「ご主人様、お腹が空きました」
隣を歩くベトベターがお腹に手をあてて、俺の顔を見た。
次は博物館を見学しようと思っていたのに……。
甘やかしすぎているかもしれない、と思いつつも、
(何を買ってやるかな……)
と考え始めてる時点で、俺にはベトベターを躾けられないなと自覚する。
腕時計を見れば、もう三時少し前。
歩き回っていれば、たしかにお腹が空く頃合だ。
「んー……何が食いたい?」
こういう風に聞くと絶対に、
「ふぁ、ふぁーすとふーどがいいです!!」
ってな感じに返ってくるのは目に見えていた。
だから何か他のものが買えないかな……と辺りを見回していると、
「おじちゃん、アイス三本ちょうだい!」
「ありがとな坊主。さ、好きなの三本選んでけ」
「じゃーねー、これと……これと……」
「坊主、こいつぁどうだい? おじちゃんのオススメだ」
「んー、じゃあそれにする! またね、おじちゃん!」
「おう、溶ける前に届けるんだぞ!」
懐かしい光景が目に映った。
俺がちっちゃいころもあんなおっさんがアイス売ってたっけ……。
「――よし」
「おやつが決まったのですか? ご主人様?」
「あぁ、今日はアイスキャンデーだ」
「あいすきゃんでー? それは何なんですか?」
「食ってみれば分かるさ。行くぞ」
はい、ご主人様、と返事が来るのを待たずして、俺はアイス売りのところへ歩き出した。
「おじさん、アイス二本な」
最近はベトベターが結構頑張ってくれているので財政難に陥ったりはしていない。
それでもあまり贅沢な使い方が出来るほどじゃないが……。
「おう、毎度。こいつでいいかい?」
近くで見ると、初老と言う年齢は過ぎているように見えた。
だが、俺にとってアイス売りはあくまでおじさんなのである。
アイス売りのおじさんが二本、オレンジ色のアイスをとりだした。
一本は俺に、もう一本は、
「ほら、お嬢ちゃんのぶんだ」
少し慌てて俺に追いついてきたベトベターに。
「あ、ありがとうございます」
ベトベターはアイスを渡されると、それを手に持ったまま俺に尋ねた。
「ご主人様? これには食べられない場所はあるんですか?」
「今お前が持ってる木の棒は食べられないからな」
はい、と返事もそこそこにベトベターはアイスを食べ始める。
一口。
「ご、ごしゅじんさま……つめたい……です」
そりゃあそうだ、と笑いながら頭を撫でる。
「食べたら博物館に行くからな」
「はい……でも……つめたくてはやくたべられません」
「別に、はやく食べなくてもいいぞ」
そうですか、とベトベターはゆっくりとアイスを食べ始めた。
「……なぁベトベター」
博物館を出た後、俺はベトベターに聞いてみた。
数十センチほど先をとてとて歩いていたベトベターは俺の声に振り返り、
「どうしましたご主人様?」
「博物館、おもしろかったか?」
なんかよく分からない単語ばっかり羅列してあって俺にはさっぱりだった。
だから子供達には人気がないと思うんだ。
「はい! とってもおもしろいところでした!」
「そうか」
ベトベターが楽しんでくれたならいいか。
まだ時計は五時を指したあたり。次に行くべきところはないものか……。
「ご主人様! ご主人様!」
「何だ?」
ベトベターが俺のズボンをくいくい引っ張って注意を引いた。
「あそこ、あそこに!」
ベトベターが指差した先にはアイス売りのおじさんが座っていた。
まだ売っているのだろうか?
「アイス売りのおじさんがどうした? あ、もうアイスは買わないぞ?」
「ご主人様のいじわる……。じゃなくて、アイスの人が困ってるみたいです」
アイスの人って……まぁ、分かるからいいけどさ。
国語教材の訪問販売がきたら今の俺ならきっと買ってしまいそうだ。
おじさんの様子を窺うと、確かに浮かない顔で溜息をついたりしている。
「ほらご主人様! 人だすけですよ!」
突っ立ったままの俺を歩かせようと後ろから腰を押される。
「わかった。わかったから押さないでくれ」
歩きづらいから。
「でわご主人様。アイスの人がどうして困ってるのかを聞きに行きましょう」
……また厄介ごとに首突っ込むのかぁ。
毒づきながらも俺の足は重いものと言うわけではなかった。
「おじさん、こんなところでどうしたんだ?」
声を掛けるとおじさんは伏せていた顔をあげた。
俺とベトベターの顔を見て、
「……あんたらはさっきの。いや、ちょっとな」
言葉とは逆にちょっとではないような落ち込みようなんですが。
「アイスの人さん、悩みがあったらわたしに言ってください」
アイスの人って名前だったのか……。
「お嬢ちゃん……いいんだ。そろそろ潮時だと思っておったからな」
潮時? いよいよちょっとした悩みではなさそうだが。
「わたしはそんなことを聞いてないです! わたしはアイスの人さんの悩みが聞きたいのです!」
……聞き様によってはドSな発言っぽいが。
まぁ、確かに悩みくらい話して欲しいものである。
「……しかしなぁ」
おじさんは俺の腰のベルトを見、ベトベターを見て肩を落とした。
?という顔でベトベターと俺は顔を見合わせる。
「おじさん、困った時はお互い様って言うだろ」
それに、一度人助けモードに入ったベトベターは止まらない。
おじさんは再三俺とベトベターを見て、ついに口を割った。
「いやな、明日ハナダシティへ行かんといけないのだが、護衛のトレーナーが急病だと聞いてな」
「護衛……なんて必要なんですか?」
この辺りの萌えもんは結構大人しい種類が多い。
お月見山にもさほど恐い種類がいるとは聞いたことがない。
「最近はほれ、ロボット団とかいう輩がたむろっているらしいから」
うーむ、確かにそれは……
「おじさんは萌えもん連れてないのか?」
尋ねるとおじさんはほほ、と弱弱しい笑い声を漏らした。
「わしのような先の短いのと一緒に居てくれるものなんておらんよ」
おじさんの目は少し遠くのほうを眺めているようだった。
「そうですか……」
返す言葉が見当たらない。
まだまだ二十にもなってない俺ではおじさんの心を量ることはできない。
だが、さらに年齢が下がるとそれは関係のない話となる。
「アイスの人さん! それならわたしとご主人様がごえいをするです!」
さっきまで黙っていたベトベターが突然大声を上げた。
その目はめらめらと燃え上がっていた。
「しかしな、あんたら……お嬢ちゃんしか萌えもん連れてないのじゃろ?」
もし怪我をされたらと思うとな。おじさんは力ない笑み。
なんか、俺も燃えてきたかも知れない。
「おじさんは俺たちの心配はしなくていいさ。俺たちがおじさんの心配をしてるんだからな」
「そうです! ご主人様のゆーとおりです!」
俺たちの意気込みに圧倒されたのか、おじさんはコクリと頷いた。
わーい、と両手を上げているベトベターがふと何かを思い出したようにはっとして、
「ところでご主人様、ごえいってなんですか?」
おいしいんですか? とか聞き始めたベトベターを見て、俺とおじさんは大声で笑いだした。
最終更新:2007年12月21日 01:09