「当たれ、当たれ、畜生当たれよぉ…!」
悲痛の叫びも空しく、ドラゴン族の脅威にオレは打ちひしがれていた。
何という、何という化け物なのだ。
まだ科学が今ほど発達していない時代、ドラゴンは人の恐怖全てを請け負ったという。
地震、雷、火事、親父…ではなく、洪水。
この世の天災は何もかもドラゴンのせいとして、まるで神のように崇め奉った。
萌えもんと認定された今でも、ドラゴン萌えもんは今挙げた天災を操れるし、畏敬の念も薄れていない。
元より人が立ち向かえる存在ではないのだ。
せめて、彼らと同等の何かでなければ路傍の草にもなりえない。
一瞬、別れてしまったあいつが脳裏を掠める。
今ごろ何をしているだろう。
オレみたいなエゴを押し付ける主人はもう忘れてしまってるかもしれない。
それでも、それでもやっぱり、オレは、あいつを。
「あ…」
続きの句は想いを上回る衝撃に塗り潰された。
ドラゴンが、ボールに収まっている。
勝ったのだ。
ドラゴンに、一介の人間でしかないオレが―――
ピンポーン。
「じかんぎれでーす! ありがとうございましたー!」
ちぇ、せっかく盛り上がってたのに。
「お帰りなさいマスター! どうでした?」
サファリパーク萌えもんお預かりセンターに戻ると、リザードンがガルーラと遊んでいた。
50センチは差があるこの二人におままごとをされると、種族が違うのに親子にしか見えない。
もっとも、レベルでいえばカイリューとキャタピーぐらい差があるのだが。主に高さ的な意味で。
「大漁とはいかなかった。ま、本命を捕まえられたから元はとったよ」
一個だけ萌えもんの入ったサファリボールを掲げる。
他の萌えもんが居るといつもはビクビクしているリザードンが、とても楽しそうに羽をぱたつかせる。
「あー、ミニリュウじゃないですか。これ、マスターがわたしの次に好きな萌えもんでしょ?」
「まあな。正確にはこいつが進化したカイリューだけど」
リザードンに一目惚れしたのも、元はといえばこいつより強そうだと感じたからだ。
やはりドラゴンは男の浪漫である。何があろうと、この浪漫だけは持ちつづけたい。
願わくばこのミニリュウが成長した暁には『我』とか『人間風情が』とか『黙れ下等生物が』とか言って欲しい。
いやホント純粋な浪漫だから。やましい心とかないから。
それはそうと。
「嬉しいのは分かるが、覚えてもないのにかぜおこしは止めてくれ。
なんか困る」
後トレーナー狩りの収入だけではとてもここの修理費は払えない。
「あ、ああ、すいません! つい、やっと友達が来るんだなぁって思ったら。
ごめんなさい! これからはしっぽ振るだけにしますからぁ」
「それも覚えてない技だろ。大丈夫だって、もうそらをとぶ覚えろなんて言わないって」
あの後、リザードンがマスターボールから出てきてくれるだけで一週間かかった。
やり直すと云ってもマサラタウンからまた旅を続ける訳にもいかない。
色々とお互いの意見を(時折リザードンの涙目に弱りながら)交換していく中である共通の答えが生まれた。
リザードンとオレの二人旅はこれ以上無理である。
オレはまだジムを制覇していない。この先、ほのお萌えもんの弱点を突くジムリーダーがいないとも限らない。
その先にはセキエイリーグ四天王が待ち受けている。
ロケット団のサカキもこのまま終わる男とは思えない。奴のサイホーンはリザードンの天敵だ。
そうでなくても今の今までリザードンには負担をかけ続けてきたのだ。このままではまたいつ爆発する事か。
当面はリザードンについていけるような萌えもんを捕まえよう。とりあえずの方針はそうなった。
ならばオレに当てがあるとサファリパークに出向いて、今に至る、という訳だ。
その当てとはもちろん、このボールに眠るミニリュウの事である。
「でもちょっとレベルが低いかな。いや、リザードンと比べるのはちと酷か」
「え? じゃあカイリューになるのはもっと先ですか?」
「んー、そうなるな。でもハクリューになれば充分な戦力に化けてくれるさ。
安心しろ、もうお前にメロメロなんてやらせないから」
正直あれはかなり効いた。
万年発情期女か。相棒と思ってた萌えもんにそう思わせてたなんてもうトレーナー失格ではあるまいか。
今でも引きずってるかもなと少し自己嫌悪に陥っているところで。
「あ、そうですね。そうかぁ、もうマスターに無茶言われなくていいのかぁ」
その萌えもんは、どこか遠くを見る目で、そんな事を呟いた。
「また遊びにきなさいねー!」
「う、うんっ」
よっぽど仲良くなったのか、ガルーラと手を振り合って別れるリザードン。
シオンタウンではシルフスコープを常時装備してなければ出歩けない程臆病なこいつには珍しい事だ。
「ミニリュウと一緒にガルーラも捕まえた方が良かったか?」
「いいですよそんな気を使わなくて。もっと前みたいに酷い事言ってください」
「それはそれでオレがへこむんだが」
「あ、すいません! 萌えもんにそんな事言われたら傷つきますよね」
「いいからいいから」
よくこいつと旅してて進化後を想像出来なかったなオレ。
恋は盲目か。恋というより憧れだが。
「それに、いきなり二人も増えちゃったら、わたしちょっと辛いです」
「え?」
足が止まる。さっきと同じ、どこか遠くを見る目だ。
「友達が欲しいって言ったのはわたしですけど、実は半分はうそなんです。
マスターに合わない技覚えさせられたりひどい敵と戦わされるのは本当に大変でした。
痛くて辛くて、ハナダで戦ったスターミーはちょっとトラウマになっちゃって。
でもマスターはわたし一人と旅を続けた。
マスターはわたしを今のわたしに進化させたい一心だったんでしょうけど、嬉しかったんです。
わたしはわたしだけを選んでくれたマスターと旅が出来てるんだって」
ふと、あの時の言葉を思い出した。
―――マスターと二人で平和に。
「ミニリュウって友達が出来るのは嬉しいです。マスターがわたしを考えてくれたって事ですから。
でも、代わりにわたしだけを選んでくれたマスターじゃなくなっちゃった。
だからガルーラも入っちゃったら、マスター、わたしに、構って、ウッ、くれないかもしれない。
わたしは、わたしはただぁ」
「リザードン」
同じ轍を踏んではならない。
本当は四天王を倒してから言おうと思ってたが、彼女の涙腺がまた崩壊する前に、今言っておこう。
「ナナシマって知ってるか?」
「え?」
「知らないか。じゃあマサキって覚えてるか?
ほら、お前のトラウマのスターミーがいたハナダで会った、萌えもんと同化しちゃった奴。
あいつから聞いたんだが、海の向こうにはナナシマってリゾート地があるらしい」
かなりの田舎だが、いい所で、カントーほどじゃないにしろ、全部回るのは一苦労らしい。
噂では伝説の萌えもんの目撃情報もあるらしく、一日二日で帰れるような島ではない。
「は、はい。あそこのともしびやまは、わたしのようなほのお萌えもんの間では有名です」
「なんだ知ってるのか。じゃあ話が早い。もし四天王を倒して、オレがチャンピオンになったら」
「なったら」
泣きべそと期待が半々の顔でオレの言葉をくり返すリザードン。
その見た目はとてもじゃないが、オレが憧れていたリザードンとは程遠い。
それでも、ここまで付き合ってくれた相棒なんだから。
ささやかなお願いは叶えてやらないと。
「二人きりで一緒に」
「一緒に」
「旅w「ごしゅじんさまー!」
「ごしゅじんさま。…え」
「は」
……さて、非常に唐突ではあるが、ここで萌えもんの性格について軽い考察をしてみたい。
今回のリザード→リザードンの例から分かるように、萌えもんの性格というのは進化に影響されない可能性が高い。
環境に惑わされる事も少ないようだ。オレとの無茶苦茶な旅でもリザードンのメンタルはこのように脆い。
となれば、萌えもんの性格はほぼ生まれつきで決定されてしまい、ちょっとやそっとでは変化しないと思われる。
つまり、性格がどんなにその萌えもんの種族と合っていなかろうが、それは個性として割り切るしかない。
オレのリザードンがその筆頭であり、あろうことか。
「ごしゅじんさまー! やったー、やっとひとにつかまえてもらったー。いろんなとこにいけるー!」
先ほど捕まえたミニリュウも、そういう割り切るしかないタイプの性格らしい。
ちなみに後で調べたらむじゃき。悪くいえばアホのこでした。
「え、え、え、」
「ねーねーどこいくのどこいくの? あたしはねあたしね、えーとね、うーんどこでもいいや!」
この拙い喋り。あえて文字で表現するならば全部ひらがなだろうと言い切れる。
突然ボールから出てきたミニリュウは、まきつくの技でオレの腕を捉え、離さない。
「ま、待てミニリュウ! 今オレは大事な話を」
「ねーねーどこいくの? いかないの? じゃああそぼうよ。なみのりごっこ!」
子供でも遊びはダイナミックかつ強力だなオイ…!
「マ、マスター、この子、マスターにぃ。うぅう、そんなベタベタしてぇ」
ぐわ! しかもせっかく半分まで抑えた泣きべそがここに来て勢力拡大!?
ちょっと待てOK落ち着け。まま、まだあわてるようなじじじじじじじじかんんんじゃ。
「あ、リザードンだー。よろしくねー。ごしゅじんさまー、さんにんであそぼー」
「うぅ、うぅううううぅ。
やっぱりわたしちっちゃいままのほうが良かったぁ!」
ドラゴンタイプの威厳なんぞひとかけらも見せないミニリュウ。
何がどうすればそういう結論になるのか、期待を粉々にされてもう泣くしかないリザードン。
この世のものとは思えない惨状を前に、現実逃避にこんな事を思った。
今はまだ可愛いじゃれ合いで済むが。
カイリューに進化してもこのノリで来られたら洒落にならねえよなぁ、と。
アホのこ初代ドラゴン族の可愛さは異常。
泣き虫リザードンの次に異常。
最終更新:2008年01月12日 23:35