2スレ>>975


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 膝に手を置いて特に何をするでもなく、ただ待ち続ける蛾が一匹。
 それなりに広い施設の休憩室とはいえ余計なものは置いておらず、縦長の部屋に椅子が20ほど左右の壁に並べてあるばかり。
 入り口横に自販機が置いてあるものの投げやり感は拭えず、その部屋は待ち合わせの際、それもあまり騒がしい場所で待たない時だけ使われる。
 灰色の扉のある壁の反対側は、何も装飾のない灰色の壁で塗りつぶされていた。

 その部屋の椅子に座っているのは、やはり毒蛾と呼ばれるモルフォンが独り。
 しかし、偶然この扉を開けるものが今日は他にもいた。
「……お? モルフォンじゃんか」
 扉を開いて入ってきたのは、やはりもえもんだった。
 長身に全身灰色の服、柔らかそうな体と対照的に、振り回されてぶつかったら間違いなく故障確定の岩石ポニーテールをがらがらと引っ張っている――イワーク。
 二人は全く別の主人持ちであったが、モルフォンは時々仕事をしており、その関係でちょっとした知り合いになったのである。
 あくまでちょっとしたであり、深い親交があるわけではないのだが――。
「ああ、誰かと思えば――」
 彼女が扉を閉めて、すたすたがらがらと歩いてきてモルフォンの正面に座ると、モルフォンもまた、イワークに笑いかけた。

「ポッポ並の攻撃力を誇るイワークさんじゃないですか」
「……っておい。褒められてるように聞こえないんだけど、それ」
 思わずずっこけるイワークに、蛾はにこにこと笑みを浮かべて、全く変わらない調子で話すだけであった。
 むー、とイワークが唸る。
「別に褒めてませんよ?」
「そういう事じゃない、そういう事じゃ。もうちょっと、こう、他に呼び方はないのか?」
 彼女がそう詰め寄ると、うーん、そうですねえ……とモルフォンは頭をほんの少し傾げて考える。
 いや、実際にはその頭で何を考えているかなど、誰にも窺い知ることはできないのだが。
 そして少しだけ悩んだあと、頬に人差し指を当てて、頭を傾げたまま口を開いた。


「素早さが無駄にメノクラゲくらいあるイワークさんですか」
「そうそう、その微妙さが辛くて……ってそういう事じゃない。つーか無駄っていうな、素早さに無駄なんてないぞ」


「防御がそこそこあるけど、実はひ弱で格闘技に疎くて足元がお留守なせいで簡単に突破されることに定評のあるイワークさんですか?」
「バカにすんな! 鼠とか猫ならどうとでもなるんだぞ!」


「あの四天王?も絶賛?のもえもん?であるイワークさんですか?」
「何で疑問符だよ?! つーか最後から二つ目はいらないだろ! あたし仲間外れかよ!」


「進化させると強いけど容姿が、しかし進化させないと辛いという選択で主人を悩み殺そうとする闇のプレイヤーキラー・イワークさんですか?」
「存在自体が罠みたいに言うな! お前、お前なぁっ……!」

 そこで我慢ならなくなったのか、イワークは立ち上がって彼女にずんずんと近寄り、がしりと首元の辺りを掴む。
 ぎりぎりと締め上げようと、力を入れて、力を入れて――
「う、うぅ……ちくしょう……ちくしょう……っ!」
 ――入らなかった。
 掴んだままの腕は下がり、彼女の濁った瞳がじわりじわりと水を帯び始めると、彼女はその場でがくりと膝をつく。
 とりあえず離してくれません?汚いですから――そう言うモルフォンの言葉に、体だけが反射して、ぱっと手を離す。
 そのまま両腕は、膝と合わせて地をついた。

「やっぱり、あたし役立たずかなぁ……っ? パーティのお荷物かなぁっ……!」
「まあ、戦力にはならないかもしれませんねー」
 がっくりと崩れ落ちて、震えた体で声を絞り出していくイワークに、何処までもモルフォンは淡白。
 寧ろ鬱陶しく思っているのではないかと勘違いしてしまうほど、その笑顔には変化がなかった。

「分かってたんだ……。マスターに拾われて旅して、なんか途中から全然あたしの攻撃が通らなくなってるし……っ!
相性良いはずの相手が妙に苦しかったり……!」
「無駄に先手取られたり、その上一撃で決められなかったりするんですよね」

「マスターが途中で仲間にしたカビゴンの方が、よっぽど直接攻撃も超能力系の攻撃も耐えられるし、攻撃力高いし! おまけに回復もできて、便利な自己強化もあって!」
「攻撃技のバリエーションも遥かに幅が広いですしねえ」
「う、ううっ……ぐすっ」
 どれだけ酷い言い草をされても無視できなかったのは、そのどれもが自分が感じていた事実だったから。
 自分の思い出ではなく、傷を抉り出すように自分に叩き込むそれはまさに自傷行為で、気持ちは吐き出す度に彼女の心を苛む。
 さらに外から毒をのせてちくちくと刺し続ける相手がいるので、一向に止まる事はなかった。
「そんな事、いまさらだと思いますけど。生まれた時にもう決まってるんですよ、イワークさんの戦闘における大体の劣等なんて」
「ううっ……」
 モルフォンにとってはそもそもそんな事は今さらの話であって、価値観の違う二人が絡み合う事はない。
 ただ弱さを見せたイワークだけが、がっくりと膝をついて一方的な自傷行為に浸って苦しんでいた。



 その時、扉が開く。

「おーい、イワーク――」
「ますたああぁぁぁっ!」

 突っ込んだ。
 扉が開いて、誰か少年が姿を現して、声を確認しているのかしていないのか、それとも感情をぶつける相手がいればどうでもいいのか。
 イワークは即座に身を翻して、部屋に入ってきた少年にダイブする。
 長身の女性が飛び込むように抱きつくと、少年は危うく後ろに崩れ落ちそうになりながら何とか持ちこたえる。
「ど、どうしたのさ? イワーク」
「ううっ、ますたぁ……っ! ごめん、あたし役立たずでっ……! 全然バトルの役に立たないし、無理に使われてるって分かってるし……!」
 恐らくは涙で塗れているだろう顔を少年の肩に置き、ぐすぐすと声を絞り出してそう叫ぶ。

「外してくれてもいいからっ……! だからお願いマスター、嫌いにはならないでっ……!」
 ありったけの彼女の思いを乗せて。

 その様子に、彼女のマスターが呆気に取られていたのは一瞬だけのこと。
 何が起こっているのか、何でそうなったのかは後回しにして、そのマスターはただ彼女の頭に両手を回して優しく、優しく抱き止めた。
「イワーク、僕がどうして戦ってると思うのさ。そんな事出来るわけ、ないじゃないか。……なんて事を言うんだよ」
「うう、だってっ……! ますたー、ますたぁーっ……!」

「仲間と一緒に、できるだけ大きな喜びを味わいたいからじゃないか。……手段を目的にすり替えたくないよ」
「ごめん……っ、マスター……」
「君は外さない。何があっても、外さないからね」
「うん……うん……っ!」
「ほら、涙を拭いて」
 涙目のままの顔を一旦離して、少年は彼女にハンカチを手渡す。

 ――彼女がそのままぐすぐすと涙を拭いている間、恐らく自分の方を睨んできていたのは間違いではないのだろう、と一部始終を見ていたモルフォンは思った。
 特に言葉を添える事もなく、その睨みに花のような笑顔で返すと、彼の方から目を背けた。

「さ、行こう」
「うん……っ!」

 そう言って、彼らは、扉を閉めてその場所から出て行った。









 かくしてまたもや、閉鎖した空間に蛾が一匹。




 出て行く時に挨拶すらなかったのは気付いていたが、彼女自身それを特に気にすることはなかった。

 くすりと笑って、そのまま厳かに立ち上がる。

「戦闘能力がなくても、それが役立たずであるかどうかとはイコールになりませんよねー。受け止めてくれる人がいれば、それでいいじゃないですか」
 モルフォンには興味のある話ではあったが、同時に目に映るのが痛々しい話でもあった。
 恐らくあのイワークは私の事をそもそも目に留めてもいないのだから、私が彼女を気遣う理屈は一片たりともない。

「一番可哀想なのは――」
 扉とは逆側の、ただ灰色の壁に近づいていくと、ちょうど一番端、入り口から見て左端の椅子の前に立つ。
 その場で壁を彼女が丸めた手で三回叩くと、かちりと何かが外れる音がして、灰色の壁に四角いパネルが開いた。
 無機質な電子音を何回か繰り返し、冷たいレバーを下から上へ――

「誰でしょうね」

 ――上げた。

 すると、ただ塗りつぶされた灰色だったはずの壁が透けて、部屋の向こうにもう一つ、暗い部屋が現れる。
 ぶん、と耳障りな音を立てながらその真っ暗な部屋の灯りがつくと、そこには。
 ちょうど鏡張りのように同じ規模のような部屋に、すしづめ状態で詰め込まれた大量のもえもんが、居た。

「……こんにちは、みなさん」

 普通のもえもんでは、なかった。
 いや、普通の状態のもえもんでは、というべきか。
 狭い部屋に閉じ込められた数十匹のもえもんは、誰もかれもが異常な状態であるのは目に見えていた。

 ある者達は部屋の片隅で膝を抱えて動かない。
 ある者達は寝転んだまま、死んだように動かない。
 ある者達は――まるで救いを求める地獄の亡者のように、彼女達の部屋に光が灯されると共にその透明な壁に張り付いた。
 いや、正確には『こちら側』の部屋に飛びついたのだろう。
 ぱたぱたと羽を震わせるモルフォンを取って食わんばかりの勢いで張り付かれているその壁は、無限に注ぎ込まれてきた脂と水で薄汚れている。
 地獄とそれ以外の世界を隔てる、たった一枚の壁。


「お別れに来ましたよ?」

 そう言ってくすくすと笑うモルフォンの声は、向こう側の部屋には届いているかは定かではない。
 ただ少なくとも『向こう側』の部屋の声は、こちらには届かない。
 レバーを下げてしまえば、その鏡張りの部屋の存在には誰一人気付かずに通り過ぎるだろう。

「もえもんが一度人間の中で、人間に触れて生活してしまえば、野生に戻ってもまた同じように生活する事はできない」
 彼女達が涙ともつかなくなったもので顔を汚しながら、亡者の手を近くで伸ばしている事にも気付かずに。

「出たいですか? 出たいですよねー。でも出してあげません」

 部屋の奥には、扉に模した雑な絵が書き入れられており、そこにはもえもん種族の名前がいくらか書き記してあった。
 カメックス、ラッタ、アーボック、プクリン、ディグダ、ニョロボン、カモネギ、ブーバー、ブースター……。
 かろうじて読み取れるのはその程度で、後の名前はぐしゃぐしゃに掠れて読み取ることができない。

「だって、出てどうするんです? どうせ貴方達を受け入れてくれる人なんて、どこにもいはしませんよ。求められないし、受け入れられない」

 かりかりと彼女が爪でその透明な壁を引っ掻くと、『向こう側』は何かを期待したのか、それとも一縷の望みに賭けているのか、動きが激しくなる。
 最高に滑稽だ、と彼女は思った。
 この境界線の様子も、それをこちら側から眺めて余裕綽々でこんな事をしている自分も。

「それに、私のお仕事の一つでもありますから。――いえ、過去形ですけど。お金はあっても腐らないんですよ? ……例え腐ったお金でも、店に持っていけばぴかぴかの新品同然」

 彼女はその境界線に近づいて――はふぅ、と息を吹きかける。
 それに合わせてくもりが出来ると、彼女はすいすいと指を動かして、文字を描いていく。
 相変わらずの  で。


「頑張ってください。死ぬわけじゃありませんし、ちゃんとご飯も出ます。せいぜい媚でも売っていたらどうです? そうしたら、誰か主人に救い上げられますよ、きっと。
……まあ、それが貴方達にとって最適の主人とは限りませんし――見つからなければ、それはそれで楽になれますよ」







        ま   け   い    ぬ    め








 彼女は、レバーを上げた。





    ◇ ◇ ◇


 やがて部屋には、男が一人やってきた。
 一人の相棒を迎えるため。

「モルフォン。待ったか?」
「それはもう。随分時間が掛かりましたねー、てっきり忘れられて何処かへ行ってしまったのかと思いましたよ」
「いや、悪い」

 彼女の主はそう軽く謝罪して、頬を掻いた。


「待たせて勝手だが、早く行くぞ。パルシェンとドククラゲに席取りは任せてあるんだが、あんまり放置したくない」
「それは確かに不安ですねー。ひょっとしたら取り直しになるかもしれませんよ? 逆にしたら良かったんじゃないですか?」
「そしたらお前を迎えに来るのに時間がかかるだろう? さ、行くぞ」
「はいはーい」

 言うが早いか足早に扉を開けて行く彼に続いて、彼女も席を立ってぱたぱたと扉の外へ向かう。

 扉のノブに手をかけて一瞬動きを止めると、振り返って蛾はにっこりと灰色の壁に笑いかける。
 誰もいないはずの部屋の、その奥の、奥の奥に向かって。


「それでは、ごきげんよう。今度は外で出会える日を、楽しみにしていますね」




 扉は、閉められた。
ツールボックス

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