たまの休日。俺はやることもなく、何一つ興味をそそらないテレビの画面をぼーっと見ていた。
「なに惚けてるのよ? あんた、覇気ってものがないのかしら? まだおじいちゃんって歳でもないでしょ」
後ろから憎まれ口を叩くのはキュウコンだ。俺は言い返すのも面倒くさい。
「家にこもってても不健康なだけでしょ。散歩でも行ってきたら? お買い物とか、せっかくの休みの日じゃない」
あそっか。という呟き声。にやっと笑う意地悪な顔が見ずとも浮かんだ。
「一緒に出かける相手もいなきゃ、その気も起きないってものかしらね」
クソッ。俺も好き好んでくだらないテレビを見てるわけじゃない。しかし休日の過ごし方は俺が決めるのだ。揶揄される謂れはない。
俺はムカムカしてきた。テレビからノイズのような笑い声が聞こえる。ムカムカは俺自身に向けられていたが、吐き出す相手はアイツにだ。
「チッ。誰のせいだと思ってるんだよ」
振り向いて睨みつける。キュウコンは馬鹿にした顔だ。
「何よ? 私のせいとでも言いたそうね。いくつになっても子供なのね、あんたは」
「うっせえな。クソッ。俺に彼女の1人も出来ないのはお前のせいだからな」
「ッ! なによそれ? どういう意味」
「言葉どおりだっての。お前のせいで俺は彼女もつくれないんだ。クソッ」
自分でも分かる、理不尽で子供じみた物言いだった。いい年をして女の萌えもんと暮らしてるというのは、確かに女性に対していい印象を与えないこともある。
だが、それ以上に自分自身に問題があるのは分かっていた。それに、実を言うと、俺はそれほど彼女が欲しいとは思っていない。ただ、苛々をキュウコンにぶつけただけだった。
キュウコンは下を向いて黙っている。俺のあんまりな言葉に心底呆れているのかもしれない。それとも怒りのツボにハマって何も喋りたくないのか。
どちらにせよ俺は謝るべきだったが、ここで自分から謝れるのなら、そもそもこんな喧嘩はしていない。
間の悪い空間。俺は図らずともキュウコンの言ったとおり外に出かけることを選んだ。
必要以上に扉を強く閉めて外に出る。キュウコンには何も言わなかったし、何も言われなかった。
行き先のない、ただの散歩。
キュウコンとは何度も喧嘩したことがある。ただ、今日のような居心地の悪さは初めてかもしれない。
キュウコンとは、長い。なにせ、俺が初めて買ってもらったボールで捕まえた萌えもんがあいつだ。
俺は初めて買ってもらったボールに興奮し、パートナーと一緒に戦う日を心待ちにしていた。
近所の草むら。風になびく毛並みが格好よかった。しかし、ガーディを狙ったボールは、狙いがそれて違う萌えもんに当たってしまったようだった。
逃げていくガーディを追いかけることはできなかったし、何よりボールがなかった。
せめて、ガーディであるように。だが、ボールの中にいたのは、小さなロコン。それがあいつだった。
俺はガキで鼻ったれ小僧だった。ロコン。しかもちっこい女の。そんなのは嫌でしょうがなかった。
「なんでガーディじゃないんだ! ロコンだなんて。僕はガーディが欲しかったのに!」
そんなことを言ったのだと思う。ボールから出てきておどおどしていたロコンは
「私も好きでお前に捕まったんじゃないっ!」
そういって飛び掛って噛みついてきた。
今思うとたいした傷ではなかったはずだが、俺はびっくりして大声で泣き出してしまった。そうすると今度はロコンがおろおろしだした。
結局ロコンも泣き出してしまった。日が落ちて、両親が俺を探しに来るころには俺はロコンと仲直りしていた。
「すごいよ! 格好よかった」
何故か先に泣き止んだ俺は、涙を拭いて、そうロコンに言った。おどおどと、弱そうに見えたロコンの意外な一面を見てびっくりしていた。
まだ泣き止まないロコンの涙を拭いてやって---拭いても拭いてもこぼれてくるものだった。それは---
「僕と一緒に萌えもんマスターを目指そうよ! ロコンに手伝ってほしいんだ」
ずいぶんと勝手なことを言った。ロコンは何を思ったのか、大きな目にいっぱい涙を溜めたまま、首を縦に振った。
それから俺はロコンをパートナーに青春時代の殆どを萌えもんトレーナーとして過ごした。
ロコンは最初の頃こそおっかなびっくりという感じだったが、すぐに本性を表してきた。
わがままで子供っぽいところはずっと変わらず、勝気で口が悪いとこだけ育っていきやがった。
閑話休題。
色んなタイプの萌えもんを捕まえたし、なけなしの小遣いも萌えもんのために使った。
当時の俺にはかなり高い買い物だったほのおのいしは当然ロコンに使った。
戦力アップが目的だったが、子供っぽい性格が直るんじゃないかという狙いもあった。
結果は芳しくなく、妙に稚気を含んだ笑い方に傲慢さがプラスされただけであったが。
青春時代を萌えもんトレーナーとして過ごした成果は自分の器を知ることが出来たことだけだった。
結局俺はバトルに対しての特別な才能があるわけではなかったし、一日中、足を棒にして山の中や森の中を歩き回れるほどタフでもなかった。
俺は萌えもんとは関係のない仕事に就くことが決まり、それを機に集めていた萌えもん達を野に帰した。
別れを寂しがってくれるやつもいたが、もうバトルをすることもないであろう俺の元でだらだらと過ごすよりは、と思っての判断だった。
キュウコンに萌えもん全員と別れるのかと訊かれてイエスと答えた。表情が暗くなった。キュウコンも遊び相手の萌えもんが居なくなって寂しいのかもしれない。
次の日、宣言通り萌えもん全員を野に帰した。キュウコンにそのことを伝えると、寂しくなるわね、と言われた。ただ、思ったより落ち込んではいないようで安心した。
そんな事を、思い出していた。
俺は萌えもんから足を洗った事を後悔しているのだろう。最近妙に生活に張りがないのも、そのせいかもしれない。
仕事をしながら、昔の勘を思い出しながら、改めて萌えもんバトルの世界に戻るのもいいかなぁと思えてきた。
別にチャンピオンやジムリーダーを目指すわけじゃない。そう思うと気負いせずやっていけそうな気がした。
さしあたってはイチゴショートだな。
進行方向は自宅だ。途中にある洋菓子店のイチゴショートは甘くて美味しい。アイツの好物だ。
今日は一方的に俺が悪かったし、誠意の印として受け取って貰おう。
「ただいま」
おかえりと返事が返ってきた。機嫌はとりあえずは直っているようだった。
謝るのはくすぐったいし、こっちには秘密ケーキもある。あえて本題から切り出す。
「あのさ、俺。萌えもんバトルまた始めたいと思ってるんだ。昔みたいにさ。それで、キュウコンにも手伝って欲しい。その、昔みたいに」
明後日の方向を向いて、一気にまくしたてる。気恥ずかしかった。
「それって……。うん。いいわよ」
笑顔のキュウコンだった。今日は俺が悪かったのに、不思議とすっかり機嫌が良くなっているようだった。
「なんだ、これ必要なかったかな」
苦笑しながら後ろ手に隠していたケーキの箱を見せる。
「ま、せっかくだから食べろよ、キュウコン。お前の好きなイチゴショートだから」
「ふぇ……。あ、ありがとう。その、ありがとうね」
妙にしおらしい。なんか調子狂うな。俺がいない間に何かあったのだろうか?
「これ1つしかないの? 私だけ貰うのも何か悪いし、一緒に食べましょ?」
テーブルの上のお皿に、行儀良くケーキをのせたキュウコンが言う。
せっかく機嫌がいいようだし、俺もいつもより柔らかなキュウコンを茶化す気はしない。隣に座って一緒に頂くことにした。
「……あのね。私、責任とるから、あんたの彼女がいないこととか、そういうの全部」
消え入りそうな声で、そう言われた。
「へ?」
ちゅっ
最終更新:2010年03月10日 23:28