5スレ>>928-3


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「先生、訊きたいことがあります」
俺は講義の終わり際に、教授を呼び止めて言った。
「何かな、君島くん」
この男は名を宮田李白という、初老の萌えもん研究者だ。
「先日やった創世神話についてです。
第四章第16節にアルセウスが『自身の右手を萌えもんに作り変えて世界に放たれた』とあり、
脚注には『ここで生まれたのはミュウとメタモンである』とありますが、
どうしてミュウとメタモンだと考えられているのですか?」
すると教授はううむ、と唸った。
「創世記は基礎事項だから軽く流しましたが、
やはりここはもう少し深く触れておくべきだったでしょうか。
この後時間あるかな? 君さえ良ければ研究室で話をしよう」
どうせこの後は帰るだけだったので、お邪魔することにした。


「何故ミュウとメタモンなのか?
その答えは、この二種が、現在確認されているおよそ五百の萌えもんの中で、
最も特殊な性質を持っているからに他なりません。
それは知っての通り――『へんしん』が使える事ですね。
どんな萌えもんにも化けられて、どんな技も使いこなすことが出来る。
この特異性はどこから来るのでしょう。
それを証明するために立てられた仮説が『アルセウス因子説』です。
アルセウスはその体の一部を変化させて萌えもんを作りだした。
つまり、肉体を自由に変化させられるということですね。
これはミュウとメタモンがアルセウスの性質を濃く残しているから――
『アルセウス因子』を持っているからだ、という説です。
これを証明するために研究している学者もいるようですが、
ミュウが人の言うことを聞いたらそれだけで大ニュースになるし、
メタモンだって比較的希少な萌えもんですから、
ほとんど研究が進んでいないそうです。
ちなみに、『スケッチ』でどんな技もコピーしてしまうドーブルも
この因子を持っていると考える人もいます。

しかしこの『アルセウス因子説』は『創世記』を前提としていますから、
僕のように作り話と信じている研究者には荒唐無稽と映ります。
そもそも、アルセウスという萌えもんが実在するのかが僕には疑問なんですよ。
ミュウの完璧な変身は信頼できる記録がありますし、
メタモンやドーブルの能力も実証されている。
これに対しアルセウスに関する記述は神話や伝承の域を出ず、
空想や信仰から生まれた架空の存在なのではないか、
と僕は考えています。
もっとも、世界を作った偉大な萌えもんなら宇宙のどこかを彷徨っているでしょうし、
僕らちっぽけな人間の目の前に姿を現すなんて考えられない。
いたらそれこそ全世界を驚かせるニュースになるでしょう。
おっと、だいぶ話し込んでしまいましたね。
もうここら辺にしておきましょうか」


「――だ、そうだ」
「ふーん、なるほどね」
俺の長い代弁をちゃんと理解したのかしていないのか分からない返事をして、
目の前の少女は静かにお茶をすすった。
「確かにその仮説なら納得が行くね。
今まで何度かミュウやメタモンに会ってきたけど、
言葉で表しきれない妙な感覚があったの。
もし彼らが『お姉様』の一部なのだとしたら……」
真っ白な髪に黄色い髪留めを着けたこの娘は、赤い瞳でまっすぐ俺を見た。
「お姉様、ってアルセウスのことか?」
するといきなり目を据わらせる。何か変なこと言っただろうか。
「ええ、お姉様はアルセウス。私もアルセウス。お分かり?」


――話を昨日まで戻そう。

時刻はそう、夕方の六時前だった。
学校から帰って来るとテレビを点けるのが習慣で、昨日もそうした。
が、その時リモコンの電池が切れていることに気付いた。
そこで俺は財布だけ持って、鍵もかけずにコンビニへと走った。
不用心だと思われるかも知れない。
しかし、俺(と家族)が住むマンションは一階がコンビニになっている。
その上二階に住んでいるため、その気になれば一分で往復できる。
となればいちいち施錠するのが面倒、というわけだ。
そんなこんなでマンガン単四電池四本を買って戻ると、玄関が開いていた。
慌てて閉め忘れたかそれとも泥棒か、そっと侵入する。
……自宅に侵入とは変な話だと、心の中で突っ込んだ。

ダイニングに『そいつ』の姿を確認。床の上で食パンをほおばっているらしい。
が、『そいつ』はこなれた空き巣でも汚いおっさんでも、ゴキブリでもなかった。
綺麗な純白の長髪にほっそりした体躯。
後ろ姿しか見えないが疑いようもなく女の子だ。
「お前、ひとん家で何してる!」
精一杯のドスを利かせた声で脅したつもりだったが、パン泥棒はぴくりともしない。
女の子は上半身をなめらかな動作でこちらへと向けた。
その時白い髪の隙間から、茶色に染まった部分があるのが見えた。
侵入者と目が合う。しかし女の子は俺のことなど眼中にないような表情で、
手のひらサイズになったパンを口の中に押し込んだ。
怯えるでも慌てるでも泣くでも逆ギレするでもなく、ただその場でもぐもぐ。
予想外の反応ではあるが、逃げなそうなのは幸いだ。
とりあえず開けっ放しだった玄関を閉めることにした。
振り返ると、女の子は立ち上がってこちらを見据えている。
「まだ昼間だというのにみんな扉を閉ざしているのはどうして?
ここしかあがれる場所がなかったじゃないの」
「その前に言うことはないのか!」

妙に大人しい泥棒をテーブルに着かせて、俺は色々と問いただした。
早い話が、空腹で食べ物を分けて貰おうとしたがどこも鍵がかかっていて、
ようやく見つけたのがここだったということらしい。
「勝手に侵入して謝罪の言葉もないのか?」
「今私が食べたこれは何て言うの?」
「食パン……って人の話聞いてますか!?」
「これは貴重な食べ物なの?」
「いやまったく」
どうしてこうも律儀に答えてしまうのだろう。噛み合ってないのに。
「それを一切れ野生の萌えもんに取られたくらいで、
そんなに怒らなくてもいいんじゃない?」
ああ、やっぱり萌えもんだったか。見たことのない種類……だけど。
「だって世界に十七人しかいないアルセウスだもの。
見たことがないのは当然ね」
「は?」
信じられるはずがない。目の前の女の子が、飢えていた泥棒が、
世界を創造した(とされる)萌えもん?

「私たちのことは知っているようね。感心感心。
何、その目は。信じられないならいくらでも調べて構わないよ」
自称アルセウスはおもむろに立ち上がってふんぞり返った。
……大きいのは態度だけで、尊大な雰囲気は微塵も感じない。
まあ要するにじっくり見ろということらしい。
シルクを思わせる真っ白な長髪の中に混じっていた茶髪は、
どうやら後頭部から伸びる一部だけが染まっているらしい。
アイドルも顔負けするほどに白いだろうその顔は神様とは思えないほどに幼げで、
それでいて全てを見透かしているかのように神秘的だ。
襟付きの白いシャツは汚れ一つなく眩しいくらいだ。
強調するかのようにその胸元だけが茶色く染まっているのだが、
お世辞にもボリュームがあるとは言い難い。
脚はやはり茶色のスパッツと黄色いニーソ(絶対領域!)で着飾り、
透明なロングスカートのようなもので覆っていた。
「……髪型ぐらいしか絵で見たアルセウスと一致しないんだが」
「それは多分他の姉妹。でも雰囲気で分かるでしょ」
「いやまったく。じゃあ、お前のタイプは何なんだ?」
「雷」
「ふーん。じゃあ電気を自由に出せるんだな」
「まあね」
「じゃあ不法侵入と窃盗をチャラにする代わりに少し役立って貰おうか」
と言ってアルセウスをリビングへと案内する。
テレビのコンセントを引き抜き、
「三日間、うちの電気代を肩代わりして貰う。いいな?」
「何を言っているの? 手に持っているそれは何?」
今まで人と接触せずに生きてきた萌えもんなら電化製品を知らないのも無理はない。
俺は細々とその仕組みを説明してやった。

「人間はいつの間に電気をこうやって利用する事を覚えたのかしら。
まあこんなので良ければ全然構わないけど」
……少々引っかかる言葉が出て来た気もするが、それは無視しよう。
再びプラグを渡そうとして、俺は手を止めた。
「待て、電圧とかは大丈夫か?」
「電圧?」
「こういうのは、強すぎる電気が流れると壊れるんだよ」
すると少女はコンセントの二つ穴を見つめ、
「この中に電気が流れてるのね?」
と尋ねた。そうだと答えると、おもむろに髪の毛をそこに差し込んだ。
「あら、こんなに弱くていいの?」
今度はそれをテレビのプラグに結びつける。
テレビの電源ボタンを押してみると、問題なく点いた。
少女は画面に興味深そうに見入っていた。
リモコンに手を伸ばすとポケットに入れっぱなしの電池の存在に気付く。
電池を交換していると、母が帰って来た。

事情を説明すると、「別に良いんじゃないの」とのこと。
延長コードを引っ張り出してきて、冷蔵庫も髪の毛に繋いだ。
「なあ、もしかしてその二色の髪の毛って」
「陰極と陽極で分かれてるけど」
「じゃあ触ったら感電するのか?」
「今はね。死にはしないけど気を付けて。
それと一つ訊きたいのだけど、君はアルセウスを何で知ったの?」
俺は自分の部屋の本棚から、『萌えもん創世記』の文庫本を持ってきて渡した。
とはいえ『創世記』自体は短いので、半分以上は挿絵や解説だ。
その表紙にはアルセウスの絵が描かれている。
とは言ってもかなり古い時代のものだろう。
「これは確かに『最初のアルセウス』に間違いない。
これを描いた人は実際に会ったんだと思う」
そのまま少女は夕飯まで本を読みふけっていた。

夕食後、この本の内容に疑問があると言い出した。
「この本を書いた人に会えない?」
「それ、千年以上前から語り継がれてる物語だから無理だよ。
翻訳した人も既に亡くなってる」
「じゃあこの話に詳しい人」
「まあ、知らない訳じゃないけど……曲がりなりにもアルセウスなんだろ?
町中を普通に出歩いて平気なのか?」
「じゃあ代わりに訊いてきて。この部分。
『自身の右手を萌えもんに作り変えて世界に放たれた』って部分と、
『ここで生まれたのはミュウとメタモンである』って脚注。
ここだけは私にも分からない話なの」
「『ここだけ』って……あとは実話なのか?」
「私たち……つまり妹たちが生まれる前の話は知るはずもないけど、
3という数字が神聖視されたのも、サンダーやライコウを私が生み出したのも、
喧嘩を始めて封印されたのも事実。
でも、その後に新しく萌えもんを生み出したのは不可解なの。
この真相を確かめてきて」

そして、話が冒頭に戻るわけだ。


「お姉様、か……名前の一つの解釈は『アモール』だと言われてるけど」
「聞いたことない。そもそも私たちに決まった名前なんてないもの」
「じゃあ、昨日ここに迷い込んでくるまで人間と接触したことなかったのか」
「そんなことはないよ。一度封印はされたけど、
その後は起きたり眠ったりを繰り返してるの。
たぶん、他の妹たちもそうだと思う」
確かに創世記の最後にはいずれは封印が解けるようなことが書いてある。
とすれば、この世界のどこかにこのアルセウスと同じように目覚めた妹もいるはずだ。
「じゃあ名付けられて呼ばれたこともあったんだろ?」
「……以前は『光』を意味する言葉で呼ばれてたね。
何て音だったかは忘れちゃったけど」
「光……? じゃあ、お前の名前は『ルクス』だ」
アモールはラテン語で「愛」を意味するらしい。
だから同じラテン語の「光」から持ってくるという、安直な発想だ。
少女はそんなことを知らないようで、その名前を吟味しているようだった。
「ルクス。うん、悪くない。ところで君の名前もまだ知らないのだけど」
「俺は君島公平」
「今度はちゃんと覚えておくよ、君島公平くん。
この名前と、名前をくれた人の名前をね」

ルクスと名付けたこの少女をどうするべきか、俺はずっと悩んでいた。
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