5スレ>>847


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「いただきます」

翼の生えた少女は瞼を閉じ、掌を合わせて己の身を捧げる食べ物へ感謝の意を示す言葉を呟いた。
今正に食べられようとしている俺はそれに対し一体なんて返せばいいだろうか。アメジストは考える。
だがふと気づけば少女の顔がすぐ前にまで近づいていることに気づいて、羞恥の為に一瞬だけ思考が止まった。
少女は片膝をついたアメジストの両肩を掴む。そして水気ある口先はアメジストの頸動脈辺りへ。
種族こそ違うが、自分達と殆ど変らない異性の匂いに、ようやく動いた頭が顔が上気する。

「ふふっ」

そんなアメジストが可笑しいのか、少女はにこやかに笑った。
笑って、口の中から突き出された少し長い舌がぺろりと、アメジストの首筋をなぞるように舐める。
悪戯に冷やされた部分は僅かな部分なはずなのに全身は確かな寒気を感じて僅かに震えた。
先程の一瞬どんな顔をしていたのだろうか。視線を傾ければ、少女がにこやかに微笑んでいる。
まるで可愛らしい子犬を撫でる飼い主のように。アメジストが子犬ではないという点以外は間違っていないのだが。
少女の笑顔に恥ずかしくなってきて、アメジストは視線をあらぬ方向へと向ける。

「(早くしてくれ)」

心の中で少女へ文句を言って、心の中で悪態をつく。そうすれば、少しはすっきりした。
今は表に出してはいけない。アメジストはこの少女をことをよく知っている。
文句を言ったり、悪態とついたりすれば、意地悪な少女はこの行為に余計な時間を掛けようとするだろう。
アメジストは歴とした男だが悲しいことに身体能力に絶対的な差があるので、逃げることも抵抗することもできない。
尤も、元よりアメジストは少女から逃げるつもりも抵抗するつもりもさらさら無いのであるが

「(………なんでなんだろうな)」

自問するが答えは返っては来ず。これ以上の問答は無意味と判断して早々に思想の闇へと投げ捨てる。
それよりも、アメジストには今しがた体を密着させてきた少女への湧き上がる感情を鎮めるのが先であった。
素数を数える、というのは有名だが、実際してみるとあまり効果が無いと分かったのは昨日の話。
故に今日は普段通り、漣の音を頭の中で反芻させる。他人はどうかはしらないが、少なくとも自分にとって効果が大きいからだ。
数年前の思い出の中の漣の音が少女の色香を掻き消している。何とも奇妙でむず痒さを感じる中で、

「っ!」

アメジストから見て右側。肩とも首とも微妙な辺りで刺されたかのような鋭い痛みを感じた。
実際に少女が牙を、その辺りに刺している。齧りついている、と言った方が正しいのかもしれない。
少女は、アメジストをただ噛んでいるわけではない。そこからアメジストの血を吸って、飲み込んでいるのだ。
何故なら少女はそういう生き物だから。他者の血を吸い取ることが他の生き物にとって食事と『=』で結ばれる行為だから。
様々な民話や伝承に残る吸血鬼。その存在は少女の種族をモデルに造られたのだろう、とアメジストは考えている。

「……ちゅ、ちゅ…………」

小さく、音がアメジストの耳に届く。漣の音を打ち鳴らす中でも、口付けのようなそれは、はっきりと聞こえた。
未だ少女への欲望は失せないが、傷を舐められているというのに痛みだけはなかった。
自分の中で何かが浮いている。そう表現するしかない非常に奇妙で極めて小さい浮遊感はあるのだが。
仮にも自分の体の一部を食べられているわけだが、痛痒は初めの、牙が刺される時のみ。
曰く彼女の種族の唾液には皮膚の感覚を麻痺させる成分が含まれており、その為に痛みを感じないらしい。
ちなみに最初に少女がアメジストの首筋を舐めた行為とそれとは全く関係ない。ただの悪戯である。

「………んっ」

終わった後で何て文句を言ってやろうか。そんな事を考えている中で、少女の、くぐもった声。
吸血の終わり。つまり少女が満腹になった合図である。僅か数分の間であったが、それは少女は小食だからだ。
アメジストはその声に気づくと、軽く頷く。その手には何時の間にか綺麗に折り畳まれたハンカチが握られていた。
用意されたハンカチを見て、少女はゆっくりとアメジストから離れる。咄嗟にハンカチは傷痕に押し当てられる。
さて、吸血も終わったしまずは先の悪戯へ説教だ。そう思い、アメジストは口を開いて――――

「ごちそうさま」

先に少女がそう言った。先の悪戯っ子の微笑みとはまた別の種類の微笑みを浮かべながら。
それは、純粋な感謝の微笑み。血を吸わせてくれたアメジストへの、神に祈る聖女のような、笑顔。
アメジストは少女の説教をすることができなかった。少女の笑顔を見てそれらを出来る程、太くはなかった。
出鼻を挫かれて、恥ずかしさ混じりに誰に宛てたわけでもない文句を心の中で一度呟いた後で、同じ様に微笑むと。

「お粗末さまでした」
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