3スレ>>712


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 虫の鳴き声、鳥の羽ばたきが鳴り止まない深緑の地。
 その森の奥に、森を分かつようにして建っている一つの建物。
 見上げればあちこちが今にもばらばらと崩れてきてしまいそうで、侵食した雨が作り出したおうとつの中に生えているコケが、
時の流れを示していた。
 その場違いな雰囲気を持つ家の玄関前に、三人。
 一人は男で、その両端の二人はもえもんと呼ばれる不思議な生き物。
 後ろから見ると、まるで彼らはひとつの山のよう。

「……館、か」
「誰が作ったのか知らないが、よっぽど陰気な奴だろう。こんな森の奥に、敢えて作るとは」
「まあ、人里離れて……って事か」
 ばらばらと、屋根から落ちてきた何かのカスを振り払いながら彼は呟いた。
 既に陽は夕焼けをとうに過ぎて、すっかり辺りの景色は闇に包まれている。
 昼ならば多少その古ぼけた館は味があって見えるのかもしれないが、夜になってはただ不気味で陰鬱な象徴でしかなかった。
「……困った……」
「どうした、ドククラゲ」
 ドククラゲは先程から古ぼけた館を見ながら、真剣に頭を捻っている。

「……怪談は持ちネタが少ない……。せっかく幽霊話で怖がった子が思わず隣の人に抱きついて、赤面らぶらぶな展開が目の前にあるというのに……
口惜しや、口惜しや」
「お前が話しても意味がないだろう、クラゲ」
「御主人様が私に抱きつけば問題ない。まさに注目の的……希少価値として」
「それはさすがに勘弁してくれ」
「絵的な寒さから言って、注目の的というより冷ややかな視線を浴びせかけられると思うが」
「……その寒さ具合がたまらないの……社会的抹殺を受けて、私と一緒に世捨て人になろう……いわゆる駆け落ち」
 ふふ、ふふふと不気味に笑う彼女の表情を的確に捉えられる人間が、果たしてこの世に何人いるだろう。

「主、何か感想はあるか」
「まだ俺は社会的に死にたくない。……と、モルフォン」
 もう手遅れだろう、と左隣から小さく聞こえた声を彼は意図的に無視した。
 彼の相棒の一人はぱたぱたと羽を羽ばたかせながら、家の外周を周って彼らの前に来ると、地面に両足をつけた。
「どうだった?」
「ざっと見てみましたけど、外から見た限りでは人が住んでる可能性は見当たりませんでしたね。ただ、中に誰もいない……とは限りませんけど」
 そう言って、彼女はその館を改めて見上げる。
 古ぼけた館は夜になっても何処にも灯りはついていなかったが、何かしらのもえもんが住み着いている可能性も捨てきれない。
「……まぁ、いいか。とりあえず注意して中に入ってみよう。何かあればその時はその時。なければ、今日の寝床決定だな」
「格好よく言ってるだけで行き当たりばったりですよねー。もうちょっと上手く誤魔化したらどうですか?」
「……。……さて、行くか」
 ざっと扉の前に進み出る主を軽く制して、パルシェンが扉に半身を預けながら、錆付いた取っ手に手を掛ける。
 後ろ側に隠れるように回る主を見送ってから、彼女はその扉を思い切り引いた。

「……敵が出ない……的も出ない……よ?」
 先にと入っていったドククラゲが、触手の数本をぴくぴくと動かしながらそう呟く。
 それを確認してから、扉の外に待機していた三人も、絨毯が剥がれて石床が剥き出しになっている床に足を乗せた。
「そうだな、とりあえず入った瞬間に襲われるようなことがなくて良かったが……っと」
 かちり、と手に持った灯りのスイッチを押すと、まだ館の中を圧し包む未熟な闇にぽっかりと穴が開く。

 完全に宵となってないとはいえ夜という事に違いはなく、今夜は控えめな月の光が煌々と館の中に降り注ぐ。
 ライトを先へ伸ばすとすぐにちょっとした階段があり、そこからすぐ先がちょっとした広間。
 壁の両端につけられた階段の切れ端を辿ると、右と左の階段はどちらも同じ二階部分に繋がっている。
 扉は6つ。
 階段付近の一階部分に両方一つずつ、そして二階部分の右左の壁に二つ、正面の壁に二つ。
 正面の二つの間には持ち主の格まで表すのだろうか、巨大な額縁が飾ってあったが――生憎、中身はなかった。
 どこもあまり手入れはされていないが、造りが頑丈なせいか、外のみすぼらしさに比べて中はそれほどでもなかった。


「あら、こっちにも扉がありますよー。ちょっと変ですけど」
 入っていったモルフォンが階段二つの間、二階部分の真下にある壁にあった瓦礫を容赦なく蹴っ飛ばすと、その後ろから金属製の扉が姿を現した。
 その扉をぎいと開いて、扉の向こう側を覗きながら、モルフォンはくるくるとノブを動かしていた。
「どういう事だ?」
「中閉じの鍵が強引に壊されてるみたいなんですよ。何処の力馬鹿の仕業でしょうねー、このぐらいなら工夫すれば簡単に開くのに」
 相変わらずにこにこと笑って彼女はノブから手を離すと、彼女の主と同じように、扉の奥へ視線を移した。
 中には大小さまざまな本棚と、その本棚の上部分に手を出すためか、踏み台がこてんと倒れている。

「……まあ、ここに先に来た俺達みたいな誰かの仕業だろうな。興味はあるが、とりあえずここは後だ」
「まぁ、そうですねー」
 扉をばたんと閉めると、改めて男は息を吐く。
 夜の廃屋というものがもたらす緊張感と、その他に対する多少の興奮によるものだった。
 森の奥に作られた館が途中で打ち捨てられた、その理由に対する興味が知的好奇心を刺激する。
 それを落ち着けるためにも、とりあえず彼は、二つ息を吐いた。

「とりあえず、屋敷の中を探索してみるか。できれば二組に分けたい……が、危ないから一応回りきるまでは四人一組でな」
「分かれて一番危険なのは主だがな」
「……だがそれがいい……」
 目も向けないまま突っ込むパルシェンに、ある意味で同調してから、いつも通り彼の腰に触手を巻きつけるドククラゲ。
 改めて考えると人間的には情けない構図だなと思いながら、彼は歩を進めた。



  ◇ ◇ ◇


 がちゃり、と扉が開かれて風の流れが変わると、窓のカーテンが僅かにはためく。
 つくはずの電気は今はつかず、部屋の中央に置かれたカンテラのような灯りが、その箱の中で灯っていた。
 やれやれと息をつきながら、一人は立ったまま壁に背中を預け、一人は部屋中央のテーブルの埃をぽんぽんと払ってから、そこに腰を載せる。
 一人は腰に触手を巻きつけて引きずられている一人をよいしょと抱え上げると、彼女を部屋にあった特大のベッドに腰を乗せた。
 重力に逆らわずにぼすんとベッドに倒れこむと、両腕を彼の方に伸ばして、相変わらずの虚ろなんだか輝いてるのかよくわからない瞳で彼を見つめる。

 あー、と唸りながら彼も疲れた足のまま隣に倒れこむと、よしよしと彼女の方に手を伸ばして頭を撫でる。
 掴めないままの表情は変わらなかったが、彼女はぺたぺたと両手と、蠢く触手で彼の体をあちこち触っていた。
 その触手が首に三本、しゅるしゅると巻き付いても特に対応を変えることはなかった。
 こそばゆく頭を撫でられている彼女が、ぼそりと口を開く。

「これが……愛?」
「いや、違うと思う」

 でも容赦なく否定するところは、やはり変わらなかった。
 頭を撫でられる代わりに首と二の腕と胸と背中と髪を弄っている彼女は、ふるふると首を振って否定する。

「……御主人様は、真実の愛を分かっておられない」
「……まあ、分からないな。どういう事だ?」
 彼が聞き返すと、彼女は余った触手でぴらぴらと服の端を軽く持ち上げながら呟いた。

「この服の下の禁断の果実を食べればきっとよく分かる」
 瞬間、どすっとベッドが蹴られて僅かに揺れる。


「そろそろ大人しくしていろ、クラゲ。手段と目的が逆転してどうする」
 蹴るのが本人ではなくベッドという辺りが、このもえもんなりの優しさというものかもしれない。

「まー、ある意味ではそれも間違ってないんじゃないですか? 体と心は不分離ですし、どっちから絡めとっても結果は同じという事で。
ところで女の武器は涙と体らしいですけど、その優先順位が高いほど汚い女らしいですよ?」
「それなら問題ない……私は常日頃から何千倍ものアプローチを行ってきた。それに私はムードを大切にするオンナ」
「胸に手をあててもう一度言ってみろ、クラゲ」

 ドククラゲは言われるままに触手を伸ばして、少しばかり目を瞑ってから――呟いた。




「……すばらしい だんりょく です」
「お前の胸だ、お前の。誰が私の胸に手を当てろと言った!」
「……そこに胸があるからさ……」

「……主」
「分かった、分かったから落ち着こうかパルシェン。ドククラゲもそろそろ止めような」
 実力行使寸前のパルシェンを押し留めてから、彼は一旦その場で上半身を起こした。
 それに合わせてようやく触手を解くと、ドククラゲも合わせて半身を起こしてぼうと天井を眺める。

 館の部屋の一室。
 その部屋だけで暮らすにはちょっと狭いが、寝る場所だけのためには広すぎる、そんな部屋。
 それなりに大切な人間のための部屋なのか、テーブルとある程度の調度品。
 加えて十分すぎるくらいの大きさの特大ベッドが一つあるのは、基本的に四人揃って寝る彼らにとって都合のいい事だった。
 この部屋は既に今夜の寝室となる事が――何もないのであれば――決定している。

「それにしても、誰もいなかったな……」
「まだすれ違って会っていない可能性もあるさ。とはいえ、とりあえずもえもんの集団住処でないのは確かだな」
 ふうと息をついて、パルシェンもベッドの一角に腰掛ける。
 どうやら放置されてから暫く経っているのか、電気系統その他の動力は一部の区画を除いてうんともすんとも言わなかった。
 特に館内に変わった場所はなく、崩れ落ちた区画があるわけでもない。
「動いたのは、浴場だけだったか?」
「トイレと台所もですねー。どうも水まわりだけは、単独して動力が確保されているみたいで」
 モルフォンが指折り数えながら、軽く首を傾げた。
 一階端に見つけた大きめの浴場だけは、何故か電気も含めて正常に湯を沸かせるところまで機能が出来ていた。
「……引き篭もりだから、多分自家発電がどこかに残ってる……」
「引き篭もりかどうかはともかくとして、そういう事だろうな。家の地下にでも繋げてあるのかもしれない。風車も水車もある様子はないし」
「……配線引っこ抜いて辿る……?」
「それも良いかもしれないな」
 両手をベッドについて、ぎしぎしと揺らしながら彼女達の主はそう答えた。
 ぐらぐらと結果的に体を揺らされることになったパルシェンが、少しだけ眉を吊り上げながら、顔を横に向ける。
「何だ。何か呆けているように見えるな、主は」
 ん、と反応して声の方を向くとごく真剣なその相棒の表情があって、思わず頬を掻いて視線をずらす。

「いや、別に。あからさまに怪しいかったから、何もなくてちょっと安心したというかな。……拍子抜けというか」
 好奇心と興味が俄かに失せてくると、倦怠感のような鈍い疲労が体全体を覆いつくしていたのだった。
「まぁ、いつもがいつもですからねー。疲れなくていいじゃないですか」
 指を一本立ててモルフォンがふわりと笑ってみせると、そうだな、と言って彼は苦笑した。
「……さて」
 そうして、ぎしぎしと揺らしていた体重を前に向けて、立ち上がる。
 ぱんぱんと自分の尻を払って、後ろを向いて呼びかけた。

「パルシェン。悪いが、ちょっと付き合ってくれないか」
「構わないが、どこへだ?」
「小用。入り口の外まででいいから」
 ぎゅっと腕を握って、荷物から灯りを一つ取り出してからそう呼びかける。
 全体のおおよその探索は終わったものの、すれ違っている可能性や知らないうちに誰かが入ってきている可能性もあった。
 それ故に、彼はそうして相棒の一人に頼んだのだが――

「断る」
 無碍に断られた。

「……いや、何でだ。そんなにイヤか、付いてくるの?」
 確かに抵抗はあるかもしれないが、と彼は付け足す。
 しかし寧ろ、その発言自体が腑に落ちない、といった風にパルシェンは眉を顰めて口を開いた。
「何を勘違いしているのか知らないが、決定的に足りてない部分がある」
「何が?」
 鸚鵡返しのように尋ねる彼に、むしろパルシェンは半分呆れたような声で、



「中まで付いていくに決まってるだろう」
 そう、平然と言ってみせた。


「……いや、ちょっと待て」
「考え直すのは主の方だ」
 あくまで冷静に突っ込むと、さらにモルフォンが畳み込むように話を継ぐ。
「まあ、それに関しては同意見ですねー。個々の危険を避ける為に四人一組になってたのに、やるなら普通徹底的にやりません?
というか、今さらですね。街や、単なる野宿とは話が違いますよ?」
「今さらって言うな、今さらって。……いや、ちょっと待て」
 ちょっと待て、と手で制して黙って考え込み始める。
 合理的に考えればそれが一番なのは理解できても、さすがに彼の中の何かが、よくわからない一線を超えることを躊躇わせる。
 何か起死回生のやり込める方法は――と考えて、ギリギリの思考ではじき出された考えをぶつけた。

「じゃあ――」
 言いかけた彼に、三つの視線が交錯した。
 同時に彼に言いようのない不安が押し寄せて、二の句を継ぐ前にごくり、と唾を飲む。
 ――何か、よくない予感がする。
 そうは思っても、この場を放っておくわけにもいかず。

「逆にお前達がそういう事になっても、俺は中に付いていって良いって事になるぞ」
 そう、言った。






「どうぞどうぞ」
「別に構わない。妙な事をしなければな」
「……見るのはタダ、おさわりもタダ、別室行きも漏れなくタダから……ふ、うふ、うふふふふ……」

 タイムラグもなく平然と返された。

「……そうだよな。そうなるよな……うちの面子的に考えたら……」
 改めて頭を抱え込んで、彼は溜息をついてまた一つ大きな境界線を越えることを覚悟した。
 元々無いに等しい境界線ではあったのだろうけれど。
 そんな事で無理矢理に主人としての力を使うのも躊躇われ、結局彼は膝を折る。

 三人が三人とも普段と全く変わらない態度でいるのを、誇るべきか悲しむべきか――そんな悩みをしながら、
彼はさっきより断然疲れた気がする体を、押し上げるように立たせていた。









「……? ……ちょっと待て。その理論だと、風呂まで適用なのか」
「……ふ、うふふ……夜は終わらない。誰かが望む限り終わらないの……。今日は寝かせない……瞼の裏に不眠症の原因を狂うほど焼き付ける。
そうすれば夢の中でも遊べる……」
「モルフォン、耳栓寄越してくれ。確か荷物の中にあったよな」
「ああ、アレですか。大分使ってなかったので、このまえ処分しちゃいましたよ。邪魔だったので」

「……そうか。モルフォンは相変わらず手際がいいな」
「いえいえ、お褒めに預かり光栄ですよ。マスター」
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