【真っ赤なお顔は風邪のせい?】
例年と比較しても酷暑と言うにふさわしい夏がようやく終わり、空気もにわかに秋めいてくる。
気温の低下と共に人々の服装も半そでから衣替えに向かうちょうど境目の季節。
9月末というのはどうにも普段着に迷う時期だ。
現に俺も、半そでのTシャツの上にジャンパーをはおり、なんとか昼夜の寒暖差に対応している。
じっとしているだけで汗がにじむ炎夏は過ぎ去り、動き易い日が増えたものの、昼は割と暑い。
それでも萌えもん達は元気に旅についてきてくれて大いに助かった。
雨が少なかったこともあり、キュウコンとギャロップは少し元気を持ち余し気味だったが。
しかし急激な気温の低下(夏が暑かった分、余計にそう感じる)はさすがに堪えるらしく、
特に寒さに弱いフシギバナは早くも毛布を取り出していた。
他のメンツも風呂から上がると、湯冷めしないうちにと早々にベッドに潜り込んでいるため、
最近は夜の活動時間が短く感じる。それも毎年の事なので知らないうちに慣れてるだろうけど。
「…マスター、はい」
「おう、サンキュ」
そんな中で俺はというと、一日の締めである今日のレポートを書いている最中。
時計の針は日付が変わる直前の位置にあり、そろそろ風呂を済ませて寝ようと考えていた。
既に夜の帳は降りており、今頃外ではホーホー辺りが目を光らせているに違いない。
パチンッ
「よし。終わった終わったー」
「…お疲れ様」
オニドリルが持ってきてくれたホッチキスで今日のレポートを留め、ようやく一日が終わる。
首周りをコキコキッと鳴らし、大きな伸びをすると、自然と大きなあくびが出てしまう。
そのままふと隣に目を向けると、オニドリルがレポートを覗き込むようにして眺めていた。
相変わらずよく分からない物に興味を示す奴だとは思うが、
真剣に読み進めているのに水を差すこともないだろう。
オニドリルの髪はしっとりと湿っていて、こいつが風呂上がりだということを物語っている。
そういえばこれを書いてる途中、浴室のほうからチャプチャプと音がしていたな。
それにしても、こいつは今、隣の椅子からこちらを覗き込んでいるわけで、
すると必然的に顔同士が凄く接近するわけでして…
「…? どうしたの?」
ほのかに鼻腔をくすぐるシャンプーの香りに硬直していると、
オニドリルが不思議そうにたずねてきた。
そりゃジーッと見られたら誰だっていぶかしむよな。
「そ、それじゃ俺は風呂入って寝るから。お前も遅くならないうちに寝るんだぞ」
席を立ち、バッグから着替えを取り出して逃げるように浴室に向かう俺も情けないが、
オニドリルはそんな様子を一瞥した後、おやすみと言い、また視線をレポートに戻していた。
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ジリリリリリ・・・!
「うー…ん」
翌朝、耳慣れない音で安眠を妨げられ、のっそりと体を起こす。
恐らく今の俺はとても不機嫌な顔をしているはずだ。まぁ寝起きはこんなもんさ。
眠い目をこすり、カーテンを開けて朝日を浴びる。
霞がかかったようにぼんやりとした頭で考えるのは、
今日の起床がいつもと違う方法で成されたということ。
何かイベントがあった次の日の朝ならいざ知らず、普段なら俺より少し早めに起きる
オニドリルが、朝刊片手に起こしに来るはずなんだが…。目覚まし時計の音を聞いた
のなんて何年ぶりだろう。
「顔洗ぉ…」
鈍重な動作でベッドを降り、リビングを通って洗面所へと歩く。時刻は午前6時半。
そろそろサンドパンが起きて朝食の準備を始める頃だ。
しかし、その傍らで椅子に座りながら新聞を読んでいるいつもの姿が見えない。
「ま、あいつだって寝坊することぐらいあるよな」
俺を除けば日頃パーティーメンバーで最も遅く就寝し、最も早く起きるあいつだ。
こうやってたまにはゆっくり寝ないと体がもたないのだろう。
まして朝は冷えるし、単にベッドから抜け出すのが億劫になっているのかもしれない。
結局俺は特に気にすることもなく、淡々と朝の準備を整えていった。
…
……
………
おかしい。もう9時だぞ。
起床が一番遅いキュウコンですら、既に朝食を前にして食卓に着いている。
「オニドリルさん、どうしたんでしょう…。ご飯が冷めちゃいます…」
「兄ちゃん、お腹すいたよぅ」
悪いなピカチュウ。もうちょっと待ってくれるか。
「あの子が寝坊ねぇ。珍しいっちゃ珍しいわね。ちょっと見てきてよ」
さっきまで朝食の遅れでイラ立ちを隠さなかったギャロップも、
さすがに何か異変が生じていることに感づき、フシギバナを促す。
「う、うん。それじゃご主人様、行ってきますね」
俺も行こうかと言いかけたところで、キュウコンに止められた。
「無断で女子(おなご)の寝所に男が入るでないわ、たわけ」
ピカチュウ以外の女性陣全員が頷く。怒らなくてもいいじゃない…。
待つこと更に数分。
フシギバナが血相を変えて飛んできた。
「ご、ご主人様!ちょっと来て下さい!」
慌てた様子で俺の手を引くフシギバナに連れられ、オニドリルに宛がわれた部屋に入る。
他の皆もその後についてきたが、この場合は入っていいのか…なんて
とぼけた考えが浮かぶ間もなく、ベッドの上の彼女の姿を見て全員が一様に驚いた。
「おい、大丈夫か!?」
そこにはシーツをギュッと握り、大量の汗を掻きながら、
苦しそうに体をよじるオニドリルがいた。
咄嗟に額に手を当てる。
「凄い熱じゃないか。氷水を用意しないと…頼む」
「は、はい!すぐに!」
俺の指示を受け、サンドパンが大急ぎで台所に駆けていく。
不運なことにここはセンターから遠く離れた山の中にある、旅人用の宿泊小屋だ。
センターに連れて行こうにも唯一の飛行タイプがこれでは…。どうしようか…。
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「少し落ち着いたみたいです。熱は引きませんけど…」
「わかった、ありがとな」
あれから2時間ほど経過。あまりドタバタと五月蝿くするのも悪いので、
フシギバナとサンドパンが交代で看病に当たってくれている。
ピカチュウが何度か部屋に入ろうと試みていたが、免疫力の低いチビっ娘に
もし移ったらと考えると、止めてやらざるを得ない。
ちゃんと他の娘を心配出来る優しい娘に育ったことは喜ばしいんだが。
「一応寝付いた様ですけど、酷くうなされてて、汗の量も凄いんです」
「さっき変えたばかりの氷水も、もう溶けちゃってました」
看病に当たる2人が逐次、様子を報告してくれる。
「昨日の晩まではいつもと変わらない様子だったんだけどな…」
恐らく、あのまま遅くまでレポートを読みふけっていたのだろう。
しかし大した文章量では無いはずなのに、そんなに長時間見ていられるものだろうか。
すっかり冷めてしまった朝食を食べながら、ふと昨日の事を思い出す。
「病の誘因を思案しても詮方無かろう。それで彼奴が快方に向かうことなど無い」
一足先に食事を済ませ、外に煙草を吸いに行ったキュウコンはこう言っていた。
もっともな話だ。今はオニドリルが元気になる方法を考えないといけない時。
それは分かっているが、やっぱり気になるものは気になってしまう。
体調を崩し易い時期だから、レポートを取り上げてでも寝るよう促した方が良かっただろうか。
薬を常備してなかったのは俺の責任だな…という罪悪感も感じながら、
ふと自分の膝上に視線をやる。
「お姉ちゃん…」
いつも元気に走り回っているピカチュウも、オニドリルを心配してしょんぼりしている。
思考は幼いが感受性の豊かな娘だ。俺達以上に事態を深刻に捉えていても不思議ではない。
「あいつなら大丈夫。絶対に治るさ。ほら、キュウコンが帰ってきたぞ。遊んでもらいなさい」
髪をくしゃくしゃと撫でてやりながら、いつも通り気だるそうに戻ったキュウコンを指差す。
こう見えて子煩悩な奴だ。俺よりもよっぽど上手く不安を解消してやれるだろう。
「なんじゃ童女。また尻尾に潜り込むか? 主(あるじ)もどうじゃ?」
普段なら魅力的な提案だが、今はそれ所ではない。遠慮しておこう。
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「はぁ…はぁ…、か、買ってきたわよ…」
午後2時、ガチャッという音と共にギャロップが食卓へと駆け込んできた。
いつもなら薬の補充はオニドリルがひとっ飛びでやってくれるんだが、今回はそれが出来ない。
そこで、俊足が自慢のギャロップに頼んで山を降りてもらったのだ。
「さすがにキツいわ…野生の子を蹴散らしながら往復なんて…はぁ」
「すまなかったな、こんなこと頼んで。ほら」
そう言っておいしい水を差し出すと、一気に飲みほした。
「本当にありがとな。あとはゆっくり休んでくれ」
薬を受け取り、頭を撫でながら礼を言う。
払いのけられるかと思ったが、もはやその気力も無いらしい。
「この借りはちゃんと返してもらうわよ。アンタにも、あの子にも」
そう言葉を残し、ギャロップはそのまま自室へと戻っていった。
後で何を要求されるかと思うと少し恐ろしいが、これで薬が手に入ったんだ。
多少の事は目を瞑るか。
「あの、レッドさん。ちょっと…」
ギャロップが帰って数分後の事。
オニドリルの部屋で看病を続けていたサンドパンが、ひょっこり顔を出し、手招きしている。
ちょうどフシギバナが水と薬を持っていこうとしている所だったが、
俺が呼ばれるとは何事だろう。
「起きたのか? 具合は?」
「そ、それがですね…」
困惑したようなサンドパンの表情に、思わずフシギバナと目を合わせて「?」を浮かべる。
とにかく、行ったほうが良さそうだ。
「入るぞ、オニドリル」
「薬持ってきたよ~」
サンドパンに促されるまま、本日二度目の入室を果たす。
フシギバナは交代で何度も入ってるが。
「って、おい!? どうしたんだ!?」
部屋に入るや否や、俺達の目に飛び込んできたのは、
横向けのままポロポロと涙を流す彼女だった。
目元は赤く腫れ、顔を伝う涙は枕を広く濡らしている。
「…マ、スター…?」
意識も定まらないだろうが、辛うじてこちらを認識してくれた。
咄嗟に起き上がろうとする彼女を俺がなんとか支えている間に、フシギバナが薬を用意する。
「はい。これ飲んだらまた寝ないとダメだよ? ちゃんと休まないと」
「…うぅ、ぐすっ」
フシギバナがオニドリルの口に薬を含ませ、水を差し出す。
さすがは幼馴染同士。一時は心理的な摩擦が生じていた2人だが、
フシギバナの心配ようを見ると、それもかなり解消されてきたように思える。
「…ん (コクッ」
オニドリルが薬と水を飲みきったのを確認し、そっとその頭を枕へと戻す。
これで少しでも良くなってくれればいいんだけど…。
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薬を飲んだ後、再びオニドリルは眠りについた。
しばらく様子を見守り、ちゃんと寝付いたと判断し、またこの食卓に戻ってきたわけだが。
(なんであんなに泣いてたんだろう…)
あの姿が脳裏に焼きついて離れない。
看病役をフシギバナと交代したサンドパンも、首をかしげていた。
彼女曰く、体の汗を拭き終わってタオルを交換しようとしていたところ、
急に枕元からすすり泣きが聞こえたのだという。
「あんなに泣いてるオニドリルさん、初めて見ました」
「ああ、俺も記憶がある限りでは一度も無い」
それだけに、原因を突き止めようにも手がかりが無い。
今までも何度かオニドリルは病に臥せた事はあるが、
それでも寝そべりながら本を読んだりしており、取り乱すような事は無かった。
今回は一体どうなってるんだ?
「ご主人様、あのぅ…」
なんかデジャヴ。
「何かあったのか?」
「さっき起きたんですけど、話がしたいらしくて…。とにかく来ていただけませんか?」
話? 一体何だろう。こればかりは実際に言葉を交わさないと、どうしようもない。
彼女の調子が急に悪くなる可能性を考えて、
念のためサンドパンは食卓に待機させ、俺はオニドリルの部屋へと向かった。
フシギバナが部屋の前でドアを開けたまま待ってくれていたが、
入室後に続いて来る様子は無い。
オニドリルに頼まれたのか、それとも2人の間に何らかの示し合わせがあるのかは
分からないものの、とにかく今は彼女の容態の確認が先だ。
「どうだ? 楽になったか?」
「…ちょっとだけ」
話が出来る状態になっただけでも改善に向かっていると判断すべきだろう。
心なしか顔色も良くなっており、今なら果物程度なら食べられそうだ。
これは薬を買ってきてくれたギャロップへのお返しも弾まないとな。
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「さて、と。話があるって言ってたな?」
起き上がりたそうにするオニドリルをなだめながら、俺がここに呼ばれた理由について問う。
彼女の負担にならないよう、あくまで急がず、ゆったりとした口調を心がけて。
フシギバナは気を利かせてくれたのだろう。ドアは閉められ、そのまま退室したようだ。
「なかなか落ち着いて話をする事がないからな。良い機会だし、何でも話してくれよ」
「…何でも?」
「ああ、何でも」
オニドリルはしばらく言い辛そうに布団の中でモジモジしていたが、
やがて意を決したように重い口を開いた。
「…マスターは私の事、どう思ってる?」
「どうって、大切な家族だと思ってるよ。小さい時から一緒に暮らしてきたじゃないか」
率直な気持ちだ。他意が入る余地も無い。
しかし今更それを確認したがるというのは、
どうやら彼女の中ではそうは思えていないからのようで…。
「…嘘」
あっさりと切り捨てられてしまった。
「嘘なもんか。お前が病気だって聞いて、本当に心配したんだぞ?
こうやって話せるようになっただけで飛び上がりそうなほど嬉しいんだ」
「…だったら、これは何?」
悪く見れば弁解にも聞こえる俺の言葉を遮ってオニドリルが差し出したのは、
このパーティーのレポート。昨夜彼女が熱心に読みふけっていたものだ。
見当たらないと思っていたらお前が持ってたのか。
「これがどうかしたのか?」
不思議に思いパラパラと眺めてみる。
トレーナーとしての唯一の報告書みたいなものだから、別段おかしな記述はしてないはず…。
「…て…ない」
「え?」
「…私の事、何も書いてくれてない」
オニドリルが反射的に起き上がろうとし、慌てて横に寝かせる。
病床にあるため声はいつにも増してか細いが、それでも俺に対する明確な不満は感じ取れた。
確かに、月ごとにまとめられたレポートのうち、今月分に関しては、
彼女に関する記述は一切していない。
しかしそれは、彼女が言葉少なながらも常に優秀な参謀の役割を果たしていたからであって、
殊更書くほどの問題点が見当たらなかったからなのだが…。
「…何で、私だけ」
そう言うとオニドリルはそっぽを向き、掛け布団をすっぽりとかぶってしまった。
顔も合わせたくなくなってしまったのか…?
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それから俺は布団越しの彼女に対し、真意を伝えようと必死に言葉を重ねた。
彼女の耳には届いているだろうか。ただただ小さな嗚咽が聞こえる布団に向かって、
何度も、何度も。しまいには俺まで泣きそうになる。
言葉で伝えられない気持ちがあるというのはよく聞く。
だが、いざ自分が実際にその当事者となった場合、とてつもなく辛く、やるせなくなってくる。
「ご主人様…」
ふと背後から声を掛けられ、溢れそうになる涙を慌てて拭った。
「お取り込み中の所失礼ですが、入っても良いですか?」
遠慮がちに部屋のドアを開けたフシギバナが問いかけてくる。
良いも悪いもオニドリル次第なのだが、当の本人は顔を出すこともなく、
布団にくるまったままだ。
「あ、ああ」
フシギバナが入ってくるのは予想外だったが、おかげで少し平静を取り戻すことが出来た。
このままじゃいずれ腹を切って詫びる所まで行ったかもしれない。
「聞いてたのか?」
「いえ、事情は知ってます。さっき話してくれましたから…」
どうやら看病の時点で既に2人で話したらしい。
「なぁ、どうしたらいい…。俺はこいつに、何て言葉を掛けたらいいんだ…?」
すがる想いでフシギバナに問う。心理的には本当にしがみ付かんばかりに。
「それは、ご主人様が自ら考えないと意味がありません」
分かってる。それは分かってるんだ。
でもどれだけ考えても、全く答えが見つからない。
つくづく、オニドリルとプライベートな会話をしていないことを痛感するばかりで、
肝心の言葉が何も思いつかない。
「ただ、少しばかりの助言をする事は出来ます」
今だからだろうか、いささかフシギバナの表情が意地悪く見える。
でもそれは、同時に真剣さも感じさせ、ちょっとだけ心強さも看取出来た。
「女の子は、男の人よりも少しだけ合理性に欠けます。感性で動く事が多いというか、
何にせよ形で見えないと気が済まないというか…。理屈や言葉が通じない時も多いかも。
特に今この子は、病気も手伝って凄く心細い想いをしているんです」
手を後ろに組み、俺とオニドリルの方を交互に見ながら、フシギバナは話し始める。
「私達にとってはトレーナーが全て。トレーナーのレポートは即、
私達への評価と受け止めます。良い所が書いてあれば嬉しいし、
悪い所が書いてあれば直そうと思える。でも…何も書いてないのは、
トレーナーが自分をどう思ってるのか分からないということ。
それが凄くショックだったんだと思います。『この人は自分を見てくれてない』って」
いつの間にかオニドリルが布団から顔だけを出して、こちらをジッと見つめていた。
しかし俺と目が合うと、またすぐに潜り込んでしまう。
「ご主人様がこの子を頼りにしてるのは分かってます。私もそれは同感です。
それでも、敢えて書くことじゃないって思ってても、良い所はちゃんと書いて欲しい。
それだけで私達は頑張れるんです。少しでもいい。見える形で示してくれれば、それで…」
それだけ言い終わると、フシギバナはペコリと一礼した後、部屋のドアノブに手を掛けた。
最後に「言葉より大事なものがある事、忘れないで」と言い残して。
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フシギバナが部屋を出てから、俺は静かにベッドの方を向き直した。
最早先程のような泣き声は聞こえず、こちらの出方を窺っているようにも見える。
「ごめんな…。俺、確かにお前の事気にも留めてなかったのかもしれない」
ゆっくりとベッドに歩み寄る。
まるで自分の牙城だと言うように、全身を覆うその布は、尚も彼女の姿を隠したままだ。
「いつもお前が隣にいてくれてさ。色んなサポートしてくれて…。
それをいつの間にか当たり前みたいに感じてた。でも、それじゃ駄目だったんだな…」
ベッドの上で山のように動かないそれを、掛け布団ごと両腕でしっかりと抱き締めた。
「寂しい想いさせて、ごめん…。本当なら看病も俺がしなきゃいけなかったのにな」
布越しにもわずかに、彼女の呼吸を感じ取れる。
「……」
返事は無い。だがその代わり、ベールに包まれた顔を少しだけのぞかせてくれた。
額にはじんわりと汗が滲み、顔も紅潮していかにも窮屈そうだ。
「あ、悪い…。体調崩してるのに、こんな事されちゃ熱いよな」
瞬間的にベッドから離れようとしたが、思いがけないことで体勢を崩す。
いつの間にか服の裾をガッチリと握られていたのだ。
「…行っちゃ、だめ」
ちょっと前までとは打って変わり、視線はまじろぎもせず俺を捕らえ、
決して動かそうとはしない。
「…気持ちが本気なら、今日はここに居て」
図らずも体勢を崩してしまったことで、互いの顔が非常に近くなっている。
少し熱っぽい吐息が鼻先をくすぐり、その瞳からは潤いが絶える事が無い。
赤く泣きはらした顔で懇願されては、引く事など出来るはずも無く、
結局そのまま夕食時まで終始無言で寄り添い合っていた。
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それからのオニドリルは回復めざましく、軽い夕食を採れるまでになった。
俺はその席で皆にレポートの書き方について説明し、今後は仕上げの段階で
全員で点検する事を決めた。
ギャロップは面倒臭がっていたが、それでも特に反対というわけでもなかったようで、
全会一致で提案を承認。オニドリルはまだ養生が必要のため、早々に自室に戻って
就寝したものの、仲直りのきっかけを作ってくれたフシギバナからは最大限の
賛辞が送られた。
そこまでは良かったが…。
「38.2℃。完全に移されちゃいましたね」
「うあ゛~、み、水…ケッホ、うぇ゛っ」
3日後、見事なまでに患ってしまった情けない男の姿が1つ。
「男子(おのこ)たる者、その程度の熱で動けんようになるとは。精進が足りんのぅ」
「安心して下さい。今度は私達全員が付きっ切りで看病しますから!」
「今日は薬買いに行かなくて良いから楽だわ~。やっぱこれはあの子の仕事よね」
「ねぇねぇ、お姉ちゃん」
「…?」
「兄ちゃんの看病しなくていいの?」
「…これも看病。いいの」
「ふぅん。あ、あれ欲しい~!」
とある街中で、寄り道をしながら歩く2人の萌えもんの姿。
その手にはタンバ印の処方箋が握られていたとさ。
「は、早く帰ってきてくれぇ…」
【あとがき】
(´・ω・`)一年ごとに書いてるような気がします。嫁ドリルです。
今回の作品を書く当たって事前に考えていたのは、「看病イベント」というベタを
こなしていなかったということ。ちょうど季節の変わり目ですし、タイムリーかな
と思って書きました。ベタな看病イベントとは違う感じにはなってしまいましたが、
割と出来には満足しています。
助言中のフシギバナの心境を考えるとちょっと楽しかったり。
では次回作がいつになるか明言は出来ませんが、まったりと書き進めようかなと思います。
ではまたノシノシ~
最終更新:2010年10月19日 23:54