3スレ>>725

大都市、ヤマブキ。
カントーの経済事情はすべてこの都市を中心にして動いているといっても過言ではない。
……そのビルの群れの中心に聳え立つのは、ここカントーにおける最大の萌えもん企業、シルフカンパニー。
萌えもんに関する様々な事業に着目し、近年で驚くべき成長を遂げた企業である。
…そのヤマブキの名物ともいえる巨塔を、窓越しに見つめる人物がいた。
「………。」
その人物の様子を窺う、一人の萌えもんが話しかける。
「ご主人様?…なにか気になることでもあるのですか?」
「…ぴくる。俺が何の目的があって旅をしているかわかるか?」
「それは前にご主人様から聞いたのですぅ。故郷の無念を晴らすためだって…」
「ああ、そうだな。」
少年は窓を背にして、ぴくるに向き合った。
「…なのに、だ。」
むにゅ。
「俺らはこんなところで何をやってるんだ!」
「ぴふうのほほほふあいあはらひははいへ~(訳:ぴくるの頬を摘みながら聞かないで~!)」
……ホテル・プリンスヤマブキ。ツインルームの一室に、ぴくるの絶叫がこだました。


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06 守護犬は待っていた


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「♪~♪~♪~」
さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…
シャワールームでは気分よさそうに、ぺるこ。
鼻歌を遊みながら、朝のシャワータイムに心溶かしている。
「ああ~♪…気持ちいいわぁ。朝にシャワー浴びるなんて、久しぶり…♪♪♪」
恍惚の表情を浮かべて頭から歓喜の雨に打たれるぺるこ。今現在、この世でもっとも幸せな女かもしれない。
さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…
一糸纏わない濡れた身体をくねらせ、腰に指を這わせながら、そっと自身をなぞる。

『俺は必ずここへ戻ってくる。それまで勝負は預けたぞ。』

――ご主人様…
…ぺるこはご主人様のことを、想う。彼は、誓いを覆さない人間である。
途中に何が待っていたとしても、彼は自分の言ったことを必ずやり遂げてきた。
ぺるこはそんなご主人の”有言実行"を知っているし、信じている。慕っている。
……そして、思い浮かべたご主人の顔、そして言葉。それの意味していることも、故にわかっていた。
――今はまだ、私たちの力だけじゃ…勝てないのね。
そう、あの時彼が身を引いた本当の理由。それは…圧倒的な力不足。
いくらぺるこ自身が強くなろうと、打ち破れる壁の数には限界がある。
――悔しいな。でも……ご主人様の為なら。
そうとなれば、彼がまず起こす行動など、ぺるこにはお見通しであった。
きゅっきゅっきゅっ……
ぺるこはシャワーの蛇口に手をかけ、それを繰り返し奥に捻った。
さぁぁぁぁ…ぁぁぁ……ちょん…ぴちょ
ぺしゃっ、ぺしゃっ。……。
……至福の一時は終わった。その幕を自らの手で下ろすと、ぺるこは再び、現実の世界へと踵を返した。
「……ふぅ。」
濡れた身体もそのままに、ぺるこは鏡に対峙し、自分の顔と向き合う。
――さ、今日もいい顔で迎えなさい、ワ・タ・シ!
ぺしぺしっ!
その音は、ぺるこの目覚めの儀式として耳に刻まれる。
自身の両頬を、自身の両手で軽く叩く。二回、おまじないのように。
そして――
……すパァンッ!
その音は空間を隙間なく走り、残響する。
右手の掌を張り、自身の尻の右、腿の付け根を叩く。一回、気合をこめるように。
「…いきますかぁ!」
そして鏡に向かってスマイル。
これが彼女の朝――畳んであったタオルを手にかけ、適当に右肩へぶら下げる。
一日の始まりを告げる扉を、今開いた――。





「ふぅ~気持ちよかった♪……何やってるの?」
ご主人様、ぴくるの頬を引っ張るの図。
「ああ、おかえり。」
「んまっ!!!」
ボン!と顔を真っ赤にさせるぴくる
「ぺっぺぺぺぺぺぺ、ぺるこさん!なんて羨ましいプロポーショ…じゃなくて、ふふふふふ服は!?」
「ん?……今からきるけど?」
「早く着替えろよ…そろそろチェックアウトだ。」
「はぁーい♪」
『ヤマブキに来たんだし、キレイな部屋に泊まりたい』というぺるこのわがままで、ツイン一室で一泊することになった一行。
少年は最初は渋っていたが、ぺるこの久々の駄々に加え、最近まともな宿に泊まれてないという申し訳のなさ、
さらには自身にも贅沢心が芽生えた等諸々の事情で、ぺるこの要望を叶える他なかった。
「というか、ご主人様はどうして平然としてるのですかっ!?」
「ああ…俺も最初は戸惑ってたんだが…毎度のことなんでな。もう慣れた。」
そういう少年の目線は定まっていない。明らかに目が泳いでいた。
「はうぅぅぅぅぅ…どうしたらあんな”ぼんきゅっぼん”に…ち、ちがうのです!どうしたらそんなに慣れるのですか!?」
まるで”慣れる”と”成れる”が掛かったような言い回しである。そんなぴくるはご主人の
”本当は平静を装ってるだけだよ”という眼に気づいていない。
…そうこうしている内に、少年は出立の準備を手早く終わらせ、ぺるこはそれと同時に衣服を正して出てくる。
……今日はちょっと遅れたのか、ドライヤーをかけた後のブラッシングを済ませながらだったが。
「…よし、行くぞ。」
「行きましょ。」
二人は既に、部屋を出ようとしている。まるで、今日一日の打ち合わせを終わらせた営業マンの様だ。
「はうあう、待ってくださいですぅ!お二人とも、行くってどこに?」
少年はぴくるの言葉を待つこともなく、部屋を後にする。
ぺるこはそんなぴくるを可愛らしく思いながら、一緒に部屋を出ましょうといわんばかりに手を差し出す。
「今からお迎えに行くのよ。…可愛い可愛い、王子様をね!」
「……???」
またしてもぴくるは謎かけをされた気分だったが、ぺるこの温もりのある手で、答えが出なくても安心した。
……そんな気が、しただけだろうか。
「…それよりもぴくるーん、私がお風呂入ってる間、ご主人様と随分キャッキャウフフしてたようじゃない?」
「あわわわわわ……あれは違うのですよーーーーー!!」


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……何故か、昔を思い出していた。
あれは去年の冬頃だったか。俺は復讐のため、復讐のためとばかり自分に言い聞かせ前を急いでいた。
あるとき、俺は某所の牧場に住む老人を見かけ、例の件について訊ねていた。
身体は冬の厳しさにも、夏の暑さにも慣れていた。別に施しがほしいわけじゃない。
ほしいのは情報だけだった。…それでも、お節介な奴っていたもんだな。

俺はぺるこを従えてとある敵と対峙していた。見た目にも態度からも格上の気配を漂わせていて、
冷静になればその事態は回避できたのかもしれない。…けど、そのときの俺は何もかもお構い無しだった。
力さえあれば破壊神にでもなれたかもしれないな。理性そのものが吹っ飛びかけていたのだから。

「いってこいぺるこ!」
…相手は、知らない萌えもんだった。
だが、どんな相手にでも勝てるために、俺とぺるこは互いに力を手にしてきたんだ。負ける気はなかった。
「ぺるこ、乱れ引っ掻きだ。」
ぺるこの技は洗練されていた。どんな相手であれ、初見では絶対にかわす事のできない必中の領域。
…いとも簡単にかわされるまでは、そう思っていたんだ。
相手のトレーナーは…表情一つ変えることなく、そいつに命令したんだ。
「……そうだな、五歩」
そして命令されたその萌えもんは、ぺるこの猛攻を宣言どおり五歩でかわしきりやがった――。


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「…まぁ、それから先のことはあんま覚えてないな。」
「ほへぇ~…ご主人様とぺるこさんが玩ばれるほどの相手ですか…。」
「もうあいつとは戦いたくないわぁ。勝てる気がしないもの。」
ホテルでチェックアウトを済ませた一行。次に行くべき目的地へと足を運ばせる。
「それでご主人様は、さっきあんな怖い顔をし」
むにゅっ。
「い、いひゃいいひゃいいひゃい!」
何故かまた頬をつままれたぴくるであった。
「なるほどね。やっぱりあの子を迎えに行くんだ。」
嬉しそうに少年に訊ねるのは、ぺるこ。
「……そろそろ、見違えるほど強くなってるだろう。タマムシジム戦での切り札になる。」


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「……と、まぁあんま大荷物になるとあれだからな。こんなもんだろ。」
……。
……嬉しくない。
俺はその男に負けた。負けたのに施しを受けた。新しい服に、非常食――ぺるこの好みまで、細かく。
屈辱である。こんな思いは初めてだった。……強烈な敗北感。
これで復讐の手がかりは、また最初から探しなおしだな。
「………。」
「ドンカラス、アジトの場所知ってんだろ?教えてやってくれ。」
――!?
どこまで同情されているんだ、俺は。
「…いいのかい兄弟?約束を破ることになるぜ」
「情けならいらない…」
そんなもん、糞の役にも立たないだろうが!
「負けた奴が意地はってんじゃねぇよ、別に長い旅にすることはねぇんだからよ。聞いとけ。」
「だが…。」
俺は敗者なのに。復讐者なのに。
「俺がいたのはカントーのヤマブキとジョウトのキキョウだ。ギャラドスに会ったのはジョウトでだが
おそらくカントーのほうにも来てる。」
…そんな人間に、どうして?
「…………ありが……とう」
……。
ありがとうなんて言ったの、何年ぶりだか。
どっちにしろ…もうこいつらに会うこともないだろう。ヤマブキだかキキョウだか…そこら辺を当たってみるか。

「あー、ちょっとまちな!もうひとつ渡すもんがある。」
「…ん?」
その時、そいつと出会ったんだ――


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「パトリオ!こっちきな。」
――!呼ばれてる。
「ん、なにますたー?」
ててててて…
ますたーのそばに近づいたら、両脇を抱えられ、持ち上げられた。
ますたーに抱きかかえられたと思ったら、ますたーは言ったんだ。
「こいつがお前の新しいマスターだ。」
新しいますたー…
そっか…僕もあたらしいますたーの元に行くのか。
きっといつまでもここにいちゃ…いけないんだよね、ますたー?
「……うん、わかった。」
だから、僕は今までのますたーを困らせないように、素直に返事をしたんだ。
そして、新しいますたーさん、はじめまして。
……って言おうとしたら、猫っぽいお姉さんに抱きしめられて言う機会を逃しちゃったよ。





新しいますたーは…一言で言えば、まるで機械仕掛けの人形のようだった。
普段はあまり…僕と話そうとはしなかったし。いつも僕が話していたのはぺるこ姉ちゃんのほうだった。
戦闘のときは、敵の正確な分析、適確な命令を僕にしてくる。まるでミスがない。
あらゆる敵を想定して、幾百というパターンから戦闘の流れを読みきってしまう。
…これを機械といわずしてなんと言うんだろうか。そんな新しいますたーを尊敬していたし、
…同時に怖いとも思っていた。
僕は、七兄弟の四番目に生まれた、三男坊だった。戦闘訓練では兄や妹達の方が優れていたかもしれない。
それでも、僕はあたらしいますたーに気に入られるように、一生懸命つらい戦闘を乗り越えたつもりだった。
それなのに――

「しばらく、ここで世話になるといい。」
「……え?ますたー、どういうことだよ!」
僕は唐突に、ますたーに一時の別れを告げられた。…なんでだろうね?そのときの僕は理解できなかった。
「シズクさん。あとは頼みます。」
「もう…こんな可愛い子を残して行っちゃうの?」
「シズク!…ご主人様はねぇ」
「わかってるよ、ぺるこ。」
……?
僕の知らない人と、勝手に会話が進んでいく二人。
「なんで…?僕はいらない子なの!?ねぇ答えてよマスター!」
「パトリオ。」
そんな僕を、ぺるこ姉ちゃんが優しく抱きしめた。
「これから、ちょっと辛い度に出るの。パトリオはその間に、ここでがんばるのよ。」
……。
そうか。
僕は足手まといだったのか。
それだったら、最初から言えばいいのに。
……。
言えよ!ますたー!!言えよ!!!
お前は使えない子だって、言えばいいだろ!!
……。
ぺるこ姉ちゃんは、僕の身体を引き離す。
「……パトリオ。」
びくっ!
…僕の身体が無意識に竦む。…ますたーに、向き合う。
……い、言うのか!?
「……必ず、お前を迎えに来る。それまで待っていてくれ。」

……………………………ますたー………?


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「せいっ!やぁ!」
ビシ、ビシ!と張り詰めた空気の中、ひたすら正拳を放つ者がいた。
道場の床に汗が飛び、いつしか水溜りができているのも気にせず、ただひたすら――。
「せいっ!やぁ!せい!………。」
ビシ、ビシ!ぴたっ…。
…不意に、その拳が止まった。
「……正拳、1000本打ち、終了!」
そして腕を交差して天に向かって腕を伸ばし――
「おすっ!!」
両の肘を直角に、曲げる!
「お疲れさま、パトリオ。」
その一部始終を道場の隅で見ていた女が、話しかける。
「おす、シズク師範!今日も一日よろしくお願いします。」
女師範、シズクに一つ挨拶を入れるパトリオ。
汗の量に対して、実際のところ息ひとつ切らしていない。逞しい事だ。
――ふぅん。やはり素質がある子ね。努力も厭わない。
……シズクは彼の今の姿を見て、ずいぶんと見違えたように感じた。
――昔はただマスターに尻尾を振るだけの甘ちゃんかと思ってたけど…
昔……といっても、五ヶ月くらい前のことであるが。
「……? 師範、どうしたんですか?」
「…あ、ううん、なんでもないわ。」
様子を気にするパトリオ。当時より背丈は少し増えたものの、体格はどこに筋肉がついたのかと
疑いたくなるくらい変わりがない。…しかし確実に、彼のポテンシャルは上昇傾向だろう。
「うん、そうね……今日は…」
――そろそろ頃合ね。むしろ今日は絶好の機会かしら?
「この子と、戦ってもらおうかしら?」
シズクが取り出したのは、モンスターボール。
「……!」
パトリオは身構えた。道場に来て、初めての実戦だ。
今まで色々あった。師範にしかられたり励まされたり。
組み手の時に怪我だってした。
…でも、その努力は、遂に実り、木から落ちようとしている。
「長い間、本当にがんばったわね。その努力の賜物を、ここで披露して御覧なさい。行きます!!」
「おすっ!!」
ボールは、宙に放たれた――


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だからといって、敵が簡単に倒れるわけがなかった。
僕の眼前に、無数の脚が一斉に向かってくる。
ひとつ…ふたつ…みっつよっつ!かわしてもかわしても…っ!
ごすっ!
「がはっ!」
五つ目でつかまってしまった。強烈な衝撃を腹に受けた。
…視界が一瞬ぼやけるほどだった。あぶないよ、気絶するところだった。
「ぐぅぅ…おすっ!まだまだぁ!!」
吹き飛ばされて倒れる前に受身!大胆に、そして冷静に攻撃の隙を待つ。

『……必ず、お前を迎えに来る。それまで待っていてくれ。』

……ますたー…





―――。
体中が痛む。視界もぼやけてる。脳の思考も…
だめだ、倒れちゃ。
「……はぁ…はぁ…お、す!」
僕は気合だけで自分の意識をつないでいる気がする。
同じ技を何度も繰り返し、全て避けきれず当たり続けてこれで…何発目かな。
…なんとか、気合を込めて、構え続けるけど、次の一発は…恐らくもう耐えられない。

『パトリオはその間に、ここでがんばるのよ。』

……ぺる姉ちゃん、僕…がんばったよ。
会いに来てほしいな。ちょっと背が伸びたんだ。もう子ども扱いはさせないよ…。

『……必ず、お前を迎えに来る。』

…ますたー。
ますたー。
僕は、お役に立てるかな?
足手まといがもうイヤで…今日まで必死にがんばってきたんだ。
褒めてくれるかな?
…それとも、まだ足りないかな?
……はは。僕は…信じてる。だからいつまでも――

『それまで――待っていてくれ――』

待 っ て い る よ 。 ま す た ー


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「……そうだな。五歩だ。」
――!?
パトリオの視界が、一気に晴れた。脳も覚醒した。…その声に、引き戻されたからだ。
――この…声は…!
「五歩だ。うまくリズムに乗せて荷重は常に前。やってみろ。」
――ますたー!!
少年、帰還――。
「俺の指示通りに動くんだ。できるか?」
――ますたー!ますたー!!
「おすっっ!!お願いします!!」
パトリオの目が、生き返った。
出鱈目だった構えを直し、再び敵と向き合う。
「……遅かったじゃない。あんたのガーディ、私に懐いちゃったけど?」
皮肉をこめるシズクは、そう言いつつどこか嬉しそうである。
旧師弟の再会。嬉しくないはずがない。
「すいません…。遅れてしまって。」
「……で、どうなの。旅のほうは?」
シズクが核心に迫る。一つ反応を見るだけでお見通しなのだ。
「…まだ、終わりそうにないです。」
「……そう、で?そんな危険な旅に、彼も巻き込みにここへ来たってわけ?」
よくもまぁのこのこと…と言いたそうなシズクだったが、彼の成長具合も、反応ひとつでお見通しなわけで、
「……もう俺たちの旅は終わりです。これからは…彼を加えて新しい旅に出ようと思います。」
――ほう、見違えたねぇ。
シズクは密かに、こちらの成長も楽しみにしていたのだ。
「行きなさいサワムラ!」
「押忍!」
戦場に向き直り、シズクは再び同じ命令をする。
距離を一気に詰めるサワムラー。
パトリオは、ますたーの命令を頭の中で反復する。
――荷重を常に前で意識し、相手のリズムを乗せるように、五歩!
……怒涛の連脚、その一撃目が、やってくる!
ひゅっ!
横に軸をずらして一歩。これをかわす。
「…そういえば、あれをまだ使わせてないんですか?」
「? ああ、あれね。なにはともあれ、まずは基礎よ。忘れたの?」
二発目、さらに一歩。荷重を平行移動してかわす。
「…いや、そっちのほうがパトリオは戦いやすいでしょう?」
「……とはいえね、パワーセーブって大事だと思うのだけれど?愛弟子よ。」
三発目を身体を捻ってかわし、四発目。二歩下がって姿勢を思いっきり下げる。
――と、そのときだった。
だん、と両手をついたパトリオは、急に全身に力が湧き上がったのを感じた。
「!」
――!あれ?
恐ろしいほどの、力。これは…どこから湧き出て来る力なのか…
まるで地から森羅万象の力を吸い上げているような気分だった。





「パトリオ。君には生まれ持ったいい資質がある。」
資質ですか?
「そうだよ。…戦いの中でさ、一番重要な要素は何だと思う?」
…重要な要素?
「うん。」
うーん…相手の情報ですか?ますたーはいつも敵の分析を…
「そりゃトレーナーに求められる要素だ。あんたのますたーはそうかもしれないけど。」
……?
「ほら、たとえば相手と力が同じくらい、あるいはそれ以上のときに、
相手に勝つために重要な要素ってのは、何だ?」
……わふぅ。
「わからない?速さだよ、速さ。強い敵に立ち向かうときだって、相手より速く動ければ
その分有利になる。わかるかい?むやみやたらな”力”より、それをこなす”技”が重要なのさ。」
…速さ、ですか…。
「どうやらアンタは、低姿勢で最大限の速さが発揮できるみたいだね。
それは大切な武器になるよ。でも今は使っちゃダメだ。しばらくは二足で生活しなさい。」
ええ?二足?…なんか慣れないよ。
「それに慣れるために、いろいろ私が教えてあげるよ。ほら立って、まずは正拳から!」
ええ~…こ、これはぁ…
「返事は押忍!だろう?」
お…おすっ!





五発目は、下段に来た。パトリオが低姿勢を披露したからだ。
「パトリオ!跳べ!」
ますたーの命令にパトリオの身体は嬉々として動く。
四つの手足で大地を蹴り上げた、その刹那だった。
ふっ…
「!!」
パトリオの姿が、一瞬消えた。
「なんだって…!?」
狼狽するサワムラ。辺りに視界を巡らせても、その姿は見当たらない。
「こっちだよ――」
――!?
パトリオの声に、振り向くサワムラ。しかしもう、遅い――
「決まったな……。」
サワムラが最後に聞いたのは、少年のその一言だった。

パトリオの、誰の目にも映らない"神速"の一撃が、今放たれた――。





たんっ――
パトリオが姿現し地に足つけたとき、軍配は既に上がっていた。
「そこまで!」
シズク師範の声が、響き渡る。
「勝者、パトリオ!!」
勝負の決着が、今ここに宣言された。
――あ…僕、の…勝ち?
「あ、はは…やった…っ!」
次に湧き上がってきたのは、溢れるほどの、喜び――
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
パトリオの勝利の咆哮が、天を穿った。
そして――
「パトリオーッ!!」
声のする方へ、振り向く。
パトリオに走り寄る、一つの影。
――ぺ、ぺるこ姉ちゃ――
がばぁっ!!
「うむぎゅぅっ!?」
「あーん久しぶりぃ♪会いたかった!今のすっごいカッコよかったわよぉ~!」
ぎゅぅぅぅぅぅぅ…
有無を言わせないぺるこの抱擁攻撃が始まった。
「じょ…ぺ、ぺるこ姉ちゃん…く、くるじ…い、いたたたたたいたいいたいいたい!」
先程の負傷した箇所が、今になってパトリオに襲い掛かる。
「ぺるこ、そこまでにしておけ。」
そして、遅れてやってきた、その声の主。
「ま…ますたー…!」
「あっ!…ちょっと!」
ぺるこの抱擁が緩まった隙を見て脱出するパトリオ。
そして、
ばっ!
「ますたー!!」
ばふっ!
飛びついた。
しっぽをぱたぱたさせて、嬉しそうにますたーにしがみつく。
「…遅れてすまなかった。」
少年はパトリオの頭を撫でる。
「わ、わふ♪」
「よく待っていてくれた、パトリオ。…ありがとう。」
――ますたー…っ!!
思わず目頭が熱くなるパトリオ。
報われた。
その一言でパトリオの、今までの苦痛も努力も、すべて報われたのだった――。





「と、いうわけで。パトリオだ。みんな、よろしくしてやってくれ…
というか、初対面なのはぴくるだけだったか。」
「…あ、パトリオです。おす…じゃなかった、よろしく。」
わふりと頭を下げて挨拶するパトリオ。
「これはご丁寧に…ぴくるはぴくるというのですよ。」
ぴこりと同じく頭を下げて挨拶するぴくる。
「ねぇねぇパトリオ!あんたちょっと背、伸びた?声も少し大人っぽくなったし、体格も…」
べたべたべたべた…
「ぺ、ぺるこ姉ちゃん、そんなにさわんなって!!」
「…で、これからどうするんだい?」
少年に向き合う、シズク。
「リーグに…萌えもんリーグに行こうと思います。」
少年の決意は、固い。
「復讐、とやらはもういいのかい?」
「…いいえ。」
自らの誓いを、否定する少年。
「"真実"を突き止めるまで、俺の旅は終わりません。」
そう、これからは復讐に全てを捧げる必要はないのだ。
それを復讐を誓いし旅で、知ることのできた少年。
「……それが、あんたの言う新しい旅…ってやつかい。」
心配はない。
これからは、新しい仲間と共に、少年は更なる成長を遂げる――
シズクは、心の中のつかえが、取れた気分だった。





「行ってしまいましたね。」
彼らを見送ったシズクの背に、話しかけるサワムラ。
「サワムラ…。もう起きて平気なの?」
「それほど軟な鍛え方をされた覚えはないですよ。」
いつの間にか、陽は傾こうとしていた。
そんなオレンジ色のキャンバスに、彼らの旅路は描かれるのだろう。
「手のかかる弟子を持つと大変だわ。」
「…だから、涙を流していらっしゃるのですか。」
「……うん。」
彼らの躍進を、たった一筋の涙が邪魔をするかもしれない。
それが許せなくて、シズクはようやく自分を解き放った。
「…さて。また新しい弟子が欲しいわね。うちの道場も黒字の打算をしないと…。」
涙の理由も語らない道場の女師範、シズク。
そんな彼女と少年の出会いもまた、彼女の中の語られない大切な思い出である。


- 06 守護犬は待っていた 完 -


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【設定集】

・パトリオ
名前の由来は、patron saint 守護聖人から。種族はガーディ。
性別は♂。隻腕の男と少年の一戦により、少年の元へ里子に出される。
その後間もなくして、わけあって少年の師、シズクの道場へ預けられる。
最初はますたーに棄てられたと思い込んでいたショックから、シズクの手を煩わせたが、
シズクと接触していくにつれて、その心の傷は癒されていった。同時に、脅威の成長を遂げ、
確実に力を蓄えていった。それも、ますたーの最後の言葉を信じ続けたからかもしれない。

・シズク
ヤマブキ近郊に構える道場の女師範。先代の後を引き継ぎ、師範となり間もなく、少年と出会う。
当時大赤字だった道場に無理やり少年を引き込み、彼とぺるこを弟子入りさせた。
現在はそこそこ弟子がいるらしいが、それでも黒字をたたき出すことはほとんどない。
さばさばした性格であまり自分の心の内を晒さないが、恐らく彼女の本当の姿を知っているのは
彼女の門下生、サワムラくらいだろう。そろそろ結婚しろと親に言われ始め焦っていたり。

・サワムラ
シズクの萌えもんとして、また門下生として、時にはよき理解者として彼女に付き従う萌えもん。
性別は♂。元々はシズクの先代の萌えもんだったが、彼の意向により、シズクに受け渡される。
そのことについては本人はとくに異論も唱えなかった。それはシズクを、彼女が門下生時代の頃から
慕っていたからだ。本当は相当な実力者なのだかはてさて今回の試合はというと、後日談に、
「パトリオの一撃は軽かった。ただ速くて見えなかった。鍛え上げればあれは相当な脅威」とのこと。
ついでにいうと、気絶したのは当たり所が悪かっただけだと言う。とんだツンデレだ。

・少年の旅の軌跡
あまり語られることはないが、少年の旅の軌跡は時に高所の綱渡りのような命懸けなこともあった。
復讐を念頭に置いた、命を顧みない行動は多く、パトリオと出あった頃もそんな危険な旅を続けていた。
そんな旅にまだ幼すぎるパトリオを巻き込むことは、少年自身が許せなかったのだ。
ぺるこも納得してはいる。それは復讐を誓ったものが棄てる命であって、尊い命を犠牲にして
復讐に巻き込むことは修羅の道であるとぺるこは少年の代わりに語る。
今は少年の心が復讐の闇に染められているわけではない。真実を求める心が復讐を背負っているのだ。

・ホテル・プリンスヤマブキ
ビジネスシティ、ヤマブキの有名なホテル。他のトレーナーから巻き上げた金をこんなとこに
泊まるために使ったりしてるのだから、少年元より原作の世界では賭け事が盛んなのでしょうか?w

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最終更新:2007年12月26日 20:20
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