‐温かい雪と氷の欠片‐ ①
世の中には、萌えもんマスターを目指して頑張る多くのトレーナーたちがいる。
彼らは己のパートナーと共に戦い傷つき、そして成長していくのだ。
ナナシマ地方、4の島に住むヒロキも、そんな萌えもんトレーナーの一人だった。
「いけっ、ユキワラシ! こなゆき!」
「えーい、こなゆきびゅうー!」
ヒロキのパートナーであるユキワラシの攻撃が、相手のデリバードへと放たれる。
だが……
「……ほいっと」
いとも簡単に、こちらの攻撃がかわされてしまう。
「ふふん、そんな攻撃じゃあたらないよ~」
「う~……」
デリバードが余裕綽々といったようすで言ってのけると、ユキワラシが頬を膨らませ唸り声を上げる。
そんなユキワラシを尻目に、デリバードは手に持った袋から何かを取り出した。
「はい、プレゼント」
取り出したソレを、無造作にユキワラシのほうへと放り投げる。
それを見たユキワラシは、何の疑いも持たずにそれを受け取りに行った。
「わーぃ♪」
「あ……危ない、ユキワラシ!」
ヒロキが声を上げるが、すでに手遅れ……
「レッツ・ショーターイム!」
デリバードが指を鳴らすと同時に、
「きゃあっ!?」
「うわぁっ!!」
ユキワラシが受け取ったプレゼントが、大爆発を起こしたのだった……
・
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「もーぅ、いくらプレゼントって言ったからって、戦ってる相手のをそう簡単に受け取っちゃダメじゃないのさ」
戦いの後、デリバードは黒焦げになったままのユキワラシに延々と説教を受けていた。
実のところ、このデリバードは野生ではあるが、ヒロキがまだ小さい頃からの長い付き合いだったりする。
今では、ヒロキが立派な萌えもんトレーナーになれるために、先ほどのようにバトルの稽古をつけてくれているのだ。
「いいかい? 世の中にはアタイよりもよっぽど狡賢い連中もいるんだ。
そんな調子じゃ、いいように弄ばれちまうよ?」
「うぅ……ひろきー……」
ユキワラシがこちらに救いを求める視線を投げかけてくる。
とはいえ、ヒロキも助けるわけにはいかない。彼自身、デリバードから罰を受けている真っ最中なのだ。
「ヒロキも、ポケモンへの指示をもっとちゃんとやってやらなきゃ。
トレーナー同士のバトルってのはね、結局は駆け引きなんだよ」
「う、それは……」
「それだけじゃない。アンタはユキワラシに甘すぎるんだ。
トレーナーってのは、時として厳しさも必要だよ?」
「……はい、返す言葉もありません……分かったので、とりあえずこの氷をどけてください」
今、ヒロキは正座の体勢で、太ももの上に数段の氷が積み上げられている。
言い忘れていたが今ヒロキたちがいる場所は、4の島にある洞窟、いてだきの洞窟のなか。
ただでさえ温暖な気候にしては珍しく極端に気温の低い場所だ。
今のヒロキの状態では、どんどん体温が奪われていってしまう。
「もうちょっと待ちな。このコへの説教が終わったら、どけてやるからさ」
「は、はは……それまで生きてりゃいいんだがな……」
ヒロキが乾いた笑いを浮かべた。
……結局。
氷をどかしてもらえたのは、その更に数十分後のことだった。
「ほ、本気で死ぬかと思った……!!」
暖炉の前で、ヒロキは毛布に包まっていた。まだ体のあちこちが痺れている感覚がする。
「ひろきー……だいじょうぶ?」
心底心配した様子で、隣に座っているユキワラシが覗き込んでくる。
ヒロキはそんな彼女の顔を見ると、笑って頭を撫でてやった。
それだけで、ユキワラシの表情がこれ以上ないほどに幸せそうなものに変わる。
「ああ、なんとかな」
しかし同時にヒロキは、帰り際にデリバードが言い残した言葉を思い出していた。
『最近、洞窟によからぬ輩が紛れ込んできたんだ。いいかい、アタイと一緒じゃない時は、絶対に洞窟に近づくんじゃないよ』
よからぬ輩。それが何なのかヒロキが尋ねても、結局彼女は答えてはくれなかった。
ただその時の様子から、それだけの相手だということは、容易に想像できる。
「…………」
傍らのユキワラシを見る。
もし自分たちだけでソレに遭遇した時、己自身はそれにうまく対応できるのだろうか。
ヒロキにとってユキワラシは、妹のようなものだ。
そんな彼女が、必要以上に傷つく姿は、あまり見たくない。
「おいで、ユキワラシ」
「ふぇ? わぷっ」
衝動に駆られ、ユキワラシの体を抱きしめる。
小柄な彼女の体は、いとも簡単にヒロキの体に収まった。
最初こそとまどっていたユキワラシだったが、じきに鼻をヒロキの体にこすりつけてきた。
(甘い、か……確かに、そうかもなあ……)
デリバードの言葉を思い出し苦笑しつつ、ヒロキはユキワラシの頭を撫で続けていた。
後日……
「ぶえっくしょーい!!」
冷え切った体でユキワラシを抱きしめていたヒロキは、当然のごとく風邪をひいていた。
最終更新:2008年01月02日 23:48