3スレ>>969

  ‐温かい雪と氷の欠片‐ ③

 いてだきの洞窟の萌えもんたちが姿を消す――
 そんな不可解な出来事から、一晩が過ぎた。
 島の大人たちにより捜索が行われたが、萌えもんたちの消息は知れぬまま。
 そもそも、どうしてこんなことになったのか、その原因すら分からない。
 もちろん、洞窟の全てを探したわけではない。
 だがいずれにせよ、
 人間がたどりつける範囲から萌えもんたちが姿を消してしまったことには違いないのだ。
 島の歴史を紐解いてみても、そのような記録は残っていない。

「水脈をたどって、最深部まで探してみるか?」

 大人たちが結成した調査団の会議の折、誰かが提案する。
 しかしそれはあっけなく棄却された。

「やめておけ、あそこは完全に天然の迷路だ。
 おまけに、今は水流がかなり激しい」

 そもそも、いてだきの洞窟が一年中凍えるほどに寒いのは、
 洞窟内に棲息している萌えもんたちの冷気の影響である。
 だがその萌えもんたちがいなくなった今、洞窟内の気温が上がり氷が溶け始めているのだ。
 氷が溶ければ当然水となり、その分洞窟内を流れる水脈の勢いは増すこととなる。

「ヘタに進めば、戻って来れなくなるぞ」

「優れた萌えもん使いでもいれば、別なんだが……」

 悔しげに歯軋りする。
 今、この島にいるトレーナーたちといえば、今この場にいる大人たちとまだ幼いこどもが大半である。
 さらに言えば、この島ではあまり積極的にバトルが行われない。
 トレーナーとして高みを目指す者は、次々と島から出て行ってしまうのだ。

「他の島には、すでに応援の要請を送ってある。
 彼らが着くまで、わしらはわしらで出来ることをするしかあるまい」

 調査団のなかでも最年長と思われる男が静かに、だが強い口調で言い放った。
 確かに、できぬことを悔やんでいても仕方ない。
 そんなことをする暇があるなら、出来ることを一つ一つ確実にやっていくしかない。

「では、1班はここ、2・3班はこっちを捜索してくれ。
 期限は日が暮れるまで。
 時間になったら無理はせず、一旦ここに戻ってきてくれ」

 地図を指差しながら、調査団のリーダーが告げる。
 そうして会議が終了し、大人たちがそれぞれの持ち場へと向かっていく。
 やがてその場には、誰もいなくなった……かに見えた。

「……もう、大丈夫か」

 どこからともなく、小さな声が聞こえる。
 部屋の隅のクローゼットが開かれ、中から誰かが出てきた。
 ヒロキだ。
 昨夜はろくに寝ていないのか、目の下に大きなクマができている。

(洞窟の水脈、か)

 顎に手をあて、考える。
 確かに、それはあまり思いつかなかった。
 何しろ幼い頃に洞窟の中の川で溺れて以来、あまり近づこうとすらしていなかったのだ。
 思えば、その時がデリバードとの出会いだったような気もする。
 いや、今はそんなことはどうでもいい。

(可能性は低いかもしれない、でも試してみる価値はある……)

 瞳に決意を燃やし、ヒロキは一旦自宅へと戻ることにした。
   ・
   ・
   ・
 自室に戻ったヒロキは、脳内に必要なものを思い描いた。
 まず、洞窟に入るためには、その入り口に張っているジュンサーをなんとかしなければならない。
 その後も、洞窟の中を進むには様々な道具が必要になってくるだろう。
 今回は、いつもとは違うのだ。

「…………」

 無言のまま、思いついたものを手当たり次第にリュックへ詰め込んでいく。
 そうしていると、物音で目を覚ましたのかユキワラシがベッドの上で体を起こした。

「んー、ひろき……?」

 寝ぼけ眼をこすりつつ、黙々と作業をしているヒロキへと声をかける。
 それに気づくと、ヒロキは振り向いて言葉を返した。

「起こしちゃったか。ごめんな、ユキワラシ」

「ひろき、なにしてるの?」

 ベッドから降り、とてとてとユキワラシがこちらにやってくる。
 彼女はヒロキの持つリュックを見ると、首を傾げた。

「おでかけ?」

「ああ、デリバードたちを探しに行こうと思って」

「あ……」

 ヒロキの言葉を聞いた途端、ユキワラシが表情を輝かせる。

「いっしょにいくー!」

 だが、ヒロキは目を逸らすと静かに首を振った。

「いや、だめだ」

「ふぇ……?」

 ユキワラシが複雑な表情でこちらを見る。

「……どうして?」

「今の洞窟は、俺たちが知ってるのとはわけが違うんだ。
 氷が溶け出してて、ひょっとしたら崩れてくるかもしれない」

 そんな危ないところにユキワラシを連れて行くのは、ヒロキにとっては耐え難いことだった。
 もちろん、自分一人だけでできることはたかが知れている、そんなことは分かっている。
 でもそれ以上に、ユキワラシの身の安全のほうがヒロキにとっては大事なのだ。

「だから、ここで帰りを……」

「……ィャ」

「……ユキワラシ?」

 ヒロキがユキワラシのほうに視線を戻す。
 彼女は俯いていたが、その様子は痛いほどに分かった。
 彼女は、泣いていた。
 その小さな体を震わせて泣いているのだ。

「イヤ……いっしょに……ひろきといっしょに、さがしにいく……
 だって、だって……」

「ゆきわらしは……ひろきのぱーとなーだもん!!」

 大粒の涙を浮かべた目で、ヒロキを真っ直ぐに射抜く。
 その表情は、今までの彼女からはまったく想像できないほどに強い意志が込められていた。
 それを受けたヒロキは、思わず言葉を失ってしまう。
 ユキワラシはこれまで、こんなにわがまま……いや、強い自己主張をしたことはなかった。
 何処に行くにも、何をするにもヒロキの後に素直についてきた。
 そんな彼女が今、これ以上ないほどに強く己の意志をヒロキにぶつけてきている。

「ぱーとなー……なんだもん……」

 そのまま、ユキワラシが声を上げて泣き出す。
 しばらくの間ヒロキはそれを黙ったまま見つめていたが、すっと立ち上がり彼女へと歩み寄った。
 そして、そっと小さな体を抱きしめてやる。

「ごめん、ごめんな、ユキワラシ……」

 今まで気づかなかった。
 いや、気づこうとしていなかった。
 ユキワラシが、そんな思いでいたことなど。
 いつの間にかヒロキもまた、涙を流していた。

「分かった。一緒に探しに行こう」

 腕を放し、真正面から向き合う形になってヒロキが宣言する。

「ほんとう、に……?」

 まだしゃくりあげながら、ユキワラシが尋ねる。
 そんな彼女にヒロキは微笑みながら、頷いてもう一度決意の言葉を口にした。

「ああ、一緒に行こう。
 俺たちはパートナーなんだから、だろ?」

 からかうような笑みを浮かべ、手を差し伸べる。
 しばらくはきょとんとした表情でそれを見ていたユキワラシだったが、

「……っ、うん!」

 満面の笑みを浮かべ、それを握り締めた。

 そうして二人は準備を済ませ、部屋を後にする。
 固く握り締められた手は、二人の絆の強さを表しているように思えた。
   ・
   ・
   ・
「さて、まずはアレをどうするか」

 いてだきの洞窟入り口付近の草むら。
 ヒロキはそこから、標的の様子を眺めていた。
 洞窟に入るためには、その前で見張りをしているジュンサーをなんとかしなければならない。
 とはいえ、ヒロキが真正面から向かっていったところで、敵わないだろう。
 ジュンサーの傍らに控えているウィンディは遠目から見てもはっきりと分かるほど強そうだ。
 対してこちらはユキワラシのみ。

(……まあ、バトルならともかく、今回は真正面から向かう必要はないわけで)

 ヒロキがリュックのポケットから何かを取り出す。
 それは、白い布が巾着状に閉じられたものだった。

(特製ノワキ玉~)

 妙な効果音がどこからか聞こえてきそうなノリで、ヒロキがそれを掲げる。
 ノワキとは、南国の方に生るらしい木の実である。
 これがまた非常に辛いのだ。
 今白い巾着の中には、そのノワキの実を粉末状にしたものが入っている。
 ようするに、唐辛子爆弾みたいなものと考えて欲しい。

(まずは狙いをさだめて……それっ!)

 ノワキ玉をジュンサーとウィンディのほうへと放り投げる。
 やがてそれが彼女たちの頭上に来たところで……

(今だユキワラシ、こおりのつぶて!)

 ヒロキの指示に従ってユキワラシが小さく作った氷の塊をノワキ玉に向かって飛ばした。
 やがて二つは空中で衝突し……

「あら、アレは……?」

 ちょうど上を見上げたジュンサーに檄辛のノワキの粉が容赦なく降りかかった。

「えっ、ちょ、ちょっと……い、いたっ、いたい!」

 思いっきり顔にノワキの粉を被ったジュンサーが、その痛みにたまらず地面を転がる。
 ウィンディも直撃とまではいかなくとも鼻に入ったのだろう。
 その場でのたうちまわっていた。

「よし、今だ!」

 ヒロキが草むらから飛び出し、ユキワラシの体を抱えて洞窟へと走り出す。

「こ、こら、そこっ……!」

 それに気づいたウィンディがこちらに向かってきた。
 ノワキのせいでかなり痛いはずなのに、見上げた根性である。
 だが、今回のヒロキは容赦がなかった。
 隠し持っていたソレを、ウィンディへと投げつける。

「え……?」

 ウィンディは一瞬、時間がひどくゆっくり流れたかのように思えただろう。
 自分の目の前に投げつけられたもの。
 それは、火の付いた爆竹だった。

「ちょっ、冗談でしょ!?」

「あいにくこっちも必死なんだよ!」

 ひるんだウィンディの脇をすり抜けるようにして、ヒロキたちが洞窟の中へと転がり込む。
 その直後、爆竹が炸裂した。

 パパパパパンッ!!

「いーやー!!?」

 後にこのウィンディは語る。
 その日が、自分にとって一番の厄日だったと。
 それはさておき、洞窟へと入ったヒロキたちは、止まることなくどんどん奥へと進んでいた。
 昔からここは遊び場にしていた彼らにとって、ここは庭に近い。
 だが今、そこは随分と様子が変わっていた。
 大きな地形の変化こそないものの、氷が溶け出し、下の岩がところどころ見えている。
 また萌えもんがいないせいで、そこはとても静かだった。
 いつもなら悪戯しようとこちらを水辺から覗いているはずのパウワウの姿も今は見えない。

(とりあえず、水脈沿いに歩いていってみるか……)

 いい加減腕が疲れてきたので、ユキワラシを降ろしてやる。
 ユキワラシのほうも、洞窟の変化に戸惑っている様子だった。
 まあ、それも当然だろう。
 彼女はここが生まれ故郷なのだから。

「おーい、置いていくぞー」

「あ、まって!」

 とはいえ、あまり感傷に浸ってもいられない。
 一刻も早く、デリバードを含め洞窟の萌えもんたちを見つけなければ。

(それにしても、本当に流れがきついな……)

 すぐ横を流れる水脈に視線を落とす。
 氷が溶け出しで一気に流れ込んでいるせいで、流れが通常時の何倍も速くなっていた。
 なるほど、確かにこれでは、生半可な萌えもんでは流れに立ち向かえないだろう。

(足を滑らせないように、注意しないとな……)

 ユキワラシにも注意しようと、後ろを振り返ろうとした時だった。

 グラリ

「……ぇ?」

 唐突に、視界が歪んだ。
 バランスが崩れ、ヒロキの体から力が抜ける。

(そ、そっか……昨夜徹夜して休めてなかったから……)

 まずいと思い何かに掴もうと手を伸ばすが、もう遅い。

「ひろき!!」

 ユキワラシの悲鳴すらも遠くに聞こえる。
 そのままなす術なくヒロキは、流れの早くなった水脈へと落ちてしまった。

「がっ、ごぼっ……!」

 なんとか岸にたどり着こうともがくが、水脈はどんどんヒロキの体を押し流してしまう。
 まともに息もできない状態のまま、気が遠くなっていった。

(こ、こんなところで……)

 完全に意識を手放す間際、彼の手に何かが触れる。
 だがそれも一瞬のこと。
 直後、ヒロキの意識は闇の中に沈んでいった。

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最終更新:2008年01月09日 23:56
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