とある町の萌えもんセンター。
その一角に設えられた小さな舞台を、多くの萌えもん達が目を輝かせて見つめている。
そして、その視線の先にいるのは――無愛想な、ひとりのドードリオだった。
『やぁやぁリオちゃん、ご機嫌はいかが?』
ドードリオの右手の顔が、口をぱくぱく動かしながら左手の顔に伺いを立てる。
それに対し、左手の顔はぷい、とそっぽを――左に手首を返され――向いて、さも不機嫌そうに相槌を打つ。
『べっ、別にあんたなんか好きじゃないんだからね!』
『いやいきなりツンデレ炸裂されてもわけわかんないよリオちゃん!』
左手の顔のあからさまにズレたリアクションに、素早く右手の顔が突っ込む。
その絶妙な間の取り方に、客席の萌えもん達はどっと笑った。
『ほらリオちゃん、無理にツンデレを演じようとしたりするから笑われちゃってるよ』
『ううううるさい! だいだいドドくん、何の用なのよ!』
『何って言われてもー、ただちょっと機嫌悪そうだなーって思ったから』
『黙らっしゃーい!』
『どりるくちばしっ!?』
お次は左手の顔が右手の顔にくちばしを突き刺し、右手の顔はそれに合わせて吹き飛ぶように首を振る。
それがまた面白おかしく動かされており、ツボに入った小さな観客達はまた笑声を上げる。
「……器用というか、なんというか」
舞台裏から、盛況なその様子を眺めつつ。
俺は、口どころか表情の一切を動かすことなく、ただ淡々と漫才を続けるドードリオを見てため息をついた。
『笑ってよドードリオ』
『――君とはもーやっとれんわー! どうも、ありがとうございました!』
そう右手の頭が言うのに合わせ、両手の頭と本当の頭が同時に頭をぺこりと下げる。
それを見て。
「ありがとーおねーちゃーん!」
「おもしろかったー!」
「また来てねー!」
観客の小さな萌えもん達――コラッタ、ピカチュウ、ロコンやミニリュウといった進化前の萌えもん達――が、一斉に喝采を送る。
その声に笑い返すこともなく、顔を上げてもう一度、本当の頭でだけ小さく一礼して、ドードリオは舞台袖へと戻ってきた。
「よ、お疲れさん」
ひらひらと手を振る。
無表情ながらもくりくりとよく動く目でその手を見つけるや否や、ドードリオはととと、と早足でこちらに駆け寄る。
「今日も大成功だったな、やったじゃねぇか」
ぐりぐりと頭をなでてやる。
少々子ども扱いが過ぎる気もするが、こいつは一向に嫌がらない。
が、だからといって喜んでいるかというと、そうでもない。
「…………」
拒否するでもなく、望むでもなく。
ただじっと、無表情に頭をなでられている。
……もう少し反応してくれねぇかな、と毎度思う。
「でもよ、もう少し愛想よくしてやってもよかったんじゃねぇか?
せっかくあんだけ拍手してくれたんだからよ、ちょっとくらいにこにこしてやったって罰は当たらねぇと思うぞ」
お前はー、とわざとらしく眉をひそめてみせる。
が、俺のそんな嫌味もさらりと聞き流し、ドードリオはじっと、頭をなでられ続けている。
まぁ、露骨に嫌がってないんだから嫌いではなかろうということで、なでる手はそのまま動かしつつ、言う。
「つーかお前、アレだよな。 無表情っつーか、無愛想っつーか。
うちに来てから笑ってるとこ見たことねぇ気がするんだが、気のせいか?」
「……気のせい」
ああそっか、ならだいじょ――
「じゃない」
――ぶ、じゃないな、うん。
つうか妙な小細工利かせやがってコノヤロウ。
「ってことは、だ。 お前はうちに来てから笑ったことがないと、こういうわけか?」
「…………」
こくり、とうなずく。
……なーんだーかなー。
それはおにーさんちょっとトレーナーとしてというかヒトとして悲しいぞー。
「……悲しいなんて思うこと、あるの?」
「あーいやまぁほとんどないけどって何を言わせるお前は」
こっそり人が外道だってことを暴露させるんじゃない。
漫才師は話術が得意だなホント。
「マスターが……だだ漏れなだけ……」
やかましい。
つうかそんなことはどうでもいい。
こほん、とこれ以上ないほどわざとらしく咳払いし、気を取り直して質問を続ける。
「あー……それなら、だ。 なんでお前は笑わない――あるいは笑えないんだ?
俺に原因があるのなら最大限努力するし、他に原因があるなら解決するようにできるだけ協力するが」
そう言って――じっと、ドードリオの顔を覗き込む。
割と背の高いドードリオと俺の身長はそう大差なく、ちょっと腰をかがめれば簡単に視線を合わせられる。
そうして合わせた俺の視線から逃げるように、ドードリオは瞳をさまよわせる。
あ、さすがにこういう状況だと眉がハの字になるくらいはするのな。
「こーら、ちゃんとこっち見ろ。 なんで笑わねぇのか、ちゃんと理由言うまでこのままだかんな」
そう、カマをかけてみる。
正直そんな状況はこっちから願い下げだが、それくらいは言っておかないとこいつはだんまりを決め込んだままだろう。
だんまりを決め込まれたままだと、こいつはいつまでも笑わないままでいる可能性がある。
そんな可能性を残しておくのは――さっきも言ったが――トレーナーとして人として、いろいろまずいと思うのだ。
そして。
「……から」
「――ん?」
相変わらず目は逸らしたまま、口は堅く結んだまま。
眉だけを少しハの字にして、ドードリオはぽつぽつと、笑わぬ理由を語りだした。
「……笑うのは、苦手だから」
「どういうときに笑えばいいのか、わからないから」
「私が笑って、みんなが笑わなくなってしまうのが、嫌だったから」
「だから――笑うのをやめて、みんなを笑わせようと思った」
「ドドとリオにおしゃべりしてもらうようになったのは、私がしゃべるより、みんなが笑ってくれるって気づいたから」
「私がしゃべらなくても、みんなは笑ってくれるから」
「私が笑わなくても、みんなは笑ってくれるから」
「だから――」
「――オーケーそこまで。 よーくわかった」
むに、と唇に指を押し当てて黙らせる。
あーやわらけーってそんなことを言ってる場合ではない。
「要するに、だ。 お前の話を総合すると、『お前は自分が空気読めずに笑ってまわりの雰囲気を壊すのが怖いから笑うのをやめた』と」
「…………」
首肯。
「でもやっぱりまわりには笑ってほしいから、今みたいに漫才を始めたと」
「…………」
また首肯。
「ついでに言うと、ぶっちゃけその両手の漫才コンビがいれば自分が笑う必要なんてないぜーなんて考えちゃってると」
「…………」
またまた首肯。
よろしい、ならば判決だ。
「結論――お前馬鹿」
「――――っ!?」
おー怒った怒った。
わかりやすいくらいに眉根寄ったなぁ今。
でも持論は曲げません。
唇を押さえた指を離し、その手をそっと不満げな顔のドードリオの頭の上に乗せ、またぐしゃぐしゃと撫で回しながら、こいつの思考に反論する。
「いいか? 誰がどこでどう笑おうがな、そんなのはそいつの勝手なんだよ。
それで誰かの機嫌が悪くなろうがよくなろうが、そんなこたぁ“どうでもいい”。
肝心なのはな、自分が気持ちよく笑えるかどうか、ってこった」
考えすぎだお前は――そういって、笑い飛ばす。
ぶっちゃけてしまえば、気を使いすぎてわけがわからなくなったと、そういうことだろう。
周りがどう思うのかを一番に考えすぎて、肝心の自分の意思がどこかに行ってしまう――最近のガキにはよくあることだ。
……まぁ、俺も他人をガキ呼ばわりできるほどの年でもないが。
そんな俺の言葉に、しばし呆然と俺の顔を見つめていたドードリオは、まず視線を地に落とし、もう一度俺の顔を見、また視線を落とし、うつむいたまま俺に尋ねる。
「笑っても、いいの?」
「ああ、いいとも」
「笑っても、みんな、笑うのをやめない?」
「やめねぇって」
「私が笑っても、みんな、笑ってくれるの?」
「当たり前だ」
そこまでのやり取りを経て、その後。
じっとうつむいていたドードリオは、やおらいつもの無表情な顔を上げ、しばらくじっと俺の顔を見つめたあと。
「……こんな感じで、いいの?」
恥ずかしそうに頬を染め、困ったように眉根を下げながら。
ささやかながらも透き通った、綺麗な微笑を俺に向けた。
「――やればできるじゃねぇか」
そういって、にんまりと笑い返してやりながら。
俺はもう一度、ぐしゃぐしゃとドードリオの頭をなでてやった。
最終更新:2008年01月09日 23:55