4スレ>>71

共鳴するように燃え上がる、目の前の建物そして、ボクの尻尾。
外は真皮に突き刺さるくらい寒いというのに、そこは骨の髄まで解けてしまうのではないかと思うくらい、熱い。
冬というのは厄介な季節だ。四季折々様々な愉快が人々を迎え入れるというのに、たった一つの過ち、
それだけで彼らに悪夢を齎すのだから。

無駄な人だかりだ――そんなに火事が珍しいというのか。それとも中の人の安否でも気遣っているのだろうか?
ボクは正直こんな光景見飽きている。できればもう二度と見たくないと、毎回思うわけだが、火に飛び入る事、
それが今のボクの役割なのであるから、それが繰り返されることであるということは既にわかっている。

指示によって、各自は事の鎮圧のため、その役割を遂行し始め、ボクも課せられた任のため、
燃え盛る建物の中に入る。辺りは黒い煙に包まれ見渡すことが難しいが、これも慣れた光景である。
猛威を振るう業火をものともせず、ボクは建物の奥へ奥へと進んでいく。炎はボクをそこから迫害せんという
勢いで襲い掛かるが、ボクの身体はそのようなものに臆すことはない。
進む、只ひたすら前へ。


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元々ボクはとある研究施設にいた。とはいえ不自由なことなど全くなく、研究サンプルとして生体実験をされた
わけでもないし、むしろのびのびとした生活を送っていた。そこの研究員の人たち、そして博士はボクのことを
可愛がってくれたわけだし、何を僻もうにも思い浮かぶ節は微塵にもない。

「ヒトカゲちゃーん!こっちこっちー!」

……友達もいた。ボクの他に、二人のコがこの施設にいたからだ。

「おいヒトカゲ、十円拾ったんだけど!」

世話焼きで物腰の柔らかいフシギダネに、やたらがめつい上におてんばというかとにかく元気のいいゼニガメ。

「ちょっ、それボクのご飯なんだけど!」
「いいじゃんか、あたしは腹へってんだ。ここは一つ男らしく女のあたしに譲れ。」
「ボクも女のコだってば!」
「嘘ついてんなよ!女の子は自分のこと『ボク』なんていわないぜ!」
「ゼニガメの態度だって女の子っぽくないよー!」
「まぁ二人とも落ち着いて…」

これはゼニガメの奴がボクのご飯を横から掻っ攫おうとしている光景。こいつはいつもそうだ、腹を空かしては
常に何か食っている癖して、ご飯が足りないと言ってはボクやフシギダネから飯を横取りするわけだ。
フシギダネの奴は戸惑いつつも結局それを容認してしまう、困った奴なんだが、私はそうも寛大なわけではなく
ゼニガメの手が伸びれば小さな火花は音を立てて爆ぜるもんだから、そんな僕たちを宥めるところは、
いい奴だなと感じなくもない。だからといって別にゼニガメが嫌いなわけじゃない。

「いやぁぁぁぁ!こわいよー!」
「フシギダネ!待ってろ!今助けてやるから!!」
「ボク、ハカセを呼んで来るよ!」
「頼んだヒトカゲ!」

皆で木登りで遊んでいた頃だ。ごつごつした幹の肌に足を引っ掛けて上ることはできた。しかし高さに怯えて
しまったフシギダネは、そこから降りれなくなってしまった。遂には泣き出してしまうものだから、途中まで
からかっていたゼニガメはここぞという正義感を発揮したわけだ。そういうところは、こいつのいい所だな、
そう私は思う。ボクと博士が駆けつけた頃には、フシギダネは一本杉から既に降りていた上に、ゼニガメは
野生のポッポと対峙していて別の騒動になったのは…今となればいい思い出だ。

季節は駆け巡った。ボクらと共に時に流され、逆らうことは一切なく。でも……

『よし、ゼニガメ!君に決めたぞ!』
『じゃぁ、俺はこいつにするぜ。』

ボクはその時だけ、抗うことのできない時の流れに逆らいたいと思ったことはなかった。
博士の連れてきた二人の少年。研究所の近くに住んでいた子供達、ボクも顔を知らないわけではなかったが、
彼らが運んできた嵐の予兆を、感じずにはいられなかった。

「ふっざけんな!なんでアタシがこいつと戦わないといけないんだよ!」
「あの……マスター……私は…」
『フシギダネ、やるんだ。』
『……ゼニガメ?』
「おいお前、やめさせろよ!アタシはあいつと戦いたくないんだ!」
『うん…でも……』
「………ごめんね…ゼニガメちゃん……」
「なッ…!う、嘘だろフシギダネ!やめ、やめろぉぉッ!嘘だ!こんなの嘘だぁぁぁッ!!」

……静かに蠢くフシギダネの蔓はゼニガメを捕えた。
目を背けたくても、間に割って入りたくても…悔しいよ、ボクの身体は動けなかった。
なんだよ、これ……
ボクらはこんなことの為にここで暮らしていたわけではないのに!
どうしてだろう……その時は、わずかな時間でも季節と共に育んできた友情が、とても脆くて弱くて、
怖くて不安でちっぽけなものに思えてしまった。
だってこんなにも、三人の友情が簡単に打ち砕かれてしまったんだから……。

二人は、トレーナーのもと、この研究所を去っていった。博士の話によると、ボクは砂を零した空の器のように
しばらく心を閉ざしていたという。その頃のことは……よく憶えていない。…とはいっても、それも僅か
数日のことではあった。……あいつらが帰ってきたんだ。

「よぉ、元気にしてたか?」
「え……ゼニ…ガメ?」
「んだよ、腑抜けた面してんなァ…。」
「どうして…?」
「どうしてって…ああ、マスターがな、ハカセに届け物があるとかいって用事ができたから帰ってきたんだ。
今はハカセと話してるから、自由にしてていいよだって。暢気なマスターだぜまったく。」

違和感を覚えたのは、その時だった。あんなにも否定的だったゼニガメが、トレーナーのことを全く悪く
いうような素振りを見せなかったからだ。ボクはその理由を訊ねた。

「ああ…まぁ、最初は嫌々だったんだけど…なんだか、もう慣れたわ。難しいこと考えるの割に合わないし。
それにマスターはなんだかんだ言っていい奴っぽいしな。アタシのことも大切にしてくれてる。」

次に覚えたのは、焦燥感。今までは横一線で並んで歩いていた奴が、気づけばボクの声が届かないくらい
先を歩いているように見えたから。ボクはその背中を追いかけることができないでいることが悔しくなった。
いつまでも昔を引き摺っているのはボクだけなのか、あいつの瞳の奥には壮大な景色が見えた。

「二人とも…久しぶりだね。」
「フ…フシギダネまで。」
「おう、久しぶりだな…元気だったか?」
「うん…二人も、変わりないようで何よりだわ。」

互いに交し合う握手があまりにも悲しかった。戦う宿命を背負わされた二人なのに、どうしてこうも互いに
生き生きとしているのだろうか?ボクが悲しかったのは、それが理解できなかったからだ。
傷つけあう二人のはずなのに……それなのに、どうしてそんな目で見詰め合うことができるのだろう?
一人……蚊帳の外の、ボク。
……そうか。
みんな…前を向いて歩いているんだね…。


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そしてボクは、研究所を去った。一歩ずつ前に進むために、研究所の優しい人々に別れを告げて。
火災救助隊となった今、過去との決別もすっかり果たした。だからこそ立ち向かえる。
友情は、今でも不滅だと思っている。きっと二人はボクなんかの数倍早く成長して、強くなっているんだろう。
それでもボクはもう不安など感じることはない。

「要救助者、確保!リザード、只今帰還しました!!」

この世界のどこかで、友達をずっと、ずっと想っているから。

- 完 -

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最終更新:2008年01月12日 23:32
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