5スレ>>253


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『妾は同じ人間の前に二度も姿を現さない。
それは一度その人間を見れば、たいていは次に会う価値など薄れてしまうからだ』










――人間は嫌いじゃ、矮小で愚かで醜い。
1つだけ、妾(わらわ)があの愚人を目視する理由がある。妾があの滑稽な生き物を道楽として楽しむときだ。

吹雪の止まぬここ双子山は、妾がゆいいつ安心して羽を休められる場所だった。
大人でも迷うような入り組んだ地形、加えて凍てつくような寒さ。人が足を踏み入れるには過酷な環境だ。
そんな場所に訪れる人間を愚かと呼ばずしてなんと呼ぶ?

先ほどまで、この絶海の孤島である双子山の深層で惰眠をむさぼ……否……羽を休めているところだった。
妾は自身の心音以外のなんの音もせぬ静寂の支配する世界で、わずかな地上の振動を感知した。
岩盤が崩れる音だ。
巨大な氷山が島に衝突した程度に考えていた。堅牢な島であるゆえ、氷山の衝突などさほど脅威ではない。
しかし地表へと様子を見に来てみれば。

『なんとまあ……派手に崩れたものじゃ』

想像以上におかしな光景を見つけた。
島内の入洞では天の地層が崩れたらしく、道は向かい側が見えなくなるほど瓦礫で埋まっていた。重石を落としたように陥没した床からは塩の水が湧き出している。
その下で一人の人間が倒れている。もっとも滑稽なのは、矮小な人間を守るように覆いかぶさる大型のポケモンだった。
事後からだいぶ時間が経過しているらしく、その身体には薄い雪の膜が出来上がっている。
大型のポケモンはすでに息がない。地崩れの影響なのか、背中には複数の巨大な氷柱が突き刺さっている。
心の臓を貫かれて、即死か……同胞ながら愚かしいぞ。

『矮小な人間を護って死ぬとは阿呆め』

その人間ももはや虫の息じゃ。ほっておけば数刻で息絶えるだろう。
そばに寄って瓦礫の下を覗き込むと、なにか呻き声のようなものが聞こえる。

『なんじゃ貴様、まだ息があるのか?』

しぶといやつだ。
妾の声に人間の身体がピクリと呻いた。
まだ若い、雄の人間のようだった。

「そこに……だれかいるのか?」
『ああ見ているぞ人間』
「誰でもいい、おねがいだ…助けてくれ……」

その言葉を聞いて身体の芯からゾクゾクとした。
人間は虫けらを踏み潰すときなにも思わなんだ。だがこの虫けらは自分の立場を棚に上げて妾に命乞いをしておる。
こういう醜い虫けらを踏み潰すのはなんの罪悪もなく、逆にすがすがしいのだと妾は知っておる。

『くく、嘆かわしい。命を賭して貴様を護って死んだ友の下で、貴様は命乞いをするというのか? ああ、醜いぞ』
「おねがい、だから……」

妾の声など届いていないのか、虚ろな目をして助けを乞うておる。

『ふん……愉快、愉快じゃ。そう急かさなくとも今すぐ引導を渡してやるわ』

妾はどう止めを刺してやろうかと、その弱りきった身体を羽で器用に持ち上げてみせた。
人間一人にしては妙に重い。なぜ重いのかという疑問は人間の次の一言で明るみになる。

「こいつだけでも……安全な場所へ……」

はっきりしない意識の中で、見当違いな方向に”それ”を突き出していた。男は視覚さえもうまく機能していないようだ。
彼の手にあるのは緑色をした小型のポケモンだった。
人間よりも小さなその身体が、彼の冷たくなった手に納まっていた。

『……』

周囲に目を凝らせば、瓦礫の下に踏み潰された何かがある。
同胞を隔離する球体のイレモノだった。
そのイレモノの内4つは岩盤の影響で粉々に踏み潰されており、残り2つは外殻に亀裂が入っていて使い物にならなくなっている。
何かを理解した。その理解が、先ほどの自分の発言に恥辱の念を抱かせていた。

『……つまらぬ』

先ほどまでの道楽のたげりがなりをひそめていた。
残念じゃ。こやつは矮小な人間であっても、悪人ではなかったようだ。
4匹はイレモノごと死亡。残りの2匹とともに安全な場所へ向かう途中で地崩れに襲われたらしい。

「お願いだ……」

懲りずに懇願する人間に、妾もめんどくさがりながらそのポケモンに目を向ける。
しかしそれはすでに、

『手遅れじゃ。すでに死んでおる』

もともと寒さに弱いポケモンなのだろう。身体は死後硬直を迎えており、男の冷えた手よりも冷たい氷の塊となっていた。
妾がついたときにはすでに凍死しておったのじゃろう。

「……うそだ…」
『失礼な、妾は愚劣な人間と違って正直者じゃぞ? 貴様の友は皆死んだ。貴様は一人ぼっちじゃ』

妾の言葉に、人間の双眸は目に見えて光を失っていった。その目からはとめどなく涙が溢れ出し、妾の羽にも付着する。

『……』

人間が子猫のように泣いておる。
綺麗な涙だと、不覚にも自分の立場を忘れてそんなことを思った。

嗚咽を漏らしていた男はそれから意識を失い、うんともすんとも言わなくなった。
また静寂が戻ってくる。唸り声のような風の音だけが妾の耳にいやらしくつきまとう。
気を失った人間を眺めながら、胸の苦しさを感じる。
もっと早くここに来れば、彼の友を救うことができたんのだろうか……。
教えてくれるものなどいない。妾もずっと一人だったのだから。

『なんじゃ、これでは妾が悪人のようではないか……』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

氷床で身体を寝かせながら考える。
妾は鳥の姿をしているが、人の言葉が理解できる。人と話すことも可能だ。
数多の人間と出会い、その出会いになんら感慨も沸かない自分は、身体だけでなく心も氷のように冷たいのだと思っていた。

「……ごめ……んな」

胸の中で呻き声が聞こえる。
謝っているのか? だれに謝って折るのだこの阿呆は。

呆れながらも、心中どこか落ち着かなかった。
この人間、生きる気力を失っておる。死に向かっておるのだ。

『それはなんとも、始末の悪い……』

火を炊くわけにはいかない。熱いのは苦手だ。だからせめて人肌程度はある羽毛の部分で人間を囲った。
幸い人間にはそれほど酷い外傷はない。けれど火を炊けぬのなら生存確率はごく僅かだろう。それほどこやつの身体は冷たい。

『否……こやつが死ぬのは時間の問題じゃろうて』

鼓動が聞こえる。この静寂のたたずむ世界で、自分以外の心音が聞こえる。
弱っていく、脈打つ音。
なぜかとても悲しい、気がした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





俺は深く暗い海の中で温もりを感じた。
もうなんの熱も感じないまま、そのまま意識の彼方へと飛ばされるのだと思っていた。
パチパチと火花のはじける音がする。
そんな音のはるか遠くで、ゴウゴウと吹きすさぶ風の音も聞こえる。
気がつくと俺は、天の見えない空洞で焚き火を暖にして横たわっていた。

「気がついたか?」

傍で声が聞こえた。ひどく澄んだ綺麗な声だ。
起き上がろうとすると体中の節々が悲鳴を上げた。

「――ッ痛」
「じってしていろ、まだ怪我は完治しておらぬ」

声のほうへ目を向けると、独りの女性が心配そうにこちらを見下ろしている。
まだ意識の曖昧な段階で、あらゆる思考が彼女へと奪われた。その女性はなんというか、神秘的だった。
全体的に蒼で統一された姿で、長い髪は浮世のように鮮やかな青淡色に染められている。
容姿は綺麗というよりも、凛々しいという顔立ちで、まるで雪国の美女を描いた絵画を眺めているようだ。なんの手向けもなしに見つめることさえ罪を感じるほどに美しい。
けれどひときわ目を惹いたのは彼女の両手だった。
翼……人の手に同化するように生えた青い翼だ。

「ここは天国かなにかか?」

俺の言葉に青髪の女性は呆れたように息を吐いた。

「それだけのんきなことを言えるほどには回復したようだな」
「いや……俺は今結構まじで言ったんだが」

目の前の女性が天使に見えた。と、そんな恥ずかしいことは言わない。
そういえば俺は……死をすぐそばまで受け入れていた、のだが……なんだか記憶がはっきりしない。
自分は死ぬ寸前であったのはなんとなく覚えてはいるが、詳細な状況はにわかに雲がかかったように薄れている。

「そんなことよりも、あんた、なんでそんな面妖な格好してんだ?」
「わからぬ。気がついたら身体がこのように変化してしまった」
「まさかその羽モノホン?」
「? 質問の意味がわからぬ」

怪訝な顔をされてしまった。いや、そんなことよりも……変化?
人からこのような異型の姿に変わったというのか?。
いやしかし、自分の身体を不思議そうに眺める彼女は、一番今の状況に驚いているように見える。
頭の中で、1つだけ思い当たる言葉を見つけた。

「もしや擬人化ってやつか……?」
「ギジンカ? なんだそれは?」

本人に自覚はないらしい。

「いや……いい。なんでもない。あんたも少なからず人を想っているからなんだろうな」
「貴様の言っていることはよくわからん」

ポケモンが人の似姿になるのはきわめて珍しいとされている。
ポケモンが主従関係に満足できなくなったとき、あるいはポケモンであり続けることに不満を抱いたとき、彼らは人になる。
なんとなく、この女性が元はポケモンだったのではないかと考えた。
あいにく今まで見たこともない容貌なので、元がどんなポケモンなのかまでははわからないが……。

「とにかくありがとう。俺を助けてくれたんだろう?」

聞くと、なぜか女性は頬をほんのり赤に染めて頷いた。青が強い容姿なだけに、その高揚の赤は反転したみたいにくっきりと浮かんでいる。
もしや照れている?
どうでもいいけど、しおらしい表情がめちゃくちゃ可愛い。

「な、名前はなんて言うんだ?」
「……とくに無いが…。皆は妾のことをフリーザーと呼ぶ」
「へぇ。そりゃまた、猛々しい名前だな」

フリーザー――伝承にある『冬の神』の呼称だ。
冬の神とはポケモンだったのだろうか。にわかには判断できないが伝説と謳われるほどの存在が人間などにうつつをぬかして擬人化するとは到底思えない。

「まあ改めてありがとう、フリーザー」

とりあえず今は深く考えないことにした。
握手を求めると、なぜか差し出した手を不思議そうに見つめている。
すこし迷ってから、彼女もふわりと右の羽を俺の手に重ねた。
俺は笑顔で答えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





なにを血迷って妾はこのような宿命を継続せしめるのか。
それは確固たる監視者としての役割に近い。
世界に冬を運び、冬を着飾り、そして冬を終わらせる。

南の地では妾とは別の監視者が季節をつかさどると風の噂で聞いた。記憶にある姉妹の顔が浮かび上がる。

「ファイヤーよ。妾はどうなってしまったのだ」

最近、肌の体質が変化した。
寒さを感じるようになった。
あの男を助けてからだ思う。
その身体の変化は思った以上に不便である。
なぜそうなったかといえば、身にまとう氷の結晶が消え去ってしまったからだ。
周囲を覆う凍てつく冷気が、発生できなくなっている。
体温と外界の温度との差が広がって、寒いと感じるようになった。

「おいどうした?」

振り返ると、あの男が手に木の実や菜物をもって立っていた。
すべて島の一部の貯蔵庫として利用していた区画に保管していたものだ。
男は腰を下ろすと、布を引いて食物を並べはじめた。

「しかしたくましいよなぁ。こんな極寒の地でよくもまあたった一人で生活できたものだ。」
「……」

たしかに、以前の妾ならなんの問題もなくこの地に定住できただろう。
あの頃は気候よりもその場の静けさを重点に置いていたし、寒さなど問題にしていなかった。

「よっと」

男はなれた手つきで菜物をナイフで刻み、火にかけた鍋に食材を入れていく。
荷物にいくつかあった調味料を加えると、いつもの香ばしい匂いがしてくる。

「貴様は」
「へ?」
「何しにこの地を訪れたのだ?」

男は少し迷っているようだった。けれどたいした間もおかずに
「……なんでだっけ?」と小首を傾げた。

やはりと、妾は小さなため息を吐く。
男は記憶を失っている。
友を失った記憶を。友を失ってまで成し遂げなくてはならなかった使命を忘れているようだ。

「使命は大事だ。生き物は何かしらの使命に準じて生きるものだ。
生きる意味を失ってしまっては生に執着できない」

妾も季節をつかさどること、生の使命としている。
妾がこの地の存在する理由はそんなものだ。

「確かになんか目的は見えないが……でもまあ、今はフリーザーが居るから」

その言葉にどんな意味があるのか、妾にはわからない。

「……」

ただなぜか頬のあたりが熱くなり、相手の顔を見ていられなくなる。そんな反応を楽しむかのように、男は暖かな笑みを妾に向けるのだ。

「なあ、お主」
「なんだ?」

隙を見て声をかけるが、そこで思考が止まった。
彼はこのままここに居ていいのだろうか。
やはりなにか目的があるのだろうか。
死んでしまった彼の友の件を喉元まで出していた。

「……いや、なんでもない」

けれど結局、露見すべき言葉、妾は声に出せなかった。
あの恐ろしいほどにひきつけられた、あの涙を見るのがとても怖かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

春の到来が迫っている。
男の怪我はすでに全快と言ってもいい。けれど男は相変わらず妾の隣で鍋を炊いている。

この北の地では年中が極寒であるのは変わりない。
しかし春のこの時期ならば風はやや落ち着きを取り戻し、日中は陽光が濃い雲を通り抜けて地上にまで届くこともある。
食物に恵まれているわけではない。貯蔵庫にある食料だってあと残りわずかだ。島を出るならば今しかないだろう。

「話がある」

朝食を二人でとっているとき、男にそう切り出した。

「なんだ、愛の告白か?」
「ば、バカを言うな!」

な、なにを言うんだろうか、こやつは。
不意打ちに心臓が跳ね上がって顔が異常に熱くなる。こんな熱は今まで感じたことが無い。

「なら後にしてくれ、俺は忙しいんだ」

ただ今しがた作ったオカユと言うものを食しているだけではないか。
なにが忙しいだ……。

「ま、真面目に聞け、これは大事なことだ」

彼はどこかふてくされたような態度だが、気にせず話を続けた。

「もうじき春になる。吹雪のある今よりもずっとましな気候だ」
「そいつはいいな。外になにか食べ物をとりにいける。ちょうど鍋の具が切れていたんだ」
「ああそうだな。お前の作る鍋は最高だ」

自分で言ってて何かに気づいた。

「って、バカ……違う、そんな話をしたいんじゃない」

我ながら平和ボケしたものだ。こうも簡単に彼のペーズに陥りやすくなっている。
いや、ひょっとしたら自分は元々流されやすい性格なのかもしれない。
私は芯を強めて、言葉をつづった。

「春はそれほど長くない。早ければ一週間程度で吹雪が戻ってくる」
「だから?」
「島を離れろ。ここにいては次の春まで生きられない」

そこで初めて、彼は作業の手を止めた。

「フリーザーはどうするんだ」
「私のことは気にするな、私の故郷は元よりここだ」
「フリーザーが残るなら、俺が島を出て行く道義はない」

ええと、それはどういう意味だろうか。
彼の言うことはときどき意味がわからない。
ええいと、今度は自分が苛立っている。だが苛立ちの中にも困惑と、そして後悔の念があった。
今ではこの私に対して、なんとも砕けた口調になっている。人間のクセに。
少し長くこいつと過ごしすぎたようだ。

「愚か者め、ついて来い」
「お、おい!」

私はヤツの手をつかんで走り出した。彼は前かがみになって無理やりという感じについてくる。
私は焦っていた。
このままではこの男は死ぬ。
理屈じゃないんだ。
私は彼を生かさなくてはいけない。そんな愚にもない使命感が私を突き動かしている。

「どこへ行くんだ?」
「真実だ」
「真実??」

見知った空洞を歩くと、普段は入らない横道にそれた。
長い回廊のような洞窟を突き進むと淡い光が見えてくる。

波の音が聞こえる。
そこはずっと過ごしていた石床とは、常を逸した空間が広がっていた。
地面は土だ。比較的やわらかいものをふくむ地層だった。
そこは遭難者たちの墓地だった。
何十年も土に返れずに放置される死者への、せめてもの手向けに私が作った鎮魂の空間。
けれど重んじて墓標を立てたりはしなかった。

ただ1つ、”あれ”以外は。
”あれ”は周りよりも少し小奇麗な場所に安置されていた。
部屋の奥には氷で出来た十字架が突き立っている。それは長年強固にその形を維持しているようで氷解する気配が無い。
6匹のポケモンのイレモノであったものだ。4つは砕け、2つはひび割れている。それが突き立てられた十字架の片隅にそっと置いてある。

彼は言葉を失っていた。
今、彼はかつての友の証を正面から見つめている。
なにを思うのか?
また泣いてしまっているのだろうか?
そんな想像で胸が苦しくなる。

「俺のポケモンは皆死んだんだな」 
「そうだ。そしてお前は、私を調査しに来たのだろう?」
「ああ……」

少しの間があって、彼が肯定した。

「けれど落盤があり、生命の危機に晒された。お前は迷わず、調査の継続よりも仲間の安否を優先した」
「でも、助けられなかった」
「結果的に、お前はこうして私に会うことができた。仲間の死を無駄にするのか?」

沈黙が降りた。
私が彼と過ごす中でしばしばこんな沈黙はあった。けど今は、どこか居心地が悪い。

「帰って伝えろ。伝承は真実だったと、北地の絶海には冬をつかさどる伝説がいると」

そしてもうこの島には近づくなと言葉を連ねた。
私は彼に目的を達成して欲しかった。
それで、彼の最初の願いを聞いてやれなかった私を許して欲しかった。

「でも、好きになってしまった」

先ほどと同じような口調で、まるで意識せず、零れ落ちたようにそんな言葉を紡いだ。

「……なんだと?」
「フリーザー……君が好きになってしまったんだ」

可笑しくなる。信じられないといった面持ちで相手を見つめた。
口端がつりあがって、湧き上がる失笑が抑えられない。
彼が私を好きだと?

「ふふ、人間ごときがなにを言っている……」

どこに彼が私を好きになる要素があるというのだ。

「私はお前達とは住む世界が違う。矮小で愚かなお前達人間とはな」

私は彼の友を見下して、見捨てて、
『矮小な人間を護って死ぬとは阿呆め』
『手遅れじゃ。すでに死んでおる』
何よりも友を大切にしていた、心の優しい彼を……傷つけた。
『失礼な、妾は愚劣な人間と違って正直者じゃぞ? 貴様の友は皆死んだ。貴様は一人ぼっちじゃな』

「その私がお前などにうつつを抜かすはずが……ッ!」
「ならなぜ君は泣くんだ」

彼の言葉を聴くまで、私は頬を伝うそれの正体に気がつかなかった。
そっと触れて見ると、それはわたしの翼を湿らせた。

「あ……え?」

なぜ泣く?
違うよこれは、私にはもともと涙を流す器官などありはしないのだ。
これは違う。
きっともっと別の……。

「矮小だと見下せばいい。愚劣だと笑い飛ばせよ。でもその涙の意味はなんなんだよ!」

彼の口から出る言葉が何もかも煩わしかった。
キッと相手を睨みつける。涙など気の迷い。
一時の寛恕にほだされた気の緩み。
人間ごときが――ッ! そう声を出すつもりだった。
ガキリッ、と脆弱な硬質音が聞こえ、釣られるように頭上を見上げると、先ほどは何も無かった天井に無数の亀裂が走っている。
老朽化か、いや、私が力を失ったことで島の退廃が迫っているのか。
そんな思考をろくすっぽ吟味しないうちに私は彼の元へ走っていた。
落ちる――あの場所に居ては死ぬ。
誰が? ただの人間だ。

ずっと疑問だった。
あの人間を身を挺して護った大型のポケモン。
そんな気持ちに駆られる価値観が私にはわからなかった。
でも今は――

「いやぁ――ッ!?」

自分でも滑稽な悲鳴が湧き出していた。
なにをそんなに必死になっている。思考と行動がかみ合わない。
風を切り裂き、布石を吹っ飛ばして、私は彼に手を伸ばした。
なんでこんなにも弱い生き物を命がけで――――
彼の身体を抱きとめた瞬間、傍で耳をつんざくほどの轟音が響いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「飛んで……るのか?」
「……」

背中から聞こえるそののんきな声に、私は安堵よりも怒りを感じた。

「あは……その羽は飾りじゃなかったんだな」
「バカ……、愚か者ッ」

私には目からあふれ出るそれを止められなかった。
彼を失うことが怖かった。彼の無事を認識できた今でも、胸の躍動が激しい。

「お前のような無鉄砲なヤツなど、死んでしまえばいいんだ……!」
「ご、ごめん……」

煩わしい。涙声になるのは避けようもない。
しばらくは口を開きたくなかった。私の咽び泣く声が嫌に周囲に響いている。

壊れいくあの空間から逃げ出すように、咄嗟に外皮の隙間から島の外へと脱出した。
先ほどの地盤の変化が島全体に影響を及ぼしているようだ。
海上の水位が上がっている。いつもの入り口はふさがっているため島の内部へ戻れない。
やむなく私は島の上層へと飛翔した。
丁度いい足場を見つけて、そこに着地した。

降り立った氷床からは見開きになった天井から外がよく見える。よく晴れた空だった。
風は少し強いかな。
でも波の音を背景に、実にすがすがしい環境音を演出している。
だからその機械質な音は妙に耳に残った。

「お前の迎え、みたい」

おそらくはこの晴れた日を機に、彼の仲間が救出に訪れたのだろう。
頭上から強風を扇ぎながら鉄の塊が近づいてくる。

「そうだな」
「潮時だ。私とのごっこ遊びもおわりじゃの」
「一緒に行こう」

背中に居座る彼が私にそう耳打ちした。遠くで彼の名前を呼ぶ声が聞こえる。

「ふふ、ばかめ」

その提案に従うのは愚かだ。けれどそのときの私はどこか正常な判断ができなかった。
とても魅力的な提案に思えた。
空から硬質な梯子が降ってくる。
彼は地上に降り立つとその梯子をつかんだ。そして私に手を伸ばしてくる。

「さあ!」

不思議と迷いもなく、私はその手をつかもうとした。
けれど下方で動くものを感じた。
はっとして見下ろすと、それは一人の女性が、肩から生えた青い翼を人の手に伸ばしている姿だった。
氷床に映った私の姿。
私は何者なのだろうか……。ポケモンでもない、人としても中途半端なその姿。
私は彼を見つめた。そのまっすぐな視線がどこか怖かった。
さんざん迷って、けれどゆっくりと手を下ろした。

「……行って」
「フリーザー?」

私には彼と一緒に過ごす資格などない――彼を傷つけた。
隣を歩く権利さえない――人の似姿を借りた怪物。

笑顔で一歩身を引いた。

「ここでお別れ」
「フリーザー!?」

彼の身体が地表から離れていく。
手を伸ばすが、私にその手は届かない。

「なんで――ッ!」

彼が何かを叫んでいる。
けれど暴風音でその声さえ掻き消えて、

「――君を迎えに来るから、いつか必ず!」

その叫び声だけは、たしかに聞こえた。
なにを馬鹿なとわかっていても、私は口元がだらしなくにやけるのを押さえられない。
本当に馬鹿なヤツだ……、最期まで、私の言葉を捻じ曲げていく。
あたらしい風を受けて、空へと飛んでいく鉄の鳥。

「また、ね……」

羽を振ってみた、人の手のように。

私は同じ人間の前に二度も姿を現さない。
それは一度その人間を見れば、おのずと次に合う価値など薄れてしまうからだ。
そう、かつての私は言った。

同じ人間にもう一度会うという可能性があるならばそれは、

「私がそやつに会いたいと願ったとき……好きになったときだけじゃの……」

それは憶測。なぜなら教えてくれるものなどいないのだから。
私はひとりぼっちだから。
けれどこの胸の温かみの答えを探すなら、その可能性が一番高いと思った。

今年の春はやけに冷える。
氷の心が溶けたけれど、弱くなった私。
私はまた春を迎えられるだろうか?
答えてくれるものはいない。
ただ離れていく鉄の鳥を見つめて、私は手を合わせてささやかな願い呟いた。

「あなたにとってこの恋が、とれない染みのように忌まわしいものでないことを……」



――Fin――


冬のおしまいにツンデレなフリーザーたんを書いてみました。
長文ながら読んでくださった方、ありがとう。
んだば、前回に引き続き、萌えもんながら『萌え』を考慮してない。
in ふたごやまだからしょうがないよね。
ツールボックス

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