ここはどこにでもありそうな洋菓子店。
しかし、この店は普通の洋菓子店と少しだけ違っていた。
その洋菓子店は"萌ッ娘洋菓子店"と呼ばれ、
その店の店長の性別が不明なのである。
「はーい、朝礼始めますよー」
「はい、マスター……ではなく、今日は『店長』なんですね」
店長と呼ばれた人はその身をウェイトレスの制服を包んでいる。
中性的な顔立ちと少し高い背がウェイトレスの制服と相まって、
麗人の様な雰囲気を醸し出している。
注意深く見ればこの洋菓子店のマスターである人間と同じ顔をしているのが判る。
そう、この店長はマスターが女装した姿なのである。
「バレンタインフェアですからね。男性客の皆様にサービスする為に、
今日1日は『店長』で通しますので、そのつもりでお願いしますね」
「配る為のチョコレートは既に大量生産して、冷蔵庫にありますよ」
「はい。ありがとうございます。ニドクインさん」
店長の言葉にニドクインが補足する。
この『バレンタインフェア』というのは店長が無料でチョコを配るイベントなのだ。
数年前から始めたフェアだが、(性別が不明ながらも)綺麗な娘からチョコが貰えるとあって、
ここ数年のバレンタインフェアは黒字の大成功となっている。
「さて! 今日も忙しくなりそうですよ! 皆さん、頑張ってください! 以上、朝礼終了です!」
そう言って店長は朝礼を終了させた。今日1番忙しいのは店長なのだが。
その覚悟を背負って『付いて来い』と言っている訳である。
元々、主人に付き従うのが当たり前な萌えもん達である。5人の店員達はよい返事をした。
「いらっしゃいませー! てんちょー、1名様です! お席にご案内しますねー」
「注文いいかなー?」
「はい、只今お伺いいたします」
「こちら、珈琲とクッキーのセットです。以上でご注文の品はお揃いでしょうか?」
「お会計、1260円にゃ。2000円お預かりするにゃー」
マッスグマとニャースとベロリンガがフロアを忙しく回り、
キッチンでもニドクインとルージェラが忙しく動く音が聞こえる。
「チョコの在庫が少ないですね…。
すみません、少しキッチンへ向かいますので、ここはお任せします」
「はい、お任せされました、店長」
マッスグマに場を任せた店長がチョコを取りにキッチンへと入る。
忙しく働いているニドクインとルージェラが店長に気が付いた。
「主様、何か?」
「配布用のチョコが少なくなってきたから取りに来たんですよ」
「あら、言ってくれればルージェラにでも持って行かせましたのに」
「そうよー、わざわざ店長がキッチンにまで取りに来る事ないのに」
「ありがとうございます。でも、2人の仕事をこれ以上増やす訳にもいきませんから」
店長がルージェラとニドクインと会話をしているとルージェラが気を利かせて、
冷蔵庫から配布用のチョコを出して店長に渡した。
チョコを受け取った店長はそのままお礼を言ってフロアへと出てゆく。
その姿を見ていたニドクインとルージェラは『私達より忙しい人に言われてもねぇ』と笑い合っていた。
男性客が普段より300%増しだった日を終えた。
店員全員が疲れ切っているが、閉店後ミーティングの時間である。
「はーい。皆さん、ご苦労様でした。
今日はバレンタインフェアと言う事でいつもより忙しかったですけど、
多くのお客様に来ていただけました。明日もこの調子で行きましょうね」
ミーティングが終わって明日の仕込みや夕食の支度で店内には店長とマッスグマだけになった。
「あの…『マスター』、これ私からです」
「あ、ありがとうございます。私からもどうぞ」
いつの間にかチョコを用意していたマッスグマが店長にチョコを手渡した。
構図的には女性から女性へ送ると言う『親友チョコ』的な構図になってはいる。
しかし、マッスグマの『マスター』発言から店長に男性として受け取って欲しいとの可愛い主張が伺える。
「あ、『お返し』は1ヵ月後にお願いしますね」
「1ヵ月後…。ホワイトデーですか…。判りました」
マッスグマからのチョコレートを受け取った店長。
2人の間に微妙な空気が流れつつも店内の最終チェックを終えると、
マッスグマは夕食の準備の手伝いに、店長はキッチンへと向かう。
「ご苦労様です」
「あ、主人。お疲れ様です。…それはマッスグマからかしら?」
「お疲れ様ですー、主様」
店長がキッチンに入ると、ルージェラが店長の手に持った物に気が付いた。
「え? えぇ、バレンタインですので。頂きました」
「そっか。渡せたんだ。じゃ、わたしも」
「ルーちゃん、ついでに私のも渡しておいて~。今手が離せないの~」
忙しそうに動くニドクインの分も一緒に冷蔵庫から出した箱を店長に渡すルージェラ。
包装は簡易ながらも中身はこの店の味を出す2人の手による物である。
『また後で食べさせて頂きますね』と言って店長は自宅の2階へと向かって行く。
「てんちょー!」
「わっ!? ちょ、待って…!?」
「ちょ、ちょっと、ニャース!」
店長が自宅へと入るとニャースの襲撃を受けた。
抱きつき攻撃を受けて何とか体勢を整えた後にニャースを床へと戻す。
少し慌てた様子でベロリンガも玄関の方に顔を出した。
「猫が作ったのー! どぞー!」
「猫が作ったって…、殆どリンが手伝ったんだよ?」
「あぁ、ありがとうございます。ベロリンガもご苦労様でした」
「コレ、リンからだよ」
「ありがとうございます」
ニャースとベロリンガも包装された箱を出した。
ベロリンガの料理の腕は並。ニャースは下手な領域だが、
ニャースの分はベロリンガが手伝ったらしいので少し安心する店長。
「ニャース? ベロリンガー? ちょっと手伝ってー」
「あ、はーい! それじゃ、お姉さん夕ご飯が出来るまでリビングで待ってるんだよ」
「判ったにゃー」
店長を残してニャースとベロリンガがキッチンへと向かう。
ベロリンガの言葉に甘えてリビングで待つ事にした店長。
「お待たせしました、店長。ご飯ですよ」
「あ、はい。直ぐに向かいます」
リビングで暫く待つとマッスグマが夕食が出来た事を教えてくれた。
「………それで、コレは何でしょう?」
「見て判らないですか? チョコレートフルコース」
「……バレンタインだからですか」
「はい」
マッスグマはいい笑顔で答えた。
―――愛は痛いです。
-この店長何者? Fin-
あと(あ)がき。
今更、バレンタインSS第3弾。
しかも終盤失速状態。(´・ω・`)
最終更新:2008年02月28日 16:47