「あ~コタツはいいねぇ。みかんもあるし、最高だよ」
クリスマスに家に帰らず、正月に家に帰ると約束していた鼻血マスターは、その約束を守って家に帰って来た。
一緒についてきたもえもんは、フシギバナだけ。
ほかのもえもんたちも来たがったが、クリスマスパーティを開いたときのことをフシギバナが話して、一家団欒の邪魔をしないように説得したのだ。
その説得に納得して、フシギバナ以外のもえもんたちは、パソコンの中で休んでいる。
フシギバナも邪魔しないつもりだったが、少女の家族から誘われたことと、そばに仲間が誰もいなくなるのは嫌だという少女の言葉によって、一緒に来た。
「だらけてますね。やっぱり実家は、落ち着きますか?」
寝そべりながら、みかんを口に運ぶ少女を見ながらフシギバナは聞いてみた。
「うん、落ち着く。遠慮しなくていいからかな?
野宿だとそうでもないけど、もえもんセンターとかじゃ素で過ごせないからねぇ。少しは気を使ってるんだ」
「あれだけ自由に過ごしていて、素で過ごせてないとかいいますか」
といっても、フシギバナも納得はしていた。野宿だと、騒がしいほどにコミュニケーションをとる少女が、もえもんセンターだと少し静かになるのだ。
あれだけの反応を常にしていると、回りから異端の目で見られることを、少女は経験上知っている。
自分だけにそういった視線が集まるなら気にしないでいればいいが、仲間にまで迷惑かけることになるのは駄目だ。
そういった考えのもと、自らを抑えていた。
迷惑になるとわかっているならば、もっと自重しろという考えもあるが、実行すれば自分じゃなくなるので、それは嫌だと思っている。
「お雑煮できたわよ、起きなさい」
トレイにおわんを四つのせて、少女の母親がコタツのそばに来た。
「私の分まで、ありがとうございます」
「畏まらなくていいのよ、フシギバナちゃん」
母親は、それぞれの目の前に、おわんを置いていく。少女に一つ、フシギバナに一つ、自分の前に二つ。
「この子の世話、大変だったでしょう?」
隣に座るトランセルに箸を渡しながら、母親が感謝の意をフシギバナにむける。
「少し大変でしたけど、マスターと一緒にいるのは楽しいですから」
「そう言ってもらえると、嬉しいわ。
この子、あんな性格でしょう? もえもんたちにも、避けれるんじゃないかって心配してたの」
「テンションの高さに戸惑う子はいますけど、マスターを嫌っている子はいません。
みんなマスターが大好きです」
それを聞いた母親は、本当に嬉しそうに笑う。
「いい仲間に恵まれたのね、この子は」
「私のことは置いといて、その子はどうしたの?」
照れで顔を真っ赤にした少女は、話題をそらすため、母親の隣でお雑煮を美味しそうに食べるトランセルのことを聞く。
「トランセルちゃん? クリスマスを過ぎた頃にね、閉まってるお店の軒下で震えてたから、家に連れ帰ったの。
事情を聞くと、トレーナーに捨てられたっていうから、うちで引き取ったのよ。
こんなに可愛い子を捨てるなんて、ひどいトレーナーもいたもんだわ」
お餅に悪戦苦闘するトランセルを、ぎゅっと抱きしめる母親。少女の性格は、母親譲りらしい。
トランセルは、苦しそうだが嬉しそうでもある。
トランセルが捨てられた理由は、戦いで扱いずらいから、ということらしい。
少しだけ我慢すれば、すぐに進化して戦力になるというのに、短気なトレーナーもいたものだ。
故郷への帰り道がわからず、寒さに震えていたところで、母親に出会った。
「私の仲間にトランセルいないんだよねー。なんでかキャタピー系統に会えなくてさ」
「そういえば、トキワの森周辺でも出会うのは、ビードルやコクーンばかりでした。おかげで毒に苦労した記憶が」
「トランセルちゃんは、渡さないわよ」
娘の考えを読んだ母親が、先手を打った。
「うっ……まあ仕方ないかぁ、お母さんにすごく懐いてるもんね」
考えを読まれた少女は、粘ることなくすぐに諦めた。
これにはちょっとした理由があった。
家に帰ってきて、トランセルを見た少女は、いつものように抱きつこうとしたが、避けられて母親のほうへと逃げられたのだ。
ただ逃げるだけなら、いつものように粘るのだが、かたくなるを使って、すねに頭突きをかまされたせいで、少し苦手意識を持ってしまった。
抱きつこうとして、いきなり攻撃されるという反応は、何気に初めてだった。
それでも、うずうずとトランセルのほうを見ているのは、さすがと言っていいのだろう。
トランセルに触れない不満を、フシギバナに抱きつくことで、解消しているのも少女らしい。
「トランセルってうちの子になったんだよね?」
突然、少女が切り出した。
「そうよ。何か不満?」
「まったくそんな気持ちはない!」
「即答ですか」
もう少しためらってもみても、いいのではないかと思うフシギバナ。
しかし、そんな反応を示す少女を想像できないことに気づいた。
「うちの子っていうことは、私の妹なわけだ」
「そうなるわね」
「お姉ちゃんと遊ぼうかトランセル!」
少女は、自分との繋がりが薄いから、不安になるんじゃないかと考えた。そこで、姉妹という繋がりを示して、近しい存在だから怖がることはないと示す。
実は、トレーナーに捨てられたせいで、トレーナーという存在に不審を持っているのも拒絶の原因。こっちには、誰も気づいていない。
どうにかトランセルと仲良くできないか考えて、不安なのかなと思いついたのだ。
「どうするトランセル、お姉ちゃんあなたと遊ぼうって言ってるけど?」
母親が膝上のトランセルに問いかける。
いきなり立ち上がった少女を、トランセルはキョトンとした顔で見上げる。
「お姉ちゃん?」
「そうよ、あなたは私の子供だもの。あの子も私の子供。
だから二人は姉妹」
当たり前のように母親は言い切った。
出会って、そんなに時間の経っていないトランセルのことを娘と言い切れるのは、すごいなとフシギバナは思う。思うだけで、口には出さない。
「いいよ、遊ぶ」
少し考えていたトランセルは、少女と遊ぶことを了承した。
ずっと母親のそばか、父親のそばにしかいなかった昨日に比べると、格段の進歩だろう。
家族だと言われて、不安が薄れたのだろうか。
「それじゃ、お正月ならではの遊びでもしようかね。倉庫に羽子板とか凧とかあったよね?」
「しまいこんでたはず」
「行こうか?」
少女がトランセルに手を差し出す。トランセルは頷いて、その手をとった。
「フシギバナも」
「はいはい。お雑煮、美味しかったです」
お雑煮のお礼を言って、フシギバナも差し出された手を握り返して、部屋を出て行く。
「お粗末さまです。トランセルちゃんに無理させちゃ駄目よー」
母親はフシギバナに応えて、倉庫にむかう娘たちに気をつけるように声をかける。
食器を洗う母親の耳に、娘たちが楽しそうに笑う声が届く。
遊びによるふれあいで、不安はさらに薄れたようだ。
声を聞いて、母親は機嫌よく笑う。
娘が、旅に出る前よりも、たくさん笑えるようになったことが、母親には嬉しかった。
トランセルが、あんなに大きな笑い声を出していることが、母親には嬉しかった。
血の繋がりどころか、種族さえ違うのに、似ていた娘たちが、幸せそうなことが母親には嬉しかった。
最終更新:2008年01月03日 00:00