「うーみー! です」
「う、うぅみぃぃ」
「恥ずかしいなら無理して叫ぼうとするな」
夏といえば海。
そんな単純明快な理由で、海辺の町へと俺達はやってきたのであった。
「かぁーっ……やっぱりたくさんいるなぁ」
まだ昼間で結構な時間があるというのに、海水浴場には多くの人が集っていた。
……さて。
俺も場所とって待ってないとな。
待っているのは当然、あまり期待のできない女性陣だ。
片方子供だし、水着一緒に買いに行ったから驚くこともないし。
……それでも、実際に着たら少しは変わるのか?
「いやいや、ないない」
首を振って否定しながら、レジャーシートを広げ、ビーチパラソルを立てる。
肩に負っていたクーラーボックスをシートに下ろし、一息。
……まずまずの場所だよな。
海からは付かず離れずという感じの。
自分の場所取りに満足して頷いていると、
「ごーしゅーじーんーさーまーぁー」
どたどたばたばた。
振り向くと少しはなれたところに小さな紫の姿、べとべたぁが見えた。
その後には水色の髪の白黒、ふりぃざぁ。
「おーう、こっちだー」
大きく手を振って見守っていると、
ずしゃっ。
べとべたぁが砂浜にヘッドスライディング。
慌てて駆け寄ろうとするが、後ろにいたふりぃざぁが先。
「大丈夫ですか大佐っ」
「だいじょーぶです! わたしはじょーぶですよ!」
むくりと復帰して、ガッツポーズから拳突き上げのコンボ。元気である。
そこからはふりぃざぁと手を繋いでゆっくりとやってきた。
……むしろ、ふりぃざぁに手を握らされて着いて来させられたと言うべきなのか。
こちらに着くなり、
「ごしゅじんさま、はやくいこうです!」
「おいおいおいそこは引っ張るな」
「あのぅ……」
サーフトランクスをぐいぐい引くのでたしなめた。
べとべたぁの水着はいつもとあまり変わらない薄紫。
だが、ワンピースデザインの水着は十分目に新しくて非常に宜しい。
肌色の量も……ふりふりフリルもゆらゆらふわふわしててね……うん……。
見ていると目尻がとろんと垂れてくるような、心が綺麗になっていくような。
「じかんはまってくれないです! いっぷんいちびょうもむだにはできないですよ!」
「わーったわーった。でもまずは準備体操だ」
「聞こえてます……?」
しかしこのべとべたぁ、一体どんなテレビに影響されたのだか、今のセリフは……。
「たいそうってなにするですか?」
「うーん……とりあえず屈伸とかメジャーどころをテキトーに」
「わかったですっ」
「あっ、あのぅっ!」
「えっと……なんだ?」
何となく予想してるし、予想してるからこそ無視してたんだけど。
体操しながら目をやるとふりぃざぁは隠すように身をよじりながら、
「に、似合ってるでしょうかっ」
「とりあえず、隠すくらいなら似合うかどうかを聞くなと言っておく」
「はい……」
よじった身を元に戻しながら、しかし、恥ずかしさは抜けないらしく、視線はあらぬ方。
そして僅かな沈黙。
どうやら隠すことをやめたから感想を言えということらしい。
「……ふむ」
胸元に横ラインの入った白地に黒ドットのタンクトップ、サイドギャザー入りの黒のひらミニスカート。
おそらくその一枚下はタンクトップと同じ白地黒ドットのビキニのはずだ。
控えめな感じがふりぃざぁらしい。
その三行を濃縮して、
「うん、似合ってると思うぞ」
「そ、そうですかぅ……」
「まぁ……お前ならもっと攻めてもいい気はするけどな」
よく見ると、肌とか綺麗だし……。
口にはしない。
「よーしべとべたぁ、海にはいるぞー!」
「りょーかいですっ!」
「わ、私は暑いの苦手なので……ここで待ってますよぅ……」
「別に、見張りとかしなくてもいいぞ? 大したものは持ってきてないし」
「そうですよ! いっしょにうみにはいろうですっ!」
「で、では、大佐が言うなら……少しだけ……」
シートから立ち上がって、海辺に駆け寄ってきたふりぃざぁ。
だが、俺とべとべたぁは揃ってふりぃざぁを手で制し、
「ただし、準備体操をしてからだ」
「じゅんびうんどーがさきですよ!」
三人で笑い声をあげた。
「くらうですふりぃざぁさん! ひっさつ! だいばくふぼんばー!」
「うぅぅ。やりましたね大佐っ! かうんたーすぷらっしゅの餌食にしてあげますよぅ!」
二人が恥ずかしい技名を叫びながらわいわいきゃいきゃい水の飛ばしあいをしている。
これは温かい目で見守るべきなのか、生暖かい目がいいのか、他人の振りがいいのか。
……。
しばし悩み、
「俺も混ぜないと哀しみの大津波がお前達を襲うぞー!」
楽しんだ者勝ちだよな。
水掛だけでわいわい楽しむこと一時間。
「早めに飯にしとくか」
「ごっはんですー!」
「はいっ」
全員技名が使いまわしになりだしたし、頃合だよな。
「やっぱ海は気持ちいいなぁ」
「ひんやりしてすずしいです!」
「か、辛いですけど……」
飲んだのかこいつ。
あれだけの激しい攻防になったら多少は飲まざるを得なかったのかも。
……ふりぃざぁにも少し手加減するべきだったな。
「さてと……」
クーラーボックスからおにぎりを包んだホイルとペットボトルのお茶を取り出す。
それをシートの真ん中に広げ、三人で囲むように座り、
「いただきます」
「いただきますっ」
「いただきますよぅ」
「ごしゅじんさま! しゃけはどれですか!」
「ふふふ、食べてみれば分かるぞべとべたぁ」
「鮭はですね、この列……」
「ふりぃざぁ! 明かさなくていい! タンクトップの下明かすぞ!」
「か、堪忍してくださいよぅ」
ふりぃざぁも握ったから分かるのな、忘れてた。
べとべたぁはおにぎりにかぶりつき、中身を確認する。
「うー、しゃけじゃなくてこんぶだったです」
「全部同じ数だけあるし、意地悪なんかしないからゆっくり食べろな」
「えぇと、では大佐、これと交換しませんか?」
「ふりぃざぁ! 余計なことはしなくていい! 余計なもの剥ぐぞ!」
「ひぃぃっ!」
どれが鮭のおにぎりなのか必死で考えて目移りさせてるのを見るのがいいんじゃないか!
確かに好物のおにぎりにかぶりつく姿も捨てがたいが!
それならようやく当てた正解に喜ぶ姿もいいんじゃないかと思うよ!
……きっと伝わったと思う。俺のソウル。
「さて、腹も満たしたし……次はどうするかな」
「うみじゃないですか?」
「また水掛するより、何か別のことやったほうが楽しいだろ?」
「たしかにそうです」
べとべたぁがパラソルの下で、しっかり正座をしながらこくこくと頷いている。
俺もその正面であぐらをかきながら腕組み悩むが、思いつくことはない。
すると、出かけていたふりぃざぁが戻り、
「そんな二人のために、ビーチボールを買ってきましたよぅ!」
「おお! たまにはやるな!」
「ぼーるですか!」
「空気は入ってませんけど……」
手にしたボールは四つ折で畳まれている。
「あ、わたしがふくらませるです!」
「はい、どうぞ」
渡されると、べとべたぁはボールを広げ、深呼吸。
大きく息を吸い、空気穴に口をつけて、
「んーっ!」
しかしボールは微塵も膨らむ様子がない。
べとべたぁはおかしいな、という表情でもう一度チャレンジしたが、結果は変わらなかった。
「貸して下さい、大佐。これはここを噛んで膨らませるんですよぅ」
ふりぃざぁが空気穴を噛み、ふぅと空気を入れる。
が、
「あ、あれ……? おかしいですね……?」
数度チャレンジするが、ボールは僅かに膨らむ程度。
見かねてボールを奪い、
「ふりぃざぁ、お前には何よりも肺活量が足りない」
同様にして空気を入れてやると、今まで膨らまなかったのが嘘のようにボールは球へと姿を変えた。
デザインはモンスターボールのようだ。
「ほら」
べとべたぁに渡してやると、崩れた正座でボールをお腹に抱え、
「すごいです! ごしゅじんさまはぼーるふくらませるてんさいです!」
「べとべたぁもコツを掴めばすぐにできるようになるぞ」
「わ、私は……」
「お前はちょっとかかるな」
ともあれこれでボールで遊べる。
三人だし、ボールの軽い打ち合いしかできないだろうけど……十分だよな。
「よーし、いくぞ。そらっ」
「まかせるですっ! えいっ!」
「あわわ、私ですか……そ、それぇっ」
二、三巡は順調に跳ね合いが続いたが、べとべたぁが渾身の転倒。
それに伴いふりぃざぁへのパスが大きく後へ逸れた。
あわあわ言いながらふりぃざぁがボールを追い……、
「へう」
丁度そこを歩いていた人の提げた箱にぶつかった。
痛みを堪えながらふりぃざぁは復帰して、
「ご、ごめんなさいっ」
ぺこぺこ。
「いいんじゃ。きにしとらんよ。それより、アイスキャンディーはいらんか?」
「え、あ、う……」
「おーい、ふりぃざぁ……ってアイス売りのおじさんじゃないか?」
「ん、そういうあんたは……お月見山でお世話になった少年か」
「やっぱりそうか! 久しぶりだな。元気してたか?」
「当然じゃ。でなきゃこんなところでアイスを売ったりしておらんわ」
「あ! あいすのひとです! おひさしぶりです!」
俺に続いてやってきたべとべたぁも懐かしい顔を見て声を出した。
「おお嬢ちゃん、元気だったかい?」
「げんきげんきです! あいすのひとこそどうだったですか!」
「勿論元気じゃよ。まだまだアイスを売らんとな!」
ふりぃざぁがこちらにやってきて、
「えぇと……そのぅ……この方はお知り合いですか?」
「あぁそうだ。前にちょっとあってな。アイス売ってるおじさんだ。ってそのままか」
今度はふりぃざぁをおじさんに紹介する。
「えぇと、まぁこいつも……旅の連れだ!」
よく考えると、伝説の萌えもんだぜおじさんいいだろうふひひ、とか言えないもんな。
その微妙な紹介が誤解を生んだのか、おじさんはえろい顔でふりぃざぁを見て、
「坊主もやるもんじゃのう……ふひひ」
とか言い出したので笑顔でそのサンダルの足を踏んだ。
「ごしゅじんさま! あいすほしいです!」
「ん、そうだな。おじさん、三本くれー」
「毎度。ほら、お嬢ちゃんに姉ちゃん、それと坊主」
何か扱いに差を感じるが……。
「んっ、つまたくておいひいれす!」
「冷たいものは大好きですよぅ」
「うん。おいしいな」
「はっはっは、そりゃ当然じゃ!」
俺はアイスキャンデーをくわえながら、おじさんの傍に寄り、小声で、
「しかしおじさん、まだ連れがみつからねぇのか」
「言ったじゃろ。老い先短いわしに着いてきてくれるものなんてそうはおらんよ」
「そうか……なんか二度もすまないな」
「心配してくれてるんじゃろ? まぁ男に心配されるよりは女の子にされるほうがえぇの」
「えろじじい」
この様子ならまだまだ大丈夫だな。
「食い終わったらボール再開するぞー!」
「りょうはいでふ!」
「わ、わかりましたですよぅ!」
「わしもまぜてー」
「おじさんはアイス売ってろ。溶けるぞ」
俺達の海水浴はまだ始まったばかりだ。
最終更新:2009年10月16日 14:46