遠くを見る目にはどこか憂いを湛えて。彼女は丘の上から遥か彼方を見渡す。
ちらちらと舞う雪は彼女のそばで儚く消えた。
そんな彼女を、ぽつんと座っているガーディが見つめている。
声をかける訳ではない。ただ座って彼女を見ているだけなのだ。
「いつまでそうしてる気だい?」
彼女は振り返りもしない。いや、きっと彼女は今まで振り返る事などなかったのだろう。
「わかんないけど……お姉さんが悲しくなくなるまで」
ガーディには彼女が今にも泣きそうな顔になりながら、そこに佇んでいるように見えていた。
なんとかして元気付けたいのに、自分は何も出来ない。
だから、彼女が少しでも元気になるように一緒に居る。
頭も悪いし、他の姉妹のように強くも無い。けれど元気ではあった。
だから少しでも自分の元気が彼女に伝わればいいな。ガーディはそう思っている。
「難しいことを言うな、お前は。なんで私が悲しそうに見えるんだ?」
「……わかんない。でもね、なんだろう……ぼやーって顔がなってて……えーと」
まだ幼いガーディは必死だった。何故? と問われても答えはなかなか見つからない。
だが、漠然と彼女が抱えている悲しみだけはひしひしと感じる。
初めて、ガーディが動いた。
「えいっ」
もふっ
彼女の尻尾は柔らかく、頬擦りするとほのかに日向のにおいがする。
それはそう、父母や姉妹と一緒に眠っている時のあのにおい。
彼女は少し困った顔で、はじめてガーディのほうを見ようと振り返った。
けれど、ガーディはしっぽと一緒に移動する。
そのガーディを追いかけて、彼女はまた回る。ガーディも回る。
くるくるくるくると、斜陽の丘を二人は回る。
「……ぷっ」
彼女がゆっくり動きを止める。
そして――
「あっはははははは!!」
初めて、笑った。
その笑顔が嬉しくてガーディも笑っていた。
「変なコだな。本当に」
初めてガーディは彼女の顔をまじまじと見る。
左目の上の大きな傷、そして夕日を一杯に受けて金色に輝く髪。
それが全て神秘的で。
「キレー……」
口から素直な感想がこぼれる。
それを聞いた彼女はくすぐったそうな顔でくしゃり、とガーディの頭を撫でた。
「ありがとう」
「お姉さんはなんていうポケモンなの? スーパーきんいろふわふわ?」
「ふふ、違うよ。私は……いや、知らなくていい。きっと……どこにでもいる普通のポケモンだよ」
普通の、というのがなんだかすごく気になった。
まだ生まれて間もないガーディだったが、友達のロコンちゃんや、姉妹たち、両親と彼女を比べてみても、全然違う。
神秘的なその佇まいは幼いガーディの心にどんどんと広がっていく。
「……さて。そろそろお暇しよう」
彼女はそう言うとゆっくりガーディに背を向けた。
「えっ? どうしたの?」
「……少し、ここに居すぎたみたいだ。そろそろ他所に行くよ」
何故、居すぎては駄目なのか?
ガーディにはいまいちわからない。
ただ、もう少し彼女と居たかった。
「ヤダ! もっとお話しよ! あそんで!」
彼女のしっぽにもふりと顔を埋め、いやいやと頭を振る。
そんなガーディを優しく撫でて彼女は言った。
「それじゃあ、目を瞑ってみっつ数えてごらん? 私が最後にすごいものを見せてあげる」
「ほんと? すごいの見れる?」
泣きそうな顔のガーディ。
彼女はこくりと頷いた。
ガーディは両手で目を隠し、数を数え始める。
瞬間、ふわっと暖かい風がガーディの頬を撫でる。
みっつ、数を数え終わったガーディの前に、もう彼女は居ない。
その代わりに、赤い、小さな石が彼女の居た所に転がっていた。
最終更新:2008年02月15日 20:06