「…ねぇ、リュウマ」
「ん? なんだ?」
「旅って、面白い?」
「んー……まぁ、楽しいぞ」
「そうなんだ?」
…ブイゼルの住処から出て少し経った頃。
俺達は手持ち達の手掛かりを全く掴めず、辺りをうろつき回っていた。
そんな時、ブイゼルが俺の事を気遣ってか旅の事を聞いてきて、現在に至る。
「でも、少し面倒な事もあるけどな」
「面倒って、どんな事?」
「そりゃもう色々。主に手持ちのやつらが――」
しかしブイゼル、旅の話に興味があるのか結構楽しそうに聞いている。
聞かせているのはもちろん、主に苦労話。
楽しんでもらえるなら、いつも苦労してる甲斐があるってもんだ。
「…へぇ。リュウマも苦労してるんだね」
「まぁな。旅に苦労は付きもんだし。…そう言うブイゼルは普段どう暮らしてるんだ?」
「僕? 僕はね……」
「……?」
そこで会話が途切れ、突如訪れる静粛。しまったと思うも、時既に遅し。
こいつがジョウト地方にいる時点でその質問は禁忌だというのに……
…だが、ブイゼルは以外にもあっさりとした返答をした。
「…僕は普通の暮らしかな。毎日木の実とか食べ物を取りに行ったり……」
「そ、そうなのか?」
「うん。でも途中で妨害を受けたりして半分も持って帰れないのが現実だね」
「妨害?」
…まさかとは思ったが、どうやらその考えは当たっていたらしい。
よく見ると、ブイゼルの体にはそれを示すようなかすり傷が至る所に残っていた。
「お前、まさか……迫害受けてるのか?」
「…鋭いね。流石はトレーナー。実は、そうなんだ」
先程まで楽しそうだったブイゼルから瞬く間に笑顔が消えた。
そして、そのまま話を続ける。
「僕の両親は僕が小さい頃に食べ物を取りに行って以降行方不明になったんだ。
多分、人間に捕まったんだと思う。この辺じゃ僕らの種族は珍しい類のものだし」
「……」
「普段から人間にだけは見つかるな、って両親にこっぴどく言われてた。
実際、両親がいなくなってから何度か人間に見つかって危ない目を見たからね。
でも、敵はそれだけじゃなかった。周りにいる別種族からも異端視され始めたんだ。
僕がいると周りのやつらも人間に目をつけられる、ってね。ホント、現実は厳しいよ」
…俺はただただ、黙ってブイゼルの話を聞いている事しか出来なかった。
いや、正確には俺に発言する権利など全くない、と言った方が正しいだろう。
なぜならブイゼルの言っている事は全て紛れもない事実なのだから。
事実、珍しい萌えもんがいれば、それを狙って捕獲する人間が数多く出現する。
それがこのブイゼルのような子を生み出すという事に気付く事もなく……
故に人間がこうも萌えもんを苦しめていると聞くと、何も反論する言葉が出てこない。
「…ごめんな。俺達人間のせいで、こんなひもじい思いをさせちまって」
「べ、別にリュウマが謝る事じゃないよ。悪いのは君じゃないし」
「あぁ。でもな、そいつはどう考えても人間が悪い。それは即ち俺のせいでもある。
だから、俺にできる事があればなんでも言ってくれ。絶対お前の力になってやるから」
「リュウマ……」
我ながらちょっと恥ずかしい台詞だと思ったが、これが本音なのだから仕方がない。
それにこれくらいしないと、ブイゼルは俺達人間を生涯恨み続けるかもしれない。
それだけは俺の良心が絶対に許さなかった。
「…分かったよ。ありがとう」
「いいっていいって。…とは言えども、俺のできる事なんて限られてると思うがな」
「そんな事ないよ。その気持ちだけでも十分有り難いし。君を助けて正解だった」
「あ、あぁ……」
そう言うと、ニコっと笑ってみせるブイゼル。
俺はその真っ直ぐな笑顔をまともに見れず、顔を背けてしまう。
まぁでも一時はどうなるかと思ったが、これでもう大丈夫だろう。
…が、それと同時に一つ疑問が浮かんできた。
「…なぁ、でもどうして俺を助けようなんて思ったんだ? 俺、人間だぞ?」
「え? あ、うん。それなんだけど……! 危ない!」
「ガフッ!?」
危険を察知したのかブイゼルは急に俺へ体当たりを入れてきた。
しかし威力が強すぎ、そのまま俺は吹き飛んでしまう。
そしてその直後、さっきまで俺達のいた場所に大量の岩が降り注ぐ。
「ご、ごめんリュウマ! 大丈夫?」
「ってて……こんくらいなら食らい慣れてるから大丈夫だ」
「どうも威力の調節が利かなくてさ……本当にごめん」
「あぁ、大丈夫だ。問題ない。それより……」
振り返ると、先程岩が降ってきた場所に一人の萌えもんが立っていた。
あれはイシツブテだな。何が気に入らないのか、つまらなさそうな顔をしている。
「ちぇー、きしゅー作戦失敗かぁー」
「…また君か」
そのイシツブテの顔を見るなり、ブイゼルの表情が真剣なものに変わった。
どうやらこいつがいつもブイゼルを襲っているタチの悪い奴らしい。
「何か用? 僕は今忙しいんだけど」
「べっつにぃー。暇潰しにお散歩してたら変人はっけーん…ってことで、くらえー!」
「くっ! リュウマ! 下がってて!」
ゆっくりと話す間もなく相手から岩が大量に飛んでくる。
が、ブイゼルはそれらを全てかわし、反撃の電光石火を放つ。
「でえぇぇいっ!」
「いったーい! このぉー!」
「ふっ!」
電光石火を食らったイシツブテは反撃を試みるも、ブイゼルにはかすりもしなかった。
その後も敵の攻撃をかわして電光石火を繰り返し、両者共に疲れが出始めてきた。
…どうやらブイゼルはバトルセンスこそあるようだが、持ち技が電光石火のみの様子。
それ以外にも何か覚えているような気がしないでもないが……
下手な指示は混乱を招くので、今は黙って見ておくことにする。
「…相変わらずすばしっこいんだからぁ! じゃあこれでも……くらえー!」
「!?」
そう言うと同時に、イシツブテが地面を思い切り殴る。
すると地面に衝撃が走り、岩が隆起して……あれはマグニチュード!
あの様子だと、恐らくブイゼルはマグニチュードを受けたことがないのだろう。
ならば、ここは俺がブイゼルに手を貸してやるべき時!
「ブイゼル! 思い切り横に飛び退け!」
「えっ!? …分かった!」
言われた通り、軽い身のこなしで横に跳躍するブイゼル。
結果、ギリギリのところでマグニチュードをかわす事ができた。
「ぐむぅ……この間覚えたばっかりの技だったのにぃ……!」
その技をかわされたイシツブテはというと、涙目で俺を睨み付けていた。
これは……何かすごく嫌な予感がする。
「お前だなぁ! 全部お前のせいなんだなぁ! 人間のぶんざいでー!」
みるみる真っ赤に染まっていくイシツブテの顔。
嫌な予感は的中。マズい。非常にマズい。これは確実に自爆する気だ。
「逃げるよリュウマ!」
「お、おう!」
理解するや否や、一目散にその場から逃げ出す。
…しかし。
「逃がすもんかぁー!」
「うおっ! マジかよ!? こっちくんなぁ!」
イシツブテは転がりながら俺達を追尾してきた。
コイツ、思ってたより速い。このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。
「リュウマ遅い! 早く!」
「無茶言うなっ!」
「うわああぁぁぁぁ!」
「ヤバい! 爆発する!」
ヤバい。もう限界。絶体絶命。
…そう思った時だった。
『~♪』
どこからか聞こえてくる心地の良い歌声。
これは……"歌う"?
「うっ…むにゃむにゃ……」
「ほらリュウマ、今の内に!」
「え? お、おう!」
俺達は眠ってしまったイシツブテを尻目に、その場を急いで離れた。
…………。
「ふぅ……ここまで来れば大丈夫かな」
「ゼェゼェ……あぁ、そうだな……」
あのイシツブテのいた場所から全力で逃げ、1キロくらいは走ったろうか。
ブイゼルはケロッとしているが、俺はもう息も絶え絶え。
いつも手持ち達に鍛えられてるだけあってか、なんとか止まらずに逃げ切れたけど。
「…なぁ、ところでブイゼル? さっきの歌声は一体なんだったんだ?」
先程絶体絶命の場面で聞こえてきたあの心地の良い歌声。
あれがブイゼルのものでないのは声の高さからして分かる。
すると俺達以外の第三者の仕業であるのは想像に難くない。
あの技の矛先がイシツブテだった時点で俺達の敵ではないというのは推測できるが……
「さっきの? あぁ、あれは……」
「ちょっとー! ちょっと待ってってばー!」
「ん?」
…ブイゼルが語り出すのとその声が聞こえたのはほぼ同時。
声の聞こえてきた方を向くと、こちらに飛んでくる青い何かが確認できた。
その青い何かは勢いをそのままにブイゼルの方へ突っ込んできて……
「や、止まれな…きゃっ!」
「ふっ!」
…ブイゼルに強烈な突進を入れた。
だが、ブイゼルはまるでそれを慣れているかのような手つきで受け止める。
「…ふぅ。一体いつになったら自分で止まれるようになるのさ?」
「あ…あはは、ゴメンゴメン」
いつになったら、という事は恐らく顔見知りなのだろう。
ブイゼルに全く仲間がいなかったワケではないようなので、少し安心。
しかし、この綿のような羽を持つ青い髪の子は……
「彼女だよ。さっき助けてくれたのは」
「この子が?」
「うん。紹介するよ。彼女は……」
「待って! 自己紹介くらい私にさせてよ!」
そう言ってブイゼルを牽制し、こちらに向き直る。
そして先程の突進でボサボサになった青い髪を綺麗に整え、一呼吸。
「は…初めまして。わ、わた…私は、ラ…ララ……」
「ラ?」
「ラ……その、私は……」
「チルット。君達人間の間じゃそう呼ばれてるね」
「ちょっとぉ!」
なぜかおどおどして名乗ろうとしない彼女にブイゼルが横槍を入れる。
先に言われたのがそんなに悔しかったのか、彼女、チルットは激怒。
「私がやるって言ったじゃない!」
「だって君、男の人苦手なんでしょ? それじゃいつまでたっても終わらないからね」
「うっ……」
「…という事なんだリュウマ。この子、男の人がダメだから気をつけてね」
「あぁ。分かった」
…理由はよく分からないが、どうやらチルットは男が嫌いらしい。
少し気になるが、あまり深入りして聞くのも良くないので、触れないでおく。
「だ…ダメじゃないもん! だってブイブイには普通にできてるもん!」
「ブイブイ?」
「…僕のあだ名だよ。僕はそれ、あんまり好きじゃないんだけどね……」
「へぇー。けど、ブイゼルに普通にできるって、どういう事だ?」
「それは僕が男だっていう事。それくらい分かるでしょ?」
「え…あ、あぁ、うん。そういう事な」
「…どうかしたの?」
「い、いやいや? なんでもないぜ?」
「……?」
なんとなくそんな気はしていたが、まさか本当にブイゼルが男だったとは……
恐らくこの可愛いらしい容姿故に彼を女の子だと勘違いする奴は山ほどいるだろう。
まぁ言ってしまえば、それが萌えもんなのだから仕方ないのだが。
「…そうそう、ちなみにこの子の本名は……」
「わ、わぁっ! 待って待って! それは私が言う!」
「それじゃあお願いしようかな?」
「う…うん! ラ、ララ…ラ……ラピです! よろしくお願いしますっ!」
「あぁ。俺はリュウマ。こちらこそよろしく」
「ひゃっ!」
自己紹介がてら試しに手を差し出してはみるものの、案の定逃げられてしまう。
やはり男嫌いは紛れもない事実のようだ。
だが仕方のない事とは言え、少し毛嫌いされているようであまり気分は良くないな……
「だからダメなんだってば」
「はは、悪い悪い。ついな……」
その様子を見ていたブイゼルには呆れた顔をされる。
冗談だとは分かっていただろうが、二人の視線が痛い。
このままでは空気が良からぬ方に行きかねないので、急いで話を戻す。
「…えーっと、それよりさっきはありがとな。助かったよ」
「う…ううん、私、誰かが困ってるのとか放っておけなくて……」
「それが裏目に出てよくトラブルに巻き込まれるんだけどね」
「もう! 余計な事言わないでよブイブイ! そんな事言うと次は助けてあげないよ?」
「ごめんごめん。本当のところはいつも助かってるよ。ありがとう」
「…っ!」
そのブイゼルの言葉を聞き、みるみる顔が紅潮していくラピ。
もしかするとこの二人、そういう関係なのか、と疑問に思ったのも束の間。
「べ、別に助けたくて助けたわけじゃないんだから!」
「さっきと言ってる事が矛盾してるよ。どうしたのさ?」
「あ…そ、それは……」
「……?」
…どうやらそういう間柄ではないらしい。
というか、全く気付く様子を見せない鈍感なブイゼルに驚いた。
恐らくこれまでの生活でそういった経験がなかったから……かもしれない。
とは言えども、こんなに鈍感だと惚れた相手が可哀相にも思えてくる。
頑張れ、ラピ。
…今度こそ後編へ続く。
最終更新:2011年05月01日 23:57