれますか?」
「うん」

 金魚に団扇にお面にヨーヨー。
 浴衣だけでも高い破壊力を持っていたのに、いつの間にかそれをはるかに上回る装備になっていた。
 ニーナは両手を広げ、浴衣の両袖を指で摘まんで、一度くるりと回って、

「どうですか? それっぽくなりました?」
「……(こくり」

 だからそういうことを聞かれると返答に困るよ。





 帰り道。

「あー楽しかった」
「はい。とても」
「前は歩いてたらお店に寄らずに家にいたからね」

 少しだけ静かな時間が流れて、そしてほとんど同じタイミングで僕らは口を開いた。

「マスターがどこかによってくれればついていったんですよ?」
「ニーナが言ってくれればそのお店に寄ったんだよ?」

 再び静かになって、またも同じタイミングで僕らは笑い出す。
 と、背後から大きな破裂音が響いた。
 振り返ると、夜空に花が散っていた。

「じゃあきっと、今度来る時はもっと楽しくなるね」
「そうですね。必ず来ましょう。約束ですよ?」

 握っていた手は、自然と指きりの形になっていた。
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