3スレ>>287


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 惰眠とは取るものではなく、貪るものであるという話がある。
 つまり本質的に睡眠とは奪い取るものであり、決してタダでは与えられることがない。
 それを妨害しようとする者がいれば、なおさら。
「……む」
 鳥の囀りはしなかったが、代わりに水と油が小気味い音を立てて跳ね回る効果音と、ぐらぐらとさっきから体の上を揺らされる感覚に導かれて。
 彼は目を、覚ました。
 おぼろげながら、それなりにはっきりとした意識で、仰向けに転がっていたその瞳を開けてまず始めに飛び込んできたのは。



「……さくやは おたのしみ でしたね」
 目の前で触手持ちの女の子が自分に跨って体を揺すっていた。



「まだ眠いな。ドククラゲ、今何時だ?」
「……いきなり無視された……そこは赤面して口が利けなくなるところ、常識的に考えて」
「なかった事を捏造されても……わかったわかった、それはまた今度な」
 布団からずるずると手を伸ばして彼がぽんぽんと彼女の背中を叩くと、彼女はずりずりと下半身の方に跨ったまま移動する。
 そこでようやく上半身を起こすと、うすぼんやりとした頭に違う声がまた聞こえてきた。

「やっとお目覚めですか、マスター。随分寝すぎなので、二度と起きないんじゃないかと心配しましたよ」
「……昨日は疲れた。やっぱり毎日八時間は寝ないと、翌日に響くな」
「ちなみに今は、9時です。10時間も寝てる計算になりますねー。ロングスリーパーは天才っていう論があるそうですけど、
これでそうとは限らないと証明されましたね」
 ベッドから窺い見ると、テーブルに行儀良く座ったモルフォンが微笑んで返した。

 もえもんセンターの一室。
 トレーナーの宿泊先兼、体調管理兼、連絡兼以下略と無数の便利業を営むもえもんセンター。
 そこまで大きくない部屋に、簡単な調理台と家具と、カーテン備え付けのそれなりに大きなベッドが二つ。
 とはいっても、ベッドがよほど小さくない限りは彼らは大抵一つのベッドに固まってごろごろ寝るので、複数ある意味はない。

 上半身を起こした彼は、部屋に漂う俗っぽい醤油に臭いを嗅ぎながら自分の服に手だけかけた。
「……」
「……」
 手だけかけて、自分の目の前で脚に跨ったままのドククラゲと対面したまま動かない。
 丁度視線が服にかけた手から離れないまま、彼女は全く動かずにいる。
 頭の半透明な赤い水晶体がぴかぴかと光ったようにも見えた。

「とりあえず退こうなドククラゲ。カーテンが閉めれない」
「……私は特に気にしない……例え御主人様の背中に目を覆うような手術の跡があっても、私は全部愛せる」
「無いから。そんなドラマチックな展開無いから。大人しく待ってような、俺が恥ずかしいし」
「……つまり私も脱げば無問題……?」
 そう言って自分はスカート部分に手をかけようとするドククラゲを見て、慌てず騒がず彼は対処した。
 肝心なのは慣れである。
「モルフォン、頼んだ」

 予測していた範疇内なのか、既にベッドの傍に寄ってきていたモルフォンは、跨る少女の脇に両腕を通してずるずると引き摺り下ろした。
「はいはい、名言の無駄遣いはそこまでにしてくださいね。マスターがさっさと着替え終わってくれないと、朝ごはんにならないんですよ。
みんな一緒のご飯って意外と不便なんですよねー」
 そのままずるずると引っ張られていく。
 ドククラゲはドククラゲで本気で抵抗する気がないのか、触手はだらんと垂れたままであった。
 自主的に離れようとする気もないようだが。

「ああ……せっかくのチャンスが。今日はせっかくもえもん的勝負下着なのに……短期決戦推奨……」


   ◇ ◇ ◇


もえもんてきしょうぶしたぎ 【もえもん的勝負下着】


1.もえもんとしての魅力を最大限に引き出すように作られた謎の下着。
2.異種族でもいいじゃない。


 この項目は ドククラゲ さんによって編集されています。変更しますか?
    Yes       No


   ◇ ◇ ◇

「……どんな下着だ、それは」
「詳しく説明すると――」
「しなくていい。主もさっさと着替えろ、冷や飯を食いたくなければな」
 思わず突っ込んだ彼にドククラゲがテーブルの前までひきずられてきながら口を開こうとすると、パルシェンが口を挟んだ。
 消去法的に考えて、先程から調理台に立っているのは彼女に違いなく、怒らせると量を是正される事は少なくない。
「分かった、すぐ着替える」
「そうしろ。今日の味噌汁は出来が良さそうだ」
「そういう時に限って、塩を砂糖と間違える級の失敗をするものですけどねー」

 朝のやり取りを聞きながら、彼女達の主はカーテンを閉めて黙々と着替えに入った。


 ……それは楽しみだ、とでも言っておくべきだったかと、そんな事を思いながら。



  ◇ ◇ ◇

「いただきます」
 四人がテーブルを囲んで、三人の主が始めに合図をすると、その後に全員が一斉に合図をする。
 日常では基本的にばらばらな四人が一瞬だけユニゾンする部分だった。
 始まりの挨拶が終われば、後は各自ばらばらに箸をのばすだけなのだけれど。
「ん、美味い」
「当然だ」
 胸を誇るでもなく、本当に当然のようにパルシェンは呟いて、箸で自分の料理をつつく。
 モルフォンもまたあちこち摘んで食べると、彼女はんー、とわずかに目を細めるのだった。

「マスターの料理は、味っ気ないですからねー。まるで半生を示すかのようですけど、もうちょっと冒険したらどうです?」
「……俺の半生についてはともかくとして、そんなに下手か?」
「下手なんじゃない、主は食い物に対して概念が違うんだ。主がやっているのは加工で、私が今やって見せたのは料理だ」

 見た目も考えて、食べる側を楽しませるのが料理とは言ったものか。
 パルシェンの料理は本人の凝った工夫があるし、美味なのだが、彼女は『時間をかけて料理を作る』という事をしない。
 料理は下拵えの時間が大事だとも言うが、彼女が得意なのは出来るだけ早く、出来るだけ美味くであって必要以上の時間をかけようとする事を嫌った。
 もっとも、定住するのでもない彼らの場合はそちらの方が多くの場合は合っている。

 逆に何でも大抵はこなす器用なモルフォンは、どうやらやった事がないのも相俟って料理だけは苦手のようだった。
 苦手というより、時々料理を作っていると食材や調理器具を見たまま何故かぼうっとして固まってしまったり、やけに不注意になる事があるのだ。
 最初の頃はそれで手を切ったりして本人が「なんででしょうねー」と苦笑していたので、それ以来モルフォンの料理には誰かが必ず一人つく。
 最近はそれなりに不注意がなくなってきており、無からバリエーションを増やしつつあるのであっという間に彼女の主は追い抜かれた。

「……うまうま」
「味わって食えなどとは言わないが喉に詰まらすなよ、クラゲ。後が面倒だ」
 暫く止まっていたと思ったら、があー、と茶碗を持って一気に飯をかっこむドククラゲに、パルシェンがやれやれと釘を刺す。
 彼女曰く触手は獲物用、食事は手でという事だそうで食卓が思ったより混沌としてはいないのが幸いか。

 しかし実のところでは、があーとかきこむ、この本人こそがこの中では最も料理のスキルが高い。
 頭が妙に作用しているのか、それともその独自の発想が味を生み出しているのか不明ではあるが。
 ただし。

「……私も調理台に立ちたい……立ちたいよお母さん」
「日頃の行いだ」
「まあ、腕はともかくとして戦う前にスープに溶解液とか入ってても困りますよねー」

「私、そんな野暮なことしない……私は、私はただ……私の瑞々しい手で弾いて、撫でて、揉んで挟まれてした、いたいけな料理達を御主人様のお口いっぱいに頬張ってもらいたいだけ」
「そういう発言が原因だと理解しろ、クラゲ」

 既にパーティメンバー内の会議において、賛成2反対1棄権1の多数決の結果、ドククラゲはローテーションから外される事が決定していた。
 あまりに当然といえば当然の話なのだが。

「せめてお弁当を作りたい……。ハート型のお弁当……作って持っていって、その場で蓋を開けて周りごと冷えた空気に陥れるの……
ふ、うふふふふふ……」
「お前は主を助けたいのか貶めたいのか、どっちだ」
「……複雑な乙女心。カッとなってやってしまうこともある」
「御主人様に関われれば、何でも良かったんですよねー?」
「……今は反省している……多分」

 そう言いながら最後の味噌汁をごくん、と飲み干すとテーブルの上へ置く。
 それに対して多少の誤差はあれど、ほぼ全員が間髪を置かずに食事を食べ終わると、特に誰ともなく彼らは両手を目の前で合わせた。
 頃合を計って、彼女達の主がやはり、最初に合図する。


「ごちそうさまでした」



 今日は遅めの開始である一日が、始まる。
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