特に大荷物もなかった俺達の引越しは半日で済んだ。
荷物整理も終わって一息ついた俺は、ウインディと二人で窓から夜空を眺めている。
「マスター、満月が綺麗ですね……」
「あぁ。こんな綺麗な空を見るのも久しぶりだな」
この辺りではそろそろ雪が降る頃だそうだ。ひんやりとした風が肌に沁みる。
「そろそろ窓閉めるぞ」
少し体が冷えてきた俺は、窓から顔を引っ込める。
……ウインディはまだ窓枠に引っ付いたまま、恍惚とした表情で空を眺めている。
ふと目を下に移すと、窓から差し込む月明かりに、ウインディの尻尾がきらきらと揺れている。
「……ていっ!」
「ひぁっ!?ま、マスター、そんな突然……///」
ねこじゃらしに飛びつく猫のように、ウインディのしっぽに抱きつく。
冷えた体にもふもふの暖かさが沁みる。
「もふもふもふもふ」
「あの、マスター……今まで、言ってなかったのですが……」
何か、いつもとは違う様子のウインディ。言葉が据わっているというか、なんというか……
「もふも……うあッ!?」
突然、しっぽが大きく振られ、するりと腕を抜けたかと思うと……
両腕をウインディにつかまれ、そのまま後ろにあったベッドに押し倒されて────!?
暫しの沈黙。開け放たれたままの窓が静かに揺れている。
俺はなんとか抜け出そうと腕に力を込めるが、ビクともしない。
「マスターにその気は、なかったのかも……しれませんが」
怒りか、恥じらいか。顔を真っ赤にしたウインディ。その焦点の合っていない虚ろな目。
「しっぽの付け根は、性感帯なんです……
旅の道中でも、マスターは毎日のようにしっぽに抱きついて……
それでも、マスターは私に一度も手を出さなくて……」
しっぽをもふもふされるたびに顔を赤らめるウインディがそんな事を思っていたとは。
つまり散々焦らされてばかりだった、ということか……
「旅も一段落ですし……今日こそ、責任取ってください、ね……?」
「……」
俺は覚悟を決めて────────全身から力を抜いた。
少しずつ、少しずつ、俺とウインディとの体の距離が縮まる。
────バタン!
「ひゃっ!?」
突然、風に煽られた窓が閉まり、音に驚いたウインディが飛び退く。
「あ、ああああああの、その、違うんです、こここここれは……マスターごめんなさいッ!///」
あれ、いつものウインディに戻った……?
倒された姿勢のまま呆然としている俺を残して、ウインディは窓を体でぶち空けて外へ飛び出していった。
何をしたわけでもないのに猛烈な脱力感に襲われ、俺はそのまま目を閉じた。
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で、次の日の朝。
「あ、マスターおはようございます」
何事もなかったかのような笑顔のウインディに少し拍子抜けする。
気まずい顔で朝食に顔を出した俺は空気読めてないのか?
白米に味噌汁、焼き魚。ウインディの作る食事はいつも和風だ。
ひとまず朝食の席に着く。特に会話もなく、俺は黙々と飯を口に運ぶ。
…………なぜこんなに後ろめたい気分なんだ。ウインディは特に変わった態度を取っているわけでもないのに。
だめだ、耐えられない。俺の負けだ。
自分の中で勝手に敗北宣言をした俺は、ウインディに賠償請求の許可を出す。
「……ウインディ、ひとつだけ何でも言うこと聞いてやるよ」
「え?」
「その……今までいろいろ悪かったしな、そのお返しだ」
「じゃあ、そうですね……」
いつものウインディなら大それた注文はしてこないさ。余裕綽々出味噌汁を啜って返答を待つ俺。
「決めました、毎朝私に付き合ってください」
突然の大胆発言に、味噌汁が喉に詰まりそうになる。
「ッゲホゲホ!……ま、毎朝!? 俺そんな体力無いぞ!? しかも夜じゃなくて朝ッ!?」
「じゃあ~マスターは自転車でいいですから」
「自転車?何の話だ?」
「散歩ですよ、さ・ん・ぽ」
「さ、散歩ね、オッケーオッケー分かったよ」
「それじゃあ毎日朝6時に起こしに行きますねっ」
……あれ、俺もしかして勘違いクンか?それとも天然のウインディにカマかけられたのか?
いやまて、これは表向きの話であって、きっと散歩の途中であんなことやこんなことが……
「主人、妄想自重」
「余計なお世話だホーホー」
ちなみに、散歩では俺の妄想していたような事は起こらなかった。
ただ、毎朝の散歩で今度は俺も焦らされる立場になったような……?
揺れるしっぽとチラリズムが最強で……まぁ、この話はまた別の機会にでも。
-fin-
最終更新:2008年02月15日 20:00