5スレ>>217


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 2月14日。この日は全国的に若者が頭を悩ませる日として有名だ。
 それはここ、もえもん学園においても例外じゃない。
 そして僕もまた、そんな若者の1人だった。
 
「あの、ヘラクロス君……」
 休み時間、教室から出たところを呼び止められた。
 声のしたほうを見ると、なにやら恥ずかしそうにしている女生徒が1人。
「お、お願いします!」
 そういって手にした小さな包みを僕のほうに差し出してくる。
 僕だって馬鹿じゃない。今日という日に差し出される小包の意味くらいはわかっている。
 だから僕は動じることなくその子に問いかけた。
「え~っと、これは……『誰に?』」
「あの、その……ごにょごにょ……」
 彼女が耳打ちしてきた名前は僕のクラスメートの1人だった。
 あいつも人気者だねぇ……
「わかった。渡しとくね」
「はい。じゃあ、よろしくお願いします!」
 最後に勢いよく頭を下げると、彼女は風のように去っていった。


「はい、これ。さっきそこで頼まれた」
「お、サンキュ」
 教室に帰り、頼まれたものを届ける。
「なあ、これ誰から? 本命?」
「隣のクラスの××さん。本命かどうかは知らないよ。中にカードでも入ってるんじゃないの?」
 僕に頼みごとをしたときの様子からして本命かどうかはまるわかりだったけど、
 僕はあえてしらばっくれる。
 手紙だろうと言葉だろうと、やっぱりそういうのは本人から伝えられるべきだと思う。
 本音を言えば仲介をするのもどうかと思うけれど、性分だろうか、頼まれるとどうにも断れない。
 昔からこんなことをしているので、気づけばすっかり仲介人というイメージが定着してしまった。 
 まあ、仲介すること自体は別に問題じゃない。
 本人が渡すべきものだとは思うけどそれができない子もいるだろうし、
 こういう渡し方も1つの手だと思う。
 数もそんなに多くないから僕にかかる肉体的負担もほとんどない。
 むしろ問題は仲介した物体にある。
「やっべ、本命きちまったぜ! どうしよう?」
 なぜか頼まれる場合のほとんどが本命チョコであるということだ。
 結果として今のように惚気(?)台詞を聞かされることになる。
 どうするもなにも、顔に答えが書いてあるって。
 そんなこんなで、2月14日は僕にとっても悩ましい日になるのだった。

―――

 本日最後のホームルームが終わって先生が出て行くと、
 勉学から開放された生徒達の声で教室はとたんに騒がしくなった。
 ましてや今日はバレンタインだ。
 チョコの数を競う人や悲嘆にくれる人、
 決意に満ちた目をしている人などが放つ様々なオーラが混ざり合って、
 教室は一種の亜空間と化していた。
 しかし彼らを責めることはできない。なぜならば、
「収穫なし、か……」
 僕もまた、そんなオーラを出す者の1人なのだから。
 
 チョコの仲介人をやっているために誤解されがちだが、僕は決してモテるわけではない。
 確かに役割(?)上、僕は今日という日に女の子と会話をする機会がそこそこある。
 そのときの女の子の様子や台詞はまさしくバレンタインのチョコを渡す時のものであり、
 その現場は傍から見ればチョコをもらっている現場以外の何者でもない。
 しかしそのチョコは僕のためのものではなく、おまけにかなりの率で本命なのだ。
 意中の男に夢中な女の子が他の男のことなぞ気にするはずもない。
 結果として僕は無報酬でチョコの配達と惚気台詞の聞き役を勤めることになり、
 一日が終わる頃には負のオーラを放つようになるというわけだ。
 しかし、そんな僕にも希望は残されている。
「ヘラクロス君」
 負のオーラを引っ込めて呼び声のほうを向く。
「今日は部活動お休みでしたよね? よかったら一緒に帰りませんか?」
 そこには、僕にとっての希望の女神――チリーンの姿があった。

―――

 チリーンと僕とはいわゆる幼馴染だ。
 初めて会ったときの話――はおいておくとして、小さな頃からずっと一緒にいる。
 それだけの仲ともなればバレンタインに義理チョコくらいは期待できるというものだし、
 事実去年まではチョコをもらっていた。 
 だから今年もきっと義理くらいはもらえるだろうと考えていたのだが、
「あの、これをある人に届けてもらえませんか?」
 その期待は帰り道でチリーンが放った言葉によって打ち砕かれた。

「……え?……」
 チリーンの手には小さな包み。
 僕だって馬鹿じゃない。今日という日に差し出される小包の意味くらいわかっている。
 そのはずなのに僕の頭は真っ白になり、いつもの言葉を紡ぐことができなかった。
「ですから、これをある人に届けてほしいんです」
 再度放たれた言葉に、ようやく事態を理解する。
 チリーンが僕以外の誰かにチョコを渡そうとしているということを。
「……え~っと、これは……『誰に?』」
 ほんの少しの間の後、僕はいつもの言葉を紡ぎだした。
 その間は覚悟を固めるには短すぎる間だったけど、僕はこの短い間に覚悟を決めるしかなかった。
 チリーンの思い人の名を聞く覚悟を。
「はい、ええと……」
 僕の言葉に、チリーンは若干恥ずかしそうにしながらも口を開く。
「それを『クロくん』に渡してほしいんです」
 そして、放たれた言葉は再び僕の頭を真っ白にした。
 
「……え?」
 僕は真っ白になった頭で必死に考える。『クロくん』というのは僕の愛称だ。
 まだ僕達が小さい頃、お互いの名前を縮めて作った愛称。
 僕が『クロくん』で、チリーンが『リンちゃん』。
 ということは、これは僕宛……?
「くすくすくす……」
 驚いている僕の顔がよほどおかしかったのだろう。チリーンは楽しそうに笑っていた。
「大成功です。今年はちょっと趣向を変えて渡そうと思ってたんですけど、
ここまで驚いてもらえるなんて……くす」
 そこまで言われて、僕はようやく一杯食わされたということを理解した。
「まったく、まんまとしてやられたよ」
「はい。してやったり、です」
「じゃあこれ、送り主の名前は『リンちゃん』でいいかな?」
「はい、そうしてください」
 そういって笑いあっているうちに、チリーンの家の前に着く。
「じゃあね、リンちゃん」
「ばいばい、クロくん」
「「また、明日ね」」
 交わした挨拶は、幼い頃のそれだった。

―――

 家に帰って包みを開ける。
 中から出てきたのは、ハート型のチョコ。
 表面にはホワイトチョコで「いつもありがとう」と書いてあった。
 文面から察するに、今年も義理チョコだろう。
「結構期待してたんだけどなぁ……。まあ、もらえたからいいか」



 部屋に入り、今日の行動を反省します。
 せっかく「ヘラクロス君が仲介した本命チョコは成功率が上がる」ってジンクスまで使ったのに、
 肝心のことを言えなきゃ意味がないです。
 クロくんのことだから、きっと義理だと思ってるだろうなぁ……
「今年こそは言えると思ったんですけど……。まあ、渡せただけいいです」


 こんな2人の仲が進展するのは、もう少し先の話。
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