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街角の、こぢんまりとしたBAR。
そこは…歳のいった、無口なマスターが切り盛りする。 知る人ぞ知る店の一つとして数えられていた。
彼女、BARの歌姫であるプクリンが来る数年前までは。
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後から作られた、僅かに高くなっているステージの上で。 彼女は唄う。
野生のプクリンらが歌う、明るく賑やかな歌とは違う…。
穏やかで優しさに満ちて…少しだけ悲しみが込められた歌を。
失くしたアナタへ 贈る歌
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やがて、歌も終わり…。
ステージの上でプクリンが礼をすると同時に、客からの拍手がBARに響く。
彼女が来る前からの常連も、彼女が唄いだしてから常連になった客も。
「……お疲れさん、今日は客も少ない。 給仕はいいから、今日はもう上がりな」
その言葉に、戸惑うプクリン。
困ったのは彼女目当てで来ていた常連であり、当然のように抗議の声を上げるが…。
僅かに細めた、鷹のようなマスターの視線におとなしくなる。
「………明日は早いのだろう?」
マスターのその言葉に…遠慮しがちに頷くプクリン。
逡巡した後に、マスターに頭を下げ。 食い下がる常連らにも申し訳なさそうに謝罪しながら…。
店の奥へと引っ込んでいく。
「……ひでーよマスター。プクリンちゃん引っ込めるなんて」
「…お前さん方にも、頼りになる萌えもんがいるんじゃないのか?」
呻くように呟く常連の一人。
その言葉に、苦笑しながらグラスを磨くマスター。
「頼りになるんだけどよー…事ある毎に、俺の生活態度嗜めたりよー…お前は俺のお母さんかっての…」
「俺も俺も、何かあるたびに殴られる」
「俺なんて電撃喰らったよ」「ソレはお前、無精ヒゲ嫌がるピカチュウに無理やり頬擦りしたからだろ」
わーわー、と手持ち萌えもんから受けた仕打ち。 というよりも…。
まるで、嫁の尻に敷かれた旦那のような愚痴を零す常連達。
「……ワシの店は、尻に敷かれた旦那の駆け込み寺ではないのだけどな」
その様子に、複雑な笑みを口元に浮かべながら、新たに注文されたカクテルを手早く用意していく。
「しっかしマスター…どこであんなイイ子捕まえたんだよ?」
「……何を急に聞いてくるかと思ったら…」
作り上げたカクテルを、客の前へ置く。
「何度訊いてもはぐらかすからじゃないか、今日こそ教えてもらいたいんだよ」
「……やれやれ…」
プクリンに執心な常連の一人が、ブランデーを喉に流し込み…真剣な眼差しで問うてくる。
せめてもの救いなのは、酔っ払っていてなお邪な感情がその瞳に見えない事だろうか。
「……聞いても、何一つ面白い事なんてないぞ」
常連のボトルからブランデーをグラスに注ぎ、マスターは一気に呷る。
そして…。
「………とっとと死んじまったバカ息子の、置き土産さ」
短く、しかし重い口を開いた。
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プクリンのマスターは、とても真っ直ぐで…とても正義感の強い少年だった。
彼はロケット団等の悪党を見過ごせず、そして困ってる人たちも見捨てられない性格だった。
そして、彼は挫けそうになりながら道を歩み。警察となった。
そして…………。
「…………………」
朝靄が晴れぬ時間、プクリンは花束を抱え……ある場所に、立っていた。
大切だった、失くしてしまった人の眠る地に。
「……………」
墓石を綺麗に掃除し、花を供える。
数年前に彼が逝ってから、欠かさず行っている事だが…今日は特別である。
彼が逝った、命日なのだから。
死因は……ロケット団のテロに巻き込まれての、爆死。
警備人員として配置された区域が、偶然ロケット団の目標だった事。
そして、身の安全よりも共に警備についていた同僚を庇った事。
この二つが、彼の命運を決めてしまった。
手を合わせ、心の中に今も鮮やかに残る彼に最近あった出来事を報告する。
本来ならば共に警備についていたはずなのに、偶然が重なり…警察萌えもんの指導役補佐として急遽引っ張られ…。
彼を守る事も、彼と共に逝く事すらも許されなかった。
その事を恨み悔やんだ事もあるし、泣き明かして眠れなかった夜は一夜二夜ではない。
「…………」
心の中で行う、いつも行っている報告を終え…すぅ、と息を吸い込む。
彼が逝ったこの日に、毎年この場で捧げている…。
二度と会う事のできない…彼へ贈る歌を、唄う為に。
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朝靄が、晴れ始めた墓地に。 彼女の唄が優しく響き渡る。
ソレは木々のざわめきを伴奏にしながら、癒えない悲しみを秘めながら場に満ちる。
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しかし、それでも…。
彼がくれた温もりに、想い出に感謝を捧げ…。
彼が安らかに眠れるように、そして心の中にいる彼が笑いかけてくれる自分である為に。
彼女は唄う。
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失くしてしまった、大切な人へ捧げる歌を。
最終更新:2008年03月08日 20:59