『罪と理由と戒めと』
「今日は静かだな」
「皆さん、疲れてますから」
もえもんセンターの一室で、もえもんトレーナーとコイキングが、ゆったりと過ごしてる。
二人ともパジャマ姿で、あとは寝るだけといった様子。
「皆がジム戦頑張ってくれたおかげで、バッチを勝ち取ることができた」
「……そうですね」
やや元気なく、トレーナーに答えるコイキング。
その様子にトレーナーは気づく。
「どうした? どこか具合でも悪いのか?」
「どこも悪くないです。
…………ねえマスター?」
少しだけ考え込んだコイキングは、疑問を投げかける。
「どうして、私を進化させないんですか?
進化すれば、私はもえもんバトルで役に立てます。
今日みたいに、足手まといにならずにすみます」
急に思いついた疑問ではないのだろう、声に、表情に、雰囲気に、焦りと苦しさが滲んでいる。
常日頃、考えて押さえ込んで、それが今日溢れ出たのか。
そのコイキングを見て、トレーナーは申し訳なさそうな顔になる。
「苦しませて、ごめん。
でも、お前は進化させない。そう決めてあるんだ」
「……理由は教えてくれます?」
「お前には、聞く権利があるだろうな」
そう言ってトレーナーは、少しだけ昔を懐かしむような顔になる。
懐かしさは少しだけだ。表情の大部分は、後悔。
「俺がこうして旅にでるのは、二回目だ。一回目も、もえもんトレーナーとして各地を回っていた。
当時の俺は、トレーナーとして最低だった。もえもんを人格を持った生物としてではなく、道具のように扱っていたから。
ずいぶん酷い扱いをしたよ。役に立たないと判断したもえもんを、捨てるのは当たり前。殴る蹴るなんてこともした。
もえもんが怪我をしても、気にせず使い潰すように、戦わせ続けた」
「……今のマスターと違いすぎます。
だって皆、マスターはちょっと厳しいけど、優しいって言ってます!」
「少しは、ましになれたってことか?
当時の仲間たちには、許されないことをしたのはたしかだ。過去に戻って、自分を殴りたいくらいだよ。
それで、そんな扱いをしてれば、体にがたがくるのは当たり前のことだ。あいつらにも、例外なくそれは訪れた……」
「それで、どうしたんですか?」
黙ってしまったトレーナーをコイキングは促す。
「怖くなった。萌えもんにも命があることに気づいて、それを壊そうとした自分に気づいて、ガタガタ震えてた。
そのとき、通りがかったトレーナーがいなけりゃ、命の重さに潰されて、そのまま何もしないで震えっぱなしだったろうな。
もえもんは、オモチャじゃないってのな。ほんと、そんなことにも気づかない馬鹿だ。
そのトレーナーの手を借りて、仲間たちをもえもんセンターに連れて行って、治療してもらった。
あいつらが治療受けている間、俺はジョーイさんとトレーナーから怒鳴りつけられてた。
普段、温和なジョーイさんをあれほど怒らせたのは、俺が初めてだろうな。
その二人は怖かったけど、それ以上に仲間たちの死といままでの自分が怖かったよ。
もっと早くに、気づけていればって後悔したし、今でもしてる」
「当時の仲間たちはどうなったんですか?」
先を予測したのか、若干青ざめた顔のコイキング。
そのコイキングを、安心させるようにひと撫でして、
「命は助かったよ」
「そうですかぁよかったぁ」
我がことのように安心するコイキングを見て、微笑を浮かべるトレーナー。
だが、その微笑みはすぐに消える。
「でも、全て元通りってわけでもなかった。
あいつらは、もえもんバトルには耐えられなくなった。半分死んだも同じかな。
俺は、そこで旅をやめた。旅に連れて行けるもえもんがいなかったってのもあるが、
それ以上に、あいつらに少しでも償わないといけないって、思ったから。
あいつらは、俺と一緒にいたくなかったかもしれないけど、俺は家に連れて帰ることにした。
野に放しても、俺のせいで生きてはいけないからな。
謝りながら、怪我が全快するまで、看病したよ」
「彼女たちは、マスターをどう思ってるんでしょう?」
トレーナーにむけての問いではない。思ったことが口から出てしまっただけ。
でも、その問いにもトレーナーは答える。
「始めは、急に態度を変えた俺に戸惑ってた。次に怒り。
怒られて当然だ。ずっと憎まれたままだろうって思ってた。
でも怒りはしても、憎まれはしなかった。
それどころか、許してくれた。
いつか自分たちにも命はあるんだと、気づいてくれるって信じ続けてくれてた。
いつか対等な存在として見てくれるって、期待し続けてくれてた。
それを教えてもらって、泣いた。自分の馬鹿さ加減に、もえもんのひたむきさ、優しさ、純粋さに」
当時のことを思い出したのか、トレーナーの目に涙が浮かぶ。つられるようにコイキングの目にも涙が。
「そして、しばらく一緒に暮らしてたんだ。そのとき、過ごした時間でやっと、あいつらが好きなものや趣味とかを知った。
色々遅すぎたけど、その一方で手遅れにならなくてよかった、なんて都合のいいことも考えたっけ。
なんていうか、浅ましいっていうのが、一番似合うかな。
んで、日常生活するうえで、不都合がなくなった頃、言われた」
「何を?」
「旅に出なさいって。あいつら四人全員から。
嫌だって言ったんだけどな。少しもえもんリーグに未練があったのを、見抜かれてたらしい。
それで『私たちに申し訳ないなら、私たちをこんなにまでして求めたものを取ってきなさい。
そしてリーグ制覇を手土産に、私たちが誇れるようなトレーナーになって帰ってきなさい』って、家を追い出された。
俺が、旅に出られる理由までつけてくれるんだから、俺にはもったいない奴らだよ。
んで、今に至ると」
「そんなことが……私たちは、彼女たちに感謝しないといけませんね。
マスターが、また旅に出たおかげで、出会えたんですから」
ふと、そこで思い出す。
「マスターの過去はわかったんですけど、私を進化させない理由がわかりません」
「ああ、それは、再び旅に出るときに誓ったことに関係する。
もう二度と、仲間を傷つけない、信頼を裏切らない、力のみを追い求めないって。
コイキングは、戒めで証なんだ」
「戒めと証?」
「そう、コイキングはもえもんの中で最弱だし、進化させると確かに強くなる。
だからって進化させると、強さのみを求めて、もえもんを道具にしていた、以前と同じなんだ。
コイキングに求めているのは、強さじゃない。俺に、過去を忘れないようにする証。
俺はコイキングを見て、二度と同じ過ちをしないように戒めている。
俺に必要なのは、強いギャラドスじゃなくて、コイキング自身」
「……私自身」
「それに、お前は役立たずじゃないぞ?
今言ったように、存在自体が俺に必要だし。料理だって美味い。足りない道具に、すぐ気づいて補充してくれる。
戦闘面じゃなくて、生活とか補助とかで役立ってる。
戦闘でも、一つ前のジム戦で役立ったじゃないか。お前が戦闘に出て、耐えてくれたおかげで、仲間たちがげんきのかけらで復活できた」
「今のままでも、役に立ってる? 本当に?」
「仲間にも聞いてみればいい。俺と同じ答えが返ってくるぞ」
「「「「「マスターの言うとおり!」」」」」
「みんな!」
扉が開いて、仲間たちが入ってくる。
トレーナーとコイキングは、驚いた表情で仲間を見る。
「お前たち、いつからそこにいたんだ?」
「わりと最初から聞いてましたわ」
「マスターに、そんな過去があったなんてなー」
「時々暗い影がさすと思ったら」
「驚きですー」
「悪い人だったんですねぇ」
それぞれの反応が返ってくる。
「軽蔑したろ」
「昔のマスターはな。
今は僕たちに、同じようなことしないだろ?」
「絶対しないっ」
力の篭った宣言が発せられる。
「ん、それが聞けたから安心だ」
「みんな、私って役に立てるのかな?」
トレーナーの言うとおり、聞いてみる。
すでに返事は得られているが、自信がなく、もう一度聞きたかったのだろうか。
「いないと、困りますわ」
「うんうん、料理美味しいしね」
「抜けてるマスターのフォローもできますからねぇ」
「マスターも好きだけど、コイキングちゃんも好きですよー」
「……みんなぁありがとぉ」
「うわっこれぐらいで泣くなよ!?」
泣き出したコイキングを、仲間で囲んであやす。
それをトレーナーは、苦笑しながら見る。
脳裏に浮かぶのは、謝れていない一人のもえもん。
再び旅を始めて、すぐにおつきみ山に謝りに行ったのだが、すでに他のトレーナーと旅に出たあとだった。
願う、俺のようなトレーナーではなく、もえもんを大事にしてくれるトレーナーに出会えているようにと。
想いはそれぞれに、夜は更ける。
仲間の絆を深めながら。
おまけ
「マスターが、時々お金を送金していたのは、以前の仲間のため?」
「ああ、あいつらにも生活資金は必要だろ?」
そのお金が、結婚資金として貯金されていることを、トレーナーは知らない。
トレーナーを送り出した理由の一つに、花嫁修業の時間がほしかったからという理由があることを、トレーナーは知らない。
少しだけ遠い将来、もえもんリーグを制した後、かつての仲間と今の仲間の総勢10人で、
トレーナー争奪戦が起こることを、トレーナーは想像できない。
おまけのおまけ
近い将来、プリンを連れた鼻血マスターに出会い、殴られることは別の話。
最終更新:2007年12月21日 02:17