5スレ>>209

「ああ、そういえば、もうすぐバレンタインだな」
ふと立ち寄ったタマムシシティ。
デパートに足を運んでみれば、バレンタイン色に染まっていた。
そして、今が二月の初旬だという事を思い出して、俺はポツリと呟いたのだった。
「あら、それって何なのかしら?」
そんな俺の呟きを拾ったのはキュウコンだった。彼女は興味津々という体で、俺に話題を振ってくる。
まぁ、クリスマスの例もあるし、ここで言わないと後々不味い事になるのは目に見えているので、俺は素直に吐く事にした。
説明は掻い摘んで行った。
すなわち、
一つ、意中の人にチョコをプレゼントする。
一つ、世話になっている人にも渡す義理チョコなる存在もある。
一つ、友達同士で交換する友チョコというのもある。
と、おおまかにこの三つを教えた。
その説明をふんふんと聞くキュウコン。
彼女が頷く毎に、自慢の九つに束ねられた髪が揺れる。
不覚にも見とれている内に、キュウコンは思考から浮上していた。
「ふぅん……それは良い事を聞いたわね」
笑みを浮かべているキュウコン。
その笑みに嫌な予感を感じて、一歩後ろに下がった俺を尻目にキュウコンの思考は更に加速していく。
「ああ、ご主人様。暫くはこの町に滞在しててね」
ウィンクと共に投げかけられたその言葉に――非常に情けない事だが――俺は頷くしか出来なかった。
主従関係が逆転してる予感に、俺はその夜、枕をしっとりとさせた。


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バレンタイン三日前――
自らの主からバレンタインの風習を聞いたキュウコンは、早速情報を集めだした。
(とりあえずは、ジョーイさんよね)
萌えもんにとって、主が女性だった場合を除いて最も身近な女性はジョーイさんである。
特にタマムシはカントーでも一二を争うほどの大都市であるから、必然的にセンターの利用率は高くなる。
リーグ制覇者の手持ちというネームバリューも手伝い、すっかり顔馴染みになっているのであった。
少々話題が逸れるが、彼女の主は、センターの回線をよく利用して萌えもんと毎日交流している。
流石に通信相手まではわからないのだが、会話の内容は聞こえるため、彼ら一行の痴話喧嘩はすっかり名物になっていたのだ。
ジョーイさん達の間でよく出る話題である為、彼の手持ちの萌えもんと各地のジョーイさんは非常に仲が良い。

閑話休題。

「あら、キュウコンちゃんいらっしゃい」
訪れたキュウコンを、ジョーイさんは温かく迎えてくれた。
笑顔で出迎えたジョーイさんは、キュウコンのそわそわした態度に首を傾げた。
彼女の知るキュウコンは、常に余裕を持ちこあくまな行動で周囲をワタワタさせながらも憎めない。そんな存在だった。
とりあえずお茶を出そう、とジョーイさんは給湯室へと向かった。
やかんに水を注ぎ、コンロで火に掛けながらジョーイさんは物思いに耽った。
珍しい態度の原因を突き止めようと思考を展開するが、結論に至る事はなく――
「キャッ!」
やかんが構ってくれと言わんばかりにあげた悲鳴により、強制的に思考が中断させられた。
ジョーイさんは未だに喚き続けるやかんを黙らせた後、茶葉を入れた急須にお湯を注いで、
二つの湯呑と共に盆に乗せて、給湯室を後にした。

コポコポと気持ちの良い音共に、熱いお茶が湯呑に注がれた。
棚から出したどら焼きを頬張りつつ、キュウコンは話題を振った。
「その――バレンタインの事なんだけど……」
もじもじしながら話題を振ってきたキュウコンに、ジョーイさんは文字通り固まった。
バレンタインである。そりゃあ、彼女とて一人の女だ。今年は誰にどんなチョコを渡そうかなぁ、なんてことも考えていたりするが……。
まさか、キュウコンからその話題を聞くとは。
いや、おかしな話ではないのだ。
キュウコン達の主は、育てている殆どの萌えもんに敬愛や恋慕といった感情を向けられているし、キュウコンはそれの筆頭株だ。
各地のジョーイさん達は、その恋模様を肴に話をするのだが、キュウコンを始めとする殿堂入りメンバーはよく名が挙がる。
更に言えば、萌えもんが主に対して恋愛感情を抱く事は少なくなく、
バレンタインにチョコを貰っちゃったんですよぉ、とデレデレした顔でジョーイさんに話してくるトレーナーも居るほどだ。
(勝負に出たわね)
キュピーンと目を光らせるジョーイさん。
現在ジョーイさん達の間で行われているトトカルチョ――だれが主を先に篭絡するか――に於いて、彼女はキュウコンを支持している。
よし一肌脱ごう、と決意をしてジョーイさんは次の言葉を待った。
「私達って――ほら、萌えもんじゃない? チョコを準備したいんだけど、どうすればいいか分かんなくて……」
普段の態度とは打って変わって、ぽしょぽしょと呟くキュウコンに、ジョーイさんのキュンキュンメーターは鰻登りだ。
ああもう可愛いわね、と身を捩じらせて悶えているジョーイさんに、いっぱいいっぱいのキュウコンは気付かない。
暫くの間悶絶した後、ジョーイさんは一つの提案をした。
「じゃあ、一緒に作る?」
キュウコンにとっては正に天使からのお誘いであった。
だが、彼女には懸念事項が一つ。
「流石に全員分――ってのは無理よね」
諦めにも似た表情で呟いたキュウコンに、ジョーイさんの我慢は限界を迎えた。
はぁ、と溜息を吐くキュウコンに近寄ると、
「ふぁ?」
きゅっと抱きしめた。炎タイプ独特の高めの体温を感じつつ、ジョーイさんは笑みを浮かべていた。
常に仲間のことを考えているこの萌えもんがたまらなく愛らしかった。
「残念だけどね、流石に全員は無理よ。――それに、皆がチョコを渡したら、ご主人様が太っちゃうわよ」
冗談めかして言った一言で、キュウコンの笑顔が戻った。
この話題はそれまでで、後はお茶とどら焼きを交えてのお喋りタイムであった。
その後、キュウコンは主の少年にお願いという名の命令を与え、ボックスへと向かう。
この事で、少年の枕は更にしっとりと濡れるのであった。


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ボックス内は紛糾していた。
言わずもがなであるが、キュウコンが持ち帰ったバレンタインの話である。
とりあえず、予算やジョーイさんにかかる負担のことも考えて代表者一名が作成する、という所まではすんなりと決まった。
問題は、その代表者を誰にするかであった。
これは皆頑として譲らない。
特に伝説メンバーと殿堂入りメンバーはその気が強かった。
他の萌えもんは血の涙を流しながら、仲の良いメンバーに懇願するという有様。結局、落ち着くところに落ち着いたわけである。
主人と最も長い間苦楽を共にし、少年からの信頼も厚いフシギバナ。
少年の胸元を定位置とし、パーティでも随一の甘え上手のピカチュウ。
小悪魔な言動や行動で場を引っ掻き回すを至上とするが、意外と仲間を気遣うキュウコン。
真面目で硬派な態度から、仲間からの信頼も厚く、頼られているグレイシア。
影が薄いのは否めないが、ここ一番で場を上手く納められるピジョット。
仲の良さだけでいうなら軍配の上がるカイリュー。どつき漫才には定評あり。
仕方なくを装ってはいるがその実、キュウコンの話に真っ先に飛びついたフリーザー。
非常に無表情だが、内に秘めた激情は止まるところを知らないファイヤー。
伝説三鳥を纏め上げる委員長肌のサンダー。その苦労は推して知るべし。
爆弾発言を投下させたら右に出るものは居ないミュウツー。世間知らずさも手伝って、少年に与えた精神的ダメージは計り知れない。
ボックスの聖母。皆のお世話役。ミュウが居なかったら、とっくに少年は胃薬のお世話になっていただろう。
付けられた渾名はお嬢。少年に対する執着心には皆が脱帽。でも泣き虫な天空の守護者ホウオウ。
姐御、と皆に慕われるは深海の守護者ルギア。その達観した態度は皆からも一目おかれている。
と、ここに挙げたメンバーが最終選考まで残ったわけである。
と言いたい所ではあるが、
「私はパスします。代表者からのチョコレートでも、私達の気持ちは十分に伝わる筈ですしね」
流石穏健派の筆頭株、とボックス内の誰もが思ったであろう。
ミュウはいざこざを起こすのは少年の為ではないと判断し、潔く身を引いた。
ここで、ミュウは彼女らしい策を打ったのだが、議論に夢中な他の者は気付かない。
ミュウが居なくなったのも気にしないで、暫くの間は議論が紛糾した。
変化の切欠は、手始めにフリーザーを除く伝説たちが辞退したことだ。
頑なに言い張っていたフリーザーであったが、グレイシアの一言であえなく撃沈。
「して、フリーザーは主にチョコを渡せるのか?」
その場の勢いでチョコをぶん投げて計画を頓挫させるフリーザーの幻影が、皆の頭を過ぎる。
それはフリーザーとて例外ではなく、すごすごと引き下がる他なかった。ここで殿堂入り組が残る結果となった。
ここで、ミュウの意図に気付く事が出来れば、皆も美味しい思いを出来たのであろうが、皆は目の前のチョコレート作成権に目が眩んでいた。


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キュウコンのお願い――殆ど命令だ――によって一週間ほどタマムシで足止めを食らった俺は暇を持て余していた。
皆がボックスに引き篭もってしまい、傷心の俺は部屋で時間を潰す他なかった。
萌えもんを連れて行けないので、迂闊に外をうろつく事さえ叶わない。
となると、不貞寝に興じる他ないのだが、流石に二日続けてお天道様の恩恵を無視するのは勘弁願いたかった。
どうすっかなぁ、とベッドの上で考えをくるくると回していた俺を珍客が訪れてきた。
「よう、珍しいな」
ボックスのやり取りはかなり大雑把なものだ。
萌えもんを預けていても、手持ちに空きがあれば好き勝手に出てこれる。
とはいえ、俺は手持ちは常にマックスなのでこういった事態はあり得ないのだが、
今は手持ち全てを預けている為、その気になれば皆が勝手に出てこられる。
とはいえ、訪れた客は俺の予想の斜め上だった。
「ええ、皆が皆忙しそうなもので」
ミュウだった。
俺の所持萌えもんの最後の良心。正直、ミュウが纏め上げてくれてなかったら、俺はとっくの昔にぶっ倒れていたと思う。
ホント、フジ老人には感謝である。
心の中のフジ老人に感謝を捧げながら、俺はミュウの言葉を待った。
「お暇そうですし、ちょっとお話しませんか?」
そこからはごくごくまったりとした時間が流れた。
ミュウと落ち着いて話をしたことがなかったので、話す話題は平々凡々だ。
食べ物の話のときに、どんなチョコが好きか聞かれたので、俺はビターと答えておいた。
ちょっと背伸びした回答をした事を、後に俺はちょっぴり後悔するのだが、それは別の話。
ミュウはが俺のことなど見透かしたかのようにくすっと笑って、再び会話が再開された。
暫く話し込んでから、ミュウは姿を消してボックスへと戻っていった。
する事のなくなった俺は、再びベッドに身を埋めた。


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ミュウがさり気なく少年の好み――ちょっと背伸びをしているのはご愛嬌だろう――を聞き出している最中、ボックス内は新たな展開を見せていた。
「本当は私だって作りたいのですが、そもそもバレンタインの話を聞いてジョーイさんの協力を取り次いだのは、ほかならぬキュウコンです」
と、フシギバナが身を引いたのだ。
フシギバナにとっても苦渋の決断だったのであろう。
だが、よくよく考えれば、もしチョコを作ることが出来ても、それはキュウコンから掠め取ったに過ぎない。
フシギバナにはそれが出来なかったのだ。
フシギバナの発言には有無を言わせぬ力があった。
その力に押されるように、議論の波は引いていく。
「そうそう――」
ピジョットが付け加えた。
「みっともない物を渡したら私達とて理性を失うかも知れぬから、そのつもりでな」
少年へのチョコの作成権を得たにも拘らず、キュウコンの心はこの一言で沈んでしまった。
ピジョットの発言が冗談であると分かっていても、なんだか貧乏籤を引いた気分にも思われてキュウコンは嘆息した。
ピジョットの方とて皮肉の一つでも言っておかなくては気が済まないのだろう。
キュウコンもそれが分かっているから怒る気にもなれない。
とはいえ、
「あら、私がそんな失敗をすると思って?」
キュウコンはニヤリと笑みを浮かべて言った。これが、彼女の彼女足る所以であろう。
それでいい、とピジョットが頷き、ここに代表が決定された。
「決まりましたか?」
タイミングを見計らったかのように、ミュウがふわふわと現れた。
その神出鬼没さに、皆一様に驚いたが逸れも直ぐ止んだ。いつもの事なのである。
ミュウの一言に、フシギバナはキュウコンの名を口にした。
「そうですか」
ミュウは満足気に呟くとこう言った。
「私達の主はビターチョコレートがお好みのようです。ジョーイさんに準備して貰えばいいと思います」
強烈な違和感を持った発言だった。
ミュウの言葉の意味するところに気付いたホウオウが、驚愕に満ちた声を上げた。
「お、お主。なぜ坊の好みを知っておる。妾とて坊の食事風景は見れぬから、食べ物の好みなど殆ど知らないというのに」
いや当たり前だ。と、皆が一様に思ったのは言うまでもない。
「ああ。――さっきお話してきたのですよ」
皆さんお忙しそうだったのでと嘯くミュウの前に、皆はしまったと項垂れるのであった。


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バレンタイン二日前――
代表の座を射止めた――というより譲ってもらった――キュウコンは、再びジョーイさんの元を訪れていた。
もちろん、お手製のチョコを作るためである。それに皆の気持ちもしっかりと込めなくては。
キュウコンは燃えに燃えていた。
ジョーイさんすらも仰天させる熱の入れようは、初めて料理をする事への不安の裏返しでもあった。
ジョーイさんもそれを感じ取ったのだろう。キュウコンを安心させるように笑みを浮かべた。
「手作りチョコって言っても、あんまり凝ったものは時間もないから無理ね。
 溶かして、型に流して固まらせる――ってところかしら」
手順だけ言えばそんなに難しくない。ほっと息を吐くキュウコンを見て、ジョーイさんの笑みは濃くなった。
さて、と冷蔵庫から板チョコを数枚引っ張り出したジョーイさんに、キュウコンが声を掛けた。
「ご主人様って、ビターチョコレートが好きらしいの。……それってあるかしら?」
ビター? とジョーイさんは頭の中で反芻した。
少年ぐらいの年齢といっても、ほんのりとした苦味が好きという子は居るだろう。
だが、萌えもんセンターの食堂に於いて、コーヒーにミルクと砂糖を大量に投入していた少年がビター好きには思えなかったのだ。
ビター好きと答えたのは少年なりの精一杯の背伸びだろう、と推察してジョーイさんは思考を閉じた。
「じゃぁ、これで作りましょうか」
ジョーイさんが手に取ったのはミルクチョコレートであった。
だが、キュウコンはそれに気付かない。いつもは悪戯心に敏感なキュウコンだったが、ジョーイさんの笑みの真意に気付く事はなかった。

それからはとても順調に事が運ばれた。
チョコレート独特の繊細な温度調節に業を煮やしたキュウコンが、火炎放射を吹きかけようとする等の小さなハプニングはあったが、
順調に進んだ。
そして溶かしたチョコを小さな型に小分けして、冷蔵庫に入れて全ての工程を終了した。
「お疲れ様」
緊張が解けてほっと息を吐くキュウコン。
ジョーイさんはそんなキュウコンにお茶を差し出した。
喉を通る熱さとお茶の風味が、キュウコンの疲れを癒した。
「また、明日取りに来ればいいわ。それまでには出来上がってるから」
キュウコンは満面の笑みで頷き、ジョーイさんと別れた。


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バレンタイン当日――
バレンタインという事も忘れて、俺はベッドの中で暇を潰していた。
何のことはない。ただ眠っていただけだ。
そんな俺を、今回の発端でもあるキュウコンが訪ねてきた。
俺は、そんなキュウコン快く招き入れた。
「随分覇気がないのねぇ」
入るなり、キュウコンはそんな事をのたまった。誰のせいだ、という言葉を呑み込んで俺は適当に相槌を返しておいた。
ムスッとするキュウコンだが、見慣れているからどうということはない。
「まったく。――はい。バレンタインのチョコレートよ。皆からの贈り物なんだから、心して食しなさい」
渡されたのは、口の結ばれたちょっと大き目の袋。
開封すると、ハート型の小さなチョコと一切れの紙が入っていた。
俺は、チョコを一つ頬張った。
ほんのりとした甘みが、口の中に広がった。
「わざわざご主人様の好みに合わせたのよ。美味しいでしょ? そのビターチョコ。皆からの愛も沢山詰まってるんだから」
ミルクチョコの甘みを噛み締めている俺に、突然キュウコンの言葉が投げかけられた。
え? ビター? と混乱する俺の目に紙が飛び込んできた。
『背伸びもいいけど、無理しちゃダメよ。   ジョーイ』
ばれてら……。
固まった俺を不安そうに見やるキュウコン。
「あら……。美味しくない?」
慌てて否定すると、キュウコンはほっと安心したように息を吐いた。
まぁ、何にせよ、皆からの気持ちが詰まったチョコだ。美味しく頂くとしましょう。









---オマケ---
おもむろにキュウコンは、チョコを口に含んだ。
あれ、それ俺の分じゃないの?
「口移しぃ」
と迫ってくるキュウコン。
いつもどおりの展開に辟易し、俺はチョコの包みを持って逃走した。
フシギバナに助けを求めると、フシギバナは温和な顔に青筋を浮かべて、のっしのっしと部屋に上がっていった。
キュウコン、君は良い仲間だったが君の行動がいけないのだよ。
その後始まったドンパチ騒ぎに、俺が大目玉を食らったのは言うまでもない。


――了――

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最終更新:2008年02月28日 16:31
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