5スレ>>113

マサラ周辺の草原。俺ともんきちは逃げる一匹のコラッタを追いかけていた。
からっとした天気で洗濯日和の晴天の中、小さくかわいらしいもえもんを追いかけるのは傍かみるとかなり危ないであろう。
「逃ーげーるーなーオラーーー!」
比較的素早さが高いもんきちだが、相手のホーム故かコラッタの逃走を拒めずにいた。
各言う俺もかなり疲れる。汗はダラダラ、コイツ本気で逃げまくるもんだから全力疾走せざる終えなくて、そんな状態が5分続いてる。
もえもん捕獲って、以外にハードだなと俺は歯噛みした。
オーキドの要望どおり、図鑑完成のためもんきちを捕まえてからがんばってきている。
オニススメ、ポッポなどを捕獲し、残るところはこのコラッタだけなのだ。
が、その前の二種は飛んで逃げるし、もんきちじゃなくて俺を狙ってくるし、ボールに入っても出て行かれるしと散々な目に合っている。
今回も大変だろうなと覚悟して挑んだが、体力勝負とは聞いていない。これじゃ倒れるって。
「なっさけないわね、アンタ雄なんだからもうちょっとがんばりなさいよ!」
じゃあ早くなんとかしてくれって。お前と違って体力バカじゃねえんだぞ俺は。
「あァん?」
前言撤回します。だから睨まないで。防御力下げた上で石投げないで痛いから。
抵抗も虚しく、起用に前を走りながら道端の石を拾って投球してくるもんきち。つか、それでコラッタ止めればいいじゃないか。
返事もせずもんきちは足を止めて、小さな石をコラッタの脚部目掛けて全力投球する。
狙いは寸分たがわず、ナイスコントロールで太ももに当たり目標は転倒した。そこにすかさず飛び蹴りが迫る。
恐怖に染まりきったコラッタの表情。
もんきちは蹴りを放たず、喉元にチョップを叩き込んでコラッタを咳き込ませた。
「ほら、今のうちよ」
言われなくてもわかっている。息を切らせながら握っていたボールをひょいっと投げ当てた。
いい感じに相手も疲労していたらしく、抵抗らしい抵抗をせず捕獲を示すランプがつく。
瞬間、膝の力が抜けてその場に座り込む。全身の毛穴から汗が噴出し、服が肌に張り付いてきて気持ち悪かった。
草むらで無防備さをアピールするのは危ないが、もんきちがいるから平気だろう。威張るだけあって強いのだ、コイツ。
「ん」
なんだその手は。
「お茶よこしなさいよ。喉渇いた」
はいはいっと。ペットボトルに入った緑茶を渡すと、もんきちは苦い顔をしながらごくごくと中身を飲み干していく。
苦いのは苦手か?
「別に。そんなんじゃないわよ」
どもってはいないが、声がちょっと上ずってるな。もえもんフードも甘いのが好きだし、辛いのとか苦いのとかだめなのだろう。
お子ちゃまだのう、とかいじれば力の限り蹴られるから黙っている俺は賢い。
出会ってから三日間、何度もやられて体中痣だらけなのだ。このツンデレは手加減を知らぬ。
息も落ち着いてきて余裕が出てきた。なんとなく空を仰ぐ。
……広く、青い。外ってこんなんだったんだな。家でニコニコとか、ROとかやってるのがもったいないかもしれないほどに。
「ヒキオタなんて最悪じゃない。やめて正解よ」
うっせ。確かにそうだが正論飛ばすなよ、弾き返さないだろうが。
意地悪に笑うもんきちからペットボトルを奪い、自分の口に運んでいく。
「あ、ちょ、何飲もうとしてるのよ!?」
あんだけ走ったら喉だって渇くっつーの。ってか、元々これ俺のだから問題ないだろ。
「大有りよ!? だって、その、か、間接……」
別にいいじゃん、もえもんと人間なんだしノーカンだろ。躊躇わずに一気飲みしようとして、
「やめろっていってんよーーーー!!」
顎の骨が砕けるほどのアッパーカットをもらった。
痛みに悶え転げる。死ぬ、死ねるって。マジで感覚麻痺するぐらい神経フル稼働なんだが……!?
「まったくもう、デリカシーがないんだから……っ」
関係ないだろ。お前もえもんで俺人間なんだから、などと痛くて喋れなかった。涙が止まらない。本気で痛ぇ。
もんきちはやれやれとため息をつき、怒ったように、困ったようにそっぽを向く。
激しい痛みの波に襲われるも、やがて落ち着いてきた。顎を摩りながら立ち上がり、もんきちの前に回りこみ睨む。
「な、何よう」
目を反らすってことは悪いって感じてるんだよな。
「……ふんだ、あんたが悪いのよ!」
逆ギレしやがったよ、こいつ。
まぁ……種族は違えど男女だし、俺がアバウト過ぎたのかもしれない。静止を振り切ったわけだ、一概に悪いとは言えなかった。
ぽんぽんと頭を二、三度軽く叩く。腕を伸ばしたことに怒られるともんきちは勘違いしたのか、肩をすくめて怯える。
「……あぅ?」
不思議そうに見上げられたから、そんな勘違いにちょっと笑ってしまう。
怒ってねえよ、って言うのは嘘になるがもうちっと加減しようぜ? 体持たないっての。
「それは……あんたが軟弱だから」
そんな風に弱々しく、顔を紅葉させながら言われてもかちんとはこなかった。
だからぽんぽんと叩いた手でそのまま頭をぐりぐりと撫で回す。
「きゃ、なにするのよ……!?」
コラッタの捕獲、がんばってくれてありがと。
「へ」
お前結構優しいんだな、最後の蹴りやめたの相手がびくついたからやめたんだろ。
「え、あ、あぅぅぅ……」
コイツの性格は相当捻くれているだからか、真っ直ぐな好意の言葉に耳まで真っ赤にしている。
しどろもどろに何か言い出そうとしては口を塞ぎ、また開くと繰り返している。愛いヤツじゃのう。乱暴だが。
背伸びをぐっとして、もんきちを手招きする。トキワのもえもんセンターに戻ろう。オーキドと今後の方針について話したい。
「……っ」
一足遅れてついてきたもんきちはちょっぴり可愛かったが、普段の荒くれさを考えると背筋に寒気が走る。
デレてる姿が激しく似合わないヤツである。



「おおう、もうこの当たり一帯のもえもんは捕獲しきったかぁ」
もえもんセンター備え付けの電話を使い、オーキドと話しているが中々上機嫌のようだった。
ここら一帯、といっても四種だけであるが。数にしてみれば少ないが努力は大きい。
これがあと140匹あると思うと、頭痛どころか眩暈と吐き気もしそうだ。
「にしてもいいのかのう……わしとしては送ってくれるのは嬉しいが、マンキー一匹では心細くないか?」
俺もそう思うんですけどね、他の子を持ち歩こうとするともんきちが怒るんですよ。
「ははぁ、好かれとるんじゃな。トレーナーを独り占めしたいじゃなんて、可愛いやつじゃのう」
まあ、幸いレベルも高いし実力も半端ないし、一匹だけでも十分だろう。問題はメンタル面だろうし。
「それでこれからどこに向えばいいか、じゃのう。ちょっと待って……いま地図を……あった」
がさごそと受話器越しに聞こえる雑音はすぐに止み、オーキドは一つ唸る。
「道としてはディグダの穴を使ってクチバにいくルート、トキワの森を抜けてニビにいくルートの二つじゃな」
二つか。どちらがいいのだろうか。洞窟はじめじめしてて気持ち悪そうだし、森は迷いそうで怖い。
もっと簡単なルートはないかと尋ねれば、馬鹿者と怒られてしまった。楽はできないってことだな。
「そうじゃのう、ここはやはりニビに向うのがよいじゃろう。何せカントー一周の旅じゃからな」
となると森を突破しなければいけない訳か。やれやれ、また面倒な道を通らせてくれる。
頭を掻き、こっちでも開いている地図を眺める。トキワの森はかなりの規模を誇っており、突破には丸一日費やしてやっとだろう。
どこかで下手をこいて時間を消耗すれば野宿の可能性もある。昼過ぎの今日は様子見程度にしておいて、本番は明日にするのが無難か。
「夜の森は視覚が確保できなくて危険じゃからな。朝なら虫もえもんも活発じゃろうし、ゲットのチャンスじゃ」
楽に行くといいものだ。もう走り回るのは御免被りたい。
一言、二言程度オーキドと言葉を交わし、資金を講座に振り込んでおいたとの報告されて通話は終了した。
最後に忠告を俺は受ける。
「無理はするんじゃないぞ」
心配性だな。バット一本でトキワまで生かせた人間の言えたセリフではない。
受話器を元に戻し、後ろで待っていたもんきちに終わったと手を振った。
「っで、どうするのよ? トキワの森……だっけ? 行くの?」
準備してからだ。もえもんボールの補充と、傷薬。あと毒消しを買わないと。
「毒消し……?」
なんでも、あそこはビードルってのが出て毒針をやってくるそうだ。
対策なしに行くと、痛い目を見るらしいぞ。安いもんだし、あってこしたことはないだろうさ。
「ふーん」
あまり理解していない顔だな、これは。
もんきちがわかっていないならその分、トレーナーである俺がフォローするべきだろう。
この頃、保護者としての貫禄が自分でも板についてきた感じがする。
子育てに似てるほどではないが、それに順ずるものがあるだろう。妹の世話をしていた懐かしさがなんとなくこみ上げてきた。
アイツ……俺が急に出て行って心配して無いだろうか。
―――100%ない。断言できる。
むしろいなくなって喜んでいるぐらいだろう―――
などと奈須きのこ文体で表現してみた。あの妹様が俺に気遣うなどありえないだろう。
「ねえ、早く行かないの? 探索はするんでしょ?」
考え老けていたか、いつの間にかもんきちは出入り口にいて大きく手を振っていた。
待たせるとまた怒られるだろうし、つい駆け足で寄っていく。急かすなよ、ったく。
「お菓子買っていい?」
三百円までな。



日の光すら遮るほどの森林の中、マサラでも空気が澄んでいると驚いたが此処はそれ以上だった。
薄暗いからといってじめじめしているわけでもなく、とても過ごしやすい気候。
「そうね、あの場所より昼寝するにはうってつけかしら」
以下同文。上には上があるもんだな。恐るべし大自然である。
だからだろう。生き物も暮らしやすいのだろう。
「……っで、どうするのよコイツラ」
目の前にはずらーっと並んだキャタピーの軍団が今にも糸を吐き、絡めとってからフルヴォッコしてやろうと目で語っていた。
容姿からは好戦的な感じはしないし、いまもそうである。縄張りにうっかり踏み込んでしまったようだ。
謝ってはい、おしまいになると思うか?
「無理。でもあたしに無双しろって言われてもそっちも無理よ……?」
さすがにお互い、冷や汗が流れる。やっぱ草原といい、この森といい、外は怖いところだ。
流れるいやーな沈黙に耐え切れず、じりじりと俺らは後ろに後ずさりする。
小声でもんきちに合図を出す。すたこらさっさ、と。
「……」
こくんと頷き、脱兎の勢い撤退戦は開始された。
前方からによる挟撃に警戒しつつ、後ろを振り返ると案の定、突然の逃走に驚きキャタピーたちは出遅れていた。
うぞうぞと動き出し、糸を吐けど既に遅し。射程距離が絶望的に足りていない。
逆に足りていればかなりやばい。既に一匹捕まえてその糸の粘着性を確かめてみたが、市販の瞬間接着剤といい勝負であった。
クソ、今日はなんて走ることが多い日だと悪態をつく体力すらなく、完全に撒いたのを確認してから木の幹に倒れこんだ。
息の乱れが激しい。心臓がばくばくいいやがる。情けないな、もやしっ子か俺は。
隣でもんきちは周りを警戒してくれている。自己嫌悪に陥るのもいいが、コイツだって疲れていることを忘れてはならない。
自分の隣の地面をぽんぽんと叩く。休憩しとけ、また走り回るかもだぞ。
「いいわよ、別に。……あんたとは違って体力馬鹿だらかね」
あのな、拗ねるなよ。ちょっとしたジョークをまだ引っ張るだなんてしつこいぞ。
口をつんと尖らせそっぽを向く。何をむくれてるんだかね。お菓子でってちゃんと買ってやったのに。
上手く言っているようでもんきちと俺はどこかぎこちないのは感じていた。現にこうして、心境をまるで把握できないでいる。
怒っているのか。
照れているのか。
退屈なのか。
疲れているのか。
……できれば楽しい、喜ばしいとかならばいいのだが。
連れ出してきた以上、俺はコイツを楽しくさせてやらなければならない。それが責任ってもんだ。
もんきちはあの場所で満足していたのに、俺が唆したのだ。……なら、こんなとこに座り込んでる場合じゃないな。
休憩終わり。さぁ、探索の続きといこうか。
「……大丈夫なの?」
何がだ。
「だって、顔色悪いわよ」
それは森のせいだ。薄暗い場所だしな。
「あんたがそう……言うなら……」
浮かない顔のもんきちに疲労を悟らせないよう、笑顔を作り元気よく立ち上がる。
俺はまだまだやれるぜーっと、空にジャブを打ち込むが皮の一枚下では悲鳴が上がっているが押し殺した。
「おーい、そこのお兄さんや!」
勢いをつけている最中のことだった。この森に似合い過ぎる短パン、半そでで虫取り網を持った少年が手を振り、走りよってきたのである。
何の用だろうかと軽くびびる俺。まずい、他人と話すの苦手なんだが。
虫取り少年は傍までかけよると、ボールの外に出してあったもんきちを見て言う。
「お兄さん、もえもんトレーナーだよね?」
ああ、そうだな。駆け出しだが。
もんきちはじろじろと見てくる少年を快く思っていないらしく、ガン睨みしていた。めちゃくちゃ怖い。
初対面の人には愛想よくしてほしい主人心は伝わらず、気にしている風でもなかったので注意はしなかった。
「よかったらもえもんバトルしない? 一日一戦が日課なんだけど、今日はあいにく森に人がいないみたいでさー」
虫取り少年は言うよりも早く、自分のトレーナーカードを取り出して見せる。
これはもえもんの取り扱い免許証みたいなもので、現在のトレーナーの強さを10段階のランクで示してもあるのだ。
毎年このランクはリセットされ、四月から翌年三月までにランク10にしたトレーナーは、セキエイで開かれるもえもんリーグへの出場参加券を得れるのである。
各地にいるジムリーダーを倒した方が簡単だと言われるくらいランク10になるのは難しく、この制度でリーグへ行くものは数少ない。
ランクの上昇条件は単純に勝ち数。負ければ勝ち数からマイナス3され、ランク10までは1千連勝でもしなければなれないと噂されている。
噂というのはつまり、成し遂げた者がいないのだ。
「ね? お兄さん。一対一、正々堂々の勝負だ!」
だそうだが、もんきちさんどうだい。
「面白いわね、あたしに挑むだなんていい度胸してるじゃない」
随分と乗り気である。ああ、考えればコイツ好戦的に部類される性格でしたね。
☆HA☆GA☆とトレーナーネームが記載されたカード(HNみたいなものであろう)に自分のカードの番号を書き込む。これで勝負成立だ。
残りは勝つか負けるか、シンプルな結果を書き込むだけ。
「いざ、勝負だーーー!!」
「あらあら、勢いがいいじゃない……手加減を心がけないと泣かせてしまうかしら?」
挑発はいいからやるぞ。
「ま、あんたはリラックスして指示してよね。どの道勝つんだから、あたしの華麗な戦いっぷりでも見物してなさい」
はいはい、油断して足元掬われるなよ。
軽口を叩き返してやるが、内心はそうではなかった。
初めてのバトル。
初戦は勝ちを飾りたいと拳を作ると、自然に肩まで力が入ってしまった。



「では参る! いっくぞー、僕の相棒はこいつだー!」
フィールドは森。虫取り少年は腰からボールを手に取り、もんきちの正面近くに投げる。
出てきたのは茶色い体と頭に生える二本の角。この近くではなく、サファリパークという施設でのみ生息しているはずのもえもん。
カイロスである。
てっきりビードルやキャタピー、あるいはこれらの進化系が出てくると踏んでいたが当てが外れた。
「っしゃおら!」
軽いステップで威嚇を始めるカイロス。だがその叫び方は反則負けで免許を剥奪されたボクサーのようでよくない。
ツッコミは取り合えず心中で入れておいたが、出てきた大物に冷や汗が流れた。
負けたら賞金を提示することには抵抗は無い。もんきちが怪我をするという一点が心臓を早鐘させる。
「心配ないわよ」
心の中を射抜かれたようでびくりと体が反応する。
もんきちは頼りにしてくれと言わんばかりに腕を組み、胸を張って俺に囁いた。
「あんたなら上手くやれる、あたしなら上手くやれる。問題ないじゃない」
静かに頷き返した。
頼ってくれるなら応えよう。それが信頼を築くパーツになるのだから。
「先手必勝! カイロス、いっけ~!」
「やってやんよ!!」
戦いの火蓋が切って落とされると同時に速攻をかけてくるカイロス。だがもんきちに比べればあまりにも鈍い。
突進するクワガタもえもんを直前まで引き付けもんきちは回避し、足を足でひっかけ転倒させた。
ずべーっと顔から地面に突っ込み滑る間抜けさにがくっと、肩が下がる。間抜けすぎるだろ、おい。
バトルを挑んでくるからには相当自身があると構えていたが、そうでもなさそうだ。
カイロスは涙目で顔の泥を払うが、その間を待ってくれるほどもんきちは甘くない。
「け、」
コラッタのときやりかけたソレを今度はやめる気など毛頭なく、
「た、」
☆HA☆GA☆のあげた声にカイロスは後ろを向き、
「ぐ」
もんきちは力いっぱい地面を飛び、空を飛んでいた。
「りいいいぃぃぃーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
痛烈な、強烈な。肌があわ立つのを禁じえないほどの威力がカイロスのわき腹に入った。
咄嗟にガードを固めたとは言えど、受けたダメージは計り知れないだろう。蹴りの反動を生かしもんきちは距離を取っている。
「平気かカイロス!?」
トレーナーの声になんとか、といった風に応えるカイロス。
一番恐ろしいのはまだ始まって間もないのにこれだけのダメージを与えたことである。
「だらしないわね~、この程度でへばるなんてあんたといい勝負かしら」
褒めてやろうかと思った矢先これかよ。
「ふん、褒めてもらうのは当たり前じゃない。黒星を上げてやるっていってるんだから」
取らぬ狸のなんとやらにならなきゃいいがな。
「うっさいわね、黙ってなさいよ」
鋭い眼光に負けてマジで口チャックするがチキンではない。
「さーってと、じゃあトドメといこうかしら~?」
開いていた図鑑にもんきちの状態が表示されており、気合を貯めていると書かれている。
このまま反撃を許さず決めるつもりか。だが、仮にも相手はバトルに慣れている連中だ。波乱なしに終わる未来は俺には見えなかった。
静止をかけるべきか、もんきちの攻撃要請に許可を出し続けるか。
迷ったために選択肢は強制的に決定されてしまった。
「やああぁぁーーー!!」
気合十分に接近し、腕を振り上げるもんきち。もう後戻りはできない、終わってくれればそれでいいんだ。
――すぐさまに甘い考えと悟るわけだが。
切欠は単純。☆HA☆GA☆がにやりと笑い、カイロスが痛みに怒り狂ったような形相になったからだ。
止まれといっても、勢いのついたもんきちの体は止まらない。
悪寒。
生まれて初めて、背筋にそんなのが走った。
ぼそりと、☆HA☆GA☆の指示とカイロスの突撃。
やはり速度はもんきちより低いが間合いが近かったこと、不意打ちだったこともあり対応が遅れてしまう。
結果、虚を突かれ放たれた拳の威力などたかが知れていた。カイロスはその一発をいとも簡単にクロスした両手で受け止め、
「カイロス、リベンジ」
技の名の通り、痛烈なお返しのパンチがもんきちの小さな体に打ち込まれた。
中を飛び、背中から受身も取らず地面へ激突する。
熱血系キャラなんて似合わないのは重々承知していたが、叫ばずにはいられなかった。
だってどさって、鈍い音、え、ちょ、おま、もんきちさん?
起き上がる様子がない。指がぴくりとも動かない。
戦闘不能状態。
勝負の負けなんてどうでもよくなって、駆け寄ろうと走りだす。
「なに、来てんのよ……」
手の届く距離になってからもんきちはよろよろと立ち上がった。
おい、休んでろって。ダメージきついんだろ? もういいから。お前がんばったから。
「うるさい……!!」
差し出す手を弾き、構えを取るもんきちにカイロスはむふーっと息を吐く。
「ばっちこーい!!」
挑発に乗らなくてもいい、お前もう、いいから……。
「初戦は黒星にするって言ったでしょ……っ」
気迫などないのに、びくりと止まってしまった。
「あたしはまだやれる。なのにあんたは止める。棄権しようとしてる。あたしを嘘つきにするの!?」
頭が真っ白になって、言葉がでなかった。
だが言わなくちゃならない。せめてこれぐらいは言わなくてはコイツのトレーナーを名乗れない。
手持ちのもえもんを上手く使い、勝利をもぎ取るのはバトルの役目なのだ。
がんばってこい。
なんてことのない応援と信頼を受けてもんきちは再度飛び掛った。
けたぐりを受けた相手のダメージは少なくはないんだ。もう一度、痛恨の一撃を喰らえば倒せる。
「カイロス、地面を砕いて砂をかけてやれ!」
命中力を下げて一発KOの確立を下げようとしているようだが、そんなのは関係ない。自信を持って俺は指示を出す。
突き破れと。お前ならできるはずだと!
砂が巻き上げられ、カーテンのようになる地帯へ迷い無く、微塵の躊躇などもなくもんきちは進む。
そしてその先にいる、砂かけの行動完了で動けないカイロス。
無謀に立つソイツにもんきちは会心のけたぐりを叩き込んだ。


……ちゃりんと、銀色の効果が数枚手のひらの中で鳴る。
「だから言ったじゃない、勝てるって」
危なかったがな。
傷薬をしゅっしゅと、鳩尾部分にかけて付属されている痛み止めの豆薬を水と一緒に手渡す。
明らかに嫌そうな顔をするが大人しく従うもんきち。やはり、痛いのだろうか。
バトル前と同じように木の幹で腰掛、俺はバトルの映像を脳内で何度も再生しては巻き戻していた。
あそこでああするべきだった。ここでこうするべきだった。
反省点はしっかり補わなければ。二度も過ちを犯してしまってもんきちに罵られても反撃できない。
リベンジ。
先にダメージを受けておけば威力が増す格闘技。相手から先手をもぎ取り難いカイロスなら覚えておいて損のない技だ。
予測はできたはずだ。一方的に攻撃を受けたのだって、何か狙いがあると疑うべきだった。なのに、俺は、
「こーら」
ぽこんと、軽いチョップで思考の淵から引き上げられた。
「……もう、しっかりなさいよ。あんたの顔って壊滅的なんだから、しょげてたらもっと酷くなるわよ?」
壊滅的ってなんだ。イケメンとはいえないがブサイクまではいかないはずだぞ。
「そうかしら?」
聞き返されるとその、不安になるからやめてくれませんかネ。
卑屈に返すともんきちは微笑み空になったコップを押し付けるように返す。
「多分だけどさ、勝てたのはあたしの力でもあるけど、あんたの実力でもあるんだからね。
 あたしみたいなちょお強い、ちょお美しいもえもんをゲットしたあんたの実力なの」
聞き捨てならない自画自賛がなかったか今。
「追求するとけたぐり」
暴力は反対派として断固拒否したいが、体が資本だからやめとくか。
静かな時が流れる。会話は途切れ、互いに糸口を探しあおうとしていた。
ここは男として、是非に先手を取りたい。相手はもえもんだが、だからこそ主人としての懐の大きさを示したい。
手遅れにならない内に。
振る話のタネなどないのに、もんきちの頭に手を置き撫でた。
ごくろうさま。
「……あぅぅ」
顔を真っ赤に、甘い空気に変貌してきたここら一帯。ああ、こいつってば毛触りがいいなと味わう。
コレだけで旅に出てきてよかったと感じる俺はきっと、かなり安い男だろうな。
「あのー、お取り込み中悪いのですがぁー……」
なーんてストロベリーベリーな甘みを含む大気を粉砕する声に、俺は慌てて手を引っ込め、もんきちは赤い顔を隠すように体育座りで蹲った。
まずい、今のを見られたのか。つか、ちょっと空気読めないだろうと小一時間説教したいが、それだと俺がもっと撫でてたいってことになって、ああもう。
どこのどいつだ!?
半ばやけくそに叫ぶと、ソイツは上から――空からではなく木の上――から降ってきて背中から着地した。
着地というかそれは落下で、黄色い物体Xは激突の痛みに耐え切れずごろごろと地面を転がった。
「な、な、何者よあんたー!?」
御もっともな発言に、落ちてきたソイツは涙の溜まった目を拭きながら立ち上がった。
ギザギザの雷を連想させるような尻尾で、俺は図鑑を開くまでも無くソイツの種族がわかった。
全国的に有名だもんなぁ。この森に住んでるとか家族も騒いでたからなぁ。
「ええっと、初めまして。ピカチュウです」
出た。
出ちゃったよ。
おいおい、しかも♀だぜ。
システム的なことを持ってきたくないが、作者は♀捕まえるのに二時間かかったんだぞ? こんなぽっと出てきていいのだろうか。
あわてるな、コレは孔明の罠だ。
「アホなこと言ってんじゃないわよ」
頭部斜め四十五度に手加減なしのチョップを叩き込まれ、俺は正気に戻る。理不尽な暴力を受けた気がするが気にしない。
それでお前は一体全体どーして現れたのかな?
率直な疑問をぶつけるとピカチュウはおどおどしつつも、どこから毒消しを取り出す。
「その、これ!」
と、言われてもまったくイミフなんだが。
「おおおおおお落し物です!」
そうなのか?
「いや、あたしに聞かれても困るわよ」
二人して突然の来訪者に視線を戻すと、デレたもんきちに負けないぐらい顔を真っ赤にしてピカチュウは近づいてくる。
そして小さな手のひらに毒消しを乗せ、ずいっと突き出した。
「いっぱいのキャタピーさんに追われてるとき……鞄からぽろっと。
 ちょうど散歩中で、たまたま通りかかったので」
それはご丁寧にどうもと適当なお礼をし、毒消しを受け取る。
にしても落としてただなんて意外だな、ちゃんと管理はしていたはずなのだが。まぁ、あのときなら落としてもしかたないか、忙しかったし。
「っで、話は終わり? ならとっとと帰ってちょうだい」
もんきち、そう邪険に扱うなって。一応、これだって駆け出しの身としては安くないんだぞ?
「ぶー」
するともんきちは俺の腰下げているボールに手を伸ばし、自分から入っていた。
完全に拗ねたようだ。ガキかこいつは。いや、ガキか。
「わたし……何か失礼をしたでしょうか……?」
大丈夫。小山の大将気取ってたやつだから、ワガママで気まぐれなんだよ。気にすんな。
「は、はぁ……」
よくわからないが、頷いておくかといった風に相槌を打つピカチュウ。
でも用事がないなら帰った方がいいのではないだろうか。そろそろ黄昏時、良い子も悪い子も夕飯を調達する頃合であろう。
「で、でもその、お礼も言わせてだしゃいっ」
噛んだ。
「~~~っ」
痛かったみたいだ。手で口元を押さえて涙流してる。Sな部分が疼いたのは君と僕との約束にしておいてほしい。
話の主導権がこの子だと進まないな。ちゃんとフォローしてやらないと。
まずどうしてお礼なのかと、できる限り優しく聞いてみた。やっぱ人間とよりはもえもんのほうが会話しやすい。
「さっきのカイロスさん……この森じゃ結構な暴れん坊さんで。
 皆さんとても迷惑してたんです。でもわたしたち弱いから、退治もできなくて、困ってて」
あわあわしつつも伝えたい部分はしっかりと言葉に出す姿は好印象である。
「いじめられるだけならいいですけど、あ、や、よくないですけど。
 仲間たちとかその、攫われちゃったりしてて凄く、すごーく迷惑してました」
所詮経験値稼ぎってのは雑魚の乱獲、皆殺しだからな。倒される側からすればとても頭痛の種でしかないだろう。
……俺も、反省しないとな。できるかぎり自己トレーニングで鍛錬しないと。
「それでですね、さっきそのもえもんさんが懲らしめてくれたので、とても感謝してると伝えたかったんですが……」
当の本人はボールの中。
「あや……やっぱわたし、だめですね。ダメな子ですね。
 お礼一つ言えないだなんてー……」
ダメな子じゃないだろ。そういうのはな、勝手にボールへ戻ったりするヤツのことを言うんだ。
むしろお前さんはいい子だろ。トレーナーの前だってのに勇気を振り絞ってきたんだ。対した肝っ玉じゃねえか。
「とれーなー?」
ああ、トレーナー。
なんとなく鸚鵡返しに言う。
「……ひぃっ」
ピカチュウは俺の格好を再度見直し、いきなり泡を食って後ろに下がった。
まさかとは思うがYOU、俺をトレーナーだと認識してなかったのか?
「すすすすすいません! 決して貫禄がなかったとか、それっぽくなかったとかそんなんじゃ~!」
全て急所に当たって涙目の俺が居た。先生、いじめっ子がいます。天然の。
「あああああああ落ち込まないでくださいぃぃ~~~」
のの字を地面に書いていると、心配してくれたようでピカチュウはすぐさま寄ってきてくれた。
大丈夫ですかー? っといじけて座り込んでいる俺を覗き込んでくる無垢な瞳のもえもん。
俺はその瞳を持ったピカチュウの体を両手でがしっと掴み上げた。
「え」
立ち上がり、高く上げた。
「ええええええ~~~~!?」
混乱するピカチュウ。両頬の電気袋がぱちぱちと唸りを上げ、不届きモノを焼き払わんと唸りを上げる前に俺は言う。
不要に近づくから捕まるんだぞ?
「……?」
なんぞ? と首を捻るピカチュウ。
だからな……こうやってほいほい近づくから捕まっちまうんだよ。仲間と離れたくないならもうちょっと警戒しような?
「お兄さんは、捕まえないんですか?」
はぁ?
「や、だってわたし、腰抜けちゃいまして。電撃しようとしてもその、そんな酷いことできませんし。
 だから今ならなすがままに……されちゃいます」
熱っぽい視線を浴びせてくる。なんだろ、雰囲気がエロい。って、俺はなに考えてんだ。
変態じみた一瞬の思想に焦りつつ、持ち上げたピカチュウを降ろしてやる。
もう遅いし俺は帰るよ。毒消しありがとな。礼だと頭を撫でてやった。最近、よく他人の頭を撫でるなと苦笑を漏らす。
「……」
ぐしゃぐしゃになった髪を整えることもしないで、ぼーっとした表情で頭をピカチュウは抑えている。
よくわからないが、これ以上いる必要はないなと判断して俺はトキワのもえもんセンターへの岐路についた。


まん丸と見事な月の夜は静かなもので、拳で空を切る音以外は何も聞こえない。人気もない。
「せいっ! やぁっ!」
努力なんてかっこ悪い姿を誰にも見られない絶好の環境下。あたしはもえもんセンターの裏で体を動かしていた。
あいつは今日いっぱい走ったからぐっすり熟睡中。あたしがボールからこそっと出てこれたのもそのためだ。
時刻は既に深夜に差し掛かるが、寝付けなかった。
森でのバトルで負った怪我が痛むからといった理由ではない。いや、森のことは無関係じゃないかな?
「……ふっ!」
見えない敵に打ち込まれる回し蹴り。その勢いを殺さずパンチ、バックステップ、シャトルラン、ジャンプナックル。
野生時代からの得意な接近戦のパターンを繰り返し、体に染み付かせるようにやる。
まったく、ちょっとしか動いてないのにもう息が切れてきた。アイツのことを軟弱だなんて、あたしも言えないかも。
……森で戦ったカイロスは訓練されていて、トレーナーの指示を的確にこなしていた。
けたぐりも急所に当たっているようで、実は脇をしめてガードされていたと思う。でなければクリーンヒットで動けないはずだ。
砂かけをしたのは失敗だったが、防御が不得手なあたしが敵ならあのまま攻めても問題なかったのに。
そう、あの虫取り少年の指示がもしも迎撃ならば負けていたのかもしれなかった。
可能性でしか過ぎない未来で、もう通りこした過去だが「かもしれない」というのはあったのだ。
完勝ではなかった。僅差で勝利を手にした。
そのことが腹立たしく、悔しかった。
こんなギリギリで得た勝ちなの、勝ちじゃないわよ。勝ちってのは、百回やって百回とも勝てることを言うんだ。
「情けない……」
大口を叩いて負けそうになるだなんて。
楽勝だったと、緊張する必要もなかったでしょと、あいつに自慢したかったのに。
こんな素直じゃなくて、可愛くないあたしなんて強くなければきっと、捨てられてしまう。愛想を尽かされてしまう。
どうしようもないくらい子憎たらしくて、嫌味かからかうしかできないあたしなんて……。
「ああもう、なんなのよぉ……!!」
もやもやと心にかかる霧を振り払うように、頭をぐしゃぐしゃと掻く。
この気持ちがなんなのかわからない。あたしは何をあいつに期待して、何をしてほしいかまったくわからない。
けど……嫌な感じはしない。じれったく、不安。それだけだ。
無言で拳を振り回し続けてふと足元を見ると、いつの間にか滴り落ちた汗でびっしょりと地面が濡れていた。
川で一汗流さないと臭くて戻れない。行水できるほど綺麗な川はあったかしら?
ため息を一つ、小さくついたときだった。
「あ、終わりましたか?」
鈴が鳴ったような、可愛らしい音が聞こえる。後ろを振り返るとトキワの森で会ったピカチュウがいた。
「……な、なんでこんなところにいるのよ!?」
森とここまでは徒歩でも30分以上かかる。道なりに進めば迷わず町には来れるだろうが、どうしてあたしの場所がわかったのだろう。
疑問が顔に出てしまったのか、ピカチュウはそれはですねと口元を微かに緩めて説明する。
「匂いを辿ってきたんです。犬さんほどではないですけが、わたしもそういうのはできて。
 かなり微弱で、どこにいるかわからなかったんですけど……」
「汗、ね……」
「はい、おかげでなんとか会えましたっ」
何が嬉しいのか、きゃっきゃと喜び手を握ってくるピカチュウ。……このぐらいあたしも感情のままに行動したいな。
「それで何の用かしら? お子ちゃまのお遊びに付き合ってるほど暇じゃないんだけど」
「あ、いえっ。すぐ済みますから」
慌てているのがこの子の地なのか、いそいそと腰辺りから何か取り出してくる。
「これ、どうぞです」
渡されたのはハートに似たピンク色の木の実。鼻をすんすんと鳴らして匂いをかぐと、ほんのり甘かった。
「えへへ。わたしの大好きなおやつです」
「ふーん……まあ、美味しそうじゃない」
少なくとも苦くはなさそうだ。
「では、改めて」
ぺこりと、九十度腰を曲げてピカチュウは頭を下げた。
「カイロスさんを懲らしめてくれてありがとうございましたーっ」
「懲らしめたって……あたしはただ、売られたケンカを買っただけでお礼される筋合いなんてないわ」
ボールの中でも外の景色は見えるし、音は耳に入る。だからこの子があいつと話していた内容も知っていた。
だが褒められるというのはくすぐったくて、ついつい隠そうとすると強張った言い方になってしまう。
理由はそれだけではないのだが。醜いのは承知だがあたしはきっと嫉妬しているんだと思う。
何故ならこの子はあたしがこうなれたらなという、理想の性格をしていたから。
複雑な心模様など関係なしにピカチュウはぺこぺことお辞儀をする。
「そんなことないですっ。あの人には仲間もたくさん捕まっちゃって、ちょっと怒ってたんですよ。
 おかげでわたし、今は一人ぼっちです」
「は……? あれだけ広い森なんだから、あんたの同類が捕まえつくされたなんてことはないんじゃない?」
「……えと、縄張り争いがあそこ、激しいので。
 いままで居たところを抜けて他に行ってみましたけど、いじめられちゃいました」
あははと、寂しそうに笑う姿が痛々しい。何よコレ、どうしてそんな風に笑えるの?
「ねえ、それなら人間のこと嫌いにならないの? 人間に飼われてるあたしだって、好きになれないんじゃない?」
「それとこれとは別ですよう。あの人はまだ、わたしに迷惑かけるほど何かしてるわけじゃないですか」
恥ずかしそうに呟き、ピカチュウは乾いた笑みを止めて月を見上げる。
哀愁漂う不思議な雰囲気が居心地悪くて、けれど逃げ出すわけにもいかなくて、フラストレーションは溜まって、
「居場所ないって辛いんですねー……これならいっそ、」
焦らしが最後の引き金となり、
「ならあたしのところに来なさいよ!!」
言った。
言ってしまった。
ぱちくりと、驚き瞬きをするピカチュウの鼻っ面を指差す。
「どーせどこいってもいじめられるんでしょ!? それならあたしのところにくればいいじゃない!
 あいつなら多分、優しくしてくれれるしね! なんでそんなことで悩むかなあもう!!」
「……怒ってますか?」
「とっても! あなたホントに頭の回転悪いってか、不器用で見てられないのよ……!!」
うじうじされるのは大嫌いなのだ。
こんなどんくさいやつ、放っておけないじゃないか。
「で、どうするの」
深呼吸し、今度は冷静に尋ねる。いくらお節介を焼いても受け取るのはこのピカチュウ次第だ。
「帰るならいますぐ回れ右ね。さぁ、答えなさい」
威圧した言い方だったが、こうやって黙っているという逃げ道を塞がなければ判断はつかないだろう。見るからに優柔不断なのだから。
「ええと、それじゃあ――」
覚悟を決めて、ピカチュウは自分の答えを出した。


全身から激しい痛みと辛さと気だるさと、ソファーから転げ落ちて走る激痛によって俺は覚醒した。
もえもんセンター宿泊5日目。気分は最悪である。昨日走り回った疲労が抜け切っていないみたいだ。
しかし、だからといってこのまま眠りこけているわけにもいかない。明日にはニビシティに着きたいなら、昼前にはここを出発しなければなるまい。
全身を駆け巡る刺激に変な声が出そうになる。マジでしんどいが、我慢できないほどじゃないな。
センター下宿の共有洗面台で顔を洗い、眠気を取るもそれ以外は取れない。やっぱ予約してちゃんとベットで寝ないとだめだな。
飛び入りだと大体人数オーバーでソファーになる。毛布あるだけマシであろうが、それでもあちらこちら痛むし寝違えて首が軋む。
外に出て日差しでも浴びるか。頭も体も一発で覚めるだろう。
赤いジャケットと黒いパンツの普段の外着で暖房の効いた室内を抜け出した。
「あら、今日は早いのね」
勝手にボールから出るなと俺は注意してたはずなのだが。もんきちは玄関口近くで優雅に佇んでいた。
まったく、野生と間違えられて追っ払われたら洒落にならんというのに。説教を飛ばすも右から左に流され、
「そんなつまらないこといいから、ちょっと黙れ」
命令ですか。
「逆らったらひっかくわよ」
強制ですね。わかります。
頷くしかなかった。
「えー、こほん」
もんきちは咳払いを一つし、雑木林のほうに手招きをする。誰かあそこにいるのか?
疑問はすぐに解けた。木と木の間に、その雷のような尻尾が見えたのだ。
尻尾はひょこひょこと揺れ、本体がやがて出てきて、あのときのように俺におっかなびっくりで近づいてきて、
「はい、挨拶する」
ソイツはもんきちに従い、現れた。
「きょ、今日からお世話になります!」
種族はピカチュウ。
ニックネームはまだない。

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最終更新:2008年02月03日 23:20
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