ようこそ、こんな山奥まで。
リーグ挑戦じゃなくて、ただ旅の途中で立ち寄っただけだとか。珍しい方ですねぇ。
ここはもえもんリーグ以外には、何もないところですから、立ち寄ってもあまり見学するところはありませんよ?
いろんな人に話を聞くだけでも楽しい? ああ、わかります、わかります。
ここは娯楽が乏しいですからね、誰かとの会話も娯楽の一つになってるんです。
それで、私の話も聞きたいと? 昔話、思い出話くらいしかできませんよ?
それでいい? そうですか。ちょっと待っててください。お茶を入れてきますから。
お待たせしました。
それでどんなことが聞きたいですか?
もえもんとトレーナーの話? そうですね、私もそれくらいしか話せませんから。
四十年も警備員をやっていますと、いろいろな人を見ます。
チャンピオンや四天王、挑戦者、職員、それにもえもんたち。
中には困った人もいましたが、ほとんどの方がいい人ばかりでした。
強い萌えもんや、性格の濃い方ほど、印象に残っていますね。
例えば、十年以上チャンピオンであり続けた方。同じように四天王であり続けた方。少人数でリーグに挑んだ方。
ほかにも、仲間のもえもんをコスプレさせてリーグに挑んだ方や、70歳の挑戦者、同じ技のみで勝ち進んだ方、
戦術、戦略、アイテムを駆使した方など。
思い起こせば、いろいろな方を見てきたと、自分のことながら感心します。
その中でも、一番印象に残っている方がいます。
それは誰ですかって? まあ、慌てなさんな、言い惜しみはしませんよ。
一番印象に残っている方、それはメタモン一人だけ連れた挑戦者です。
そうそう、使える技がへんしんのみのもえもんです。
その挑戦者が現れて、リーグに挑むと知ったとき、ここにいる皆が笑っていました。
失礼ながら私もその一人です。
だけれど、その人とメタモンは、その笑う人たちを気にすることなく、四天王に挑んでいきました。
四天王の一人目で負けたんだろうって? 皆も同じ予想をしていました。
ところがどっこい、四天王の一人に勝ったのです。
その次も、その次も勝ち進み、ついにその二人はチャンピオンに挑むことになりました。
あっという間に、その二人は注目の的になりました。
どんな戦いをするのか、どれくらい強いのか?
あなたも気になるでしょう?
笑っていた者たちも同じだったのでしょう。
始めは、見学者の少なかった挑戦者たちの戦いが、チャンピオン戦には全席満員だったのですから。
そこで私たちは見ました。規格外という者の存在を。
メタモンが変身を使い、チャンピオンのもえもんと同じ姿をとります。
だけれど同じなのは姿だけで、その身に宿る強さは、桁外れでしたね。
愛らしい容姿から、繰り出される強力かつ洗練された技の数々は、私たちを魅了しました。
いったい、どんな修行をしたら、あそこまで強くなれるのか、いまだに不思議に思っていますよ。
それにトレーナーの判断力、知識、経験、発想力、どれも超一流と呼べるものでした。
もえもんが強いだけでは、もえもんバトルを勝利できません。
トレーナーの指示があって、もえもんがその指示のままに動き、ときに独自の行動をして初めて勝利へと繋がります。
トレーナーとメタモンは、そのコミュニケーションが素晴らしかった。
とても強い絆があったのでしょう。
声を出さずとも、指示を出せ、その意思を汲み取るなんてことをやった人たちを、私はその二人以外に見たことはありません。
その人はどうなったか? チャンピオンに勝ちましたよ。しかし、チャンピオンの座につくことはありませんでした。
まだまだ色々なところを見て回りたいと仰って、止める職員を振り切って旅に出てしまわれました。
今はどこにいるのでしょうねぇ。
おっと、仕事の時間が迫ってきました。私の話はこれまでです。
楽しかったですか? それはそれは。私も話したかいがあったというものです。
では、私はもう行きますね。
休息所の座席に座り話していた二人のうち、年をとったほうが立ち去っていく。
体のどこかを悪くしているのか、ひょこひょことぎこちない歩き方だ。
すこし慌てている様子なのが、聞き手には不思議に思えた。
「すいません。ちょっといいですか?」
そんな聞き手に、話しかける男が一人。
「なんでしょう?」
「メタモンを見ませんでしたか?」
「メタモン?」
「ええ、俺の相棒なんですけどね?
昨日、激しいもえもんバトルを終えたばかりで治療中なのに、暇だといって遊びにでかけてしまって。
安静にしてないと駄目なんですけどねぇ」
「ちょっと見てないですね」
「そうですか、ありがとうございました」
男は、周囲をきょろきょろと見渡しながら、歩いていく。
聞き手の耳に、男の独り言が聞こえてきた。
「誰かに変身して悪戯でもしてるか? 悪戯好きだからなぁ」
それを聞いて聞き手の脳裏に、一つの考えが浮かんだ。
昨日バトル、警備員歩き方おかしかった、慌てて去っていった……。
もしかしてと思う聞き手が、あることを思い出す。
それは、昨日チャンピオンを破ったものがいるという話。
聞き手は、今日ここに着いたばかりで、そのことを詳しく知らない。
警備員はメタモンで、昨日あったことを自慢していた? と推測してみるも、証明はできない。
聞き手が考えに没頭しているところから、少し離れた場所。
そこに男とメタモンがいた。
じっとしていないことを叱られているメタモン。
叱られて、目の端に涙を浮かべている様子からは、とても強そうには見えない。
メタモンが警備員に化けて話したこと、それが本当か嘘かわかるのは、
聞き手が、推理の当たり外れを調べ終わったときだ。
最終更新:2008年01月18日 01:40