「マスター、寝癖がついてます。
出かける時ぐらいはちゃんと直してください!」
「ん…すまん」
今日も今日とてパラセクトに説教をくらう。
別段彼女募集中でもなし、買い物程度で誰かに会うわけでもないし。
別にいいと思ったんだが…
「マスター、腰をかがめてください。
マスターと私の身長差だと、立たれたままじゃ髪がとかせません」
「あいよ」
何か俺がだらしない様子を見せるとすぐぷりぷり怒り出すパラセクト。
怒ってるときに下手に逆らうと余計雷が落ちるので大人しく従う。
「んしょ……これで、よし。
毎回言ってるんだから、次こそは自分で直してください」
「はいはい」
これも毎度のやりとり。無論、直したためしは無い。
出かける前の寝癖に限らず、俺の相方パラセクトは几帳面でいろんなことに細かい。
反面俺は万事に適当、知人には行き当たりばったりの化身とまで言われる位だ。
そんな俺達の相性は……どうなんだろう。
正直パラセクトの負担ばかりが大きい気がする。
申し訳ないと思っていない、ということではないんだが…
こればっかりは性格だからどうしようも無い。
まぁどうしようもないと最初から諦めてはパラセクトが可哀想だ。
ということで、ちょっとばかり本気を出してみることにした。
「マスター、いつまで寝てるんですか!
早く……って、あら?」
「とっくに起きてるよ。朝飯はもう用意してるのか?
まだならたまにはこっちが作ろう」
「え、え、あ、おはようございます…」
おー、混乱してるみたいだ。
いっつも爆睡してる俺をたたき起こすことからこいつの一日が始まってたからなー。
そして、俺の本気はこれだけで終わりじゃない。
「マスター、寝癖……は無いですね……」
「マスター、食べた食器は……もう洗ってある……」
「マスター、着替え…もたたんである……」
そろそろ本格的にパニックになってきたみたいだな。
さっきからおろおろしてる。
こんな可愛らしいパラセクト、今まで見たことないぞ。
それにしても、やろうと思えば人間なんでも出来るもんだな……
どうにか、その日は一日彼女に世話を焼かれずに終わった。
まぁ、今まで散々俺の分まで頑張ってきたわけだし、もうしばらくは楽をさせてあげないとなぁ。
そうして、俺がまともに自分の身の回りをこなすようになって数日。
パラセクトから小言を言われることはほとんどなくなったが、その代わり、だんだんパラセクトの様子がおかしくなってきた。
俺が努力を始めて一週間したかどうかというある日。
俺はパラセクトに、聞きたいことがある、と前置きを置かれ、互いに正座で向かい合っていた。
「単刀直入に言います」
パラセクトの様子は真剣そのもの。切迫した気配すらある。
俺としてはパラセクトがそこまで追い込まれた表情をしているのを見たことが無かった。
「マスター。何か、私に隠してますね?」
「何かって、何のことだ?」
「隠しても無駄です。どれだけ一緒に居ると思ってるんですか。
とぼけてないで、正直に私に話してください」
残念ながら、話がさっぱりわからない。
そもそも彼女がつい今しがた言ったとおり、俺はパラセクトに隠し事を出来ない。
というか、どんなに隠してもパラセクトにはバレるのだ。
それに、今回のこれは単なる気遣い程度のものだから別に後ろ暗いことは何も無い。
「何を勘繰ってるのか知らないけど。
俺には隠し事なんてないぞ」
「そんなはずありません!今までどんなに言っても直らなかったマスターのだらしなさが、
こんなにも急に直るなんてありえません!」
ひどい言われようだ。だがまぁ、世話を焼いて来た側の意見としては正しいんだろうな。
とはいっても、本当に何も隠し事はない。
「頼むから信じてくれ、パラセクト。
俺には隠してることはなにもない」
「どうしてもご自分でおっしゃらないなら、私の方から当ててあげます!」
とうとう当てるとまで言い出した。
んな無茶な、と笑い飛ばそうとしたが……
……俺を見つめる眼に、何かに怯えるような光が見えて。
俺は大人しくパラセクトの言葉を待った。
そして、彼女の推論はというと。
「マスター、おそらくは……
病か何かの原因で、もうこの先長く生きられないのではないですか?」
……………………はい?
なんだって?
俺が、もうすぐ死ぬ?
「……一体どっからそんな発想が出てきた……?」
「だって、ほかに考えようがありません!
朝も自分で起きてくるし、着替えも自分で用意してるし、食器まで洗ってるし……
急にそういうことをやりはじめたっていうのは、自分がもうすぐ死ぬから、
せめて死ぬ前くらいは出来ることを自分でする、そういうことなんでしょう!?」
……そんな馬鹿な……
一体何処をどう考えたらそこまで突き抜けるのか。
まさかこいつがここまで思いつめる奴だとは思わなかった。
一体何の冗談かと、笑い飛ばしてやりたかった。
けれど。
その真剣な眼差し、瞳に浮かぶ涙の雫までも笑い飛ばすことは出来なくて。
「……やれやれ」
溜息一つ。パラセクトの大きな特徴、本人の頭ほどもあるおおきなきのこぼうしを撫でつつ。
「なんか、やたら心配させたみたいだな。
大丈夫、俺はどこも悪いところなんて無い。
すぐ死ぬような予定は一切無いから安心しろよ」
「……本当ですか?」
「勿論だ。それこそ、俺がお前に嘘を突き通せた試しなんてないだろ」
一言一言はっきりと、告げてやる。
そのまま、きのこぼうしを撫でていた手でパラセクトを抱き寄せた。
「そんなことになったら、幾ら俺でもさすがに慌てるだろ。
まず一番に、お前に相談してると思うぜ?」
一回り以上背が小さいせいで、俺の胸の下の方に顔がうずまっているパラセクト。
顔も見えないまま、そう言葉をかける。
パラセクトから、言葉は返ってこず。
しばらく、ちいさなしゃくりあげる音、鼻をすする音だけが続いた。
後から問いただしてみると、うすうすわかってはいたがもう錯乱寸前だったらしい。
一体何があったというのか、天変地異か世界の終わりかなどと笑っていられたのは最初だけ。
あとは本当に様子がおかしい、大変なことが俺の身に起きつつあるんじゃないかと思って、
一度そう思うとその想像が止まらなくなった、らしい。
まぁなんというか、形容詞の付けようもないくらい可愛らしいことで……
その一件以来、俺の態度は以前のようなぐうたらに戻ってしまった。
まぁたまーに自分でやってはいるけど…
「マスター朝ですよ、起きてください。
今日は出かけるって言ってたでしょう?」
「ん…あぁ…ふわぁ…っと…
そういやそうだっけ…」
「もう、早く起きてください。
予定が崩れちゃいますよ?」
以前よりは大分口調が柔らかくなったパラセクト。
だが俺の世話に彼女が時間を取られているのは以前と一緒。
「んー、出来るとわかったわけだし身の回りくらい自分でどうにかしないと…」
ぽそっと呟くと。
「気になさらないでいいんです、これが私の日常ですから」
聞こえてたらしく、笑顔でそんな声が返ってきた。
「マスターがしっかりしてた一週間で、よくわかりました。
私は、マスターの世話をやくのが楽しいんです。
だから……」
そこでいったん、言葉は切られて。
ほのかに紅に染まった頬、照れ隠しのつもりかメガネを外して拭きながら…
「……これからも、マスターのお世話をさせてくださいね」
「……あいよ」
そんな風に言われるとこっちまで照れくさいっての。
…まぁ間違っても悪い気はしない。
さて、今日はどんな一日になるか。
安らかで楽しい一日ってことだけは、間違いないだろうけどな。
最終更新:2008年02月15日 20:07