「惜しいねぇ・・・」
静かになったフィールドに響いたのはイワークの声。
そして、
ギャララララッ!
イワークのポニーテールがマドカに巻き付く。
「なっ、こっ、これはっ!」
即座に手足すら絡め取られ、身動きが取れないようにされてしまう。
「確かにいい策だよ。あたしに有効打を打つならそれしかないだろうしねぇ。
けど―――」
グッ!
「くっ、うぁぁぁっ!!」
マドカの体に巻き付いたポニーテールが締め付けられる。
「マドカっ!!」
「マドカちゃん!!」
「元々の非力さと今までの攻撃によるダメージ。そんな状態でまともな技が放てるはずがない」
オレたちの叫びをよそに、イワークの言葉を引き継ぐタケシ。
「完全にトレーナーの作戦ミスだ」
そして、突きつけられる敗因。
「ま、ます、た・・・」
ドサッ!
ポニーテールを解き、動かなくなったマドカを解き放つイワーク。
気づけばオレはトレーナー席を飛び出し、マドカの元へ駆け寄っていた。
「マドカっ! しっかりしろ! マドカっ!!」
「マドカちゃん! マドカちゃんっ!!」
抱き起こしたマドカの体はとても軽く、細い息すら今にも止まりそうだった。
「だから言ったろ、大将、あたしのせいじゃ・・・って、大将? おい!」
後ろから誰かが近づいてくる。
「マド・・・うわっ!」
次の瞬間、オレは襟首を掴まれ立ち上がらされていた。
「これがトレーナーの重みだ」
目の前にあったのはタケシの顔。
その表情は、怒りとも悲しみとも取れないようなものだった。
「手持ちのポケモンはトレーナーを信じて戦う。
逆に言えば、ポケモンを活かすのも殺すのもトレーナーの腕次第ということだ」
分かってはいた。
「未熟な者がポケモンを戦わせればいつか取り返しのつかないことになる」
そうだ、弱いから・・・。
「お前が、お前の弱さこそが手持ちたちを傷つけることになるんだ!」
オレが、オレが弱かったから・・・。
オレが・・・もっと強ければ!
オレが・・・!!
「マドカちゃん、しっかりして! マドカちゃ・・・っ!?」
何も言い返せずに立ち尽くしているオレの後ろでマドカの名を呼び続けていたルイザ。
その声が、不意に止まる。
まさかと思い、振り向いたオレの目に信じられない光景が飛び込んできた。
光。
眩いほどの光がマドカを包んで―――。
「・・・さない」
その光の中でかすかに聞こえたのは、
「・・・許さない」
怒りに震えた声。
光がさらに輝きを増し、マドカの姿すら見えなくなる。
「マスターを馬鹿にする人は・・・」
やがて光は渦となり、加速してゆく。
「たとえ誰であろうと・・・」
そして光の渦は収束していき、
「わたしが許さない!!」
解き放たれたように光の中から現れた姿。
赤い髪に、より激しさを増したしっぽの炎。
「マドカ、お前・・・」
その姿はヒトカゲの進化形、リザードだった。
「バカな!? このタイミングで進化だと! いったいなぜ・・・」
タケシが狼狽するのも無理はない。
進化とは本来「戦闘に勝つこと」によって得られる経験から、より戦闘に適した体に変わるものらしい。
つまり戦闘に負けた状態で進化するなんて本来ならあり得ないことだ。
「まぁ、いいじゃないか大将。第二ラウンドといこうか!」
そういってタケシを押しのけてイワークが進み出てくる。
その目は獲物を見つけた肉食獣のように嬉々としていた。
「マスター、下がっていてください」
今にも飛びかかってきそうなイワークを前に、マドカが静かに告げる。
「マドカ、おまえ、まだ体が・・・」
原因はともかく、進化したとはいえ、先の戦闘のダメージが消えたわけじゃない。
これ以上戦うことは・・・。
そんなオレの頬に手を当て、
「大丈夫です。わたしは絶対に負けませんから。
だって、わたしにはマスターがついてますから」
そう言って見せた微笑みは人懐っこいヒトカゲの笑顔のままだった。
「あー、あついあつい。いいからとっととやろうか」
パタパタと手で顔を扇ぐ仕草をしながら、もう片方の手で手招くイワーク。
「いいですよ。全力でお相手します。さ、マスター」
「あ、あぁ・・・」
マドカに促され、トレーナー席まで戻る。
『わたしにはマスターがついてますから』
どこからそんな自信が出てくるんだ。
お前のために何もしてやれなかったオレが。
こんなに弱いオレがお前の助けになれるのか?
「いきな!」
オレたちがトレーナー席へ戻るやいなや、イワークはさっそくといった感じで攻撃を始める。
初手は例の散弾銃。広範囲に飛び散る岩の破片がマドカに襲いかかる。
が、
「遅いですよ」
「なっ・・・!」
早い・・・っ!
いつの間に移動したのか、マドカはイワークの背後に回っていた。
「へぇ、スピードは段違いってわけか。なら、こいつはどうだい!!」
振り向きざま、地面に拳を打ち付けるイワーク。
それと同時にマドカは宙へ跳ぶ。
ゴゴゴゴゴ・・・。
それに遅れて地面を揺れが襲う。
「跳んで一気に懐に潜り込む気かい! けどそれじゃいい的だよ!」
その言葉とともに、空中を跳ぶマドカに向けて大量の岩を放り投げる。
しかしマドカは慌てもせず、一呼吸。そして、
「ふっ!!」
裂帛の気合いを放ち、鋼鉄と化した爪を振るう。
その切れ味たるやすさまじく、投げられた岩をバターのようにスライスしていく。
「は、ははっ、おもしろい・・・! あんたホントにおもしろいよ!」
イワークはそんなマドカの姿に心底楽しそうに笑い、身震いさえしているようだった。
宙に浮いたままのマドカと、地面で身構えたままのイワークの距離が徐々に近づく。
その眼には互いの姿を映したまま、片や使命感に満ちたような、片や愉悦に歪んだような。
そして、振りかぶった爪と拳が、
「はああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「うらあああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ズギャアァァッッ!!!
交錯した。
互いの全身全霊を込めた一撃の激突。
一瞬の静寂の後、
「・・・くっ」
ズシャッ・・・。
ガクリと膝をついたのはマドカの方だった。
「はっ、はっ・・・ぐっ・・・」
荒い息を吐き、肩を大きく上下させている。
ジャリッ・・・。
「楽しかった・・・。久々に楽しかったよ」
マドカの背後に立ったイワークの顔からは戦闘狂の相は消え、穏やかな笑顔が浮かんでいた。
「また、戦り合いたいねぇ。今度はトレーナー抜きのガチでさ」
「ふふっ、それも・・・いいですけど、当分は、遠慮して、おきたいですね」
「ははっ・・・そりゃ、」
ドサッ・・・。
「そうだろうねぇ・・・」
穏やかな笑みを浮かべたまま、イワークの体が崩れ落ちた。
地に着けたままの手に力を込め、ゆっくりと立ち上がるマドカ。
・・・勝った、のか・・・?
「・・・見事だ、サイカ。お前の勝ちだ」
タケシの口から告げられた勝利の証。
「お、お兄ちゃん・・・勝ったって、勝ったって!」
呆然としているオレの服の裾をルイザが引っ張る。
「マスター、わたし、勝ちましたよ!」
つい今まで真剣勝負をしていたとは思えないような笑顔でマドカが走り寄ってくる。
が、
「危ないっ!」
辿り着く寸前マドカの体が大きく揺らぎ、伸ばしたオレの腕の中に飛び込んでくる。
「え、えへへ、転んじゃいました」
転ぶ・・・? そんなわけないだろ・・・。
よく見ればマドカの体にはあちこちに傷がつき、抱きとめた体も驚くほど軽い。
進化前のダメージも残ってたことを考えると、いつ倒れてもおかしくなかったはずだ。
「マドカ、どうしてお前は、お前たちはオレなんかを信じてくれるんだ・・・?」
知らず知らずのうちにマドカを抱きしめる腕に力が入っていた。
情けなかった、悔しかった、歯がゆかった。
こんなにオレを信じてくれてるのに、こいつらのために何もしてやれなかった、
あまつさえ、自分の指示ミスで窮地にまで追い込んでしまった、
そんな自分が、許せなかった。
「マスター・・・」
後ろに回されたマドカの手が、優しく背を撫でる。
「マスターは優しいんですね」
それは昨日も聞いたマドカの言葉。
「わたしたちは、マスターのその優しさに助けられてるんですよ」
オレの、優しさに・・・?
「それは、わたしたちだって痛いのは嫌ですし、できることならケガもせずにいたいです。
でも相手が強ければそれはやっぱりムリですし、そこはもちろん覚悟しています。
痛くって、辛くって、苦しくって、もう戦いたくないって思ったりもします」
そうだろう、けど、それはオレが未熟だから、弱いから・・・。
「だけどそんなときでも、わたしたちの後ろにはマスターがいてくれる。
優しいマスターがいつでも見守ってくれている。
それだけでわたしたちは、また戦える勇気をもらえるんです」
・・・そんなオレなのに、お前たちは・・・。
「マスターがいてくれるだけで、わたしたちは何度でも立ち上がれるんです。
だから、マスター・・・泣かないでください」
泣く・・・?
・・・言われて初めて気がついた。
オレは、泣いていた。
「マスターがわたしたちのことを気遣って、辛い思いをしているのは知ってます。
でも、覚えていてください。わたしはわたしの意思でここにいるんです。
マスターのそばにいたいから。誰よりも優しいマスターと一緒にいたいから」
泣くのなんてずいぶん久しぶりだから止め方を忘れているんだろう。
マドカを抱きしめながらオレは泣き続けていた。
「ずいぶんいい相棒をもったものだな」
タケシがまるで数年来の親友の口調で語りかけてくる。
あれからしばらくしてようやく泣き止んだオレはマドカをボールに戻し、タケシからジム制覇の証、グレーバッジを受け取っていた。
まったくずいぶんと恥ずかしい姿を晒してしまったもんだ。
どうやらタケシのあの態度は、ジムリーダーとして生半可な気持ちのトレーナーに活を入れるためのものだったらしい。
バトルが終わったあとは「すまない」と謝ってきたし、マドカのこともかなり気遣ってくれていた。
「おそらくあの進化も、お前への思いの強さゆえなのかもしれないな」
あの時の、通常では考えられないタイミングでのマドカの進化。
陳腐に思わないでもないが、なんとなく分かるような気がした。
「あれだけ大切に思われてるんだ、お前も大切にしろよ」
「あぁ、言われずともそうするさ」
タケシの傍らに控えていたイワークが「あたしは大切にされてない気がするなぁ」とか茶化したらタケシは顔を真っ赤にして怒っていた。おぉ、あついあつい。
「ゴホン、まぁ、あれだ。またこの街に戻ってきたらこのジムにも来てくれ。そのときは歓迎しよう」
そういって手を突き出す。
「分かった、そうするよ」
オレも手を突き出し、互いの拳を軽くぶつけ合う。
こうしてオレのジムリーダー初戦は辛勝という感じで幕を下ろしたのだった。
「お兄ちゃん、やったね! 初めてのバッジだよ!」
戦闘に出ていないため、一人元気なルイザがオレの周りをくるくる回っている。
元気なのはいいが、少しは落ち着け。
「マドカちゃんもアサギちゃんもかっこよかったなぁ。ボクもいつかあんな風に・・・」
二人の戦い方をマネしているのか、跳んだりはねたりしながらパンチ、キックを繰り出す。
なんというか、落ち着いてるように見えてこいつもやっぱり年相応な部分はあるってことか。
「・・・お兄ちゃん、ひょっとして元気ない?」
押し黙ったままのオレに不安そうな顔を向ける。
「ん、いや、別にそういうわけじゃないんだが・・・」
マドカの言うこともわかる。
たとえ痛い思いをしたとしても、自分がここにいたいからいて、そして戦う。
だからオレが気にする必要なんてない。
たぶんそういうことを言いたかったんだろう。
確かに理解できる、けどそれだけじゃない。
オレだってあいつらにケガをさせたいわけじゃない。辛い思いなんてさせたくない。
強くなりたい。
あいつらをトレーナーとして守れるくらい、もっともっと強く。
「だな・・・」
「・・・お兄ちゃん?」
空を見上げればずいぶんと陽は高く昇っていた。
よし。
「早いとこ2人を回復してやらないとな。早くしないと後で何言われるかわかったもんじゃない」
特にうるさそうなのが約一名。
「走るぞ、ルイザ!」
「え、えっ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!」
慌てふためきながらもルイザの顔は嬉しそうだった。
とりあえず今回のジム戦では学ぶことも多かった。
今はせめてこいつらを守れるくらい強くなろう。
少しでもこいつらの笑顔を見ていたいから。
「なぁ、大将。今回はどうしたってのさ」
ところ変わってニビジム。傷の手当ても終わったイワークが足をブラブラさせながらタケシにブーたれていた。
「大将が初心者トレーナーに対して厳しいのはいつものことだけど、今回は輪をかけて厳しくなかったかい?
しかも「じしん」まで使わせるしさぁ」
イワークの言葉通り、今までタケシは挑戦者に対し「じしん」を使ったことはなかった。
マサラタウンでオーキド博士がポケモンを子どもたちに配る関係上、ここニビジムでは初心者トレーナーが挑んでくることが多い。
率直に言ってタケシが本気を出せばこのジムを通過できる初心者など1人もいなくなる。
だが、ジムリーダーは何も挑戦者を倒せばいいというものではない。
ポケモンを戦わせることの厳しさを戦いの中で教え、後進の育成に努める。それもジムリーダーの大切な役目。
故に多少は手を抜いて挑戦者を迎えるのがジムリーダーの基本姿勢なのだ。
「ったく、大丈夫だったからいいものの、下手すりゃ大事になってたよ」
しかし今回のタケシはイワークに「じしん」を使わせるほど本気で挑んでいた。
それがイワークには気にくわなかったらしい。
「・・・予感がしたんだ」
言われるがままだったタケシが静かに口を開く。
「予感?」
いまいちピンとこない様子でイワークが首をかしげる。
「あぁ、あいつには本気で当たらないとダメだと思ったんだ」
それは確信めいた予感だった。
「・・・分かんないねぇ、確かに本気で当たってもいいくらいの相手だったけどさぁ。どうしてそんな風に思ったんだい?」
「それが分からんから予感というんだ。それに・・・」
「それに・・・?」
考え込み、俯いていた顔を上げる。
バトルを交え、戦友のようになったあのトレーナー。
「あいつの顔、昔どこかで見たことがあったような・・・」
駄文
仕事が忙っしゃー!!(挨拶)
というわけで四話後編を書いてたはずが長くなりすぎて第五話に変更。
序盤の山場だったせいか、むちゃくちゃ長くなってしまった・・・。反省、反省。
相変わらず内向的な主人公ですが徐々に成長していくと思うので、生暖かい目で見守ってやってください。
では、第六話、オツキミ山でお会いしましょう!
最終更新:2011年11月11日 00:55