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Shell Break
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私に、存在価値なんてないのだろう。
「どうしたパルシェン、行くぞ?」
「あ、は、はい……」
私はパルシェン。いたって平凡なパルシェンだ。
容姿はあまり美しくない方だし、女を磨く努力もよくわからない。
手入れを怠ってる必要以上に長いぼさぼさの髪がそれをよく物語っているだろう。
かといって圧倒的に強いわけでもなく、全国各地を回るマスターの実力に比べたらむしろお荷物なほどである。
もう一度言う、私に存在価値なんてないのだろう。
攻撃力も目立たないし、速さも目立つほどではない。頼りの防御だって、体力のない私では弱点を突かれたら一溜まりもない。
そもそもこの髪を駆使して対抗できるのは対物理の攻撃だけであり、対特殊には意味すら成さない。
それならばもっと優秀な子がマスターにはいるのだ。私の出番なんて、もうないも同然。
なのに、
なのにどうして私はまだマスターの後を歩いていけるのだろう?
私はマスターの傍で、誰よりもずっと仕えてきてはいるが、そんなものは理由にはならないだろう。
古株なんて言葉に意味はない、そこには相応の実力が伴っていなければ生き残れるはずなどないのだ。
なのにどうしてだろう……?
「そうえいばパルシェン、お前あれ見たか?」
「あ、あれ……、す、すごかったですよね」
マスターは相も変わらず楽しそうに話しかけてくれるし、
いつだって傍にいてくれる。
……やはり昔からの付き合いだから、気兼ねなく話せる相手なのかもしれない。
それはとても嬉しいことだ、それだけで自分の居場所が与えられているように思えることができる。
だけど、
私はもう、感じてしまっている。
戦闘となれば、やっぱり私は足手まといで、いざ戦いに出てもその役割は物理受け。
それも長くは持たないもんだから、出来るだけ削ってからのエース降臨までの繋ぎで、
その不甲斐無さを見たマスターは、心底がっくりきたような悲しそうな表情をするのだ。
それは辛い、耐えられない。私の居場所が削り取られていくようで、かといって何かできるわけでもなくて。
私に、存在価値なんてないのだろう……?
わかっている、私は弱い。
わかっていた、私のような平凡じゃだめだって。
いいところなんてひとっつもないのだから、マスターと釣り合うものなんて、ひとっつも。
でも、
それでもどうしてマスターは傍に私を置いておいてくれるのだろう?
でも。
これが、もし私の自意識過剰ではないのならば。
でも――
まだチャンスが、あるというならば。
それでも……ッ
私は、マスターが好きなのだから。
好きに、なってしまったのだから。
……このままなんて、いやだ。
このまま黙って落ちるなんて、いやなんだ。
だから、
だから私は――
――自分を捨てる、決意をした。
* * *
「もういいパルシェン! そいつは“だいもんじ”を撃ってくる!」
私の目の前にいるのは、空色で綺麗なロングストレートの髪を持った赤い双翼の美女、ボーマンダ。
物理攻撃である“ドラゴンクロー”は数回凌げたものの、相手もそう馬鹿ではない。
サブウェポンとして強力な特殊攻撃をいくつも持つ二刀竜の取る選択肢は決まっている。
「やめろって! 次に任せればいい!」
“ハイドロポンプ”か“だいもんじ”か“りゅうせいぐん”か、各種強力な選択肢を持つ彼女が選んだものは、
流石と言うべきか、確実に刺してくる“だいもんじ”。
彼女の周りの空気がジリジリと熱を帯び発火、なお増える炎は彼女の周りに集って飾っていく。
“だいもんじ”の火衣を纏った彼女の姿は、私を仕留めんとする悪魔の姿そのものであったが、
「おい! 聞いてんのか!?」
私は、逃げるわけにはいかなかった。
戦略的にはここで交代して炎を受けるものなのだろうが、
私はもう、逃げないと決めたのだ。
そして放たれた“だいもんじ”が、私を直撃した。
「……ッ! パル、シェン……?」
マスターは絶望したような消え入る声で呆然と自失しているが、
そんな顔をしないで、マスター。私は変わるから。
もちろん、『本当に直撃していたら私は一撃』だろうが、私だって馬鹿ではない。
ひとまずは自らの髪を盾にして炎を凌いでいた。毛先から勢いよく燃えているが、そんなことはどうだっていい。
私は全て捨てる。
「私は……」
自分を、
「私は……ッ!」
捨てるんだ。
「ッ!?」
それは、相対するボーマンダから見れば、未だ炎に包まれている倒したはずの相手からの強烈な一撃だった。
燃え落ちた髪を凍らせて飛ばす、“つららばり”。今までの私が放っていた貧弱なものとは次元の違う、巨大な塊だ。
彼女はそれを避けきることはできず、叩き落としたりで直撃は避けているが幾つかの破片を浴びている。飛竜には強烈な氷の一撃を。
「貴様、これは、なんだ」
ダメージよりも大きな驚きをもって苛立つ彼女。
マスターも同じく、驚愕に目を見開いていた。
放った攻撃の、私には余程似つかぬ火力、そして変貌した私の姿、
炎と煙のようやく晴れたそこに立つ私は、
綺麗なストレートの薄紫色の、凛々しく流れるショートの髪だった。
“からをやぶる”。防御を捨てて、大きな力を得る秘術。
ぼさぼさの髪で弱気な顔の面影などまったくない、決意の姿。
しかし内心で、実は私も驚愕を隠せないでいた。
一度右手に視線を落として、手のひらを閉じたり開いたりしてみる。
……体がすごく軽い。
こんなつもりではなかったのだが、何故だか急に力が溢れたのだ。
なにがどうなっている……?
自分でもまだ理解していないが、とにかくもこのチャンスを逃すわけにはいかない。
ボーマンダは先の“つららばり”のダメージと驚きで、怯んでいる。
ならば――
ドンッ! と、鳴らしたこともない音を立てて大地を蹴り、
ザンッ! と、鳴らしたこともない音を立てて着地する。
彼女の真後ろへと。
体が勝手に動いていた。まるで元から動き方を知っていたかのように。
これが火力と速さを併せ持つエースと呼ばれたもの達が見てきた景色か、
なんて呑気なことを思いつつ、右の手のひらは彼女に向けて――
「マスターッ!」
叫ぶ。自信を持って。
「え、あ、……れ、“れいとうビーム”!」
その愛しい声を受けて、
止めの一撃を、放った。
青白の閃光が、炸裂する。
* * *
「ハァッ、ハァッ……」
勝った。今でも信じられないが、強力な竜種に打ち勝った。
これで、足手まといにはならないだろうか、とマスターの方を見ると、
泣いていた。目の端から、一つ二つの雫を零していた。
「マ、マスター?」
「パルシェン……ッ」
ダッ、と走り出して近寄ってくる。
なんだなんだと混乱していると――
ぎゅっと。
勢いそのまま、抱きしめられた。
「えっ、ます、ええっ!?」
「ばかやろう! いくら耐えられるからってあんな“だいもんじ”を真正面から受けるやつがあるか!」
抱きしめられながら、説教食らって、私はようやく理解した。
マスターは情けない私にがっかりしてたんじゃないんだ。
「本当に、ばか、やろう……」
「……っ」
ずっと、心配してくれていたんだ。
「いや、でも、私弱いし、どうしても役に立ちたくて、」
そう感じたら、今までの不安が一気に解けて、気持ちが溢れてきてしまった。
「このままじゃ、捨てられるんじゃ、ないかって、怖くて、でも何も、できなくて、」
ポロリ、ポロリと、マスターと同じように雫を零して、心のたけを吐き出していく。
マスターはそれをずっと聞いていてくれて、静かにじっくりと聞いていてくれて、
私の短くなったストレートの髪を、撫でてくれて。
「……髪、綺麗だな」
「、え?」
「俺は前の長いのも好きだったけどな」
「……ます、たー?」
マスターは、ギュっと私を抱きしめる力を強くして、
「なあ、パルシェン。俺はお前が大好きなんだ」
「……ッ!」
耳元で、教えてくれた。
「強さとか、可愛いとか、綺麗とかじゃない、誰よりもお前が好きなんだよ。
だから、ずっといたいんだ。捨てるなんて有り得ない」
「え……、ウソ……っ」
「ウソじゃない、ずっとずっと好きだった」
その時の私は茹蛸のように、耳まで真っ赤に染めていただろう。
嬉しかった、嬉し過ぎて死ぬかと思った。
「わ、私も、」
ドクン、ドクンと、
高鳴る胸を必死で抑えて、嬉しさと緊張で震える全身を必死で抑えて、
ずっと言えなかった事をマスターの耳元で囁く。
ずっとずっと、言いたかったこと。
「私も、ずっとずっと好き、です」
「うん、ありがとう」
ようやく理解した。マスターは教えてくれた。
私は、傍にいていいんだ。
マスターの傍に、いていいんだ。
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「……しかし、可愛いとか、綺麗とか、ではないんですね」
「いやごめん、そういう意味じゃないんだ。
ていうか俺は普通に可愛いと思うぞ」
「……っ!」
どうも、零ですよ。
ふと思いついた殻を破るSS。
実はぼさぼさロングがストレートショートに……ッ!? をやりたいだけだったのにこの有様(
作品内では結構ボロクソ書いたパルシェンさんですが、本当はもっと出来る子ですよ?
少し計算などしてみましたが、岩には弱くても鋼受けられますしね! 竜だって殻破らずとも返り討ちにできちゃうし!
殻破りパルシェン、私も育てたいです。シェンがゲシュタルト崩壊してきた。
では、こんな拙作を読んでくださった方々に感謝をしつつ、このあたりでー。
最終更新:2010年12月15日 00:40