昼下がりの午後。家の裏手にある、ちょっと広め原っぱで横になるのが僕の日課だった。真上まできた太陽のちょっと強めの光と、むわっとするぐらいの青い匂い。目を瞑るとそれらが充満して、自然の一部になったような感覚を得ることができた。
二ヵ月ぶりに家に戻ってきてから、何かと親や友達にからまれてここに来ることができなかった。だから、その焦らされた分も含めて、思いっきり深呼吸をする。
温かい空気と共に、強い花の香りが鼻腔を刺激した。
「マスター」
「ん、パウワウ?」
起き上がって確認すると、右脇にぺたんと座り込むパウワウがすぐに目に入った。手にはその辺から摘んできたであろう、三、四本の花の束。
「マスター、これ、いい香りがするの!」
そう言ってパウワウはにぱっと笑う。僕にもその香りを分けてあげようと、両手で差し出したその花達からは、確かに先ほどと同じ香りがした。
「ああ。パウワウは、花はあまり見たことないんだっけ」
うん! とパウワウは頷く。私のいたところにはこんなもの咲いてなかったよ、とも興味津々に花を眺めては、顔を近づけて香りを嗅いでいる。よほど気に入ったのだろう、吸えばすった分だけ、パウワウは笑顔になった。
「って、寒いところだったし、確かに花は咲いてないか」
そう、パウワウの相手。原っぱでの昼寝に新しく加わったのは、そんなささやかな日課だった。
きっかけは、ふたご島まで泳いで競争、という久々に会ったセキチクの友達との他愛のない遊びだった。
元々タマムシシティなんていう都会に住んでいる僕と、ソイツでは張り合いようのない差があった。案の定、勝てるわけもなく惨敗。とはいえ途中まで泳いできておいて引き返すのもアレだから、とふたご島までの遊泳を楽しんだ。
までは良かったのだが、ふたご島を常夏にうってつけのトロピカルな島だと勘違いしていたのが僕だった。島にあがってもあまり人がいないものだから、洞窟の中にいるのだろうと憶測してしまったのである。
……思い出しただけで鳥肌が立ってきたから、回想を中断した。もしもあんなところで遭難していたら、今頃あの島にいるという氷の悪魔にカチコチにされていただろう。
まあ、しかし。
「きゃー」
実際に出会ったのは、そんな声をあげながら原っぱをころころするようなパウワウだったんだけど。
やせいのポケモンは特になわばり意識が強く、生息地に踏み込んだだけで飛び出してくるようなのが大半だというのに、このパウワウはひどく懐っこかった。
水着に着替えてモンスターボールも持っていなかったのに、ゲットしてしまった……というか、それはもう捕獲でもなんでもなく、やはり前述したように懐かれた、というのが正しいのかもしれない。そう思い至り、立ち上がる。
「パウワウ、あんまり転がると汚れるよ」
僕の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、ころころと僕の近くまで転がってきて、足に当たってパウワウは停止する。うん、聞いてないな。
「マスター、たまむしってすごいね。地面がふさふさしてる!」
野原よりもコンクリートの道路の方が多いだろうけど。そんな野暮な事を心の中で呟く。
「気に入ってくれたみたいでよかったよ。正直、こっちに連れてくるかどうかも悩んでたんだ」
「どうして?」
本人が首をかしげるのだから、単なる危惧だったのだろう。あんな寒いところにいたんだし。環境の違いで弱るっていう話はよく聞く。パウワウみたいな見るからに生息地にしばられそうなポケモンは、一ブリーダーとしてはタマムシに連れ帰るかで迷っていた。
まあ、その迷いも、あっという間になくなってしまったのだけれど。
そんな事を考えていたなんて思いもしないだろうパウワウは、首をかしげるのに疲れたのか、小さい体を足に押し付けるようにして、僕を見上げた。
にぱっと、また笑顔。周りに咲いている花のような明るい表情が、陽光に照らされてより一層輝いているような気がした。
そう、人間にとっては耐え難い寒さの中でも、咲き誇るような笑顔をもっていた彼女。だからこそ、僕はこの子と一緒にいたいと考えた。
足にからみつくパウワウをほどいて、しゃがんで目線を合わせる。頭をなでると、さっきとは違う、くしゃっとした笑顔を浮かべるものだから、僕も笑顔がどんどんあふれていく。
凍結した洞窟で出会った、まるで正反対の温かい笑顔。
花よりも多彩な色(えがお)。原っぱに横たわる僕を彩ってくれるパウワウが、ここでの暮らしの中で、ずっとその笑顔を浮かべていてくれることだけを、僕はただ願っている。
***A☆TO☆GA☆KI***
真面目に書こうとしたらスピリチュアル面でおかしくなっていた、まる。
最終更新:2007年12月21日 00:46