『月の歌姫』
これは歌うことのできなかったプリンが歌えるようになるまでの物語。
その出会いは、プリンにとって、いいことだったのだろうか。
出会いはおつきみやま。特別な出会いではなかった。眠らされて、気づいたらモンスターボールの中。そして、一緒に旅をするように。
住み慣れた場所から離された悲しみはあったけれど、すぐにその悲しみは消えて、旅に夢中になり、主と仲間との楽しい生活が好きになった。
今がずっと続くのだと思っていた。けれど、プリンは忘れていた。そう思っていた以前の生活が、捕まって変わっていたことに。
今が楽しくて、昔を思い出すことをしなかった。だから、忘れてしまっていたのだ、自分が歌えないことを。
きっかけは、始めての戦い。主の歌えという言葉。
いつまでたっても、喉が音で震えることはなく、口から歌が響くことはない。
主は問う。なぜ歌わない?
プリンは答える。私は歌うことができない。
主は言った。プリンならば、歌えて当然だろう?
プリンは答える。でも私は歌えないのです。
昔が蘇る。
おつきみやまに響く仲間たちの歌声。ただ一人、その輪に加われず、過ごした寂しい日々。
当たり前のことができないプリンを、仲間は異端を見る目で見た。
プリンは仲間から離れた。しかし、完全に離れることなど、できはない。なぜなら一人は寂しいから。
いつかあの輪に誘われることを夢見て、離れた場から憧れ見た。
主は、プリンを離すことはなかった。
それをプリンは、共にいることを望まれた、と思ってしまった。
主は待っていたのだ、歌うことを。
主が見ていたのは、歌えぬプリンではなく、歌うという技。
ただプリンの歌う「歌」を望んでいただけだ。
時は少しばかり過ぎ、やがてそれがきた。
まてども、歌うことのできぬプリン。
主にとって、己の願望を果たせぬその存在は、邪魔なだけ。
ならば取る選択は、一つだけ。
どんな選択か、聞かなくともわかるだろう?
一度ぬくもりを知ったプリンには、一人で過ごす日々はとても辛すぎる。
かつての生活に戻るも、かつてと違い、あの輪をただ見るだけなど、できはしない。
ぬくもりの思い出は、寂しさを紛らわせることはなく、寂しさを強く強く感じさせる。
ぬくもりという、消すことのできない毒。その毒は、プリンの体と心を侵しつくしていた。
どれだけの幾十、幾百の昼夜を震えて過ごしたか。それはプリンにはわからない。
いつごろからかおつきみやまに、声が流れだす。
それは、哀しみの声。
そして気づく、己が「歌」を響かせていることに。
それは、哀しみの歌。
かつての輝きを想い、孤独の痛みを絞り出したもの。
私は歌えるのだと、私はここにいるのだと、だからもう一度共に行きたいと。
歌に込められた微かに混じる期待が、せつなさをより引き立たせた。
おつきみやまに響く歌声は、誰もを聞き入らせる。
聞かせたい人へは届かぬ歌を、プリンは毎日一人で歌う。
今日もおつきみやまに、歌は響く。
最終更新:2007年12月13日 22:53