4スレ>>196


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 初夏。太陽は次第にその力を増し、その恩恵を受けた木々はいっそう力強く葉を茂らせる。
 ニビシティの周辺を囲む木々も青々と葉を茂らせ、夏の気配を漂わせ始めていた。
 そんな中、ニビシティとトキワの森をつなぐ2番道路を進む影があった。
 1つはまっすぐに伸ばした長い髪を水晶のような飾りでまとめた少女、
 そしてもう1つは眼鏡をかけた青年だ。
 少女は青年の半歩後ろを歩き、ある一点へと視線を注いでいる。
 少女の視線の先、青年の後頭部にはひらひらと風になびくものがあった。
 リボンのように見えるがいささか妙だ。
 リボンにしては大きすぎるし、風が吹いていないのに動いている。
「なあ」
 青年が声をかける。しかしその言葉は傍らを歩く少女ではなく、
「……そろそろ降りてくれないか? ファル」
 リボン――青年の頭に乗っているバタフリーへと向けられていた。

―――

 キャタピーを仲間に加えてから約1週間後の朝、私たちはトキワの森でのデータ収集を終えました。
 なかなか見つからないピカチュウのおかげで予想以上にデータ収集に時間がかかりましたが、
 無事に終わったのでよしとしましょう。
 最初は頼りなかったキャタピーもマスターの指揮のもとで着々と成長し、
 あれよあれよという間にバタフリーまで進化してしまいました。
 マスターが長いこと悩んでつけたファルという名前も気に入っているようです。
 私たちの旅は今のところ順調で、何の問題もありません。
 でも――マスターにじゃれ付くファルを見る度に感じるこの感覚は、なんなのでしょう?

―――

「なあ……そろそろ降りてくれないか? ファル」
 どうせ無駄だろうと思いながら問いかけると、
「いやー」
 予想通りの返事が返ってくる。
 ファルがまだキャタピーだった頃にちょっとしたきっかけで頭に載せて以来、
 俺の頭の上はファルの指定席になってしまったようだ。
 町では目立つからなるべく控えて欲しいのだが、なかなか言うことを聞いてくれない。
 今回もその例に漏れず、ファルを頭に載せたままニビシティへと入ることになってしまった。
 もえもんセンターでミルトたちの回復とオーキド博士へのレポート送信を済ませたあと、
 フレンドリィショップで装備を整える。
 早朝からがんばった甲斐あってまだ日は高い。
 せっかくだから3番道路のもえもんのデータを集め始めようという話になり、
 俺たちは3番道路へと向かったのだが
「おい、あんた」
 3番道路に入ったところで、声がした。
 首をめぐらせてみると男が1人こっちを見ていた。
 その顔に見覚えは無かったが、周りに誰もいないところから見て呼びかけの対象は俺だろう。
「……俺に何か用ですか?」
 直後、俺は返事をしたことを後悔することになる。

「お前トレーナーだな? タケシが相手を探してるんだ、こっちにこい」
 そういって無理矢理連れてこられたのはニビの西、ニビジムだった。
 ジムはリーグ制覇を目指すやつらがバッジを目当てに挑む場所であり、
 俺たちの目的はリーグ制覇ではない。
 したがってジムに挑む必要はなく、むしろその時間をデータ集めという目的に使いたい。
 そんな至極まっとうな主張は「タケシが相手を探してる」の一言で却下された。
 その無理矢理っぷりに「無視しとけばよかった」ともはや意味の無い思考を始めた俺にたいして、
 男は聞いても無いのに自分たちの事情を話し始める。
「タケシのやつ、最近マサラから来た2人の子供に立て続けに負けてさ、
 一からやり直すって修行を始めたんだよ。すっごくハードなやつ。
 結果としてタケシは強くなったんだけど……」
「相手をできる人がいなくなった、と」
「そういうこと。悪いけど挑戦してもらうよ。
 ……挑戦者がいないと俺らが相手しないといけないからね」
 そういって笑う男だが、その目はちっとも笑っていない。
 おそらく挑戦するまで帰らせてすらくれないだろう。
「……わかりました」
 男の強引さに押し切られる形で了承すると男は、
「ありがとう。君ならきっと挑戦してくれると思ってたよ。がんばってね!」
 いけしゃあしゃあと励ましの言葉を送ってきた。
 
 こうして決まったジムリーダーとの試合は、それからすぐに開始された。

―――

『ルールは入れ替えありの1対1、両者とも手持ちは2体まで。
 勝利条件は相手のもえもんを全員戦闘不能にすること。いいですね?』 
 スピーカーから流れてくる確認の声に手を上げて答える。
『では両者、最初の1体を出してください』
 さて、どちらに行ってもらうか。そう考えたところで頭上から声がかかる
「ご主人様ー、わたしに行かせてー」
 見ればファルがやる気まんまんといった様子で目を輝かせていた。
 ……声は相変わらずのんびりとしていたけど。
 そういえばファルはトレーナー戦をあまり経験してないし、いい機会かな……
 少し考え、決定を下す。
「わかったよ、ファル。君に任せる」
「まかせてー」
 そういってファルは戦闘フィールドへと飛んでいく。
 その先にはジムリーダー・タケシの1体目、イシツブテがすでに待っていた。
『では、試合開始!』

「イシツブテ、『いわおとし』!」
 開幕と同時にタケシが発した命令に従い、イシツブテがフィールド上の岩を掴んで投げつけてくる。
「ファル、上昇だ!」
 すんでのところでファルを上空へと逃がす。
「速いな……」
 イシツブテ自体の動きはそれほどでもないが、投げてくる岩の速度が半端じゃない。
 今はいいが、このままではいずれつかまってしまう。
 ファルのタイプはむし・ひこう。この攻撃をまともにもらったらただでは済まないだろう。
「まずは相手の動きを制限しないと……ファル、『しびれごな』」
「えいっ」
 俺の言葉を受け、ファルはその羽から粉を撒き始める。
 粉のシャワーを浴びたイシツブテの動きが徐々にではあるが確実に鈍り始め、
 いわおとしの速度も低下した。
「よし、今だ! 『ねんりき』」
 ファルの念力がイシツブテを襲い、その体をよろめかせる。
 それを見たタケシはうれしそうな表情を浮かべた。
「こちらの攻撃速度を低下させて反撃とは、やるじゃないか。
 だが、これはどうかな?」
 タケシの言葉と同時、イシツブテが先ほどより大きな岩を掴んだ。
「『がんせきふうじ』っ!」
 そして投擲。飛んでくる岩石の速度は先ほどのいわおとしよりは遅いが、大きさが半端じゃない。
 しびれごなによる麻痺がある現状ですら直撃を避けるのがやっとだ。
「ファル、上だ!」
「ひゃあ!」
 しかも一度回避した岩が今度は上から襲い掛かってくるのだからたちが悪い。
 落ちた岩はイシツブテによって再び投擲されているので、
 傍からみれば岩石のお手玉の中にファルが閉じ込められているようにも見える。ならば――
「ファル、『ねんりき』だ!」
「でも、ここからじゃ、うまく、狙えませんよー、っと!」
 台詞の切れ目で岩石を避けながらファルが応じる。
「イシツブテを狙わなくていい! 落ちていく岩石の軌道を少しでいいから変えるんだ!」
「は、はいー!」
 効果はすぐに現れた。もともと落ちてくる岩石の軌道も計算して投げていたのだろう、
 ファルによって軌道をずらされた岩石はイシツブテの投擲を阻害し、
 完璧だった『がんせきふうじ』に綻びが生まれた。
「今だ!」
「そこですー!」
 その間隙をぬって放たれたファルのねんりきは見事イシツブテを捕らえ、
 戦闘不能に追い込むことに成功した。

―――

「わかったよ、ファル。君に任せる」
 マスターがそう言ったとき、私はまたあの感覚に襲われました。
 目の前ではファルが相手の2体目、イワークと必死になって戦っているのに
 私は自分の中を占領していく感覚のせいで戦いに集中できません。
 こんなことでは戦闘では役に立てない、早く何とかしなければと焦れば焦るほど
 感覚は私の中を占領していきます。
『バタフリー、戦闘不能!』
 アナウンスで我に返ると、ファルが地面に倒れていました。
 マスターが心配そうな表情でファルを回収しています。
 次は私の番だ。そう思うと私の中を占領していた感覚が徐々に薄れ始めました。
 そして、
「ファル、ご苦労様。……ミルト、頼んだぞ」
 マスターの言葉が私の大部分を占めていた感覚を完全に消し去りました。
 ―これで役に立てる―
 そのことをうれしいと感じるのと同時に、私は感覚の正体に気付きました。
 感覚の正体に衝撃を覚えますが、今はそれを気にしているときではありません。
 これから赴く戦いは、負けるわけにはいかないのですから――

―――

 その夜、俺たちはもえもんセンターに宿を取った。
 トレーナーに対して格安で宿泊場所を提供してくれるこの施設は、
 旅をしているトレーナーにとって無くてはならない場所である。
 窓から外を眺めながら、今日の試合を思い返す。
 ファルがやられた後に出たミルトは苦戦しながらもイワークを戦闘不能に追い込み、
 俺たちは勝利した。
 俺の上着の裏にはその証であるグレーバッジがあり、
 アクシデントで始まった今回のジム戦は結果的には有益なものであったといえるだろう。
 だが、予定外の勝利を喜ぶ気持ちがある一方でどうしても気になることがある。
「ミルト、勝ったってのになんで浮かない顔してたんだろう……」
 善戦むなしくイワークに負けたファルが暗い顔をするのはまだわかる。
 しかし苦戦の果てに勝利を掴んだミルトが浮かない顔をしているというのがよくわからない。
 あいつは優しいから、自分が先に出ればファルが傷つかないで済んだとでも思ってるんだろうか。
 そんな俺の思考は、ドアが開く音にさえぎられた。

「マスター、聞いて欲しいことがあるんです」
 部屋に帰ってきたミルトは迷うような素振りを見せた後、そう切り出した。
「最近、ファルがマスターにじゃれ付く度に変な感覚を覚えるようになりました。
 すぐに消えるので最初は気にならなかったのですが、だんだんと無視できなくなってきました。」
 話を進めるほどにミルトの表情は暗くなっていく。
「それで、今日の戦いでわかったんです。
 ……私は、自分の居場所が無くなるかもしれないことに焦っていたんだって」
 そして、限界が、訪れた。
「焦るだけならよかった。
 でも、私はファルが負けたとき、ファルの心配よりも先に自分に出番が来たことを喜んでいた!
 あのこは何も悪くないのに、私は傷ついた仲間より自分を優先してしまった!
 ……私は、そんな自分が嫌でしかたないんです!」
 涙を流し、半ば叫ぶようにしてミルトは言葉を紡ぐ。
 紡がれる言葉は懺悔。そして、
「そんなこと、気にしないでいいんじゃないかなー」
 そんな彼女に許しを与える言葉が、かけられた。
 いつからいたのだろうか、
 のんびりした声に振り向くと、そこには窓枠に腰掛けるファルの姿があった。
「……どうして?」
 突然の許しに驚きながらも疑問を返すミルトに、ファルはさも不思議そうな表情で、
「だってそれってもっとご主人様にかまって欲しいってことでしょ?
 それはつまりご主人様のことが大好きってことで、すっごく大切なことだよ?
 何でそのことを嫌だなんて思うのー?」
 ファルの言葉に、ミルトは目を丸くする。
 さて、今度は俺の番だな。……いいところは持っていかれちまったが。
「大丈夫」
 俺の言葉にミルトが俺を見る。俺はその目をまっすぐに見つめながら、
「俺はミルトのことを大切だと思っている。
 だからミルトが俺を大切だと思ってくれる限り、ミルトの居場所はここにある。
 ……ごめんな、本当なら俺がそんな思いをさせないように気を配らなくちゃいけないのに。
 これからはもっとがんばるから、今回は許してくれないか?」
 ミルトはしばらく呆けたような顔をした後、涙を流しながら俺に抱きついてきた。
 
 俺にはその顔が、自分の家を見つけて安心した『元』迷子のように見えた。
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