時刻は深夜。空は曇が覆い、星明り月明かりもない暗い夜。
普段から、光さえ通さぬ木々が深く暗い森のそばに、赤く燃える火が一つ。
焚き火のようで、そばには毛布にくるまり、荷物を枕にして眠る男が一人。
パチパチと薪がはぜる音、木の葉が風に揺れる音、虫の鳴き声だけが辺りに響いている。
静かな夜で、男の睡眠を邪魔するものは何もなかった。
悪戯好きのゴースがやってくるまでは。
暗い森から、ふらりとゴースが現れる。
「明かりが見えたから、もしかしてって思ったけど、やっぱりいた」
小さな声で、嬉しそうな感情を滲ませて、ゴースは男に近づいていく。
「静かにいかないとね~」
飛んでいるのだから、静かにもなにもない。喋ることさえやめたら、本当に静かに行動できる。
それでもやめないのは、これからすることが楽しみでしょうがないからだろうか。
クスクスと小さく笑いながら、ゴースは動いて、男の顔付近、胸の上あたりに浮かぶまで近づいた。
「この人は、どんな表情を見せてくれるかなぁ?」
以前のことを思い出したのか、あの人が一番面白かったなどと、思い出し笑いしている。
しばらく笑ったゴースは、男の顔に触れるギリギリまで、小さな手のひらを近づけ囁いた。
「あ・く・む♪」
このゴースは、旅人をみかけては技のあくむを使い、人々が驚く表情を見て、楽しんできた。
すぐに男の表情が変化したのを見て、ゴースはわくわくとした表情になる。
だが男は、ゴースの予想を裏切った行動に出た。
眠ったまま男は、両腕を広げ、交差させた。
結果、ゴースを抱き寄せることになる。
一瞬呆けたあとゴースは、大きな悲鳴を上げた。
怖がられることや、怒鳴られることはあっても、こんな反応は初めてだったから。
そして、異性に抱きつかれることも。悲鳴を上げたのは、抱きつかれたせいだ。
ゴースの悲鳴で起こされた男は、わけがわからないまま、ゴースに正座させられる。
起きたら女の子抱いてるし、相手は怒ってるっぽいしで、寝ぼけた頭で懸命に状況を判断しようとしている。
起きたばかりで、上手く頭が働かないので、ほぼ無駄に終っているが。
「ど、どうしてあんなことしたの!?」
「あんなこと?」
「抱きついたことよ!」
抱きつかれたことを思い出したのか、ゴースの顔は赤く染まる。
「いや、そう言われても……夢の中の行動を実際にやったのかな?」
悪夢だったはずの夢で抱きつく……どんな夢だったのだろう。
ゴースも気になるのか、男に聞いた。
「えっと、どこかの建物の廊下にいて、反対側の端から女の子が幽霊が近づいてきたんだ」
「それで?」
技はちゃんと効果を発揮していたのにと、さらに不思議がるゴース。
「それで幽霊が抱きついてきた。俺は抱きつき返した、力いっぱい」
なんで突き放すとかしなかったんだろうと、男は首を傾げている。
「なんでそこで、抱きつくのよ! 怖がるでしょう普通は!」
「俺も不思議なのに、聞かれても……」
「ま、まあいいわ! それよりもっ責任とってもらうわよ」
「責任……なんで?」
「私にあんなことしておいてっ、初めてだったのに!」
寝ぼけて抱きつくほ以外に何をやったのかと、男は慌てだす。
「異性に抱きつかれるなんて!」
「そんなことか、よかったぁ」
男はそう言って、ほぉっと息を吐く。
それを聞いてゴースが怒り出す。
「そんなことってなによ!
一言謝って、何か甘いもの奢らせるくらいで、許してあげようとおもったけどやめた!
ずっと憑いていってやるんだから」
「ついてくる? 別にいいけど」
憑いていくを、同行するという意味に受け取った男。
この日から、賑やかな旅が始まることになるのだった。
最終更新:2008年01月26日 20:48