3スレ>>724


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 ぽつぽつと、眩しいイルミネーションが照らす昼より眩しい夜の中に、雨よりも冷たくて深い粒が上天から降り注ぐ。
 一年に一度の祝福の日。
 そうともなれば、どうやら活動しているトレーナーも少ないようで、彼もほぼ年中無休のトレーナー稼業を一時的に休止せざるを得なかった。
 もっとも、自分のもえもんと付き合わなければならないという意味では、トレーナー稼業は続くのだが。
 降りしきる雪は薄く積もって、人に踏まれた端から熱に溶かされて消えていく。
 それでも残った水粒が、身を切るような寒さの中で凍り付いて、思わず何度も彼はそれに足をとられそうになった。

 そういえば小さい頃は本当によく転んでいたなあ、と彼は雪降る夜の中で思い出す。
 足元がおぼつかない自分は何度も何度も凍った路面の上で滑って転んで、でもその度に笑っていた。
 ああ、確かに笑っていた。
 クリスマスの意味なんて全く知らなかったけれど、それが特別な日だと分かっていたのだから、……いや?
 もう思い出せない。
 ただ、あまり楽しくなくなったのが、そのクリスマス・イヴの意味を知るようになった――なれた頃からだったのは、憶えている。
 変わらない色々なものに辟易して、壁にぶつかって、何度も似たようなものに唾を吐きかけた。
 我が身ながら、なかなか酷かった。
 酷かったが、今でさえも、子供の頃に何であんなに楽しくなれたのかは全く分からないまま日々を過ごしている。

 でも、それでいい。
 昔の自分と今の自分は違うという事なのだから、昔を思い出せなくてもそれがいい。
 きっと今年は、少しはマシなクリスマスになるだろう。


 眩しいイルミネーションを潜って、ざりざりと音を立てながら飾られたモミの木の横を通ってセンターに入る。
 外の寒さに比べて中は暖かく、ふっと吐いた息は無色透明。
 もえもんセンターの中も、この時期のあおりを受けてあちこちに飾りがされており、一角には大きなモミの木が置かれていた。
 ご丁寧にきらきらと装飾がたっぷり載せてあるが、イマイチ統一感がなくてバランスが悪いその飾りは恐らく、有志が勝手に飾り付けたものなのだろう。

「とりあえず部屋に戻って荷物を出してから、早く三人と合流しないとな」

 呟いてから脇の通路に向かって歩き出して――誰かが、斜め前からこちらに向かってくるのが分かった。
 白衣に身を纏っているのは、このもえもんセンターの管理者の一人。
 彼はちらりと後ろを見てそれらしい人間がいない事を確認すると、改めてそちらに向き直る。
 やがて目の前に来たその女性は、うやうやしく頭を垂れた。

「失礼ですが、名前はこちらで?」

 彼女がぴらりと、その領収書のような紙を彼の目の前に差し出した。
「俺です。何ですか?」
「お客様に、荷物が届いております」
「……荷物?」

 おうむ返しに彼が尋ね返すと、彼女はその細い指で、彼のちょうど後ろ側にある巨大なモミの木の下をぴっと指し示した。
 そこには確かに、荷物があった――正方形の、やや大きいという程度では済まなそうな荷物が。
「どうも」
 そう言って求められるままにサインすると、再び頭を垂れるその女性とほぼ同時に踵を返す。
 その辺りに作られた長椅子に座ってのんびりと話し込むトレーナー達、じゃれつかれるトレーナー達……今日という日のせいなのか、
若干興奮気味の場を通り抜けて、彼はその荷物の元に辿り着いた。

「……荷物ね」

 ただの荷物ではない。
 差出人も不明。
 そして彼が両手で抱え込んでも、かなり辛いだろうというくらいの大きさだった。
 やや早めのクリスマスプレゼントのつもりなのか、その白い正方形の箱はリボンで丁寧に包装されている。
 しかし蓋には何のロックも掛かっていない、手ですぐ取り外せるタイプのものだ。

 何だろう、と彼はほんの少し立ち止まって顎に手をあてながら、考えた。
 プレゼントを送ってくれそうな人に心当たりはそれなりにあるものの、自分がこの日ここにいるという正確な情報を知っている人間がいるとは思えない。
 例えいくらか先にこのセンターに送っていたとしても、違うところにいればそれまでだ。
 爆弾テロなんていう物騒な考えが一瞬脳裏に走ったが、それなら自分を指名する理由が分からない。

 ……。

 首を振って、目の前の箱に手を伸ばした。
 考えても仕方ない、とりあえずこの場で封を解いて中身だけちらりと覗いてみようと。
 これだけ大きいのだから、中身を確認してからでも部屋に持ち帰るのは構わないだろうと。
 大体こんな大きいもの、本当に必要なものが入ってたらどうやって運んだり消費すればいいんだろう?
 そんな事を思いながら、彼はその戒めを解く。
 ぐっと蓋に両手を掛けて、万が一の可能性である巨大なびっくり箱を考えて準備をしてから、一息に持ち上げた。


 結論から言えば、確かにびっくり箱だった。


「……よう……」
「……」

 中に入っていたのは人間。
 いや、人間ではなく、彼の相棒の一人なのだが。
 それだけなら彼の思考もフリーズする事にはならなかったかもしれないが、例によってというか、普通ではなかった。

「クリスマスプレゼント」

 それ違う、という突っ込みすら間に合わない。
 いつも着ている服はもう既に脱ぎ捨てられており、その白い素肌を緑と赤のクリスマスカラーのリボンで、驚くほど綺麗にラッピングしてある。
 むしろトッピングか。
 うにうにと触手を蠢かせながら、リボンで包まれた体を揺らして、子犬というより狼的な視線で彼を見上げながら何かを待っている。

 無意識的に、彼は蓋を閉じた。

「……」
 
 しかし両手を真上に出して蓋を持ち上げると、今度はそのままぽいっと端に投げ捨ててしまった。
 現実逃避の時間すら与えられない。
 彼女はその両手で箱の縁を掴んで、やはり膝立ちの姿勢のままで彼を見上げると、多少混乱から戻りつつあるものの、
未だに視線が定まらない彼に対して呟く。


「……イートミー」


 またフリーズしかけた思考をなんとか再起動させて、彼は口を開く。

「とりあえず、ドククラゲ……色々聞きたい事はあるが、何でこんな事を?」

 よく考えればあまり意味のない質問である事は分かりきっていたのだが、この場合、彼には他に頭に思い浮かばなかった。
 あまりにあまりな状況もそうであったし、その相棒の細い体をややきつめに巻きつけて肌を際立たせるその装飾が、
思っていたよりずっと目に焼きついたから、というのもあった。
 どうやって巻きつけたんだ。ああ、触手か……そんな取り留めのない事を頭の片隅で考えながら、もう一方は何とか事態を収拾しようと足掻いていて、
ついでに一方では計算づくの無防備な目の前の贈り物に集中を奪われていた。
 成長途上に見えて、本人の身体が細いのも相俟って出るところは出る、そんな本人自身のような一見して分かり難い身体を、
その白い素肌をきゅうきゅうと巻きつける装飾は、恐らく計算づくで色々な部分を隠すように体の表面を縫っている。

「……知りたいの……?」
「一応」

 おまけに少しはみでた一本のリボンに、分かり易く黒の目印がつけてあった。
 何だ、何だそれは。
 それを引っ張ったら包装終了、むしろ放送終了ということか、そういう事か。
 とめどなく進む時間と進行形の会話は彼のノンストップの思考をどこまでも引きずって暴れ出す。

「……女の子の秘密を知りたい……?」
「……まあ、そうだな」

 どうやら違う部分も怪しくなってきた。


「……私の全てを知っt」

 どがん、と。
 瞬間、中に入っていたドククラゲはその箱ごと横に吹っ飛ばされた。
 がらんがらんと箱ごと二転三転して――ちょうど蓋の部分を下にして、ようやくそこで止まる。

「道理で大人しいと思えば、またかクラゲ。……お前は」

 吹っ飛ばされた箱の行方を見た後、声がして後ろを振り向くと――眉を顰めて腕を組む、相棒の一人がやはりいた。
 たった今その大きな箱を蹴り飛ばしたのであろう右足をぷらぷらと揺らして、冷徹に箱を見据えている。
 やがて吹っ飛ばされた箱の方もごそごそともがき始めると、蓋を外したように今度は両手で箱を持ち上げて、やはり端にぽいと投げ捨てた。

「……痛い。……怒った……怒ったよ……? 多分」
「戯け。よくもまあ、そんな事にいちいち手間隙を使えるものだ。大体そのふざけた装飾は何処で手に入れてきた」
「……店先のおじさんを手伝ってあげたら、快く余りをくれたよ……?」
「親切だな」

 もっとも、こんな事に使われていると知ったら卒倒するかもしれないし、或いは親指あたり立てるだろうか、と彼の頭は思考する。
 何にしても、しかし。
 しかしだ、と、ようやく目の前が冷めて現状に思考が追いついてきた彼女達の主は、どうしたものかと腕を組んだ。

「……ところで、パルシェン。俺が突っ込めなかった突っ込みをやってくれた事は感謝してる」
「そうか。それで?」

 含みを感じたのだろう、彼女は素っ気無く答えて続きを促した。
 主は改めて立ち尽くしたままの、リボンなドククラゲをちらりと見てから、もう一度口を開く。

「でも、ここはもえもんセンターのロビーなんだ……」


 そう。
 先程までは、あくまで箱の中から顔をのぞかせるように彼を見上げていたおかげで、何も不自然なことはなかった。
 しかし今はその箱が蹴り飛ばされた挙句に投げ捨てられたため、彼女は公共の場でその姿を晒すことになった。
 おまけに派手な音がしたせいで、その場にいるほぼ全員が――たった今全員になった全ての存在が、彼ら三人を見つめていた。
 場が、嵐の前の凪のような、不気味な静寂のまま彼らを見る視線だけが強まっていく。

 主の言葉を聞くと、パルシェンは彼女にしては珍しく、本当に珍しく、
「……あ」
 思わず声が出てしまった……そんな風に、小さく小さく声が喉の奥をついて出てきた。

 もはやどうする事もできない。
 彼はただ息を吐いて、この後に来るであろう嵐に備えた。



――きゃあぁぁぁぁぁぁぁッ?!
――信じらんなーい、ちょっと、何アレ?!
――カメラ持って来い、カメラ! 何でもいいから持って来い!
――うわ、ちょっと何アレ?! そうか、そういう手がアリだったなんて……!
――ああ、これは盲点だったぜ……! 今すぐ買占めて来い!
――このママ共、自重しろよ! 聖夜ぐらい大人しくできねーのかよ! 俺もう限界だよ、マジ家出すんぞオイ!


 ……。

「とりあえず、服を着ようか。ドククラゲ」
「了解……良かった?」
「そうだな。でも次からは部屋の中でやってほしい」
「……来年からそうする……」


「……ッ! ……あなた達、今すぐ! 出て行ってくださいッ!」

 甲高い女性の声が、騒ぎの中で高く高く響いていた。





  ◇ ◇ ◇


 雪はちらちらと、目に映りこむような眩しい光の中で遠慮するかのように降り積もる。
 全て覆い尽くしてしまえばいっそ清清しくいられるのに、中途半端に降る雫は、過度とすら言えるイルミネーションに、
どこか負けているようだった。
 クリスマスは行事に過ぎない。
 本当にその日に奇跡的な何かが行われたことは、彼女の知る限りでは一度もない。
 街の中央にある太い幹に背中を預けて。
 時々枝の隙間から落ちてくる雪を払い落とそうともせず、髪を白で点々と飾る毒蛾の知る限りは。
 
 街中央のもっとも大きな木に施された、きらびやかなイルミネーションは本当に眩しい。
 今夜ばかりは光の当たらない場所にもとばかりに降り注ぐ光。
 間接的にこの街を皮肉っているかのようなその光を、彼女はただ見上げて、はふと息を吐く。

 光が照らせば照らすだけ、その光が届かない反転した世界はさらに深く、遠く。
 今日も今日とて、やはり現実に潰されて自ら闇に赴く誰かを彼女は目にしたし、その案内役も仕った。
 聖夜に光に当たることもままならなくなったあのもえもんを、果たして世界はどういう風に受け止めるのだろう。
 『選別』に漏れた、とでもするのだろうか?
 光の下で愛を語らう有象無象、人間非人間のアベックとそれ以上の群れ。
 そこにいられる者は一握り、或いはザル一杯か、どちらにしろ光が強くなれば強くなるほど、それは椅子取りゲームの様相を強くする。
 イルミネーションのせいで光を失くし、あるいは消えていった星達の中空を見上げながら、彼女は乾いていた。


「モルフォン、待ったか。予定より早く終わるのは珍しいな」

 彼女の意識を、その一声が地上に呼び戻した。
 荷物を抱えた彼女の主と、もえもんである二人が連れ添って、いつの間にか彼女の正面に立っている。
 さすがに引きずられるのがデフォルトの彼女も今の路面状態には触れたくないようで、実に久しぶりに自分の足で立っていた。

 雪が積もってるぞ、と言って素手で髪にぱらぱらと触れてくる感触に彼女は危うく酔いそうになりながら、笑う。

「どうも。でも次からは手袋かタオルでやってくれるとありがたいですねー」
「気をつけよう。……ところで、どうかしたか? 妙にぼうっとしてたな」

 彼が手を離してそう呟くと、モルフォンは指で髪を少しだけ梳いてから、にこりと笑って口を開いた。

「クリスマスイヴが、罪を流してくれる日だっていうのは知ってます?」

 いや俺は知らない、と彼が呟いて少し顔を傾けて脇の二人を窺うと、ドククラゲとパルシェンはどちらもこくりと頷いた。
「クリスマスは一年の罪が消える日だ。尤も、そんな内在的な罪が『消えた』ところで何の意味があるのかとは思うがな」
「その罪が消える日に、実はさっきちょっとした罪を作ってしまいましてねー。罪が消える日にまた一つ罪というもので」
 まったく困っちゃいます、とモルフォンは首を傾げてみせた。
 するとその様子に、へえとほんの少しだけ感嘆するように声を出してから、彼は呟いた。
「それは奇遇だな」
「奇遇……ですか?」
 きょとんとしたように疑問符で返す彼女に、彼女の主は頷いた。

「ああ。実はさっき、俺も一つ罪を作ってきたところだ。多分、何か色々とややこしい」
「……私って、罪作りなオンナ……」
「洒落にならん」

 両手を頬に当ててなんともいえない表情をするドククラゲと、視線をそらして吐き捨てるパルシェン。
 そこで初めて、モルフォンの視線は彼らの持っているものそれに向いた。
「そういえば、何だか大荷物ですねー。ひょっとして今から夜逃げですか?」
 彼女達の主が背負っているのは、ほとんど――というより、この街に持ってきた荷物全て。
 夜逃げという表現は的確ではなかったが、ある意味では合っていると言えなくもない。
 宿を追われたという点で。


「実はちょっと揉め事があって、もえもんセンターから追い出された」
「うわー、最悪ですね」
「そういうわけだ。普通の日ならともかく、今日は今からじゃ他の宿泊施設に空きなんざ見つからないだろうし。
……今日は、野宿だな」


 最後の答えは少し躊躇いながら、彼はそう言い切った。
「……聖夜に宿無し……犬小屋にでも、行く?」
「残念ながら、導きの星はイルミネーションのせいでよく見えませんけどねー」
「別にいい。外で雪を眺めるのも悪くないだろう」
 相変わらずそっぽを向いたパルシェンが小さくそう言うと、鋭くモルフォンが反応した。

「それは酷い話ですね。蚊帳の外の私のことは無視ですか? 勝手に納得されても困るんですけど」
「知るか。私だって巻き込まれただけだ」
「でも、パルシェンさんには止める余地があったんじゃないですかー?」

 にこりと笑ってモルフォンがそう言うと、パルシェンはチッと舌打ちして、反論を取りやめた。

 勿論彼女も巻き込まれたわけで、ドククラゲが圧倒的に問題なのは確かなのだが。
 奇怪な行動を取るのは今に始まったことではないのに、彼女の様子を見て思わず火がついて蹴り飛ばしてしまった。
 結果として状況が極めて悪化したわけで、むしろ状態が変わらないままであれば誤魔化せる可能性もあったのだ。
 少ないながら、あった。
 そういった彼女自身も省みる点がある故に、彼女は彼女の中で発生する絡み合う心理の中で納得せざるを得なかった。
 だからこそ、目を合わせない。
 それがあっさり見破られた事に対しても半ば苛立ちを感じて、彼女は眉を吊り上げた。


「……まあ、いいですよ。今日のあのベッド、狭くて四人だと寝れそうにないですしねー。暑いのはこりごりです」
「流石にそこまでは融通が利かないからな。まあ、そう言ってもらえると助かる」
「いえいえ。……でも」

 でも?
 そう彼が尋ねると顎を上に持ち上げて、地上に照らされて鈍くなった宇宙の光を見ながら、彼女は呟いた。

「それなら、できるだけ街から離れたいですね」
 つられて彼も天を仰いでから、とんとんと爪先を地面に軽く打ちつける。
「……そうだな、そうしよう。……靴下は飾れないけどな」
「飾ったところでどうなる。プレゼントをもらえるような『良い子』がこの場にいるとでも思うのか、主は」

 さすがにそこには、誰も突っ込まなかった。
 彼女達の主はただ苦笑して、そうだな、と答えるしかない。



「……さて、行くか」
「何処にだ?」
「ちょっとした食事」

 白い息を吐いて、僅かに微笑みながら彼は続けた。

「クリスマスイヴだからな、ちょっといいところ。食べてからでも、外に出るのは遅くないだろう?」
「いくら金があっても足りない身だろう、主は。大丈夫なのか?」
「こういう日ぐらいは、忘れて少しは使ってみないとな。とはいえ、いつもからして悪いか?」
「いえいえ、構いませんよー? まあ、代わりと言ってはなんですけど」

 モルフォンはそう言うと、とん、と爪先で地面を蹴って、羽ばたきながら身体を浮かせる。
 そのまま肩を掴むようにして彼を支点にしながらするりと身体を反転させると、その右腕で彼の左腕を絡め取った。
 ぴたりと、ずっと外にいて冷え切った彼女の手が、熱を求めて主の掌に吸い付くように収まる。

「これでどうですか?」
「……まあ、そんな事でいいなら。いいだろ」

 少しだけ仰け反った彼もモルフォンがそのまま体重を預けてくると、それを了承した。
 強く乞うように自分の熱を奪っていく身体が、彼にとっては逆に心地いい。
 その紫の羽がくすぐったく背中で揺すられると、さらに背中に体重。
 二本の腕が首に回されて背中に体重がかかり、間もなく触手がにゅるにゅると彼の上半身部分に巻き付いた。
 ふー、ふーと右耳朶の後ろに、ぞくりとするような吐息が掛けられる。

「……やめような、ドククラゲ」
「ここか、ここがええのんか」
「おい、クラゲ。そこから叩き落されたくなければ、せめて目的地に着くまで大人しくしていろ。首も絞めるなよ」

 釘を刺されると腕の拘束がやや和らいで、代わりに触手がまた数本巻き付いた。
 絡みつく者とすり寄る者と寄り添う者。



「やれやれだ。……主、楽しいか」
「そうなる予定だ。クリスマスは、まだこれからだろ」

 もっとも、彼はもうほとんど、十二分に満足しきってはいたけれど。
 ちかちかと灯るイルミネーションも、冬に残る奇跡の伝説も、クリスマスバーゲン(割と死力を尽くした)も全てこの為にあるようなもの。
 限りない充足感と、どくどくと現在形で注がれていく豊水を未だ求めて手を伸ばす。


「……と、忘れてた」


 いい夢は、見れるだろうか。
 彼は得体の知れない、恐ろしいほどの充足感でパンクしそうな、半分麻痺したような頭で、自分の顎を持ち上げた。
 見上げた景色は、いつか見た光景より、楽しそうに見えただろうか。




「メリー、クリスマス」




 木に飾られた巨大なイルミネーションを直視するのは、あまりに眩しかった。


「メリークリスマス。何がめでたいのか知らないが」
「メリークリスマス。……ぶっちゃけイルミネーションが眩しすぎてウザい……」
「メリークリスマス。プレゼントをもらえない悪魔の子らに」



 メリークリスマス。
ツールボックス

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