……いや、私が負ける日が来るのは判っていたのよ、
そもそもリーグ覇者が7年も君臨し続けた事の方が、異例の事態なのだし。
でも、負けた相手を知れば誰もが悔しがるはずだ。
唯一の私の弱点であり、マスターの苦手な相手、あの子にだけは勝てない……。
―――
その日の昼下がり、のんびりとお茶をすするのはマスターと私キュウコン。
マスター手ずから入れたお茶に、これまたマスター手作りのお茶請け。
誰も予想だにしないこの素晴らしい味を楽しめる私はきっと幸せ者ね。
「……そうだ、今日のチャレンジャーは妙なものを使うらしい、気をつけろ。」
この人が注意を促すなんて天変地異の前触れに等しい。
……しかし煙草を吸いながら味なんて判るものなのかしらね?
適当に聞き流し、お茶をすする、無意識に尻尾が揺れるほどの味だ。
ふと、前々から気になっていた事を聞いてみる。
「マスター、前にチャンピオン防衛戦で勝つ度にリーグから賞金出るっていってたわね?」
…………、しばしの沈黙の後。
「……あぁ、あれか。」
「あれかじゃないわよ、7年も勝ち続けたんだし結構たまってるんじゃないの?」
軽く身を乗り出しきつめの視線で問い詰めてみる。
私だって欲しい物くらいはあるのわ、私が勝って働いた分は欲しい所よ。
「……これの事か?」
通帳をぽんっとまるで人事のように手渡してくる。
……1戦勝利する度に60万の報奨金が入っていた。
7年分だ、残金数十億の単位になってる。
質素? な生活のため、使い道がなかったせいもあるだろう。
「……まぁ、マスターらしいのかしら。」
何となくそうやって納得出来てしまう。
お金に執着する事はないし、自分のやりたい事をやりたいだけする普通の人だものね。
もっとも、リーグに挑戦し旅をしていた時、
私を背負ってマサラタウンからグレン島、そしてセキチクまで泳ぎきった体力には驚いたけど。
え? アイアンテールを素手で止めるのには驚かないのかって?
イワヤマトンネルにチャンピオンロード、どっちも壁を壊しながら進んだのよ。
薄めの壁を蹴って、ぶち抜きながら進んだの。
あれに比べればアイアンテール止めたのくらい驚くことじゃないわ。
「……来たようだな。」
今日3箱目の煙草の封を切りながら立ち上がるマスター。
「そうみたいね、お茶の時間に無粋な輩。」
スカートを翻し優雅に立ち上がる私、尻尾を風に流し躍らせるのも忘れない。
「えっと、俺の名前はマサラタウンの……」
「いやいい、知ってる判っている、何しろ俺の家の裏に住んでたろう。」
……マスターの声が少し震えている。
おかしいわ、こんな事初めてよ? 何かにおびえているような……。
「それなら話は早いや、チャンピオン!バトルしようぜ!」
トレードマークであろう‘赤い帽子’を直しこちらに向かって指を刺し……。
「‘ピカチュウ’君に決めた!」
…………。
この瞬間、勝敗が決していた事に気付いていたのは、当のチャンプ二人だけであった。
―――
見事な不戦敗。
相手のトレーナーが後ろに控えていた萌えもんを出した時に二人で気絶した。
その原因は……。
「……俺はアイツの母親に昔……散々あの黄色いのにな……。」
煙草を吸うのさえ忘れ、未だに軽く震え怯えた声で呟くマスター。
「……あのネズミだけはだめなのよ……ロコンだった時に散々……。」
マスターの膝の上で震えながら抱きつく私……、尻尾も丸まってしまっている。
……あぁ情けないと、自分でも思うほどに震えている。
『今回のリーグ優勝者はマサラタウンのサト―――』
テレビが流れ続けている、今回のリーグの特集のようだった。
……二人の過去に何があったかは当の本人達以外知り得ない事である。
―――
あとがき。
そろそろ負けイベントが欲しかっただけです。CAPRI
最終更新:2007年12月21日 00:23