ナナシマに俺たちが修行に行く前の話。
正月も三が日が終わるころ、俺はいつもの6人(プテラがいるからな)をボールから呼び出した。
「買い物?」
「ああ、母さんからいろいろ買い出し頼まれてな。福袋とかも欲しいらしいから。
ついでに多めに小遣いも貰ったことだし、みんなで新年初の買い物にでもいかないか?
考えてみたら、お前ら服ってそれしか着てないだろ。…たまには別の服も見てみたいだろうし」
「ホント!?」
「どこまで、いくんですか…?」
「タマムシまでだな。帰りの荷物は全部通信システム使って送ってもらえるみたいだから…
プテラ、行き帰りは頼んでいいか?」
「お任せあれ。御主人一人を運ぶことなど造作もない」
「助かるよ」
…プテラって、しゃべり方古風なんだよな。しかもこれ、作ってるキャラらしいしな。
いや、まぁ個性があるって事はいいことだし、別に何にも云わないけど。
コイツはグレンの研究所で目覚めてからかなりの時間を眠って過ごしている。まだ覚醒したばかりで、体がちゃんとついていかないらしい。
「去年までは母さんが行ってたんだけどさ。ニビの方にウィンディ達と一緒に買い出しに行くらしいから」
「お使いついでに好きなもの買ってきなさい、と言うわけだね」
「ま、そう言う事だ。みんなついてくるだろ?」
「行くー!」
「ボクもボクも!」
「いき、ます…」
「私もぜひ!」
「では私も行こうかな」
「無論我(わたし)もお供しよう」
…と言うわけで。俺達一行は、プテラの背に乗って一路タマムシへと飛んだ。
* * *
虹色の都市タマムシ。デパートやゲームコーナなどの商業施設の発展の反面では、タマムシシティジムリーダー、エリカを中心に緑化運動がすすめられている。
その結果として、緑あふれる賑やかな大都市となっていた。
「着いたぞ御主人。タマムシだ」
「ああ、ありがとなプテラ。疲れてないか?まだ目覚めたばっかりで本調子じゃあないんだろ?」
「今は特に平気だ、それに…あまりに楽しそうで、眠る気分でもないな」
なるほど、そういえばプテラはこんなに人がいる場所へ来た事がないのか。
タマムシシティ萌えもんセンター前の大通りは人でごった返していて、新年独特の興奮に包まれている。
…いや、待てよ。…これは…まずいよな。
「マスター、早くあたしたちをボールから出してよ」
「…駄目だ」
「えー!?どうしてー!?」
「お前らは知らないんだ、年始の福袋争奪戦の恐ろしさを…!!下手に出て行ったら、お前ら踏みつぶされかねないぞ!」
「………」(絶句)
「………」(恐怖)
「…それはまた、怖いものだね。ヤマブキジムにいたときも毎年この時期は凄い思念を感じ取ったものだが…」
「ああ、それは福袋を手に入れるための人々の執念だ…ああいう時の人間は恐ろしく強いぞ!」
あながち嘘でもない。俺の母のように、2つか3つに絞っている場合はそうでもないが、できるだけ多くのものを手に入れるためには、
壮絶な争いを潜り抜けなくてはならないのだ。
以前、家族でタマムシに来たときも、俺はすさまじい目にあった。今はもう克服したが、危ない事に変わりはない。
ボールを落とさないように、ベルトとの接続を再確認する。
「フーディン、もし誰か落ちたらすぐに知らせろ」
「了解」
「行くぞ…!!」
正直買い物の前の会話じゃないとは思う。
* * *
「…マスター、だいじょーぶ?」
「ああ、平気だ。…ちょっとだけ疲れたな」
俺の右手には、複数の領収書が握られている。(購入した福袋などはすべて家へ送ってもらった)
…マジで、死ぬかと思った。かつてロケット団ボス、サカキと対峙した時もこれほど恐ろしくはなかった。…と思うんだけどな。
「恐ろしさの方向性が違うよな。…よし。とりあえずちょっと早いけど、昼飯食べに行こうか。
どうせこの後相当混むから…フードコートでいいよな。各自でメニュー選べるし」
* * *
「…まぁ、想定範囲内の出費だな。じゃあ、お前らの服でも見に行こうか」
最上階のフードコートで昼食を摂り終えた俺達は、みんなで萌えもん用の服を見るために階段を下りた。
…いや、何が違うかよく分かんないんだけどな。時々は俺や母さんの古い服を、濡れたときなどの着替えに使っているようだけど。
で、一階降りたところで俺の脚が止まった。
「…マスター?」
「あ、ああ。悪いな、なんか凄くよさそうなもの見つけちゃってな…」
シルフカンパニーの新製品の店頭販売だった。大小さまざまなグッズが並んでいる。
個人的意見だが、俺はここの製品がかなり気に入っている。…というか、製品の質がいいんだよな。
子供のような俺の姿に、フーディンがやれやれ、と肩をすくめて見せた。
「…見てきたいなら、私達だけで下に行っておこうか?」
「いいのか?結構長くかかるかもしれないぞ?」
「予算が決まっているならそれだけ預けてもらえれば、それぞれ好きなものを買うだろう。
マスターもたまには自分の好きな物を見てきてもいいんじゃないのかな?」
「わかった、ありがとな。じゃあ、また後で。何かあったらいつもの方法で知らせてくれ」
「了解」
仲間たちと離れて、俺は店のなかへ入る。何より目を引いたのが、新発売された万能ゴーグルだ。
ゴーグルと言っていいのか分らないくらい独特のデザインと、見るからに多機能そうなフォルム。
とりあえず店員を捕まえてみた。
「あの、すいません。これってどういう機能があるんですかね?」
…いろいろ説明があったが、とりあえずすさまじい多機能ゴーグルである事は理解できた。
洞窟や夜間でも視界を確保できる暗視機能。
赤外線や特殊な電波によって、目に見えないものを見ることができる対不可視機能。
熱を探知し、色によってそのすべてを見分ける熱探知機能。エトセトラ、エトセトラ。
光学最大12倍ズーム、遮光機能…重さ、強度ともに申し分なし。…欲しい。すっげぇ欲しい。
実用的にも、見た目的にもここまで好みのゴーグルなんてありはしない。
…値段も聞いてみた。
「これ、おいくらですか?」
「8万7千円となっております」
所持金1万ちょっと…買えるか畜生。いや、ちゃんと見たら適正価格なんだけどな。…最初に持ってた資金の2倍はあるぞ。
今までのトレーナー戦の賞金全部下ろしても買えないんじゃ仕方無い。とりあえず店員にお礼を言って立ち去る。…残念だ。ホント残念だ。
「あれ、マスター?もう買いもの終わったの?」
「その様子だと、買えなかったみたいだねー。…それっ!」
意気消沈している俺に、何やら布地が襲いかかってきた。
退けてみると、それはコートだった。黒地でシンプルだが、頑丈そうな薄手のコート。旅にもよさそうだ。
「全員買ったんだけどお金がずいぶん余ってね。せっかくだからマスターにもプレゼントを買おうってシャワーズが言いだして」
「マスターの上着、もうボロボロでしたから…あの、ひょっとして被ったなんてことは…」
「いや、全然。…ありがとな、みんな。帰ろうか」
…欲しいものは買えなかったけれど。
それでも、何かいいものを手に入れた気分で、俺達は家路についた。
* * *
マサラの家に着くと、俺は部屋に戻った。みんなはそれぞれ購入した服を試着しにいっているようだ。
と、机の上に小包が置いてあることに気付いた。
「シルフカンパニー社長から?…なんだろな…って!?」
小包の中には、到底ゴーグルには見えないゴーグルが入っていた。
黒く輝く箱型の素体に、一筋のラインのようなレンズ。そして、取り付けられたライト。
間違いなく、昼間俺が一目ぼれしたゴーグルだった。所々細かい点は違うようだが…
と、手紙も一緒に入っていた。…ざっと目を通してみる。
かなり礼儀正しいというか、改まった手紙だった。
要約すると、先日のシルフ社救出のお礼と言ってはなんだが、新型の多機能ゴーグルが完成したので、
試作品を送ります。今後の旅にぜひ役立ててください、と言う事だ。
どうやら一緒についていた解説を見る限り、これは店にあった量産型よりさらに頑丈で多機能らしい。
…いいものを貰ったなぁ。お礼の手紙でも作って送るべきなんだろうな。
とりあえずバンドの長さを調整して、装着してみる。…鏡を確認。うん、悪くない。
この重さと感触にもすぐなれるだろう。つけっぱなしと言うわけにもいかないので、普段は額に掛けておくか。
貰ったゴーグルに見惚れていると、何やら部屋のドアが開いた。
「…ま、ま、ますたー」
「ん?どうした、ロコ――」
ごとん。
ゴーグルが手から落ちた。もちろんカーペットに落としたくらいじゃ壊れないが、それより――
「…お、おま、おまえ、それって…」
「に、にあいますか?」
「ああ、すごく似合ってるけど、そうじゃなくて」
ロコンが着ている服は、白いシャツにブラウンの落ち着いた上着、チェックのプリーツスカート…
いわゆる、ブレザータイプの女学生服だ。…似合うんだ、恐ろしく。靴下と靴までこだわってやがる。
「…ロコン…」
「マスター、見てみてー!」
「あ、ピカチュ――ぶっ」
ピカチュウよ、お前もか。ネイビーの上着にネクタイ、こちらも丈の短いスカート。
…いわゆる、セーラー服だな。…これまた似合ってる…そもそもニーソックスまでつけるか。俺は別にそう言うのは気にしないんだが。
で、またドアが開いて誰かが入ってきた訳だが。
「マ、マスタぁぁ…」
「御主人さまー!」
『お前はトマトか』と言えそうなくらい顔が真っ赤なシャワーズと、『俺はポテトだ!』と言いそうないつも通りのフシギソウ。
どちらも、黒い服に白いエプロンが映える…まぁ、要するにメイド服だ。…なんというかやっぱり似合ってる。
「御主人、失礼するぞ」
「やぁマスター。みんなもう着てきたんだね」
さらには、赤い袴に白い小袖…巫女服をきたフーディンや、
もはや説明さえできない…割烹着を身につけたプテラまで来ていた。…いずれにしても異常なまでに似合う。
「…で、お前ら。…何でそこまでマニアックな服装になったんだよ。
いやそもそも何でデパートにそんな服があるんだよ」
適当に床に腰を下ろして、聞いてみた。
と、皆は左右の顔を見合せて、何やら戸惑った表情を作っている。
「…えっとマスター、私達…この服、似合いませんか?」
「いや似合ってる。それこそ恐ろしいくらいに。だからこそ気になるんだ。
そもそも普通の――俺が知っているお前らなら、こんな服を選ぶとは思えない訳だ」
沈黙。…やがて、ロコンとピカチュウがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの…わたしたち、ふくをみていたら、しらないひとに、はなしかけられ、て…」
「なんかね、すっごく気さくなヘルガーのお姉さんで、服を見てるのを話したら、
『男の人を誘惑するならやっぱり制服よ♪』って、あたしたちにこの服を…」
続けて、シャワーズとフシギバナも口を開く。
「私達も声をかけられて…ピカチュウ達とは違う方でしたけれど」
「見たことのない人間…だよね?とりあえず、刀をもってたよ。話をしてるうちに、
『殿方の心をつかむのでしたらこれしかありませんわ!』って、メイド服を…」
最後に、プテラとフーディンだった。
「我とフーディンは和服を探していたのだがな。横にいたスピアーとフーディンが意気投合して、
『大丈夫よ、きっと似合うから』と、そのまま我にこれを…」
「この服も彼女が勧めてくれたのだけどね。…何やら男の子のトレーナーと旅をしてるそうだよ。
ピカチュウやフシギソウも連れているらしい。マスターと気が合ったかもしれないね」
…要するに、こいつらは別々の人に勧められて、こう言う凄い服を買ってきた訳だ。
どこのどなたか知らないが…まぁ、グッジョブと言うべきかもしれない。
「…けど…いや、まぁいいか」
色んな意味で、忘れられない新年の買い物になってしまった。
けれど、これもまたいつか思い出に変わるモノなんだろうな、と考えていると。
不思議と、とてもいい気分に感じられた。
「とりあえずお前ら着替えろ。動きづらいだろ、それ」
『はーい』
「…?ところでマスター、そのゴーグルは?」
「ああ、今日買えなかったヤツだな。試作品をシルフの社長が送ってくれたらしい。
あとフーディン。とりあえず元の服に着替えろ。…そのテの服ってシワになりやすいんじゃないのか」
「まぁ、どうせ夜にはシワだらけにするんだし別にいいじゃない?」
「…お前は何がいいたいんだフーディン」
「言ってもいいのかい?」
「………」
「………」
「…今夜は寝かせない、とか言ってくれるのを期待したんだけどね」
「言ってほしかったのか?」
「………」
「………」
おしまい。
あとがき。
…案の定なんか変な展開になってしまいました。
今回はヤマもオチもないような感じですが、
ちょっと小ネタやクロスオーバーっぽいものを埋め込んであります。
…次回はもうちょっときちんとしたものを書きたいなあ。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
最終更新:2008年01月12日 23:34