5スレ>>765-1


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「ひぐっ、うぐ、うえぇえ」
 溢れては零れる水滴。普段は使わない声帯から発せられる異音。くしゃりと歪んだ顔。
 いつもどおりのリザードンの嗚咽であるが、決定的に違う点がある。
 オレはその場で二度三度土を踏みしめ、それから他の問題児二名に目を向ける。
 ハクリューはグレンじまから泳いだ疲れもなく、道中で仲良くなったメノクラゲと花いちもんめをしていた。
 毒が危ないから気をつけろと嗜めても「“だっぴ”すればいいからへいき」とあまり耳を貸さない。
 こういう時の為に捕獲したはずのストライクはどこ吹く風で、ぼうっとあたりを眺めている。
 気だるさにわずかな興味がブレンドされた表情からは、この町に何を思っているかまでは読み取れない。
 倣ってあたりを見回してみると、胸の底から、ハクリューやストライクの胸にはないだろう感情がこみ上げた。
 再び土を踏みしめる。何の変哲もないはずのそれに感慨を抱くのは、知っているからだ。
 帰ってきた。どうせすぐ出発するというのに、そんな言葉を頭に響かせた。
 さて、そろそろどうだとリザードンの方に向き直る。
 いつもと決定的に違う点。それは彼女、というか、彼女とオレの関係を知っていれば理解は容易だ。
 そして今この目に映る光景を見れば、何故そうなるか簡単に肯けるだろう。
「ミステリ、わたしだよ、ひーとんだよぅ。進化しちゃったけど、けどぉ」
「分かってるってひーとん。おかえり、おかえり」
 リザードンが泣いていても、オレは慰めたりしない。
 彼女が竹馬の友であるフシギバナと抱き合っている光景に、誰が手を出せようか。
 
 
 
 
 無数の書物と無骨な機械が無造作に並べられた無機質な空間。
 そんな主人不在の研究所は今、赤と緑の点に彩られている。
「相変わらず泣き虫だねぇひーとんは。ワタシも涙腺緩んでたのに、涙引っ込んじゃったよ」
「う、うるさいなぁミステリ。これでも少しは」
「ん? 少しは?」
「……久しぶりなのにすごく意地悪だ」
「ははは、ごめんね。嬉しくて嬉しくて、つい、ね」
 感動の再開を過ぎれば、この光景は必然といえるだろう。
 すっかり蚊帳の外に追いやられたオレ以下3人は、フシギバナの淹れた紅茶をすするしかない。
 “あまいかおり”をまぶしたような芳香と、少しの苦味がアクセントになって中々美味しい。
 ハクリューとストライクも気に入ったのだろうか、お茶菓子より頻繁に口に運んでいる。
 旅に出るずっと前、まだヒトカゲだった頃の彼女は、いつもこれを飲んでいたのだろうか。
「ミステリおかわり。マスター、この紅茶美味しいでしょ? ミステリの自家製なんですよ」
「これティーパックだよひーとん。今日はいい葉っぱが作れなくてね」
「うそっ?」
「うそ」
「……うー。おかわり」
「本当に変わらないねひーとん」
 出来ればずっと見ていたいやりとりだが、こちらは急ぐ旅だ。
 カップを置いてフシギバナに訪ねた。
「ええと、博士は当分帰ってこないと考えていいのかな」
「あ。ああはいそうです。なんでも近くに珍しい萌えもんが出たらしくて、フィールドワークに」
「しかもそのフィールドワークに町中の人間全員引っ張ったと?」
 フシギバナはオレが挨拶と自己紹介してすぐしたのと同じ質問に、笑顔で再び答えた。
「ええ。とにかく人手が必要だって。みなさんも結構ノリ気で行っちゃいました。
 ビックリしたでしょう? せっかく帰ってきたのに誰もいなくて」
「まぁな。それにしたって博士も強引だな。手元に萌えもんもいない、もう無理は出来ないとかいってたのに」
 雀百まで踊り忘れずです、とフシギバナは返して、また笑った。
 しかしオレはそれに笑顔で返せず、つい黙り込んでしまった。
 せっかくの故郷だが、人もいない空っぽの町でのんびりする気は薄情なようだがない。
 まだ日も高い。すぐにでも出発したいのが本音だ。片目だけでリザードンを伺う。
 口をもごもごとさせて、オレとフシギバナを交互に見比べている姿の意味ぐらいはオレにも分かる。
「リザードン、もう話は終わってるぞ」
「え? あ、そんなわけじゃなくて」
「お前にとっては渾名で呼び合うような友達との再開だろ。
 オレ達は気にしなくていいから。な」
「いやマスターにそんな」
 戸惑うリザードンに、フシギバナがすかさずフォローに入る。
「まぁまぁ。せっかくご主人様がこう言ってくれてるんだから。いいじゃないひーとん」
「ミステリ、でも」
「……そうだ。博士専用の研究室、色々変わってるんだよ。薬とかも増えてて。見に行く?」
「え、でも」
「ちょっと借りてもいいですか? トレーナーさん」
 ウインクまじりの質問に、オレは頷くに決まっていた。
「はい決まり。それじゃ、お茶のおかわりポットに入ってますので。
 ほらいくよひーとん」
「あ、えー、マスターいってきますね」
 フシギバナに引っ張られて行く姿に、流される不快感は一切見れなかった。
 あれが幼馴染というやつなんだろう。あの見事な扱い、オレなど形無しである。
「たのしそうだったねリザードン」
「そうね。あんなあの娘の顔、なかなか見れたもんじゃないわ」
 二人が研究所に入って初めて口を開いた。二人ともカップを手にしている。
 ハクリューはともかく、ストライクはあのカマでよく持てるもんだと感心してしまう。
「ねぇごしゅじんさま。あのフシギバナはあたしたちのともだちになるひと?」
「いいや。あのフシギバナはリザードンの友達だ。仲間にはならない」
「えー? いいひとなのに」
 その意見にはいたく同感。
 明るくて気が利くし、しっかりしてる。町全部の留守番任されるぐらいだ。
 彼女を選んだあの日に、ボール越しに見たフシギダネと同一人物とは思えない。
 性格で言えばおだやかとかおっとりだったりするんだろうか。
「どうかしらね。ああいうのが肝心なとこでヘマしちゃったりするのよ」
「へま?」
「失敗のこと。くさタイプに“やどりぎのタネ”したり、ちょすいの特性相手に“なみのり”したり」
「さっきめっちゃんが『昨日泳いでた人間に“どくばり”しちゃった。テヘ☆』っていってたけど、それ?」
「そうそれそれ。分からないわよー。しっかりしてる人ほど、盛大なポカするもんだから」
「お前はフシギバナの何を知ってるんだ何を」
 あとハクリューが仲良くなったメノクラゲはちょっとお近づきにしたくない。
「知ってるわよ。サファリにいた頃遊んだことあるし」
「ふん。ああいえばこういうってのはお前のためにある言葉だな」
 カップの底が見えてきたので、隅のポットを持つと、不意に大きく持ち上がった。
「あれ? 誰かおかわりしたか?」
 首を横にぶんぶん振る二人。
「ううん。あたししてない」
「私も。リザードンが席立つ前にがぶがぶ飲んでたんじゃない?」
「ああ、そういえば。あいつにとっては懐かしの味だから、仕方ないか」
 二杯目三杯目が欲しい味なのだが、二人の語らいを邪魔してまで飲もうとは思わない。
 博士が帰ってこない以上、ここで待ってるより実家にでも戻っていようか。
 腰を浮かせようとしたオレの耳に、ハクリューでもストライクでもない、怒号にも似た大声が届いた。
 直後伝わる知らないぬくもり。
「トレーナーさん!」
 浮かせようとした腰は抱きつかれた勢いと少女の重みでソファーに沈み込んだ。
 一瞬意識が切れたオレ他二名にもお構いなく、フシギバナは口を動かす。
 その姿は、さっき笑顔でオレに対応し、リザードンが懐いた彼女じゃない。
「リ、リザードン、リザードンのせ、せせ、せいかくがっ」
「は? リザードン?」
「ワタシ、ワタシのせいです。ワタシが紅茶に」
「おいリザードンがどうした! あいつに何が」
「あ、あそこに」
 フシギバナが、自分の飛び出してきた方向を指差す。
 その向こうには、さっき見慣れぬ笑顔を常に見せてくれた彼女が立っている。
 ただ、違う。フシギバナの動揺が、一目で理解出来た。
 リザードンが口を開いた。
「ミステリ、そう騒がなくていいよ。マスター、安心してください。私の体には何の異常もありません」
 はるか上空を飛べるという羽、激しく燃えあがるしっぽの炎、引き締まった紅蓮の肉体。
 その全てに相応しい、威風堂々と仁王立ちするリザードンが、そこにいた。
 
 
 
 
「……やっぱり」
「どうだった」
「ワタシが茶葉にブレンドしたハーブの中に、博士が実験で使うものが含まれてました。
 それがどう作用したかは分かりませんが、原因なのは間違いありません」
 ストライクの戯言が見事に当たってしまったということか。
「そのハーブってのは?」
「これです」
 目頭を労るように揉みながら、オレに白色の葉っぱをよこすフシギバナ。
 見たところ何の不思議もないただの白いハーブだ。オレ達への影響を尋ねると、フシギバナは首を振った。
「いえ、それは大丈夫です。入れた量はごくわずかです。
 おそらく、ポット一本をほとんど飲んだひーとんだからああなっちゃったと思います」
「それはよかった」
「すいません」
 下げる頭に合わせるように、頭の花も少し萎れてるように思えた。
 被害者はオレなわけじゃないから、と頭を上げてもらって、二人で黴臭い研究室を出る。
 そのまま研究所も出ると、まったくもって想像したことない光景が広がっていた。
 人が想像もつかない出来事も、時には起こりうるんだな。
「わぁ! リザードン高い高い! もっと高く飛んで!」
「もう少し待ってて。羽使うの生まれて初めてだから、結構難しいのよ」
 民家の屋根を少し上回ったあたりで、リザードンははしゃぐハクリューを背に、マサラを旋回している。
 マサラは狭い町だし、高度も図鑑で言われるそれには遥か及ばない。
 しかし、あのリザードンが羽を使って空を飛んでいるのだ。
 その事実だけでオレの脳はぴりぴり痺れて、目の前の光景が眩く見えてしまう。
 オレに先立ってそれを見ていたストライクがこちらに気づいた。
「あら、検査終わったの?」
「ああ。紅茶になんか混じってたってフシギバナは言ってた」
「なんかって?」
「ああ、これだって。この葉っぱが紅茶にほんの少し入ってたとか」
「ふーん。こんな葉っぱでねぇ」
 訝しげに葉を眺めるストライクは、時折匂いを嗅いだりカマでつつく素振りも見せる。
 警戒していると捉えたのだろう、フシギバナが葉っぱとストライクの間に入るように頭を下げた。
「すいませんストライクさん。あなたにも迷惑かけてしまいます」
「ああ、いいのよ全然。こっちは珍しいもの見れてるし」
 そういう問題かまったく。言いたいことは同じではあるが。
「だけどまぁ、本当に気にしないでくれ。悪気があったわけじゃないんだから」
「そう言ってくださると気が楽になります。それにしても、ひーとんたら。あんなにはしゃいで」
 フシギバナは、目を細めうっとりとした表情でリザードンを眺めた。
 幼馴染である彼女から見ても、あのリザードンの活発ぶりには目を見張るものがあるらしい。
 図鑑を開いて、リザードンの情報を今一度確認する。
 変化は二つ。一つは“どく”状態になっていること。どくけしを受け付けないが、体力にも変化はない。
 二つ目はやはり性格だ。“おくびょう”から“ゆうかん”に変わっている。
 生まれて初めての飛行で人を乗せてあそこまで飛んでいるのだ。確かに勇敢といえる。
 性格を変化させるなんて聞いた事もないが、実際起きてしまってるのだから仕方ない。
 図鑑から目を上げて上空を見やると、リザードンと目があった。
 それでこちらに気づいたようで、急旋回して着陸体勢を整えるリザードン。
 初めてとは到底思えないスムーズさで、難なく着陸に成功した。
 ハクリューがするすると背中から降りて、こちらは慣れた動きで着陸する。
「おかえりなさいマスター。どうでした、私の異常は」
 見た目も口調も普段と変わらない。違うのは振る舞いだけだ。
 ただ、それだけで見た目も口調も違うそれに思えてくる。
 目の前のリザードンは今までの彼女ではない。
 何者にも劣らない力と精神をもった、オレが昔憧れたリザードンそのものだった。
 リザードンの質問に、オレはちょっと嘘をつく事にした。
「詳しくは分からん。けど害はそこまでないようだ」
「なら問題ありませんね。マスター、私の飛行はいかがでしたでしょうか」
「ん? あぁ、初めてとは思えない動きだったよ。巧いもんだった」
「でしょう? これでようやくリザードンの面目躍如です。それで、どうです?」
「どうって?」
 オレのとぼけた疑問符を打ち消すように、リザードンは大袈裟に笑った。
「またまた。せっかく飛べるようになったんですから、マスターが乗らないでどうするんですか?
 あ、せっかくなら町から出たいわね。ねぇミステリ。ここらへんなら、そこまで危ないのもないでしょ?」
 いきなり訊かれたからか、フシギバナは一瞬戸惑いながらも、肯定の頷きを見せた。
 それを見て釣りあがるリザードンの口端。こんな挑戦心と自信の混じった笑いは、本当に初めて見る。
「じゃあ決まりですね。どうしますマスター」
 再びされるリザードンの問い。オレは少し、本当に少しだけ思案して、決まっていた結論を伝える。
「じゃあ、少しだけ。海を眺めてみたいんだけど、平気か?」
 本来なら言うだけで口から泡を吹きかねない言葉に、これまた大袈裟に頷く彼女。
「もちろん。リザードンの本気を見せてあげましょう」
 そう言って、準備運動代わりの屈伸を始めた。
 さて、長年の夢が叶うのはそれはそれで素晴らしい事として、オレは残りの手持ち二人に呼びかけた。
「なにごしゅじんさま?」
「どうしたの?」
「ああ、もちっと寄ってくれ」
 リザードンが前屈をフシギバナに手伝ってもらってるのを横目に、二人の耳元まで口を寄せる。
 誰に聞かれるわけでもないが、まぁ一応。
「? あたしそうするつもりだったけど?」
「右に同じ」
「ならいいや。それじゃ、困った時は自分で判断してな」
 二人の頭を交互に撫でて、準備完了だ。
 ハクリューは友達の待つ21ばんすいどうへ向かい、ストライクは研究所へ向かう。
 今回はオレだけでは無理だ。
 二人の協力がなくては、リザードンを慰められない。
 リザードンの準備が終わったらしい。彼女の元へ小走りで向かう。
「分かったひーとん? いくらキミが勇敢だからって、羽使うのほとんど初めてなんだから」
「大丈夫だよミステリ。もう慣れたから」
「本当に気をつけてね。危ないと思ったら戻ってくるんだよ」
 なんだか海に行くのがフシギバナに大きな心配をさせているようだ。
 この娘にも迷惑をかけてしまった。リザードンの背に乗る前に、彼女の肩に手を置く。
 微かに震えている。そんなこの娘に、少しでも安心を与えられればいいけど。
「大丈夫。オレのリザードンは、キミが思ってるほどヤワじゃないから」
「……お気をつけて」
「どうも」
 土を踏みしめる。先ほどとは違うものが胸にこみ上げてくる。
 またすぐに戻ってくるだろうに、オレは本当に現金な奴だ。
 そんな現金な男の夢に応えてくれる、赤い髪をした少女に合図をする。
 リザードンは大きく頷いた。
「いきますよマスター。しっかり掴まってくださいねっ」
 羽のはばたく轟音は耳をつんざき。
 土から離れる感覚は、ずっと夢見たものと同じだった。
 いつもよりずっと近い太陽に背を向けて、リザードンは21ばんすいどうへ飛行を開始した。
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