5スレ>>957-2


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「そんな・・・! 先生、なんとかならないんですか!?」

 小さな部屋にマスターの悲痛な声が響く。
 部屋の中にいるのはマスターと私、そしてお医者の先生。

「今の医学では残念ながら・・・」

 ここ数週間の間の私の不調。
 最初はちょっとしたことだった。
 昨日の夕食を思い出せなかったり、買い物に行ったところで何を買うのかを忘れたり。
 買う品を忘れるなんてドジな私にはたまにあることだった。
 そんなとき、マスターは決まって「しょうがないな」って言って笑って許してくれた。
 だから、気づけなかった。


 chute des feuilles ~落ち葉踏み~


 私たちが異変に気づいたのは確か・・・1週間前。
 それは私たちが―――シティに居た時のこと。
 旅の足を止めて久々のお休みとなったその日、私は宿泊していた建物を出て街を散歩することにした。
 特に意味があったわけじゃない。ただブラブラしたい気持ちだった、んだと思う。
 そしてその散歩の途中、私は道に迷ってしまった。
 何も大きい街だったわけじゃない。
 特別入り組んだ街だったわけでもない。
 結局、夕方になって私の戻りが遅いことに気づいたマスターが見つけてくれるまで、私は街を彷徨っていた。

『まったく、こんな小さな街で迷うなんておまえのドジも来るとこまで来たなぁ』

 そんな風に言いながらも私を探しに来た時の心から心配したような、そして私を見つけた時の安心しきった顔がマスターの本心だったと思う。
 たぶん街中を走り回ったんだろう。私を見つけた途端、地面に大の字になって倒れ込んでしまったのだから。

『そんなひどいですよ~。不安でしょうがなかったんですから!』

 私もいっしょで、言葉とは裏腹にマスターが私を心配してくれたことが嬉しかった。
 生来のドジのせいで度々迷惑をかけることも多かったけど、いつだって笑って許してくれる。
 そして、普段は絶対に口に出さないけど、心の底では私のことを大事に思ってくれている。
 そんなマスターが大好きだった。

『ほら、着いたぞ。しかし、なんでこんな分かりやすい建物を見失うかね』

 マスターに連れられて着いた先、目の前にした建物を見た私の言葉。
 これだけは今でもはっきりと覚えている。

『えっ・・・? 泊まったの、ここでしたっけ・・・?』

 今思い出してもゾッとする。
 目の前にある建物は街に一つはあるポケモンセンター。
 建物自体も大きいし、何よりその赤い屋根が目立つ。
 普通に考えてこんな目立つ建物を探せないわけがない。
 そう、私は迷っていたんじゃない。
 この建物に泊まっていたことを「忘れていた」んだ。

『・・・おいおい、冗談だろ?』

 マスターは引きつった笑いを浮かべていた。
 私のドジにさすがに呆れての笑いだったのかと思っていたけど、今思えばこの時すでにマスターは私の異変に気づいていたのかもしれない。

『あ、あはは、も、もちろん冗談ですよ~! やだなぁ、マスター、いくら私でもそこまでドジじゃないですよ~』

 そうごまかしてそそくさとセンターの中に入る。
 マスターもそれ以上は追求せず、この件に関してはこれで終わることとなった。


 そしてつい昨日のこと。

『ぅ~、さすがに夜は冷えるなぁ』

 非常口を開けてセンターの中に入ってくる人影。
 夜中に不足品の買い出しに出かけていたマスターだ。
 すでに非常灯の明かりだけとなり、薄暗くなったメインホール。
 そこに足を踏み入れた時、マスターはすすり泣くような声を聞いた。

『・・・? 誰か、いるのか?』

 不審そうな声が静かなホールに響く。
 程なくして、マスターはホールの隅の椅子に座って泣きじゃくる人影を見つけた。

『・・・おまえ』

 それは私だった。
 子どものように膝を抱え、後から後から溢れてくる涙に体を震わせていた。

『ぅっ・・・ぇぅっ・・・マス、ター・・・?』
『おまえ、なんでこんなところに・・・って、うわっ!』

 マスターの顔を見た途端、私はマスターに抱きついていた。
 マスターが手に提げていた買い物袋が床に落ちてガサッと音を立てる。

『どう・・・しよう・・・どうしよう、マスター・・・! 思い出せない、思い出せないよ!』

 抱きついたまま顔だけを上げて訴える。
 当然ながらマスターには何のことだか分かるはずもない。

『落ち着け・・・何が思い出せないんだ?』

 マスターは私の背中に手を回し、子どもをあやすように撫でながら優しく聞いてくれた。
 密着させた体からマスターの心臓の音が聞こえる。それが心地よくて少しだけ安心することができた。

『みんなの、みんなの名前が・・・思い出せないの・・・』

 安心はしたものの声が震えていた。声に出せば体まで震え出す。

『みんな・・・って、おまえまさか!?』

 仲間のみんなの顔、さっきまで同じ部屋にいたみんな。
 長い旅を共にした仲間。そんな仲間の名前を忘れるはずなんてない。
 そう、思っていた。

『どうしよう、どうしよう、マスター・・・。 私、だんだん色んなことが思い出せなくなってる・・・っ!』

 ここまで来ると私にも事の重大さがはっきりと分かっていた。
 すでにドジなんて言葉じゃ片付けられないほど、私の記憶力はおかしくなっていた。
 つい昨日の出来事ですら断片的に思い出すのがやっとなのだ。
 辛うじてマスターのことは覚えていた。
 けれどマスターに出会った時の思い出も、必死になってやっと思い出せるような状態になってしまっていた。

『私、私・・・ぅっ、っく、マスター・・・うあぁぁっ・・・!』

 もはや嗚咽を止めることができなかった。
 マスターの胸に顔を埋めながら泣きじゃくる私。
 そんな私をマスターは優しく抱きしめてくれていた。

『大丈夫、大丈夫だ・・・。明日しっかり診てもらおう、そうすれば元通りになるさ』

 私に言い聞かせるように、自分に言い聞かせるように。マスターの声も少し震えていた。
 それでもその手は私を強く優しく抱きしめてくれて。
 その夜、私は泣き疲れて眠るまで、マスターの腕に抱かれて泣き続けていた。


 時間はつい先ほどに巻き戻る。
 マスターは他の仲間に適当な理由をつけて、私をセンター附属の診察室に連れてきてくれた。
 お医者さんの質問の後、いくつかの機械による診察を受けて、私とマスターは待合室で結果を待っていた。

『どうぞ、お入り下さい』

 しばらくしてハピナスに呼ばれ、再び診察室に通される。
 部屋の中にはお医者さんが一人。
 白髪頭に黒縁メガネの柔和そうな笑顔を浮かべていたお医者さんが、今ではとても難しい顔をしていた。

『先生、どうなんですか・・・』

 その様子にただならぬものを感じたのかマスターの声がうわずっている。
 マスターの問いかけに、お医者さんはちらりと私を見て、マスターに向き直る。

『大丈夫です・・・お願いします』

 マスターの手をぎゅっと握りしめながら答える。
 私も知りたい。私の身に何が起こっているのかを。

『・・・落ち着いて聞いて下さい』

 お医者さんが静かに語り始める。

『これは「ドわすれ」を覚えるポケモンにごく稀に見られる症状で、記憶が徐々に失われていく病気です』

 やっぱり・・・。
 お医者さんから告げられた症状は私たちの予想通り記憶が少しずつなくなっていくというものだった。
 予想していたとはいえ、改めて専門家に言われるとそれが現実として重くのしかかってくる。

『やっぱりそうですか・・・。けど、治す方法はあるんですよね?』

 何かに縋るかのように質問するマスター。
 でも、お医者さんの表情は難しいまま。
 ・・・まさか。

『・・・非常に申し上げにくいのですが、今現在この病気の治療法は見つかっておりません』

 足下がガラガラと音を立てて崩れていくような感覚がした。
 治・・・らない?
 私の記憶は元に戻らない・・・?
 全部・・・全部、忘れちゃうの?
 マスターのことも、みんなのことも。
 楽しかったことも、つらかったことも、うれしかったことも。
 全部、全部、全部、全部・・・なくなっちゃうの?

『なにぶん症例が少なく原因さえ分かっていないような状態なんです』
『・・・・・・・・・・・・』

 マスターの服の裾を掴む手に力が入る。
 体がガタガタと震え出す。
 頭の中がグルグル回る。
 イヤ・・・イヤ! イヤだよ! 忘れたくない!


 気づけば私は再び病院の待合室にいた。
 横にはマスターが俯いたまま座っている。
 どうやらお医者さんの説明を聞いてるうちにショックで気を失ってしまっていたみたい。
 夢、だったのかな・・・。
 夢だったらどんなにいいだろう。
 けれどマスターの頬に残る涙の後が、夢ではないことを物語っていた。
 そっか・・・やっぱり私、治らないんだ・・・。

「マスター・・・?」

 私の声にマスターがハッとしたように顔を上げる。

「おまえ、気づいて・・・っ!」

 私の顔を見て一瞬安堵したような表情を見せたけど、すぐ辛そうな顔をしてまた俯いてしまう。

「・・・? マスター? どうしたんですか?」
「・・・オレの、オレのせいだ・・・」

 マスターの、せい?

「オレが、オレがもっと早く気づいてたら・・・」

 それは今まで見たことのないマスターの姿だった。
 手で目を覆い、泣いていた。
 普段は頼もしく思っていたマスターがひどく脆く見えた。

「ごめん、ごめん・・・」

 嗚咽混じりに謝罪の言葉を繰り返すマスター。
 私は震える手でマスターの頬に触れた。
 マスターが再び顔を上げる。
 たぶん私が気を失っていた間にも泣き続けていたんだろう、その目は真っ赤になっていた。
 私の不調に気づけなかった自分自身を責めるように。
 けどね、マスター・・・そうじゃないよ。

「マスターのせいじゃないですよ・・・」

 マスターを抱きしめる。
 いつもとは逆の立場だなぁ、なんて場違いなことを考えている自分がいてなんだかおかしかった。

「私がドジばっかりしてたから気づけなかっただけですよ。だからマスターのせいなんかじゃないです」

 マスターの罪悪感が少しでも薄れるように努めて明るく振る舞う。
 それに、そうでもしないとおかしくなってしまいそうなのは私も同じだったから。

「私が普段からしっかりしてれば、すぐに気づけたはずなんです。・・・ねぇ、マスター、そんなに自分を、責めないでください」

 声が震える。
 マスターを元気づけたいのに涙が後から後からあふれ出て言葉が詰まりそうになる。

「ごめん・・・ごめんっ! っく、オレが・・・オレが!」

 背中に回されたマスターの手が私を強く強く抱きしめる。
 まるで今にも消えてしまいそうな私をつなぎ止めるように。

「だから、マスターの、せいじゃ・・・っ、うぅ・・・マスタぁ・・・マスター!」

 もう声も涙も止めようがなかった。
 大切なマスターや仲間のことを明日にでも忘れてしまうかもしれない。
 それが悲しくて、辛くて、怖くて。
 互いを抱きしめ合いながら私たちは泣き続けていた。


「ねぇ、マスター」

 センターを出て少し道を歩く。
 秋色に染められた街並みは枯れ葉が舞い、歩くたびに落ち葉を踏む音が響く。
 振り返ればマスターは少し離れたところで私を見つめていた。
 その目は優しすぎるから、きっと私のことが重荷になってしまうだろう。
 それでも・・・。

「ひとつだけ約束しておきますね」

 それがたとえ叶うことのない約束だとしても。

「私は絶対にあなたのことを忘れたりしません」

 すべてを失っても、すべてを奪われても。

「だからマスターも私のことを忘れないでください」

 そうすれば私はあなたの中でずっと生きていける。

「・・・マスター」

 マスターに寄り添いそっと抱きしめる。

「ずっとずっと大好きです・・・」



駄文
 普段のボクの作風はこんな感じです(挨拶)
 誰も救われない話を書くのが大好き。いい話? いいえ、嫌な話です。
 実は以前書いた作品を萌えもんで置き換えただけだったり。元作品の季節が秋なので季節外れもいいとこですがw
 ちなみに某映画と設定が似通っていますが、大元になった話は某ゲームです。
 では、次回のMMD(MoeMonDrama)でお会いしましょう。
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