『緊急呼び出し』
昼食を終え、襲い来る眠気に身を任せていると、狙いすましたかのように電話がなった。
――……誰だろう? ここの電話番号知ってるのは、運営委員会ぐらいなんだけどな。
頭を振って眠気を追い出し、受話器を取る。
「はい、もしもし。シロガネ山管理人ですけど」
『おお、居たか。た、頼む、今すぐにアサギシティに向かってくれ』
「それは此処の管理を投げ出さなければならないほどの事ですか?」
『ああそうだ! い、急いでくれ!』
どうやら、かなり大変な事が起きているらしい。
現地のトレーナーでは対処できない程の事なのだろう。
ボクが出るほどの事かはわからないけれど……命令なのだから仕方ない。
「わかりました。今すぐ向かいます」
『頼むぞ……それと、すまん』
「は?」
『何でもない。頼んだぞ』
「はい!」
受話器を置く。
「ケィ、リン、エナ、瞬、スミレ!」
家の中に居るみんなに呼びかける。
『呼んだ?』
「……なにかの任務かしら?」
「任務!? 正義の活躍ができる? できる?」
「できるのだろうな。喜べスミレ」
「わーい」
「どうせ、会長のくっだらない用事でしょう? 前も呼び出されたじゃない」
「いや、今回はかなり焦ってたから、本当に何か起こってるのかもしれない。急がないと」
冬の災害は洒落にならないのだから。
ケィ以外をボールに仕舞い、家から出て空に向かって叫ぶ。
「ルー! 来い!」
数秒の後、暴風で雪を巻き上げながら目の前に大きな影が現れる。
「ほぅ、呼んだか友よ」
影の正体は巨大なピジョット。名をルーと言う。
昔の仲間で、今ではこの山の鳥萌えもん達のボスだ。
「アサギシティまで飛んでくれるか」
「お安いご用さ友よ。本気で飛ばすぞ? 耐えきれるか?」
「大丈夫だ。蜂蜜酒は飲んでいる」
「ハハハ。またわかりにくいネタを……行くぞ」
「ケィ、落とされないように入っておくか?」
『う、うん』
いつもは外に出ているケィをボールに仕舞い、ルーに乗る。
「行くぞ!!!」
「ボスがんばって」「お父さん頑張ってー!」「帰ってきてね!」「今のうちに権力争いだぜ」
鳥萌えもんに見送られシロガネ山から飛び立つ。
吹き付ける風が容赦なく体温を奪っていく。
――寒いな……でも。
やはり空は良い物だ。
心地よい。
「しかし、なんだ。呼んだと思ったら飛んでくれ、とは。何かあったのか?」
「わかんない。けど、かなり焦った声だったから、酷い状況なんだと思う」
「お前がそう言うなら、嘘じゃないんだろうな……でもよぉ、あの会長はお前を騙せる程の演技ができるんだぜ? 今回も、って可能性もあるだろ」
そう、前回騙されたときはホントに会長が死にそうな声で電話してきたものだから、ボクも焦って大した準備もせずテレポートで本部に飛んでいった。
なのに、「ただ顔が見たかっただけだ。相変わらずみたいだな」と言われたときは思わずケィで袋叩きにしてしまった。
「まぁ、その時はまた袋にするからいいよ」
「協力するぜ?」
「目は抉っちゃ駄目だよ」
「わかってるさ。死なない程度に髪を毟ってやるよ」
そんな少々物騒な会話をしながら、短い空の旅を楽しんだ。
あっと言う間にアサギシティに着き、萌えもんセンターの前に降り立つ。
「帰りはケィのテレポートで帰ってくるんだろ?」
「ああ。ありがとう」
「じゃあな! 久しぶりにお前と飛べて、楽しかったぜ」
そう言ってルーはシロガネ山に帰っていった。
――さて……どうやらまた騙されたみたいだね。
周囲には人の気配が多数、どれもかなりリラックスしている。
とても事件が起こったようには思えない。
まぁ、この街の人間が一瞬で精神を取り繕える者ばかりだった場合は別だが。
「ケィ」
『なに?』
「目を貸してくれ」
『わかった』
頭に一瞬痛みが走る。慣れた痛みだ。
視界が復帰する。
自分の頭の位置ではなくケィの頭の位置だから少しズレがあるが、どうとでもなる。
「ふむ……やっぱり、事件が起こったようには思えないなぁ」
『やっぱり、ただ呼び出されただけ? その割には会長さんの姿が見えないけど』
冗談で呼び出すとしても、どっきりでした、と言うあの人が居なければ話にならない。
何処に居るのだろう?
――ん? こっちに誰か近づいてくる?
会長の物ではない足音がこちらに向かって近づいてくる。
萌えもんセンターに向かう物ではない。明らかにボクに向かってきている。
――誰だろう?
振り向くとそこに、ドンカラスを連れた灰色の髪の男性が居た。
段々とこちらに近づいてきている。
足音の正体は彼だろう。ボクに用があるようだ。
すごく聞き取りづらいけれど、右腕の方から変な音が聞こえる。
金属の擦れるような音が。
――義手……かな。
『かもね。ねぇ、このドンカラス。なんか見覚えがある気がするんだけど』
――気のせいじゃない? アイツらのジョウト支部はワタルさんが潰したはずだし。
『なんか引っかかってるんだよー!!』
そんな風にテレパスで会話していると、男が話し掛けてきた。
「あんたが……爺に呼ばれた人かい?」
爺? 誰だろう。
「ん、僕は会長に呼ばれて……」
「会長……ジョウトリーグのかい? ならたぶん爺の関係者だろ、ついてきな」
――間接的に呼び出された、って事なのかな。
『ドッキリ、に近いけど、そんな事までして呼び出すんだから重要な話があるんだろうね』
――なんだろう……。
男に連れて行かれた先には、見覚えのある老人が居た。
以前、会長呼び出されたときに顔を合わせた記憶がある。
到底老人とは思えぬ強さを誇る方だ。
「来たか……こい」
有無を言わせぬ迫力。
呼び出された訳が、なんとなくわかった。
「はい」
ケィ以外の子をボールから出す。
この話はこの子たちには聞かせられない。
「遊んでおいで」
ぶーぶーと言う非難を無視して、老人の後に続き部屋に入った。
「会長名義で呼び出して、その上孫に迎えに行かせたりしてすまないね。久しぶり、かな? シロガネ山管理人……いや、今は黒狼と呼ぼうか」
とても懐かしい、疾うの昔に捨て去った名前が、老人の口から出る。
この名前を知っているのは、アイツらとリーグ上層部のごく一部だ。
「やっぱりボクの過去に関係ある話なんですね」
「ああ……最近、ある少年がうちに来てな。その子の村を滅ぼしたギャラドスの事を聞かれたよ。アレが、君の罪かな?」
「そう……あの子、助かったんだ」
「嬉しそうじゃな。アレは復讐を成す為ならば、人を殺すことも厭わぬぞ?」
「構いませんよ。それであの子の気が晴れるのなら」
忘れ得ないあの日の記憶。
ボクはあの状況を楽しんでた。
まるで新しい玩具を与えられた子供のように、小さな真実に気づけないほど浮かれてた。
「でも、まだ死ねません。彼女を見つけて真実を聞き出すまでは」
彼女がどうしてあんな事をしたのか。
ボクは知らなくちゃいけない。あの惨劇を止められなかった者として。
「ほぅ? その割に、君はずっとシロガネ山から動かないではないか」
「色々と準備があります。もうすぐ……もうすぐです。もうすぐ全てが整います。そうすればボクは全てを知って、彼は復讐を果たす。大団円ですよ」
彼が復讐を果たした後、もしかしたらケィ達が新しい復讐者になるかもしれない。
でも、そうはならない。絶対に。
その為の準備も、もうすぐ終わる。
「……知らぬ方が良いこともあるじゃろうに」
「そうですね……きっとボクは後悔するんでしょう。知らなければよかった、って。でも、ボクは知らなくちゃいけない。あの惨劇を止められなかった者として」
ボクがそう言うと、老人は少し黙り込む。
「……決意は変わらんか」
「ええ」
「そうか……もし儂が協力できることがあれば、協力しよう」
「そうですね。近いうちに、四人くらいお世話になるかもしれません」
「わかった……その時が来たら預かろう」
「ありがとうございます」
――行くよ。ケィ。
『う、うん……』
老人の部屋を出る。
「わざわざありがとうございました」
礼をして頭を戻したとき、老人はこちらに背を向けていた。
部屋の外に出ると、先ほどの男性が声を掛けてきた。
「ちょっといいかい?」
「ん、あぁお孫さん……だっけ?」
「孫って言われるほどの年齢でもねぇな。まぁいい、聞きたいことがあるんだ」
聞きたいことが何かはわかっている。
わざわざ迎えに来させられたんだ、興味も湧くだろう。
「僕が……僕たちが村を潰した話かい?」
「あぁ……爺から聞いてるかしらないがそのときの被害者が知り合いなんでね」
「……すまない、としか言えない」
『君は悪くないよ!』
――今は黙ってて。
「ま、俺が立ち入るのも無粋な話だが―
「ますたー!」
言葉を遮り、何処からか小さなガーディが現れ、男にぶつかる。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……」
「いっしょにあそぼ!リンおねえちゃんも一緒だよ!」
「は?リン姐は今親父と外いってるだろ」
『リン姉が知らない人と出かけてる?』
――いや、たぶん同じ名前の人が居るんだと思う。
『……紛らわしいね』
――被っちゃったものはしかたないよ。
「あ、ごめんなさい勝手に遊ばせてもらってて」
勝手口から入ってきたリンが申し訳なさそうに言う。
その背中では先ほどの小さなガーディが、とても嬉しそうにはしゃいでいる。
「あれ、リンなにしてたの?」
「は?」
もう日が遅いと言うことで、その日は此処に泊まることになった。
ケィはドンカラスを見るたびに、唸っていて、リン以外の子はずっと不満そうな目でこちらを見ていた。
翌日
「では僕らはこれで……」
「あぁ、送らなくていいんだな?っても大したことはできないだろうが」
「えぇ、お気遣いなく」
「……でだな、ガーディ! いい加減そっちのリンさんに迷惑だろ戻って来い!」
男性が叫ぶ。
リンにすっかり懐いてしまったのか、小さなガーディはリンから離れようとしない。
リンもまんざらでは無い様子で、嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。
「や~、リンお姉ちゃんの背中気持ちいい……」
「……迷惑かけるね、いまひきはがすから」
リンの背中からガーディを降ろそうとすると、毛を逆立て威嚇してきた。
絶対にリンから離れないぞ!と言う念が伝わってくる。
「む~、リンお姉ちゃんと一緒にいく!」
「は?」
「だって爺も親父も遊んでくれないしますたー滅多にかえってこないもん……」
「な……まぁそりゃ……あぁもう! だからってほかの人に迷惑かけるな!」
「や~だ~」
――これは引き離すのは無理……かな。まぁ、良い理由ができたしいいか。
「あの……よければこちらで貰ってもよろしいですか?」
「え、いやまぁそっちに迷惑がかからないなら……」
「なんか妹ができたみたいで……あ、いえその……」
ちらり、と横目で見られる。
「あんたは?」
まぁ土地なんて腐るほどあるし、特に断る理由はない。
「ん、僕……? まぁリンがいいなら問題ないよ」
「……そうかい、わかったガーディそっちで問題おこすなよ」
「わ~い」
小さなガーディは器用にリンの背中で宙返りする。
曲芸物だ。サーカスで稼げるんじゃないだろうか、この芸は。
「あの」
「ん?」
「この子の名前は……」
「あぁ、わっふるっていうんだ」
なんともまぁ奇抜な名前だ。
向こうの食べ物の名前じゃなかっただろうか。
「わかりました」
「よろしく頼むよ、フードのほうも用意しようかい?」
「いえ、そこまではしてもらわなくても……」
「そうかい、じゃあな」
「あ、はい……」
「…………黒狼」
ぼそり、囁くほどの小さな声で呼ばれた。
あの老人とは違う声。
――誰だ?
振り向くとそこにはドンカラスが居た。
「え? 君はたしかさっきの人と一緒にいた……なんでその呼び名を?」
「あってたよな兄弟、まぁおれのことは覚えてないだろうが俺はあんたを覚えてる」
「……じゃあ君はまさか」
『やっぱり君は奴等の! こんな所まで来るなんて……』
――大丈夫、たぶん敵じゃないよ。あの人がこんな近くにアイツらの仲間を置いておくはずがない。
『でも……』
――いいから。
身構えようとするケィを制する。
「安心しな、俺はあいつらに追われてる身さ、主に助けてもらってこうやって世話になってる」
「…………」
「どうしてあんたが追われたのかは知らない、でもあんたも俺も引き返せないことをやってのけたんだ。
事実あんたを憎んで探してる坊やを俺……や、主は知ってる。そいつに出会うことがあったら―
「わかってるよ、死んで償えるなら楽な話だけど……そのケリはつけるつもり」
開幕の準備はもうすぐ、揃うんだから。
「そうかい、邪魔したな……まぁ互いに頑張ろうや……死ぬまであいつらと縁は切れないんだからな」
「君も、がんばってね」
ささやかなる会合を終え、シロガネ山に飛ぶ。
管理小屋の近くで駆け回るわっふるとリンを部屋から眺めつつ、仕掛けを終える。
これで開幕の準備は整った。
あとは役者を揃えるだけだ。
――ボクとケィ、狂ったギャラドス、裏切った少女。そして、生き残った少年。……まずはヒロインを探さないとね。
笑みを浮かべ、仕掛けを仕舞う。
この仕掛けは誰にも気付かれてはいけないのだから。
最終更新:2007年12月26日 20:08