「はい。着きましたよ、マスター」
リザードンの背中に乗って、肌寒い風を全身に受けながら空の旅、約数十分。
セクチクジムリーダー、キョウの毒攻撃に苦戦させられるも、
なんとか勝利しピンクバッジをもぎ取った俺たちは、ハナダシティを訪れていた。
ここのジムリーダー、カスミのスターミーが異常に強くて、
何週間も足止めを喰らったのも、もはや数ヶ月前の話。
久しぶりに訪れたけど、町並みは俺の記憶と全く同じだった。
あの時はロケット団が民家を荒らして一悶着あったけど、それも今は解決されたようで。
「毎度毎度ありがとな、リザードン」
リザードンの頭を撫でて、俺は久しぶりにハナダの大地に足を付けた。
「さて、と……」
ポケットから一枚の紙切れを取り出す。
それには絵が描かれている。
褐色の肌に黄色と黒を基調とした翼。
翼を大きく広げている姿は、堂々としていて、絵だというのにその迫力が伝わってくる。
さすがは伝説の鳥萌えもん……オーラから違うってわけか。
そもそも、俺がこうしてハナダシティを訪れることになったのは今から約1時間前。
キョウとの激闘を終え、疲れ果てた皆を萌えもんセンターに連れて行ったときのこと。
そしたら、オーキド博士の助手がいるじゃないか。
助手は博士からの伝言ですと言って、今俺が持っている紙切れを渡してくれた。
何でも、オーキド博士曰く、
「伝説の鳥萌えもん」と呼ばれる3人……ファイヤー、サンダー、フリーザの内、
サンダーがハナダシティのはずれにある無人発電所にいるということ。
どうやら前にもサンダーが無人発電所で発見された例があって、
その時は無人発電所からカントー全体に供給される電気の量が突如減ってしまったみたいで、
今回もまた、最近になって供給される電気の量が減ったようで、
状況が似ているから、もしかしたらサンダーがいるかもしれん、と推測したらしい。
で、このチャンスを逃すわけにはいかない。すぐに無人発電所に行ってサンダーのデータを採ってくれと、そう助手から伝えられた。
つまり、「捕まえて来い」ということ。
この紙切れは、実際にサンダーを見たことがある人の見聞をもとにして描かれたものらしい……
似ているのかどうかは分からない。見たことないしな。
ということで、俺は半ば強制的に、サンダーを捕まえることとなった。
本来、まっすぐ無人発電所に向かうのなら、イワヤマトンネル前の萌えもんセンターに寄ったほうが早いのだが、
無人発電所にはなみのりを使わないと行けないので、ある人物になみのりを要請をするためにここを訪れた、ということだ。
「ハナダシティ……懐かしいですね」
かつての厳しい修行の日々が蘇る。
野生の萌えもん相手に、一体何回戦ったことか。
カスミに挑戦して、返り討ちに遭った回数数知れず。
今でもその時の悔しい気持ちとかが胸にこみ上げてくる。
「そうだな。あの時は滅茶苦茶苦労したもんな……」
「そうですね。あの時はギャラドスさんのお陰で乗り越えられたようなものでしたよね」
「そうそう、ギャラドス……」
おつきみ山で、見るからに怪しいおじさんに500円でコイキングを買って、
その後育ててあんな姿になったときは心底驚いたものだ。
まあ、ギャラドスになってくれたお陰で、カスミに勝てたのだけれど。
そのギャラドスはカスミ戦を期に、パーティから外れると言って、去っていってしまった。
引きとめようとしたけど、「断る」の一点張り。
今はハナダのみさきで気ままに暮らしているに違いない。
今回なみのりの要請をするのが、そのギャラドスなのだが。
「もしかして、ギャラドスさんに会いに行くんですか!?」
おお、俺の心を読み取りやがった。
さすがリザードン。長い間俺と一緒にいただけのことはある。
「ああ。無理は承知でお願いするよ」
「ホントですか!? 楽しみだな~、どんな風になっているんでしょうか」
ギャラドスに会うと聞いて、嬉しそうなリザードン。
結構仲良かったもんな、その時はまだリザードだったっけ。
きっと進化したリザードンを見て、驚くに違いない。
一方のギャラドスは――――
「変わってないと思うな。あの時と」
そうリザードンに答えて、俺たちはハナダのみさきへと向かった。
ハナダのみさき。
萌えもん預かりシステムの開発者、マサキの家があり、また萌えもんトレーナーたちの溜まり場でもある。
更に有名なデートスポットとしても有名。
俺には縁の遠すぎる話だが。
「よし、ここらでいいかな」
バッグの中から釣竿を取り出す。
これでギャラドスを釣ろう、という魂胆だ。
ちょっと俺なりにアレンジを加えた釣竿で、
普段、トレーナーが持っている釣竿の浮きの色は、赤と黄色なのだが、
俺の場合は白と黒にしている。アレンジを加えたのはそこだけだけど。
浮きの色を変えたお陰で、釣れる確率がめっきり減ったけど、ボロのつりざおだから気にしない。
――――チャポン。
釣り糸を水の中へ垂らす。
浮きの上半分が顔を出している。
あとは浮きが沈むのを待つだけだ。
釣りは忍耐力が大事、気長に待とう。
無言で、アタリが来るのをじっと待つ。
――――数分後。
浮きは相変わらず上半分をひょっこりと出している。
なかなか来ない。ちょっと集中が切れそうだ。
そろそろアタリが来てもいいはずだが。
「マスター、思うんだけどさ」
この状況にいい加減飽きてきたのか、この無言の世界にようやく言葉をもたらしたのはガラガラ。
「ん?」
「そのギャラドスって、マスターの仲間だったんでしょ?
だったら、こうやって釣るより、呼びかけとかした方が手っ取り早いと思うんだけど」
「うん」
今は釣りに集中してるせいか、ガラガラの話が耳に入らない。
適当に返事をしておく。
「そう思ってるんだったら、最初から呼べばいいじゃない」
「うん」
「……人のこと馬鹿にしてる?」
「うん」
「……」
スコーン。
快音と共に記憶が吹き飛ばされそうな激痛が頭に走る。
釣りに注がれていた集中力が、あっという間に散ってしまった。
「いてて……釣りに集中してるんだよ、ちょっとはじっとしてくれると」
「人の話を流すマスターが悪いんじゃない!」
「人が釣りをしている所に話しかけるガラガラが悪い。
いいか、釣りってのは一瞬の判断の遅れが命取りになるんだ。
だから集中を切らさずにいたというのに」
「だとしても、ちょっとは人の話に耳を傾けてくれたっていいじゃない!」
「ちゃんと傾けてたよ」
「じゃあ、私さっきなんて言った?」
「えーと」
聞こえてはいたけど、さっきは釣りに集中していたから、
何を言っているのかは全く分からなかった。
「忘れた」
「このっ……!」
「マスター、引いてますよ」
「なに!?」
イワークに呼ばれたので釣り竿を見ると、
さっきまで顔を出していた浮きが沈んでいる。
「来たか……よし!」
立ち上がって、俺は竿を引き始める。
思ったよりも重量感がある。これは最初からアタリの予感!
「ちょ……人の話は最後まで聞きなさいよ!」
ガラガラの言葉に答える暇など無い。
俺は逃がさまいと、必死に竿を上げる。
が、相手の方が一回り、いや二回り力が強く、
上に上げていた竿が、徐々に下へと下がる。
さすがギャラドス……力が強い!
「くっ……!」
ミシミシ、と竿が悲鳴を上げる。
何せボロだ。もう少ししたら折れてしまうだろう。
いや、いつ折れてもおかしくない状況だ。
このままだと、竿ごと俺が水に落ちてしまう。
足で踏ん張っても、次第に水の方へ足が近づいていく。
くそ、駄目か……そう諦めかけた、その時だった。
さっきまで感じていた重量感が、いきなり無くなって、
竿が上へと上がる。
「あれ……?」
逃げられたのか、そう思ったが、
すぐに水の中から何かが飛び出してきた。
「やあ、やはり主だったか。あまりにも引きが貧弱だったからすぐに分かったよ」
「はは……俺もすぐにギャラドスだって分かったよ、あんな馬鹿力、ここに住んでる奴らの中にはお前しかいないからな」
「久しぶりだな。主」
「久しぶりだな。ギャラドス」
かつての仲間との再会に、お互い顔を見合わせて笑う。
久しぶりに足を酷使してせいか、俺は地面にへたり込んでしまった。
「それにしても……相変わらずの貧弱っぷりには呆れたが、
随分と顔つきが頼もしくなったじゃないか」
「そりゃ、どうも……世間は厳しいから、揉まれて自然とこうなったんだろうな」
「ギャラドスさん! お久しぶりです!」
久しぶりのギャラドスとの再会に、嬉しそうなリザードン。
「ん? その姿……ああ、もしかしてリザードか?
見ないうちにたくましくなったものだな」
「いえ、そんな。姿形は変わってもまだまだギャラドスさんには及びませんよ……」
「何を言うか。私はすでに戦闘などご無沙汰だからな。
戦闘に関する経験は既にお前の方が何倍も積んでるだろう?」
「ご無沙汰って……トレーナとか、釣りにここへ来たとき、釣られて戦いになったこととかないのか?」
「あれは戦闘の内には入らないよ。弱すぎて話にならない」
弱すぎて話にならないとか……
ギャラドスに立ち向かって返り討ちにあったトレーナーは一体今まで何人いるのやら。
「それに、新しい仲間もいるようだな」
ギャラドスは視線をイワークとガラガラの方へ向けた。
「え? ああ、ガラガラと、イワークだ」
「そうか、いつも主が世話になっている。
まだまだ未熟だが、これからも主のことをよろしく頼む」
「分かりました」
深々とお辞儀をするイワークに対し、
「マスターよりずっとしっかりしてるわね」
そう言ったあと、俺を睨み付けるガラガラ。
さっきの自分の話を俺が適当にスルーしたことをまだ根に持ってるらしい。
「ところで……私に会いに来たということは、用があるのだろう?」
「ああ、実はさ、無人発電所に向かいたいんだ。
そのためになみのりが必要で……手伝ってもらえるか?」
「そういうことか……分かった。
主の願いだ。断るわけにもいかないしな」
ある程度説得が必要だろうかと思っていたけど、
意外とすんなりOKしてくれたので、
ほっと俺は胸を撫で下ろした。
ギャラドスを説得させるなど、ニビジムのタケシの目がぱちくりと開くことぐらい無理なことだからな。
「ホントか? じゃあ――――」
俺は腰にかけていた空のボールに手をかける。
が、
「ボールの中に入るのは御免だぞ」
「――――――」
そう言われたので、ギャラドスにボールを差し出そうとした手を、ゆっくりと引っ込めた。
「でも、お前は陸、歩けないだろ?」
「何を言うか。私が水の中でしか行動出来ないとでも?
この通り――――」
そう言ってギャラドスは地面に手を乗せて、よじ登るように地面へと上がった。
例えて言うなら……プールから上がったときの様に、というのだろうか。
「水陸両用だ」
立ち上がって、誇らしげに胸を張るギャラドス。
「そこまでボールの中に入るのが嫌か」
「当たり前だ。窮屈で私には性に合わん。
お前たちも、ボールの中が嫌だったら主に言えばいい。
最初は断られるが、しつこく食い下がれば許してくれるぞ、根性無しだからな」
「こら、いらぬことを口走るな」
「それと、主は窮地になると判断を誤るからな……
時には主の命令に背くことも重要だぞ」
「そうなんだ、ぜひ活用させてもらうわ」
相変わらず俺の方を睨むガラガラ。
頼むから実践するのはやめてくれ。
「なるほど……参考にしますね」
ってイワーク、参考にするな。
さっきのどこに、参考にする要素が。
「さすがギャラドスさん! マスターのことをしっかりと分かってますね!」
リザードンはギャラドスに尊敬の眼差しを向けている。
駄目だこりゃ。
こう考えると、俺よりギャラドスの方がトレーナーに向いているのかな……
そう考えると気持ちが沈んでいく。
「主、何を落ち込んでいる?」
「どーせ俺は根性無しのへタレトレーナーですよ……」
「何を言う。確かに根性無しでへタレだが、それでもしっかり皆はお前についてきている。
それはトレーナーとして優秀な証拠ではないか」
「そう……か?」
「そうだ、もっと自分に自身を持つがいい。
根性や判断力は、旅を続けていくとおのずと付くものだ。
そこまで落ち込む必要は無いぞ」
「そ、そうだな……はは、何しょげてるんだろ、俺」
「……この様に、主はとても単純でもある」
「はは…………はぁ」
ギャラドスに乗せられた俺が馬鹿だったと、後悔する。
「でも、その単純さは評価すべきだと私は思う。
私たちを悪用したり、金儲けの為に使う卑しい奴等よりは、よっぽどましだと思うがな」
「そりゃ、どうも……」
ギャラドスのフォローは耳に入らなかった。
「むう……この落ち込みよう、ちょっと言い過ぎたか」
「いや……別に気にしなくていいよ。
最近調子乗ってたから、いい薬にはなったよ……」
どーせ俺はへタレだ、へタレ、へタレ、へタレ……
もう、
何だか、
無人発電所……行きたくないな……
というか、
なーんも、したくねえ……
「……はあ」
「ギャラドスさん、これはちょっとまずいのでは……」
「そうだな。打たれ弱いのも相変わらずのようだ。
リザードン、主をハナダまで乗せてってやれ」
「分かりました」
……空って、青いんだな。
そんなことを思いながら、俺の意識は遥か彼方へ遠のいていった。
「……ぬ…し……し……主」
「あ……」
目を開けると、ギャラドスとリザードンが、
俺の顔を覗き込んでいた。
「……ここは?」
「ハナダシティの萌えもんセンターです。
びくりしましたよ。マスター、飛んでる最中に意識を失ったんですよ」
リザードンにそう言われて、さっきの記憶が蘇る。
ああ……そういえば、散々ギャラドスに言われて、それで……
「ここまで、運ばれたってわけか」
「センターの人、びっくりしてましたよ。
なんででしょうね?」
リザードン、そりゃそうだろ。
萌えもんがトレーナーを抱えて来るなんて、滅多にないことだからな。
にしても……まあ。
「相変わらず俺はへタレ、ってか」
情けない。
ちょっとしたからかいだというのに、気絶するなんて。
自らのへタレっぷりに悲しくなる。
「主、すまなかった。少し言い過ぎてしまったようだ」
「だから、別にギャラドスは悪くないよ。
悪いのは勝手に落ち込んで勝手に気絶した俺だから」
「それでも、私が言い過ぎなければこのようなことにはならなかった――」
「だー! もう! 俺たちは無人発電所に行くんだよ!
なんだか本来の目的忘れてないか?
俺のヘタレっぷりを確認するためにここに来たんじゃないっての!」
重苦しい雰囲気を紛らわすために、それと自分のテンションを元に戻すため、
思いっきり声を張り上げる。
周りの人の視線が痛いのは気にしない。気にしたら元通りだ。
こんなムードで無人発電所にも行きたくないしな。
俺たちがこんなことしてる間に、他のトレーナーがサンダーと戦ってるかも知れない。
もしかしたら倒してるかもしれない、捕まえてるかもしれない。
そう思うと――――――
負けられない、よな!
「しかし、主――――!?」
俺はギャラドスの頬を掴んで、軽く横に広げる。
「俺は辛気臭いムードで旅をするのは性に合わないからな。
しっかし、面白い顔だ」
「なっ!? 何を言うか、主!」
「はははっ」
俺は笑って、センターを飛び出す。
「あ、マスター! まだ安静にしたほうがいいんじゃないですか~!?」
リザードンが俺の後をついて来る。
「……あの気持ちの切り替えの良さ、主への評価を上げざるを得ないかな」
焦る様子も無く、ギャラドスもセンターを後にした。
「……大丈夫ですか? マスター」
センターを出た俺たちを、イワークとガラガラが出迎えてくれた。
「ああ、この通りだ」
「そう、じゃあ、行こうか、無人発電所」
「そうだな。そうとう時間食っちまった。
にしても、お前らはどうして外にいるんだよ」
「私は、ちょっと買い足しに……
キズ薬を買ってきました。切らしてたみたいなので」
イワークは手に袋を抱えていた。
なるほど、確かにこれから戦う相手は伝説の鳥萌えもんの一角、サンダー。
きっと強いに違いないからな。
さすがイワーク、しっかりしている。
「私は……その」
頬を赤くして、うつむいてるガラガラ。
「?」
「ガラガラ、マスターのこと心配してましたよ。
心配してるなら中に入ったらどうかって、私が言ったんですけど、なんだか入らなくて」
「え、そうなのか?」
「だ、だって皆から笑いものにされたくないじゃない。
気絶したマスターを看病だなんて、こっち側としては恥かしいし、情けない」
「とか言って、本当は入りたくて仕方が無かった……ごっ!?」
「う、うるさい!」
――――ガッ。
本日二度目。
だけどハナダのみさきで受けたときよりはずっと痛くなかった。
「いてて……まあ、心配してくれただけ嬉しいよ、ありがとな」
「と、当然でしょ。心配しないほうがおかしいわよ」
ガラガラはそう言うと、そっぽを向いてしまった。
「さて、そろそろ行くか、無人発電所。
リザードン、イワヤマトンネルまで頼む」
「了解です、マスター!」
「さて、皆もボールにはいってくれ」
「分かりました、マスター」
イワークをまずボールの中に入れて、
「分かった」
次にガラガラを入れる。
さて、残るはギャラドスのみ。
俺はギャラドスにボールを差し出そうとしたが、
「私は歩いてそっちに向かう。先に向かっててくれ」
「いや、きっと時間がかかるから、ボールの中にいたほうが速――――」
「断る」
「いや、ボールの中――――」
「断る」
「ボールに――――」
「断る」
「……」
断られたので手を引っ込めた。
――――――――――――――――――――
中編です。中編の前編です。
長ったらしくなって中編の前編になりましたorz
マスター一行が無人発電所に向かう前、前編のちょっと前の話、という設定です。
次の中編の後編で、前編の終盤と時間が重なる……予定。
そういえばギャラドスが出ました。
リアルではパーティに入れようかどうか迷ってます。
いい加減進めないと。四天王倒してないんだ。
こんな阿呆が書く文章だけど、読んでくれると嬉しいな。
最終更新:2008年01月26日 21:04