「南の倉庫?」
リースが仲間になった翌日のこと。
ホウは朝食の席で、昨夜のことを話していた。
この場に居るのはアキラを始め、ホウ、ゲン、サイホ、リースの五人。
メリィは未だ部屋に篭っているデルを心配し、様子を見に行っていた。
「ん……夕べ、念で助けを呼ぶ声が聞こえた」
「そうか……リース、何か知らないか?」
「……知らないも何も、私はあそこから逃げてきたんですわ」
「何だって!?」
大げさに驚くゲン。
それを放置し、アキラは更に話を聞く。
「一体、何が?」
「……そりゃ、色々やってましたわ。萌えもんの身柄の売買、裏ルートの品物の管理、恐喝や強盗。
……でも、そんなのはいつものことで、気にするほどの事でもありませんでしたわね」
「……(フルフル」
サイホは顔色を青くして震えていた。
以前のマスターも、似たようなことに彼女の母を使っていたのだろう。
「まぁその程度には……いわゆる悪事と言われる事には慣れたつもりでしたけど。流石の私でも……あんなことはねぇ」
「すまん、できれば具体的に頼む」
アキラがそう言うと、リースはため息をついて話を続けた。
「……スイクン、という伝説の萌えもんをご存知でしたかしら?」
「ああ。ジョウト地方で、ホウオウに仕えるとされている三人のうちの一人だっけ」
「……「カネの塔の火事を消し止めた雨」の力を持つ伝説、水を浄化する能力も持つ」
「そのとおりですわ。そして彼らは……彼女を捕らえ、浄水装置を作ったのですわ」
「……浄水装置だぁ?」
素っ頓狂な声を上げるゲン。
他の二人も、首をかしげている。
が、アキラは何があったのかを理解した。
「まさか、スイクンは」
「……浄水層の中央の柱に磔にされて、ひたすら汚水攻めを受け続けていましたわ。
体力が無くなれば、薬で強制的に回復をして……」
「何だと……っ、あいつら!」
「……酷い」
「……(クイクイ」
「サイホ?……ああ、勿論だ。助けに行かないとな」
「……!(コクン」
「リース、案内を頼めるか?」
「ええ、そのくらいならお安い御用ですわ」
「よし、それじゃ皆準備を……」
と、その時。
バン!と音を立てて扉を開き、メリィがアキラに飛びついて来た。
「た、大変!大変だよマスター!!!」
「うぉわ!ど、どうしたんだ!?」
「うぐっ、デルちゃんが、デルちゃんがぁっ……!」
アキラの胸に泣きつくメリィ。
そんな彼女を宥めながら、メリィが握り締めていた紙切れを受け取って読む。
そこには。
「……何でだ」
「うっ、うぅ……うあぁぁぁぁぁぁ……!」
「訳わかんねーよ……何を、お前がそんなに気に病む必要があるんだよ……!」
ただ『罪深い私を、どうかお許しください。さようなら』とだけ、書かれていた。
『囚われし水の君(前編)』
「……それで、今に至るというわけだね」
「…………」
黙りこむアキラ。
そんな彼に、ヨシタカ……偶然近くを通ったので寄ったらしい……は「これは重傷だな」と思いながら思考する。
部屋には二人のほかに、未だに泣き止まないメリィをヘルがあやしていた。
残りのメンバーは、それぞれ自室で待機している。
「……なんで」
「?」
「なんで、こんなことになったんだろう……俺の、せいなのか……?」
「アキラ……」
光の無い瞳で中空を見つめながら呟くアキラ。
そんな彼に。
パンッ!
ヘルの平手打ちが飛んだ。
「……っ!?」
「ヘルお姉ちゃん!?」
「ヘル……」
「……少しは目、覚めたかしら?」
ヘルはアキラの隣に腰掛けると、彼の頭を掴んで自分の方へ向かせる。
「いででっ……」
「こっち向きなさい。それから、ちゃんとあたしの目を見る!」
「わ、わかったって」
そこでヘルは手を離す。
アキラはこめかみと頬をさすりながら彼女に向き合った。
その表情は弱弱しいながらも、僅かに瞳に光が戻っていた。
「よろしい。まず、あの子が家出した原因だっけ?あれは別にあんたのせいじゃないから気にしないでいいわ」
「え……?ヘル姉は、デルが出てった訳知ってるの!?」
「知ってるというか、あの子があんた絡みで思いつめて家出するなんて、アレ以外に思いつかないわ。ねぇ、ダーリン?」
「……ま、確かにね」
「兄さんも知って……!?」
「ああ……でもアキラ、お前とメリィは知らない……いや、覚えていないはずだよ」
「覚えていない、って」
「ヨシタカお兄ちゃん、それってどういうこと……?」
ヨシタカはその問いに一息つくと、逆にアキラに問い返した。
「アキラ。お前、デルと初めて会った時の事、覚えてるかい?」
「えーと、確か……」
少しアキラは考え込む。
そして、出た答えは。
「……メリィが家に来た後しばらくして、俺のメイドとして自己紹介してもらった時が最初だったよな」
「え……!?」
その答えに驚くメリィ。
何故ならそれは、彼女の記憶とは食い違っていたから。
「そうだね……それまでは、メイドとしての勉強をさせるために他所に預けていた……"そういうことになっていた"よね、ヘル」
「ええ……そうね」
「……ちょっと待ってくれよ、そういうことになっていたって、どういうことさ!?」
混乱して詰め寄るアキラ。
ヨシタカは「まぁ落ち着け」と彼を座らせると、話を始めた。
「メリィがさっき驚いてたことから分かると思うけれど……その記憶は間違いなんだ。本当の最初は……お前が、デルのタマゴを孵した時。彼女が生まれたときなんだ」
「そんな……嘘だろ、だって俺、その前のデルの記憶なんて」
「いいから聞いて。事の始まりは、メリィが家に来たことなのよ」
「私が?」
「そ。メリィは覚えてると思うけど、あの子って結構なお兄ちゃんっ子だったでしょ」
「う、うん……いつもマスターの後ろにくっついて『お兄ちゃん』って言ってた」
「……っ!?」
アキラは覚えの無い光景が脳裏にフラッシュバックし、頭を押さえる。
それに構うことなく、ヨシタカとヘルは話を続けた。
「ま、メリィの面倒をアキラに任せちゃった母さん達もいけないんでしょうけど……それまでアキラのこと独り占めにしてたデルが癇癪起こしちゃったのよね。
……まさか、当時二つ三つくらいのあの子が『悪の波動』なんか使っちゃうなんて誰も思わなかったでしょうし」
「ま、さか……うっ!」
「ああ……デルは、メリィが居なくなればまたお前を独り占めできると考えて……メリィを、撃った」
「う、嘘だよね……デルちゃんが、そんなこと」
「ここからはメリィも覚えてないわよね。衝撃で気絶して、打ち所悪くて数ヶ月眠ったままだったし」
「そして、撃たれたメリィを庇った奴が居た……それがアキラ、お前だ」
「…………」
「その時のショックのせいなのかどうかは知らない……けれど数日眠った後目を覚ましたお前は『デルに関する記憶』だけを、一切合財無くしていたんだ」
「そん、な」
「ずっと黙ってたことは謝るわ……ごめんね」
「本当に、すまない」
ヨシタカとヘルは二人に頭を下げる。
「い、いや、兄さんやヘル姉が謝ることじゃないだろ」
「そうだよっ、それよりも……!」
「……そうだね。まずはデルのことが先決か」
そう言って、ヨシタカは話を仕切りなおした。
「とりあえず、最後に姿を確認したのは?」
「……帰ってきて部屋にボール置いたのが最後だな。その後は見てない」
「そうか……ベッドとかの状態は?」
「えーっと……寝てたんじゃないみたいだけど、使った形跡はあったよ」
「なるほど、じゃ居なくなったのは夕べの遅い時間帯ね。あの子のことだから、布団被って悩んでたりしたんでしょ」
「そ、そうかなぁ……」
「ってか、なんでそこまで解るのさ」
「当然でしょ、あたしを誰だと思ってんの?」
そう言ってふふんと胸を張るヘル。
その姿にメリィは僅かに羨望の眼差しを向け、アキラは苦笑いをした。
「まぁヘル姉は置いとくとして」
「あ、アキラそれは酷くない?」
「ヘル、話が進まないから少し我慢しよう?」
「む~」
「兎に角、まだ朝も早いから船に乗ったということは無いだろうね。恐らくだけど、5の島……それも、このリゾートエリアに居ると思う」
「それじゃ、早く探しに……!」
「まぁ待って。アキラ、お前達は本島に渡って事件を解決して来るんだ。デルは僕とヘルで連れ戻す」
「な……なんでさ!デルは俺の……!」
「落ち着いて」
いきり立つアキラを再び押さえるヨシタカ。
アキラは納得が行かないながら、しぶしぶと腰を下ろす。
「ちゃんとした理由はあるんだ。一つは、お前達よりも僕達のほうがこの島について詳しいということ」
「う……それは、確かに」
「二つ。お前の手持ちでは、逃げるデルに追いつけない。種族の平均で言えばヘルガー族よりもゲンガー族の方が速いけれど、その中ではデルは速い方だしゲンは遅い方だろう?」
「……いや、そうだけどそれを何故兄さんが知ってるのさ」
そう問うアキラに、ヨシタカは不思議そうな顔で言う。
「見ればわかるよ?」
「ん な わ け あ る か」
「えぇー、ダーリンすごいのよ?この前なんか見ただけであたしのスリーサイズを……」
「……もういいや、なんか兄さんならなんでもやってのけそうな気がするし」
「ん、もういいのかい?あと十数個くらい理由はあったんだけれど」
「そんなにあるのかよっ!?」
「いや、流石に冗談だけど……兎に角、わかってくれたかい?」
「わかったよ……兄さんとヘル姉なら、絶対に何とかしてくれるよな」
「当然じゃない。あの子はあたしの可愛い妹なんだから」
「そうだね。デルは僕にとっても妻の妹であり、弟の嫁なんだ。他人事で首を突っ込むのとは訳が違う」
「そゆこと。大船に乗ったつもりで、あんたたちはロケット団を蹴散らしてきなさい♪」
「二人とも……ありがとう、行ってくる。メリィ!」
「え、あ、うんっ!」
アキラはメリィの手を引き、部屋から出て行く。
その場に残されたヨシタカとヘルは、その様子を笑顔で見送った。
「ということで、倉庫の前まで来たわけだが……」
ここまでに居た見張りの団員は、全員眠っている。
言わなくてもわかるかも知れないが、ホウ・ゲン・リースの催眠によるものだ。
アキラは目の前の鋼鉄の扉を見上げ、思案する。
「何か問題でもあんのかよ?」
「いや、鍵が閉まっててな」
「ならそこらで寝こけてる連中シメて奪おうぜ」
「うーん、折角気づかれずにここまで来たのに勿体無いな……デルが居ればこのくらいの鉄扉、溶かせると思うんだけど」
「ねぇ、マスター」
「ん、どうしたメリィ」
「私なら、もしかしたらなんとかできるかも」
「何とかって……電撃じゃ厳しくないか?」
「んーとね、ちょっと危ないから離れてて」
そう言ってメリィは扉の前に立つ。
数秒集中した後、彼女は右腕を燃え上がらせた。
「炎のパンチ……でも、火力足りるのか?」
「これだけじゃ……ない、よっ!」
と、次にメリィは左腕に電撃を纏わせる。
そして、左右の手をゆっくりと組むと、炎と電撃が混じりあい眩い光が彼女の拳を包み込んだ。
「っくぅ……やっぱり、キツ……!」
「メリィ!?」
「大丈夫……いっけええええええ!」
メリィは組んだ拳を大きく振りかぶると、鋼鉄の扉の鍵の部分に真っ直ぐ叩きつけた。
そして、扉は。
ジュゥゥゥゥゥッ!
鍵のあった場所とその周辺が、見事に融解していた。
「っは、はぁ、はぁ、はぁ……これで、どうかな?」
「……メリィ」
「?」
「今の、絶対に生き物相手に使うなよ……?」
「う、うん。当たり前だよ!」
「っつーか、どこでこんな技覚えたんだオメー」
「えっとね、この前やってたアニメで二種類の力を混ぜると強くなるって。ほんとは雷じゃなくて冷凍パンチのほうがいいみたいなんだけど」
「……まぁ、とりあえず行こうか」
「はーいっ」
この時、その場に居たメンバーが思っていたことは見事に一致していた。
「メリィを本気で怒らせたら、命は無い」と。
……一方その少し前。
倉庫の一番奥にある巨大な機械の前で、二人の団員がそれを操作していた。
機械の中の水槽では、青い美しい萌えもん……スイクンが猿轡をかまされ、柱に磔になっている。
団員の片方がスイッチを入れると、水槽の中は黒茶色に濁った水で満たされていく。
その様子を眺めながら、もう片方の団員はスイクンにマイクで話しかけた。
「さーさー、ちゃっちゃと浄化しないと……またあっという間に頭まで浸かっちゃうよ~?」
『ふぅ……んぐぅ……!』
その無慈悲な宣告に、泣きながら力を使うスイクン。
すると、濁っていた水が彼女に触れている部分からみるみるうちに澄んでいく。
そして入れられた汚水を全て浄化しきったと同時に、スイクンは気絶した。
だが、そんな彼女を彼らが休ませるはずも無かった。
「チッ、もう限界か……おい、快復の薬を投与だ!」
「あいよー……しかしアレだな、横流しされた薬とはいえタダ同然のシロモノでとんでもねぇ儲けが出るんだよなぁ」
「正に水商売ってかww」
「だれうまwww」
そう盛り上がる二人を睨む事もできず、無理やり回復されたスイクンはいつ終わるとも知れない悪夢に再び涙を流す。
(もう嫌……誰か…誰か助け…て……)
そう思う間にも再び浴びせかけられる汚水。
スイクンはひたすらそれを浄化しながら、期待の出来ない助けを求め続ける。
倉庫の警報装置が鳴り響いたのは、そのほんの数分後であった。
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・後書き
どもこんばんわ、曹長です。
約二ヶ月ぶり。漸く本編が進んだ……さて、次は後編だ。
それにしても、デルやアキラの過去を軽く触るだけであんだけ長くなるのは想定外だったかも……
詳しく何があったかは、また後のお話で。
そしてスイクン式浄水装置(マテ。
え、R団これで何してるかって?
「スイクンの美味しい水」として販売して(ry
流石R団外道だな、外道だなR団。
さて、次回予告。
警報が鳴り響くR団倉庫。
迫り来る敵の萌えもんを薙ぎ倒して進むが、何故か催眠術が効かず様子もおかしい。
そして最深部手前で待ち受ける凶悪な罠。
彼らは、スイクンを救い出すことができるのか。
次回、萌えっこもんすたぁ Long long slope
『囚われし水の君(後編)』
それではまた、次回の後書きでお会いしましょう。
最終更新:2009年08月20日 02:54