「……ほう、悪夢を振り払ったか……本当に久しぶりに楽しめそうだ」
「まぁ、正直兄貴のおかげって感じだがな」
「え?」
「……とりあえず、お前の力ならあいつら引きずり戻せるだろう。いってこい」
「あ、ああ。わかった、時間稼ぎを頼む」
「……時間稼ぎはいいが……」
「……いいが?」
「別に倒してしまっても構わんのだろう?」
目を覚ましたアルバートに後を任せ、今だ伏したままの仲間の元へ急ぐエドワード。
「さっきのは、いわゆる死亡フラグって奴じゃないのか?」
「なに、確かに相性では不利だが……ん、いかんな、俺もやつに染まってきたか?」
後半は呟くような声で、エドワードを背に隠すアルバート。
「……不利だが?」
「ッフ……当たらなければどうということはない!」
言うが早いか、弾丸のように飛び出すアルバート。
そのスピードにわずか怯みつつ、即座に反応して飛翔するドンカラス。
その足元を通り過ぎるかと思われたアルバートはしかし一転、真上に飛び上がる。
「!」
後退することでアッパー攻撃を回避するが、そのスピードが死ぬことはなく天井で跳ね返ってくる。
重力の助けによってさらに加速するそれは、回避できなかった。
悪夢の中、ヴァージニアは恐怖に震えていた。
「こんな大事なこと、どうして黙っていられるんでしょうねぇ……今の私には理解できませんよ」
彼女の一族の掟。最愛の主に未だ明かせない秘密。
その重さに、目をつぶってきた事実に、何よりそれを、見ず知らずの他人に暴かれたことに。
ただ「知っていた」だけのアルバートとはわけが違う。
どれほどの重さを持つかは、一族のものにしかわからない。
それを、全て把握された。
「罪深い人だ……けれど、ここは夢の中。誰に憚ることなく、安らかに、」
「よくわからないけど、人の女を寝取らないでくれる?」
押しつぶされ、最後の誘惑に屈する、その寸前。最も会いたくて、最も会いたくない彼が。
エドワードが、現れた。
「おやまぁ、ひどい言い方ですね」
「だってそうだろう、夢の世界へ連れて行ってあげるからおいで、なんて」
彼は先ほどからいた人物──おそらく、ヨノワール──に語りかけ、そして振り返る。
「さ、帰ろう。帰ってからでも、反省することはできる。こんな所で、未来を全部放り投げるなんてダメだ。
というか放り投げるくらいなら、僕に頂戴よ」
独占欲に満ちた発言。なぜだかそれに安心して、そうして気付く。
どうしようもなく彼に惚れているからこそ、彼が知らないことにどうしようもなく罪悪感を覚えていたのだと。
瞬き一つの後。自然と、すぐそばの顔に口づけていた。
「……まいったな、こんなに積極的なのは初めてじゃないかい?」
エドワードの発した言葉に、真っ赤な顔で目をそらすヴァージニア。
その視線の先では、ドンカラスの胸に片手をつきたてたままで動かないアルバート。
直後、ドンカラスの蹴りを前宙でアルバートが避ける。
「どこのサーカスだ」
エドワードはそれだけ言うと、続いてルクの方へ向かった。
「ふふふ……? 故郷に妹を残してきたんですか……」
ルクが見せられていたのはごく最近のもの。
以前のマスター、エリカの元に居る妹との思い出。
「全く、残酷な人だ……ああまで慕われていたながら、一人残してくるなんて」
随分勝手な物言いに、しかしルクは返せない。
一応、それは正論だからだ。
「でもご安心を……ごらんなさい。ほら、そこに……」
その言葉に振り替えると、そこにいたのは。
「……お帰りなさい、お姉さま」
「……うそ」
愛しの妹、その人だった。
「貴方はかえってきたんですよ、故郷に。さぁ……二人仲良く、ここでずうっとお過ごしなさい」
その甘い誘惑に、負けそうになる。いや、それは正しくない。
ルクが負けた誘惑とは、世界を旅する冒険心。だから、これこそが正しい世界なのだ。
「けどさ、記憶を見る限りコイツの勢いに妹さんが付いていけてるように見えなかったよ?」
その正しい世界に、邪魔がはいる。
「無粋な人だ。せっかくの姉妹水入らずをぶち壊すんですから」
「どうせ夢だ、いつかは覚める。本当に妹と一緒にくらいしたいなら、目ぇ覚まして自分で帰ろうぜ?」
全く無粋だ。無粋だが、それこそにルクはなぜか惹かれる。
そして彼女が、妹との暮らしに物足りなさを感じていたのも、事実。
「ねぇ、ルク。君が帰りたいって言うなら僕は送っていくよ。
だから、まずは目を覚まそう。こんな偽りの世界なんか、本物を求める糧にするためのもので、
どっぷり浸るもんじゃないよ」
そして彼女は、その手をとった。
「……お前、女だったのか」
手を握り、開く。こう書けば格好は付くが、その手つきはまるでオヤジのそれである。
「べつに気にしているわけでもないが……わからなかったとはいえ、女の胸を揉むのはどうかと思うぞ」
そうなのである。ついでに言うと偶然でもあるのだが。
ドンカラスは女性で、また目立たない程度の胸のふくらみをもっていたのだ。
そこにアルバートの手が触れた。
先ほどの硬直はそのためである。
「……今、なんとおっしゃいましたか?」
そして、眠っていたはずの女が目覚める。
その声に、なぜか全身が震えるアルバート。武者震いでないのは確かだ。
「……お前、どうやって起きた?」
「質問に答えてください。今、なんとおっしゃいましたか?」
ドンカラスも同様に、なぜか全身が震えた。そのまま正直に答える。
「『女性の胸を揉むのはどうかと思うぞ』」
「揉んだのはアルバートさん……そこのバシャーモで、揉まれたのはあなた、そうなんですね?」
別に実際に揉んだわけではない。というか、揉めるほどなかったという方が正しい。
「ああ」
だが、その気迫に素直に頷くドンカラス。
それが、危険なスイッチを押してしまったのだということには気づかず。
「うふ、うふふふふ。わかってます、わざとじゃなかったんですよね? 事故だったんですよね?」
「いいわけは見苦しいだろうが、故意にやったものではない」
直後、彼女からすさまじい殺気があふれだした。
「!?」
本能的に危険を察知し、羽のナイフで弾幕を張るドンカラス。
しかしそれはアルバートという名の盾で防がれる。
「かばってくれたんですね……うれしい……」
「……お前が倒れるところなんて、見たくないからな」
一応言わせてもらうが、これはアルバートが自発的に言ノ葉の前に立ったのだ。
そして、攻撃力を最大まで上げた言ノ葉に、怖いものなどあまりなかった。
『こいつはめずらしい』
そうかよ。
『じつにきょうみぶかい』
それで?
『これはしらべるひつようがある』
うるさい。
うるさいうるさいるさい。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいいいいぃぃぃ!!!」
「おやおや、トラウマでも引き当ててしまいましたかねぇ」
カメックスの特徴たる二門の砲を照準も秩序もなく撃ち放す凛悟。
その先には無数に分身したヨノワールの姿がある。
「だまれだまれだまれぇ! きえろぉ!」
だがどれだけ撃とうとその数は減らない。否、増えている。
これが悪夢の世界だからこその現象だが、そんなことに気づけるはずもない。
「やれやれ。少々危険な記憶を使ってしまったようですねぇ……どうしましょうか……?」
「僕に尋ねるあたり、本当に答えに窮しているようだね。ま、簡単だよ」
ヨノワールの壁の向こうにはいつの間にかエドワードが現れている。
おもむろにメガホンをとりだしたかと思うと、こう叫んだ。
「迷子の呼び出しをいたします。悪夢の中の凛悟様、凛悟様。現実にて恋歌さまがお待ちです。
至急いらっしゃるようお願いします」
「誰が迷子だ!?」
即座に突っ込みが入る。この2人、漫才的に相性抜群である。
「……これは驚きましたね。一瞬で立ち直らせるとは」
「認めないぞ! 僕は認めないからな! こんなやつにこんな方法で正気を取り戻させられたなんて!」
しかしそれが凛悟は非常に悲しく、涙目である。
そんな彼にひと飛びに歩み寄ると、エドワードは軽く顎を振る。
付き合いは濃い。意図を読み取ることはできた。
「まぁ、先ほどのサンダースのお嬢さんはあまりにあっさり目を覚ましてしまいましたし、
これで最後ですからね。せめて抵抗らしい抵抗をさせてもらいますよ」
ヨノワールが全方向に存在する。これでは脱出できない。
詳しい仕組みはわからないがそういう状態だ。
──そう、2人は思うことにした。
「とりあえず」
「撃つ」
凛悟はスタンド”運命の悪戯(ディスティニー・ゲーム)”を、
エドワードは小太刀サイズの木刀を構える。
「「ファイナルストライク!」」
全方位攻撃。無数の風の刃と回転する水圧の刃。
2人は、すべてのヨノワールを叩き落とした。
「状況は? レン」
「あ! ヨノワールが現れた!
ドンカラスにお前の望みを言え
かーなーりつよい」
「おk、把握」
「この状況でネタを交える君らの神経を疑うよ」
いつものやりとりをしている3人。しかし既にアルバートが戦闘不能。
言ノ葉も一瞬の隙を突かれて撃沈。
確かに、この状況で漫才できる神経はおかしい。
「ま、簡単だ。レン、雨乞い。そしてルク、ウェザーボール。そんでリンが波乗りだ。ジニーは下がってて」
それも、相手を圧倒できるだけのメンバーが存在すること、
そのメンバーへの全幅の信頼からくる余裕の表れだった。
「「……っく、面倒な…!」」
2体がまとまっているからこそ、この流れで倒せるはずだった。
しかし実際は倒れない。
「それはこっちのセリフだ。全く、体力も2体分、おまけに羽根休めで回復だと?」
体力も単純に2倍、防御力も攻撃力も素早さも2倍。
面倒にもほどがある。
このまま面倒を続けるつもりのないエドワードは、ボールを取り出した。
「ええい、大人しくお縄につけーい!」
「「あーれー!」」
放られたそれに、実に簡単に捕まるドンカラス。
「……また、こういうタイプなのか……?」
あまりにもあっけない幕引きを飾ったのは、凛悟の一言だった。
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~あとがき~
なにこの尻切れトンボ。
でも許してくれ、シリアスは苦手なんだ。
次はまるで違うベクトルのものを書く。
とおもったがやっぱりシリアスになりそうだ。
それでは次回予告!
「あなた、正気ですか?」
新たな仲間。
「……わかっとる。こんなん、ひどいって。でも、それしかなかった」
過去の記憶。
「ああ。それが──どうか、したのかい」
明かされる秘密。
「わた、しは──」
次回、吸血記第十一話。
──君の血に流れてる、その罪は何?
過度な期待はしないでください。以上吸血の人でした!
最終更新:2009年10月16日 14:54