5スレ>>250


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シュウがチャンピオンを引退して一年程経った時のことだった。
引退直後の一年は実家に戻り、完全にバトルから離れ、萌えもんと共に自分の心も休ませた結果、以前と同じくらい、萌えもん達のことを気遣えるだけの余裕が戻ってきていた。
その間もシュウはバトルの腕を錆付かせないために、萌えもんリーグの試合中継を見て戦略を研究したり、その手の雑誌に目を通したりしながら過ごしていた。
彼の萌えもん達も、それぞれが休暇を楽しんでいた。
エレブーの腕は半年かけて治療しても完治はしなかった。それでも、今まで通り、左腕で戦うには問題ないぐらい治り、頻繁に使わなければ、右腕も使えるようになった。
リザードンは、体が鈍るからと、最初の半年はフーディンと、エレブーが治ってからは彼女と組み手をしており、鍛錬に余念がなかった。
ラプラスは家事(主に料理)を覚えるため、シュウの母親の手伝いをしながら毎日を過ごしていた。ラプラスの狙いは無論、シュウに家庭的なところをアピールするためである。
グレイシアは、まるで本当の我が家に帰ってきたかのように、のんびりと過ごしていた。時々、シュウの母親の手伝いをしながら、休暇を楽しんでいた。
そんな折、シュウ宛に一通の手紙が届いた。
差出人は、彼の父親だった。
シュウの父親は萌えもんバトルを題材にする雑誌の編集者で、各地を転々とすることが多く、あまり家にいない。
自身も大のバトル好きで、シュウがチャンピオンになった時は、大変な喜びようだった。
父親自身も腕の立つトレーナーだが、『バトルの楽しさを多くの人に伝えたい』との思いから、雑誌編集者の道を選んだのだ。
未だに母親と恋人のような関係を続けている父親は、長期間、家に帰れないときは定期的に手紙を書いたり、電話をしたりしていた。
母親宛の手紙ならともかく、シュウ宛とは珍しい。
シュウが帰ってきている事は知らないはずだった。引退の報は知っているはずであるから、もしかしたらという考えで送ってきたのかもしれない。
どちらにせよ、あまりシュウはその手紙を開けたくなかった。
チャンピオンになった時、自分よりも喜んでくれた父親。何の相談もなく引退してしまい、さぞ、がっかりしていることだろう。
そう思うと、手紙を開ける手も緩慢になる。
だが、折角送ってきてくれた手紙。開けないわけにはいかない。
シュウは覚悟を決め、封筒の封を開けた。
中に入っていたのは、一枚の便箋とパーソナルカードだった。
手紙の内容は以下の通りだ。
『久しぶりだな、シュウ。出来れば、お前と顔を合わせてゆっくり話をしたいが、お前もわたしも、あちらこちらを転々とする身。中々、そうもいかないだろう。
この手紙も、お前の目に触れるかどうか分からないがな。チャンピオン引退の話は、お前が宣言した次の日に聞いた。お前のことだ、何か理由があってのことだろう。
正直、残念には思うが、お前が決めたこと。父さんはどうこう言うつもりはない。お前の思った道を進みなさい。
話は変わるが、もし、この手紙がお前の目に触れたなら、お前に一つ、頼みたいことがある。
最近、ハナダシティには行ったか?お前もチャンピオンだったから知っているとは思うが、あそこにチャンピオンしか入ることの許されない洞窟がある。
中には他より強力な萌えもん達が生息しているという理由からだが、その洞窟に最近、異変が起きているようだ。
以前は、洞窟内外に生息する萌えもん同士の交流が多くあったのだが、最近はそれがなくなったらしい。
それどころか、外の萌えもんは怖がって洞窟に近寄らず、洞窟内の萌えもんの中には逃げ出してくるものもあるそうだ。
萌えもん達が何かを感じ取り、このような異変が起きているのではないかとわたしは思う。しかし、ただの編集者でしかないわたしでは、中に入って調べることは出来ない。
そこで、お前に調査を頼みたい。無論、お前が今現在、チャンピオンでないことは分かっている。わたしがこの案件に関し、萌えもん協会に取材したところ、調査をしようと思っていたところだと回答をもらえた。
そして、理事長から直々に、わたしを通して、お前に調査依頼をしてくれと頼まれたのだ。同封したパーソナルカードを持っていけば、中に入れてくれる。
お前の実力を見込んでの特例措置、だそうだ。無理な願いかもしれないが、よろしく頼む。
P.S. 長い間のチャンピン防衛、お疲れ様』
手紙を読み終わったシュウは、安心した表情でポリポリと頭を掻いた。
勝手に引退したことで何を言われるかと思っていたが、それは彼の杞憂に過ぎなかった。
常々、彼の父親は言っていた。
わたし達はお前の味方だと。
今になって、シュウはそれがとても素晴らしい事だと思わされた。
離れていても、父親は彼を想い、支え続けてくれている。
そんな父親の頼みだからこそ、この調査依頼は受けたいと思った。しかし、それには彼女達の協力が必要不可欠だ。
シュウは手紙を丁寧にたたみ直し、封筒に収めた。
険しい表情で窓の外に目を向ける。
その目には、消えかけていた闘志の炎が宿り直し始めていた。
その日の夜。
シュウは母親と萌えもんと一緒に食卓を囲んでいた。ここ一年間の日課、『皆で食事をする』だ。
最初は拙かったラプラスとグレイシアの手伝いも、大分堂に入っており、母親は嬉しそうに言った。
「皆が手伝ってくれるおかげで助かるわぁ。ラプラスちゃんなんて、もう大分、色んな料理が出来るようになったのよ。今日の煮物も、ラプラスちゃんが作ったんだから。
シュウの好みの味付けまで訊いてきて、もう、お嫁さんみたいなのよぉ。こんな子が傍にいてくれるなんて、ウチの子は幸せ者ねぇ」
「そんな、お嫁さんみたいなんて……。恥ずかしいですわ、お義母様」
まるで本当に嫁入りした娘のように、頬を赤らめ、両手を頬に当てて恥ずかしがるラプラス。
いつもならリザードン辺りが食って掛かるが、この一年で『少し大人になろう』の決心をしたリザードンはぐっと怒りを飲み込み、静かに食事を続ける。
箸を持つ手はワナワナと震えているが。
そんな会話が耳に入っていないかのように、シュウは黙々と手を動かしていた。
ラプラスが作ったという煮物を口にしても、何も言わなかった。
それを見たラプラスが恐る恐る「お口に合いませんでしたか?」と訊いたが、シュウの返答は「あ、いや、美味しいよ」とどこか上の空だった。
息子の様子を見ていた母親から、ラプラスにアドバイスが飛んできた。
「この子がこういう態度をとるときはね、大体、何か考え事をしているときなの」
「そうなのですか?」
「うん。で、シュウ、何を考えているの?」
向かいに座る母親に、真っ直ぐに見つめられ、シュウは敵わないなと思い、同時に、良いチャンスかもしれないと思い、話を切り出した。
「実は、僕宛に父さんから手紙が届いたんだ。内容は、ある場所の調査依頼なんだけど」
「ある場所?」
「ハナダの洞窟」
『ハナダの洞窟』という単語が出た瞬間、食卓に疑問符の嵐が飛び交った。
「洞窟なんてあったっけ?」というリザードン。
「さぁ」「わたしは研究所育ちだから」グレイシアとラプラスが返す。
「アタイも知らないよ」とエレブー。
その中で一人だけ、「ワタシ、知ってる」とフーディンが返してきた。
「そういえば、フーディンはハナダ近くの出身だったっけか?」
リザードンの問いにフーディンは無言で頷く。
「あそこ、強い萌えもん、たくさんいる。でも、それ以外、普通の場所」
「だったら、何故?」
ラプラスの問いにシュウが、手紙の内容を話す形で答える。
「………という訳なんだ」
「ふぅん、洞窟の異変、かぁ」
箸を置き、腕を組むリザードン。
シュウは全員の顔をざっと見渡した後、切り出した。
「この調査には、君達の協力が必要不可欠なんだ。中は、強力な萌えもんの巣窟だからね。協力して、貰えるかな?」
「アタシは行く」
リザードンが右手を上げながら即答した。
「強い萌えもんの巣窟、ワクワクするじゃん。腕試しには持って来いさ。腕は鈍ってないつもりだよ、アタシは」
右手の拳を左手で受け、闘志を露にする。
それに続くように、エレブーが元気良く右手を挙げた。
「はーい!アタイも行く!」
「遠足気分だね」
シュウが苦笑しながら言った。
エレブーは満面の笑みで「エヘヘ」と笑う。
二人に触発されたように、今度はフーディンが、いつもの様に、いつもの口調で言った。
「ワタシも、行く」
ラプラスは迷うこともなく、それに続いた。
「マスターの行かれるところなら、どこへでも参りますわ」
「皆……」
シュウは皆の答えを嬉しく思いながらも、言い知れぬ予感と拭いきれない不安を抱えていた。
そんな中、グレイシアから思わぬ返答が返ってきた。
「わたしは、行かない」
「グレイシア!?」
「待って」
驚き、立ち上がるリザードンをシュウが制する。
シュウはじっとグレイシアの顔を見つめ、彼女の答えを待つ。
グレイシアはバツの悪そうな顔をしながらも、同行拒否の理由を述べた。
「わたしは、もう、バトルはしたくない。戦うのは、疲れたよ。それにさ、わたし、あんまりバトル向きじゃないみたいだし」
「ん、そっか。分かった」
おどけて紛らわそうとするグレイシアに、シュウは納得したように頷いた。
グレイシアにとっては少し辛い決断だったのだろう。シュウから目を逸らせてしまった。
シュウは安心させるように、表情を柔らかくし、柔らかい声で言った。
「これからは、どうするの?」
「……できれば、ここにいたい。居心地、良いから」
「いいかな、母さん?」
シュウがすかさず確認を取る。
シュウの母は満面の笑みで了承した。
「それはもう。母さん、娘も欲しかったのよ。グレイシアちゃんが居てくれたら嬉しいわぁ。これからは、ママって呼んでね」
これにはシュウも苦笑せざるを得ない。
他の四人も、シュウの母親の対応に笑みがこぼれる。
バツの悪い思いをしていたグレイシアの表情も、いつの間にか綻んでいた。
最後に、シュウはグレイシアに労いの言葉をかけた。
「今まで、本当にありがとう。そして、お疲れ様。これからはここで、母さんを支えてもらえるかな?」
「うん」
グレイシアの表情は本当に嬉しそうだった。
共に歩いてきた仲間が離れるのは寂しいが、それはいつか、誰しも起こりうることだ。
グレイシアの離脱に際して、シュウは心の内の不安を吐き出し、改めて四人に確認を取った。
「今回の調査、僕は正直不安だ。何か、得体の知れない不安を感じる。何より、この一年で、僕の腕は確実に鈍ったと思う。もしかすると、君達を危険に晒してしまうかもしれない。それでも、協力してくれるかい?」
チャンピオンだった時、それ以前からは考えられない、シュウの不安そうな表情。
彼はいつでも、パーティーを元気付けるために、自信を持ったような表情で接していた。
そのシュウが、今は不安そうな表情を見せている。
本当なら、皆を不安にさせないためにも、ここで不安を口にすることは避けるべきだ。だが、シュウがここで下手に不安を隠すことは、場合によっては命の危険を招きかねない。
大切な存在、大切な仲間であるがこそ、自分の見栄で危険に晒したくない。
その想いが、シュウに心の内を語らせていた。
いつの間にか俯いていたシュウの顔。
「やっと、兄貴がアタシ達を、本当に頼ってくれたわけだ」
「え?」
リザードンの言葉に顔を上げる。
ラプラスが二の句を継いだ。
「気付いていました。マスターは、いつだってわたし達のために、己を押し殺して、笑ってくださっていると。けど、それがどこか、悲しかった」
「仲間なのに、頼ってもらえてないのかなってね」
シュウは勢いよく首を振って否定する。
「そんなことない!僕はいつだって、君達に頼っている」
「でも、不安なこと、辛いことは話してくださいませんでしたよね?」
「そ、それは………」
「まぁ、トレーナーとしちゃあ、当然なんだろうけどさ。だけどさ、アタシ達は『家族』なんだろ?だったら、話してくれてもいいじゃないか」
「ご主人、アタイに言ってくれたよね?『辛い気持ちや不安になったら、言って欲しい。聞くことしかできないけど、少しは楽になるはずだから』って。
だから、アタイ達にも言ってよ、ご主人の本当の気持ちや思いを。聞くことしか出来ないけど、ね」
「聞くだけなら、出来る」
「皆……」
瞳の奥から、熱いものが込み上げてくるのをシュウは感じていた。
支えなくちゃ、助けなくちゃと思うばかり、家族同然の仲間である彼女達にさえ、頼ることを忘れていた。
彼女達は支えられるばかりの存在ではない。支え合える存在なのだ。
彼女達とは数年の付き合いになるのに、そんなことにも気付いていなかった自分が、シュウは少しだけ恥ずかしくなった。
支えるばかりではなく、支えられてもいた事に気付かされる。
同時に、実の家族以外で、本当に頼れる存在が、すぐそこにいてくれた事、すぐそこにいた事が、無性に嬉しかった。
「今更気付くなんて……。まだまだ、未熟だな、僕は」
俯き、頭を振る。
スッと上げられたシュウの顔に、さっきまでの不安の色はなかった。
自分の至らないところは、彼女達が支えてくれるんだと思えた時、気付かぬうちに、勝手に抱え込んでいた重荷が、軽くなった気がしたからだろう。
シュウは改めて皆に言った。
「これからは、もっと頼ることになっちゃうかもしれない。……いや、頼りたい。頼っても、いいかな?」
皆の顔が、笑顔になる。
「あったりまえ!アタシ達、仲間じゃん!」
「仲間、だから」
「ドンドン頼ってよ!アタイ、頑張るから!」
「マスターの辛さや不安なら、幾らでも背負わせていただきますわ」
「ま、好きにして」
それぞれの温かさが、ジンジンと伝わってくる。
シュウは目に少しの涙を溜めながら、礼を言った。
「ありがとう…」
シュウと萌えもん達の絆が、また一つ、深まっていた。
シュウは気を取り直したように表情を明るくし、「さ、食べようか」と休めていた箸を動かし始めた。
それに続くように、全員が箸を動かし始める。
その場にいた誰もが、いつもの賑やかな食卓が、いつもより一層、温かく思えていた。

翌朝。
朝食を済ませたシュウは、自室で出立の準備をしていた。
とは言っても、前日にほとんどの用意は済ませていたし、今回は長旅ではないため、準備に時間をとられることもなかった。
ジーンズにシャツ、その上にジーンズジャンパーを羽織り、手にフィンガーレスグローブをはめる。ベルトにボールホルダーを装着。二年前と何ら変わりない服装だ。
ある程度の量の道具を詰め込んだリュックを背負い、一階に下りる。
一階では、シュウの準備を待っていた彼の頼れる萌えもん達と、家に残るグレイシア、それに母親が待っていた。
「お待たせ」
今一度、全員の顔を確認する。
誰一人、迷いのある表情をした者はいなかった。
シュウは玄関前まで移動した後、ホルダーからボールを外し、ハナダまでの足であるリザードン以外をボールに収容する。
ボールをホルダーに戻し、玄関ドアを開ける。
玄関を出たところで振り返り、出立の挨拶をする。
「行って来ます」
「いってらっしゃい」
「ま、程々にね」
母親とグレイシアの見送りに、二人は笑顔で答え、家を後にした。
家から少し離れ、リザードンがその大きな翼を広げる。
その背を見たシュウがポツリと言った。
「久しぶりだね、君の背中も」
そっとリザードンの首に手を回し、おぶさるような格好になる。
リザードンはこの瞬間が大好きだ。
『そらをとぶ』でシュウを運べるのは、パーティー内ではリザードンだけだ。そして、リザードンに運んでもらうためには、必然的にしがみつくような格好になる。
シュウを背中に感じながら飛ぶのが、まるでシュウを独占しているようで嬉しいのだ。
リザードンは気付かれないように、首に回された手に触れない程度に手を添える。
その後、力強く羽を羽ばたかせながら言った。
「久しぶりなんだから、振り落とされないように気をつけなよ、兄貴」
「ああ」
段々と羽ばたく速度が速くなる。
シュウを背負ったリザードンの体が、ふわりと宙に浮き始めた。
「さ、行くぜ!」
リザードンの掛け声と共に、二人の体は天高く舞い上がった。
ハナダに到着したシュウは、早速、24番道路から、『なみのり』するラプラスの背に乗って、ハナダの洞窟の入り口に向かった。
入り口には協会の職員が立っており、近寄る者を審査していた。
シュウは父親から送られてきたパーソナルカードを見せ、中へ入る許可をもらう。
「君があのシュウ君か。噂は聞いているよ。君ほどの強さなら、入っても問題ないだろう。でも、気をつけてくれよ。何があるか、分からないからな」
「ありがとうございます」
シュウは一礼し、洞窟内へと歩を進めた。
洞窟内は、確かに、強力な萌えもんの巣窟だった。
他の場所では考えられない程、高レベルの萌えもんが多数生息していた。
それでも、シュウ達の敵ではなかった。
幾度か戦闘を重ねる中で怪我をする者はなく、シュウも段々とバトルの感覚を取り戻していった。
奥へ奥へと進む中、シュウと彼の萌えもん達はプレッシャーのようなものを感じ始めていた。
最初は、弱く、注意しなくては感じ取れない程のものだったが、奥へと進むにつれ、その感覚は強くなっていった。
最下層にたどり着いた時、感じられるプレッシャーにシュウの体も震え始めた。
『異様なまでのプレッシャーですね、マスター』
ボールの中からラプラスが声をかける。
ボールの中は、ある程度、外的衝撃から守られる設計になっている。が、その強力なプレッシャーと萌えもん本来の敏感さが、ボール越しでもプレッシャーを感じ取らせていた。
シュウはいつものような笑顔を見せず、ただ真顔で「そうだね」と返答した。
「恐らくは、このプレッシャーが原因だろうね。僕も、ちょっと逃げ出したい気分に駆られているからね」
そう言いながらも、シュウはゆっくりと足を進める。
最深部に近づくにつれ、野生萌えもんの数が減ってくる。上の階とは段違いの少なさだ。最深部から感じるプレッシャーの所為だろう。
跳ね除けられそうなプレッシャーに耐えながら、その発生源へと近づいていく。
まるで、全てを拒むかのようなプレッシャー。
奥へ奥へと進んでいくと、最後には一際大きな空間に辿り着いた。
その最奥に、強力すぎるプレッシャーを放っている存在はいた。
白髪。白い体。下腹部から伸びる薄紫の尾。それらに合わせて、人の顔を持つそれは、明らかに萌えもんだった。
その白い萌えもんは眠っていたかのように俯けていた顔を上げ、来訪者を見据える。
萌えもんと目が合った瞬間、シュウの背筋に悪寒が走った。
白い萌えもんの瞳に宿っているのは、殺意にも似た敵意。
射抜くような視線は、それだけで相手を萎縮させる。
恐怖のような感覚で言葉を封じられたシュウに対し、萌えもんが先に声を出す。
「人、か。何ヶ月ぶりか、人がここに来るのは」
シュウは止まっていた呼吸を再開させ、息を吐き出し、それと共に言葉を発する。
「君は、一体……」
「名か?人はわたしに『ミュウツー』と名付けたが、まぁ、どうでもよい。好きに呼ぶがいい」
「ミュウ、ツー……」
どこかで聞いた名だった。
シュウより先に思い出したのは、フーディンだった。
『マスター、グレンの廃屋にあったレポートと同じ』
フーディンに言われてレポートの内容を思い出す。
確かにあった。『ミュウツー』と言う名が。
遺伝子萌えもんであり、ミュウのまつ毛のDNAから作られた萌えもん。手に負えなくなり、逃げられたと言われていた萌えもん。
その強さがどれほどのものか、想像の範疇を脱しないが、普通の萌えもんより強いであろう事は、全身から発せられるプレッシャーで想像がつく。
ミュウツーは悠然と立ち上がり、言った。
「何を呆けている。貴様はここに何をしにきたのだ?」
シュウは息を呑んだ後、答える。
「………最近、この洞窟近辺の生態に異常が見られた。その調査に」
「なるほど。わたしのプレッシャーを感じ取って、野生の萌えもん達が近寄らなくなったというわけか」
生態に異常、としか話していないのに、ミュウツーはどのような異常かを、さも当然のように言い当てた。
想像で話しているのか、知っているのか。それは定かではないが、知能レベルがかなり高いことは分かる。
シュウはまたしても押し黙る。
ミュウツーが不敵に微笑む。
瞬時にシュウはボールに手を掛け、放ると同時に攻撃指示を出す。
「リザードン、『かえんほうしゃ』!」
ボールから出てきたリザードンは、体の前で溜めた火炎エネルギーをミュウツーに向けて放った。
リザードンの両手から伸びる火炎がミュウツーを襲う。
着弾と同時に巻き上がる爆煙と轟音。
シュウが初めて、恐怖から、無防備な相手への攻撃を放った。
脊髄反射にも近い自分の動きに驚いたシュウは、爆煙の向こうのミュウツーに気を配る。
思ってもいなかったシュウの行動に、リザードンは何も言わなかった。リザードン自身、それが最良の選択だと思ったからだ。
「ほほぉ、良い反応だ」
爆煙の向こうから声がした。
すると、巻き上がっていた爆煙が風のようなものに弾き飛ばされた。
姿を現したミュウツーの体には、傷一つ付いていなかった。
驚くシュウとリザードン。
ミュウツーは余裕を見せ付ける。
「『バリアー』だ。知らぬわけではないだろう?」
「な……!そんな馬鹿な…!」
『バリアー』は、エスパーエネルギーで壁を作り、防御する技だが、あくまでダメージを軽減させるだけで、ゼロにすることはできないはずだ。
しかし、目の前のミュウツーには焦げ跡どころか、かすり傷一つない。
シュウのリザードンの『かえんほうしゃ』は、他の萌えもんの『だいもんじ』に匹敵する威力を有する。そのダメージをゼロにするとなると、常識では考えられない強度を誇る『バリアー』を使ったことになる。
シュウはその時、相手が今まで戦った誰よりも強い萌えもんであることを、改めて思い知らされた。
そして、今まで以上に、勝てるのだろうかと疑念を抱かされた。
だが、先に手を出してしまった以上、引くに引けない。
何より、ミュウツーのプレッシャーが生態異常の原因であることは明白であるが故に、ここで引き下がるわけには行かない。
シュウは無理矢理、己を奮い立たせる。
悠然と構えるミュウツーに、シュウは指示を出しあぐねていた。
「来ないのか?なら、こちらから行くぞ」
持ち上げられたミュウツーの右腕に、瞬時に構えるが、遅かった。
「がぁ!」
「リザードン!」
見えないものに締め付けられたリザードンが苦痛の表情を見せる。
「『サイコキネシス』」
リザードンを掴むように折られたミュウツーの指。その手とリザードンが纏う青白い光が、『サイコキネシス』の発動を示していた。
ミュウツーの腕が上がるのと連動して、リザードンの体が宙に浮く。
何かを突き放すように、腕を前に押し出す。
持ち上げられていたリザードンの体が、高速で後方に吹き飛んだ。
飛んできたリザードンを真正面から受けてしまったシュウごと、後方にあった壁に打ち付けられる。
「がっはぁ……」
「くっ!兄、貴……!」
背中を強打したことによる一時的な呼吸困難を起こしたシュウ。
シュウがクッションになったことで難を逃れたリザードンは、すぐにシュウから離れ、背をさする。
シュウは胸を押さえながら咳き込み、呼吸を回復した。
「はぁ、はぁ、はぁ……。げほ、げほ………。あり、がとう。はぁ、はぁ…」
背負っていたリュックがクッション代わりになり、肋骨や背骨を折ることだけは免れた。無論、中身は完全に駄目になってしまったが。
吹き飛ばされた距離をシュウが確認する。
二人が打ちつけられたのは、空間の外の壁だった。立っていた位置から考えるに、優に三、四十メートル吹き飛ばされたことになる。
ミュウツーは追撃することもなく、同じ位置で待ち構えている。
少し頭の冷えたシュウは、戦略を練り始める。
ミュウツーとの距離は、おおそよ五十メートル。
リザードンの『かえんほうしゃ』が届かない距離ではないが、今より距離が近く、不意打ちにも近かった先程の攻撃を防がれたことから考えると、現在位置から放つ攻撃は回避される可能性が極めて高い。
かと言って、漫然と距離を詰めようとすれば、『サイコキネシス』の餌食になることも間違いない。
切り出しを考えたシュウは、人差し指でリザードンを呼ぶ。
「リザードン」
「何?」
顔を近づけたリザードンにシュウは耳打ちで作戦を伝える。
「…………っていう作戦でいこうと思う。頼めるかい?」
「もちろん」
リザードンは自信を持って頷く。
二人は遠方に小さく見えるミュウツーに視線を向ける。
ミュウツーは依然として、シュウ達の出方を窺っているようだった。
シュウは呼吸を整えるように深呼吸をし、心を落ち着ける。その心中に、最早、恐怖はなかった。
ミュウツーに意識を集中すると同時に、作戦を開始する。
「リザードン、『かえんほうしゃ』!」
先程の速射性の高い『かえんほうしゃ』とは違い、今度は目一杯、火炎エネルギーを溜め込んだ最大威力の『かえんほうしゃ』を放つ。
一撃目よりも太い火炎がミュウツーめがけて飛んでいく。
リザードンが『かえんほうしゃ』を放つと同時に、シュウがリザードンの背に乗った。そして、リザードンはすぐに飛び立ち、『かえんほうしゃ』の後を追うように飛ぶ。
案の定、最大威力の『かえんほうしゃ』は難なくかわされてしまった。
ミュウツーは左に移動しながら回避する。
視線をシュウ達のいるはずの位置に向けたミュウツーは目を細めた。
『かえんほうしゃ』の陰にはなっているが、リザードンが自分のほうに向かって飛んでくるのが見えた。しかも、背にはシュウを乗せている。
(なるほど、『かえんほうしゃ』を囮にして距離を詰める気か)
迎撃体制をとるミュウツー。
シュウの作戦は、そこで終わりではなかった。
リザードンが部屋に飛び込むと同時に、シュウはリザードンの背から飛び、ミュウツーとは反対側に飛び降りた。
ミュウツーの目の前にはリザードンがいる、はずだった。
一瞬、シュウに移した視線を前に戻した時、ミュウツーの目の前には誰もいなかった。
(上か?)
上空を見るも、リザードンは影も形もない。
(しまった!)
それが何を意味するか、ミュウツーは瞬時に判断し、シュウに視線を戻す。
シュウは飛び降りながら右手でリザードンを回収し、左手で次のボールを投げていた。
投げられたボールから出てきた二番手は……。
「てぇやぁ!」
黄色の影が放つ、高速の『かみなりパンチ』がミュウツーに襲い掛かった。
ミュウツーは冷静に対処し、後方に飛び退きつつ、構えた左手から『スピードスター』を撃つ。
それが見えたシュウは、即座に相殺指示を出す。
「エレブー、『10まんボルト』!」
「はぁぁぁぁ!」
エレブーの体から放たれた高電圧電撃がミュウツーの『スピードスター』と衝突し、打ち消しあう。
その状況から、『スピードスター』も生半可な威力ではないことが分かった。
地に足をつけたミュウツーは右手で『サイコキネシス』を使おうとするが、それを許すシュウとエレブーではない。
自慢のフットワークで『サイコキネシス』を紙一重でかわす。
『サイコキネシス』も、『かえんほうしゃ』のような技と何ら変わりない。実像が見えない分、どこにいても当たるような気がするが、そんな便利な技ではない。相手に完全にロックオンされない限りは、技が発動することはないのだ。
それを知っていたシュウは、ならばとリザードンとエレブーを入れ替えたのだ。
リザードンのほうがパワーはあるが、体が大きい(羽があるため)分、標的にされやすく、ロックオンもされやすい。小柄ですばしっこいエレブーなら、照準を固定されることを避けられるはずと踏んだのだ。
しかし、回避に注意を割かねばならないため、中々接近できない。そのため、エレブーは攻撃することが出来ない。
ミュウツーもそれが分かっているのか、あえて『スピードスター』に切り替えることもせず、『サイコキネシス』を狙いにきている。
このままでは、先にエレブーの体力がつき、最終的には捕まってしまう。
だが、今迂闊にラプラスやリザードンに入れ替えれば、出てきたところを『サイコキネシス』で捕縛されてしまう。
手詰まりにも見える状況だが、シュウは既にエレブーに打開策を指示していた。
ミュウツーは『サイコキネシス』でエレブーを狙いながら、エレブーの微妙な変化に気付き始めていた。
(奴の右腕にエネルギーが集中している。だが……)
ミュウツーは考えあぐねていた。
回避に集中し、接近のままならない現状で、『かみなりパンチ』を撃とうとするとは考えにくい。だからと言って、『10まんボルト』を撃つ体勢ではない。
なら、何をしようとしているのか。
エレブーの挙動を訝かしんだミュウツーは『サイコキネシス』の発動を狙いながら、事が起きたときには『バリアー』で対処できるように構えていた。
エレブーはエネルギーを溜めながら、回避を続ける。
数え切れないほどの回避行動の後、戦況は動いた。
臨界までエネルギーを溜められたと判断したシュウが、遂に指示を出す。
「今だ!『10まんボルト』!」
エレブーが空を割くように右ストレートを放つ。
エレブーの右腕に溜められた電気エネルギーが、一直線にミュウツーに向かっていく。
ミュウツーはすぐさま『サイコキネシス』を『スピードスター』に切り替えるが、放たれた『10まんボルト』は先程とは段違いに収束され、威力が増しており、相殺することは叶わなかった。
襲い来る速度も速く、ミュウツーは『バリアー』での防御を余儀なくされる。
リザードンの『かえんほうしゃ』を防いだ時と同じ威力の『バリアー』では貫通すると感じ取ったミュウツーは、エレブー同様、『バリアー』を前面に収束展開した。
エレブーの、鋭い矢のような『10まんボルト』がミュウツーの『バリアー』に突き刺さった。
『かえんほうしゃ』の時以上の爆煙が巻き上がる。
爆煙が晴れるまで待っている両者ではなかった。
シュウは即座にエレブーをボールに収容。ラプラスに切り替える。
「ラプラス、『れいとうビーム』!」
シュウが指差す方向に『れいとうビーム』を放つ。
シュウの声を聞き取ったミュウツーは右へ跳び、煙の中から飛び出しながら回避する。
その行動を読んでいたかのように、ラプラスの『れいとうビーム』がミュウツーを追跡しようとするが、突然、『れいとうビーム』が止まった。
「キャア!」
「ラプラス!?」
ラプラスの体が青白い光に包まれていた。
リザードンの時に、それが何を意味するか思い知らされているシュウが叫ぶ。
「『サイコキネシス』!」
ミュウツーは不敵な笑みを浮かべていた。
彼女は、『れいとうビーム』をただ回避しているだけではなかった。それが飛んでくる方向から相手の位置を読み、煙から飛び出しながら意識をそこへ集中。『サイコキネシス』を決めていたのだ。
『サイコキネシス』で締め付けられ、苦しむラプラス。
ミュウツーはゆっくりとラプラスの体を持ち上げながら言った。
「人間の声で入れ替えが行われたことは分かった。『れいとうビーム』の飛来する方向、飛来する角度から、姿は見えずとも位置は分かる。そこまで分かれば、『サイコキネシス』を発動させることは造作もない」
種明かしを終えたミュウツーの表情が、冷酷な無へと変わった。
その瞬間、ミュウツーが右腕を水平に左へ振った後、右に向けて振り抜いた。
ラプラスの体が紙人形のように飛ばされた。
肩から着地したラプラスは、そのまま四メートルほど、地面を体で抉った。
「ラプラス!」
駆け寄り、抱き起こすシュウ。
派手な飛ばされ方をしたが、幸い、浅い外傷だけで済んでいた。
「すいません、マスター……」
謝るラプラスに、頭を振って答える。
「僕の作戦ミスだ、ごめん。すまないけど、しばらく、ボールの中で我慢していてもらえるかな?」
「……はい」
本当なら、回復アイテムで治せる程度の傷だったが、それを全て失ってしまった状況をボールの中から見ていたラプラスは、異を唱えることはせず、素直に従う。
シュウは頷いたラプラスをボールに収容し、ホルダーに入れる。
ラプラスは全く戦えなくなったわけではないが、怪我の具合から察するに、技は使えるであろうが、普段の機敏さは失われ、まともに戦闘ができる状態ではない。
ホルダーに手をかざすシュウ。
数秒間、思案した後、手に取ったのはリザードンだった。
シュウはリザードンを口元に近づけ、外に出さずに作戦を伝える。
「頼むよ」
『ああ!』
ボールの中で力強く頷くリザードン。
シュウの作戦の意味がいまいち理解できていなかったが、彼への信頼ゆえに、異議を挟まず、従う。
何もせず、先程と同様、ただ立ち尽くすミュウツー。
先刻と違うのは、いつでも反応できる状態を保っているということだ。
ここまで、奇抜ともいえる作戦を見せてきたシュウに対し、ミュウツーは生まれて初めて、人間であるシュウを『強敵』とみなし、警戒の姿勢を無意識のうちに見せていた。
(わたしがここまで警戒させられるとは…。奴は強いと無意識に思っているということか。面白い)
面白い。
その感情を持ったのも、生まれて初めてだった。
以前にも人間が来たことがあったが、その時は一度たりとも『面白い』とは感じなかった。ただ漫然と、実力の七割も出さずに撃退してきた。しかし、シュウと戦い始めてから、まるで引きずり出されるように全力を出していた。
感情の揺れ動きを感じていた。
戦うために生み出され、戦うことしか知らないミュウツー。
気付けば、感情はほとんど凍りつき、見せる笑みは単なる表情の変化に過ぎなくなっていた。
それが今は心から『面白い』と思えるようになり、シュウがどんな次の一手を打ってくるか期待さえしていた。そして、今の表情の変化はそのまま、感情の変化に直結していた。
そんな自分の変化に、ミュウツー自身、気付いてはいなかった。
シュウがどんな行動をするか、それだけが今の彼女の関心事だった。
リザードンに作戦を伝えたシュウは、ミュウツーを一瞥した後、ボールを投げた。
「リザードン、『ブラストバーン』!」
「くらえぇ!」
ボールの中にいる時から両掌に溜めていた火炎エネルギーを収束させ、発射する。
溜め込んだエネルギーの全てを放出してしまうため、撃った後、すぐには動けなくなる『ブラストバーン』。相手に当てなければ、大きな隙を作ってしまう技だが、リザードンが放ったそれは、ミュウツーの背後にある壁に向かっていった。
当然のように、それが自分の元に飛んでくると思っていたミュウツー。一瞬反応が遅れ、『ブラストバーン』が破壊した岩壁の瓦礫に周囲を囲まれた。
シュウは狙った状況が作れたことで、第二段階に移る。
即座にリザードンをボールに戻し、四人目の仲間、フーディンを出す。
「フーディン、『サイコキネシス』!」
シュウの指示を受けたフーディンは、両手に持ったスプーンをミュウツーの方へと向け、技を放った。
しかし、その技はミュウツーを捕らえようとするものではなかった。
フーディンの『サイコキネシス』が向かった先は、ミュウツーの周囲に散乱する瓦礫の山だった。
シュウの声と周囲の瓦礫が持ち上がったことで、ミュウツーはそれがどんな作戦か理解する。
ミュウツーの反応速度が速いことが分かっているフーディンは、ミュウツーが動き出す前に瓦礫を彼女に向けて放つ。
自分を囲むように散乱した瓦礫全てが向かってくる状況に、逃げ場をなくしたミュウツーは『バリアー』で防御せざるを得なかった。
体を取り囲むように『バリアー』を張るミュウツー。
ミュウツーを瓦礫に埋もれさせると同時に、シュウはミュウツーの頭上にある天井を指差しながら次の指示を出す。
「『サイケこうせん』!」
指示通りに放ったフーディンの『サイケこうせん』が、新たな瓦礫をミュウツーの上に降らせる。
瓦礫の重さと落下速度による衝撃に、体勢を崩すミュウツー。
ミュウツーのエスパー能力が桁外れなものである故に、フーディンといえど、正面から張り合ったら勝ち目がないことは明白。そのための瓦礫だったのだ。
その場の状況全てを利用して戦う。シュウらしい作戦だ。
ミュウツーが『バリアー』ごと地面に少し沈み込んだ瞬間を逃さず、シュウはフーディンを収容し、ラプラスに切り替える。
今度はしっかりとミュウツーの埋もれる瓦礫の山を指差し、指示を出す。
「『れいとうビーム』!」
「名誉挽回させてもらうわ!」
痛みに耐えながら『れいとうビーム』を放つラプラス。それは見る間に瓦礫の山を凍りつかせていく。
瓦礫の重みに加え、その外側を凍りつかせることでミュウツーを拘束しようとしているのだ。
さしものミュウツーも、これには全力を出さずにはいられなかった。
「嘗めるなぁ!」
持てる力の全てを『バリアー』に回し、一気に弾けさせて、瓦礫を氷諸共吹き飛ばす。
その威力は、離れた位置に立っていたシュウとラプラスさえ吹き飛ばすものだった。
シュウはラプラスを収容し、次のボールを投げようとしたが、それをミュウツーは許さなかった。
瓦礫の山から抜け出したミュウツーは、弾けるようにシュウへと飛び掛った。
体が宙に浮いてしまっているシュウは回避することは出来ず、ミュウツーの速さゆえに防御も間に合わず、ミュウツーに右手で胸板を押され、壁に押し付けら、その首をつかまれた。
「く、かぁ、はっ、がはっ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
エネルギーのほとんどを放出し、ミュウツーも息が上がっていた。
相手の首を完全に掴み、ミュウツーは勝利を確信している。それは、息を荒げながらも見せている笑みが示していた。
「これで、仕舞い、か?」
「く、あ……」
苦しむシュウ。息が整い始めたミュウツーは、勝利の確信を言葉にする。
「お前はよくやった。わたし自身、無意識の内にお前を『強敵』と認識していたようだ。だが、惜しかったな。ここまでだ」
その時、息苦しさで歪めていたシュウの表情が、うっすらとだが笑った。
何の負け惜しみかと思ったミュウツー。しかし、それは負け惜しみの笑みなどではなかった。
背筋に感じる妙な違和感。僅かに感じ取れる電気。
まさかと思いミュウツーが振り返るより早く、強力な電撃が衝撃と共に体を駆け抜ける。
「がぁぁぁぁ!」
「ご主人を放せぇ!!」
エレブーの渾身の『かみなりパンチ』がミュウツーの背を捉えた。
背中に直撃を受け、ミュウツーの体は否応なしに『まひ』させられる。
シュウの首からするりと手が離れ、膝を着く。
「な、ん、だと……!」
息苦しさから開放され、幾度かの深呼吸の後、シュウは種を明かす。
「君の『バリアー』で弾き飛ばされ、ラプラスをボールに戻した時、次のボールを投げることも考えた。だけど、君が接近するより早くボールを投げるのはほぼ不可能。
ならばと、投げることは諦めて、ホルダーからボールを落としたんだ。君の背後を取れるように、ね。君は僕を捕らえることに必死で、気がつかなかったようで助かったよ」
「それを、見落とすとは、不覚………。だが!」
ミュウツーは『まひ』した体を無理矢理動かし、立ち上がる。
その眼は闘志の炎を湛え、シュウを睨み付けていた。
あまりの気迫に、エレブーもシュウも動きが止まってしまっていた。
しかし、最早、ミュウツーにまともに戦えるだけの力は残っていない。
決着をつける他、ミュウツーを止めることは出来ないと悟ったシュウはエレブーを収容。今一度、ラプラスをミュウツーの背後に出す。
振り返って戦おうとするミュウツー。
その動きに、先程までの切れは全くない。
ミュウツーの姿を哀れに思ったラプラス。眼でシュウに訴える。
シュウは一度頷いた後、最後の指示を出す。
「ラプラス、『れいとうビーム』」
ラプラスは指示通りに『れいとうビーム』をミュウツーの足元に向けて放つ。
足元から段々と凍り付いていく体。それでも諦めようとはしない。
「わたしは、負け、ない!負けられ、ない、のだぁ!」
悔しさからなのか、ミュウツーの目からは一筋の涙が流れていた。
シュウはホルダーに入れてあった空のボールをミュウツーに向かって投げる。
ミュウツーにはそれに抵抗できるだけの力は残っておらず、間をおかずにボールの振動は止まり、ボールのランプが消え、保護成功を示した。
ボールに入ったミュウツーは、極度の疲労から、完全に気を失っていた。
ミュウツーの入ったボールを拾い上げたシュウは、それをホルダーに入れ、ラプラスを収容し、静かにその場を立ち去った。

再びミュウツーが目を覚ましたのは、洞窟での戦いから二日経った日のことだった。
保護直後、シュウはすぐに萌えもんセンターに向かい、傷ついた仲間とミュウツーの回復を行った。
激しい戦いであったにもかかわらず、萌えもん達に重傷者は無し。むしろ、シュウのほうが、被害が大きく見えたぐらいだ。
何せ、センターの職員が慌てて病院に連絡しようとしたぐらいである。無論、病院にお世話になるほどの怪我は負っていない。
四人は、ちょっとずつ怪我はしていたものの、一番傷の多かったラプラスでさえ、すぐに回復した。
ミュウツーも傷の回復はすぐに済んだのだが、疲労が蓄積している所為で、すぐには目を覚まさなかった。
バトルでの怪我以外は特に問題なしと診断されたため、シュウはその日のうちにミュウツーを連れて家へと戻った。
家に戻ったシュウは、ミュウツーをボールから出し、自分のベッドに寝かせ、目を覚ますのを待っていた。
その行為に、多少、メンバーからブーイングが飛んできたのは言うまでもない。
仮にも相手は女性なので、ミュウツーの世話は母親に依頼。ミュウツーがベッドを陣取っている間は、不在の父親の布団で寝起きしていた。
ミュウツーの世話に関して言えば、女性だから、というよりは、四人の女性からブーイングが飛んできたから、という理由のほうが多くの割合を占めているかもしれない。
そんな状態で時間が流れ、二日後の昼。
いつものように寝汗を拭きに行った母親が、少し慌てた様子でシュウを呼んだ。
目を覚ましたとの報を聞き、自室に入る。
目覚めたミュウツーは上体を起こし、ベッドの上から窓の向こうを眺めていた。
入ってきたシュウに気がつき、顔を向ける。
「おはよう。気分は……」
「………何故だ?」
シュウの挨拶をミュウツーが遮る。
質問の意味が把握できないシュウは「何が?」と聞き返す。
ミュウツーはシュウに視線を向けたまま言った。
「何故、わたしはここにいる?」
「それは、僕が連れてきたからだよ?」
「何故だ?」
「何故って……」
「お前にとって、わたしは厄介者のはずだ。それを何故、手元に置く?」
要するに、保護した理由を聞きたいらしい。
シュウは何を隠すでもなく、ありのままを伝える。
「僕の、あの時の役目は、生態異常の調査と原因の排除。つまりは、生態異常の原因がなくなればいいわけだよ。だから、保護して、そのまま連れてきたの。不満だった?って、当たり前か」
「いや、不満はない。だが……」
視線を自分の両手に移す。
白磁器のような色白の両手をじっと見ながら、ミュウツーは少しトーンの落ちた声で言った。
「わたしの存在意義は、失われてしまった。存在意義のないわたしは、生きる意味がない。出来れば、お前が勝った時に、消し去って欲しかったものだ」
ミュウツーの失われた存在意義。
それが何なのか、シュウは何となく分かっていた。
研究者が作ろうとしたのは、ただのミュウのコピーではない。ミュウをベースにした、より強い萌えもん、それを作り出そうとしたのだ。
つまり、ミュウツーの存在意義とは、強くあること。他の萌えもんより、知能も、力も勝っていること。勝ち続けることなのだろう。彼女が戦うことしか知らなかったのも、頷ける話だ。
その、唯一と思っていた存在意義を、シュウに打ち砕かれた。
戦うことしか出来ないのに、その戦いですら負け、如何にして己を確立すればいいのか。
自然に生まれた存在ではなく、人工的に生み出された存在であるミュウツーだからこそ持ち得る悩みである。
生み出された明確な理由をもつ存在だからこそ、彼女にとって、存在意義とは、他者にとってのそれよりも絶対的に必要なものなのだ。
それが何となく分かってしまったシュウは、ベッドの隣に持ってきた椅子に腰掛け、呟くように言った。
「生きる意味、か……。今すぐに、その答えを得ることは出来ないかもしれないね。けど、いつか、分かるんじゃないかな」
「気休めだな」
「そうかもね。だけど、僕だって、『お前の存在意義は何だ?』って今聞かれても、答えられない、と思うんだ。僕も、自分の存在意義は分かっていないからね。
でも、だからって、僕は死にたいとは思わない。消えたい、死にたい、いなくなりたいなんて思わない。いつか分かるんじゃないかと思っているから。
もしかしたら、死ぬ間際まで分からないかもしれないけど、それでも、分かるかもしれないから」
「つまりは、探し続けろと?」
「うん。僕はね、思うんだ。消えてなくなっちゃうような存在意義だったら、それは、本当の存在意義じゃないんじゃないかなって。
存在意義って、そう簡単になくなるものじゃないと思うんだ。だって、自分が存在する意味だよ?そんな簡単に消えてもらったら困るよ。
君が持っていた存在意義は、きっと、仮の物だったんだと、僕は思う。何か、別の、消えない存在意義が、どこかにあるんじゃないかなぁと」
「消えない、存在意義……」
「うん。どうだろう?これからは、それを探して生きてみたら」
シュウの提案にミュウツーはすぐには反応しなかった。
考え続けるミュウツーに、シュウは一言、「まぁ、ゆっくり考えたらいいさ」と言って、椅子から立ち上がった。
椅子を元の位置に戻し、部屋から出たところで「ああ、そういえば」と言いながらドアの隙間から顔を出す。
「とりあえず、保護という形はとったけど、君は自由だから。出て行きたかったら出て行ってもいいし、ここにいたければ、好きなだけいていいから。それと、夕飯には呼びにくるから。それじゃ、ごゆっくり」
手を振ってからドアを閉じる。
部屋に残されたミュウツーは、ベッドの上に仰向けになり、天井を眺めながら、もう一度繰り返した。
「消えない、存在意義………」

予告どおり、夕飯に呼び出されたミュウツーは食卓に姿を現した。
先に食卓についていたリザードンが手招きしながら「こっちこっち」と自分の隣に座るように促した。
言われるがまま、リザードンの隣に座る。
つい先日、激戦を繰り広げた相手だ。わだかまりがあるだろうと思っていたミュウツーだったが、リザードン達の調子は違っていた。
「二日間も目覚まさないから心配したんだ。良かった良かった。それにしても、兄貴のベッドに寝かせてもらうなんて、ずるいよなぁ」
「ずるいずるーい!」
「全くよ。マスターのベッドで寝かせてもらえるなんて、幸運もいいところよ。心の広いマスターに感謝しなさい」
「ワタシも、マスターと、寝たい」
「いや、それだと意味が違うから」
口調、言葉の端々、雰囲気からは、全くわだかまりなど感じられなかった。
それに驚いたミュウツーは、全員に向けて聞いた。
「何故だ?何故、わたしに対する敵意がないのだ、お前達には」
何を当たり前のことを言わんばかりの表情でリザードンが答える。
「だって、アンタ、もうアタシ達の仲間だし」
「だが、たった二日前、わたしはお前達に敵意を向けたのだぞ?敵だったのだぞ?それに、仲間にしたのは人間の勝手だ。それなのに……」
「マスターが決めたことだもの。わたしは従うだけ」
「それに、今は全然怖い感じしないもん」
「プレッシャー、感じない」
「だからと言って……」
「ああ、もう!アンタはアタシ達の仲間なの!何か文句ある?」
「あ、いや、ない」
あまりのリザードンの気迫に、ミュウツーは無理矢理引き下がらされた。
それを見ていたシュウは、ニコニコしながらリザードンのフォローをする。
「つまり、こういうことは理屈じゃない、ってリザードンは言っているんだよ。ね?」
「そ、そうだよ。さっすが兄貴、アタシの言いたいこと分かってるぅ」
「理屈じゃ、ない?」
まだ腑に落ちないといった表情をするミュウツー。シュウがさらに説明を加える。
「仲間になりたい、友達になりたいって言う思いは、理屈じゃないんだよ。説明できるものじゃないんだ。こういう思いって言うのは、明確に説明できるものじゃないんだよ。考えるものじゃなくて、感じるものなんだ」
「感じる、もの」
「そう。今はまだ分からないかもしれないけど、これからきっと、君にも分かる時が来るよ」
「また、その言葉か」
「え?」
「『いつか分かる時が来る』……。わたしは、あまりに知らないことが多すぎる」
「当たり前じゃない」
ラプラスが即答する。
ラプラスはミュウツーを見据えて話す。
「貴方が今まで見てきた世界は、研究所とハナダの洞窟だけ。おまけに、戦うことに耽っていて、他の事なんか知ろうともしなかったでしょ?
だったら、貴方の知っていることなんか、ほんの少し。
でも、今は違う。洞窟の外に出て、戦うことから、戦うだけの日々から離れた。これから貴方を待っているのは、今まで知りえなかった多くの事柄。そして、貴方は気付かされるわ、『世界はこんなにも広かったのか』と。覚悟しておくことね」
ラプラスの言葉には、彼女にしか出せない重みがあった。
ラプラス自身、研究所で育ったが故に、シュウに会う前は何も知らなかった。
空の青さ、太陽の暖かさ、風の心地よさ、人の心、仲間。
研究所から出た時、仲間と出会った時、多くの事を知ることが出来た。
そういった経験をした彼女だからこそ、語られた言葉に言い知れぬ重みがあり、ミュウツーの心にも届く何かがあった。
ラプラスの言葉が、ミュウツーの心にじっくりと染み渡る。
『いつか分かる』。その言葉が、ミュウツーには苦痛だった。
しかし、ラプラスの言葉を聞いた後、同じ言葉を思い浮かべても、苦痛ではなかった。むしろ、それが当たり前なのだと思い始めていた。
そう思った時、『理屈ではない』と言ったシュウの言葉も、何となく、理解できたような気がした。
理論的でないことが、この世界にはある。
それが少しだけ理解できた気がした。
元より、ミュウツーは知的好奇心が強い。その好奇心が刺激された今、彼女の心は動き出す。
「わたしも、『仲間』になれるだろうか?」
ミュウツーの問いにリザードンは「ハァァ」と溜息をついた。
「当たり前だよ。それに、なれるか、じゃなくて、もうなってるの。アンタが嫌だって言っても、もうなってるんだから。そんなこと、気にしなくていいの」
「す、すまない」
「ん」
少し偉そうに頷くリザードン。
その光景に、食卓を囲む全員から笑いが起きる。
一頻り笑い、収まった後、シュウが音頭をとった。
「じゃ、新しい仲間が増えたことを祝して」
「「「「「「「ようこそ、ミュウツー」」」」」」」
母親も含めた七人の挨拶が響く。
ミュウツーも少し遅れて、「あ、えっと、ありが、とう」と挨拶をした。
食卓に笑顔があふれる。
新たな仲間の誕生を喜ぶ、歓喜の笑顔が食卓を彩っていた。
ツールボックス

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