3スレ>>949

ようこそ、ヨノワールハウスへ。

ここはお客様を癒すために作られた場所でございます。

さあ、疲れた身も心も、ここで存分に休めていって下さいませ。

お気に召されたようでしたら、ずっとご滞在していただいても構わないのですよ?


そう、何でしたら  えいえんに、ね ―――――





『 ヨノワールの館 』





カランカラン ―――

扉についた小さなベルが夜闇に鳴り響き、客がやってきたことを私の耳に知らせる。
定位置のカウンターから動き、私は新たなお客様を出迎える。


「いらっしゃいませお客様。
 こんな時間にいらっしゃるとは、道にお迷いにでもなられましたか?」

「ええ、まあ、そんなところです。
 すみません、予約はしていないのですが…」

「大丈夫ですよお客様、ご心配なく。
 ここはヨノワールハウス。いらっしゃった全てのお客様を『癒す』のが
 目的の場所でございます。誰であろうと、お客様であれば大歓迎でございますよ」


さあ、こちらでございます と、新たな客を空いている部屋へと案内する。

いつでもお客様を迎えられるようにと、この施設では毎日全ての部屋を清掃している。
もちろん空いている部屋もだし、廊下やエントランスの掃除も欠かしたことは無い。

新しくやってきた客…中肉中背の、スーツを着込んだ若い男性は
そんなヨノワールハウスの小奇麗さを気に入ったらしい。
さっきからキョロキョロと、感心したような笑みを浮かべて辺りを見回している。

しかしある一点を目にしたとき、その表情から前向きな感情がわずかに消えたのが分かった。


「あ、あの…あの窓は?」


彼の視線が捉えていたのは、木の板を複数枚 釘で打ち付けて閉ざしているガラス窓だった。
台風でもないのに何で…とでも言いたげな目線が、こちらに向けられた。


「ああ、アレはですね、逃がさない為ですよ」

「に…逃がさない?」

「そうでございます。何を、かと申しますと…
 聞きたいですか?」

「い…いえ、結構です!」


ちょっと意地悪そうな笑みを向けて、いかにもいわく有りげにそう呟いてやると
男性は少しだけ怖さを感じたようだった。
さっきまでの、その歳にしては珍しい無邪気な笑みは引っ込んでしまい、
すっかり引きつった笑みになっていたのだから丸分かりだ。


(今宵も面白い者がやってきたものだ…)


空き部屋のある二階へと案内するため、階段を登ろうとしたところ
随分前から宿泊している客が、ふらふらとした足取りでこちらにやってきた。


「おやおや、どうなされましたモンジャラさま。
 夢見でも悪かったのでございますか?」

「……の…は……」

「はい、こちらの方は今夜いらっしゃったお客様です。
 お名前は確か…」

「あ、はい。リンノスケといいます。よろしくお願いしま」


お願いします。と彼が話終える前に会話は止まった。
いや、止められたというべきか。

唐突に彼…リンノスケ氏にモンジャラ嬢がしがみついたのだ。


「わたしの…わたしのますたー…どこ? どこなの、ますたー…
 マスター、マスター…どこ? どこ? 私はここよ、ここ、ここよ…!」

「…あ、あの、大丈夫ですかお嬢さん」

「どうして、どうしていないのマスター?
 ねえ、どうして、どうして? どうしてどうしてどうしてっ!?
 私はここにいるのに! マスターまだ迎えに来てくれないのっ!!
 待っても待っても待ってもずっと来ないの! ねえ、知らない?
 貴方私のマスター知らないどこに行ったか知らないっ!?」

「ええ!? いや、そんなこと急に言われても…!」


いじらしくも本気で心配しているリンノスケ氏に、モンジャラ嬢は
すっかり錯乱した様子で掴みかかった。

まあ、いつものことなので私は平気だが、この客は何せ今日やってきた存在だ。
驚かない方がおかしい。ここはひとつ…。


「おお、おいたわしやモンジャラさま。
 主のご不在をそこまで嘆き悲しむとは…主さまもそんなモンジャラさまに導かれ、
 きっともうすぐこちらにやって来ることでしょう。
 さあさあ、もう夜も更けていることですし、今夜はゆっくりとお休みなさいませ…」

「…っ ひっく…ま、マスター…帰ってくるの?」

「ええ、きっといつの日か。
 モンジャラさまの主人さまがいらっしゃいましたら、すぐにお知らせいたします。
 ですから今日はもう、お部屋にお戻りくださいませ…」

「すん、くすん…わかった。もう、寝ます…」

「それが宜しいでしょう。では、お休みなさいませ」


モンジャラ嬢をリンノスケ氏から引き剥がし、いつものように説得するとだいぶ落ち着いてきたらしい。
大人しく私の言葉に従い、一階にある自室へと戻っていった。


「お騒がせしました、リンノスケさま。
 さ、改めてお部屋へご案内させていただきますね」

「…あ、あの…さっきのあの子、マスターがどうとか言ってましたけど…まさか…」

「――― あの方は、モンジャラさまといいまして。
 随分前に、ここにやってきたお客様でして…何でも、ご自分の主人が
 ある日突然、いなくなってしまったのだそうです。」

「……」

「気がついたら、このヨノワールハウスの前にいたとのことで…
 今もああして、健気にも主人を待っておられるのですよ」

「…そう、だったんですか…」


ちらりと顔色を伺ってみると、彼はモンジャラ嬢を哀れんでいるのか。
少しだけ泣きそうな顔で、モンジャラ嬢の通っていった廊下の先を見ていた。

さっきの、無邪気な笑顔といい
彼は随分、感情的なタイプのようだった。


(まあ、それを悪いというほど、私も無粋じゃあないけどね。

 しかし、その余裕が いつまで持つのやら ―――

 …楽しみなことだ)




「さあ、こちらへ…リンノスケさま」




二階へ続く階段を、言葉もそこそこに私は登っていく。

リンノスケ氏はまるで疑わずに  私の後へとついてきた。

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最終更新:2008年01月07日 21:57
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